第12話 王への問い

 ニーナは強く、良い騎士だと思う。

 こんな人間ばかりならば世界はもう少し平和になっていただろうに、何故、大多数の人間は愚かなのだろう。

 だがしかし、俺の邪魔をするのならばニーナがいい人間だろうが殺す。村のみんなを殺した王への復讐を果たさねばならないのだから。

 身動きが取れないように拘束したニーナの首へと、俺は剣を降り降ろした。

 しかしニーナを殺そうとした矢先、俺は殺意を感じたのだ。


「!?」


 俺は危険を感じた為にすぐにその場から離れる。俺が離れたすぐ後に、水の槍が俺のいた辺りを狙って放たれた。

 俺はその魔法を使った術者を探す。その術者はこの部屋の入口にいた。

 術者は鎧を着た女。その女はニーナによく似ていたが、ニーナよりも少し幼かった。


「お姉ちゃんから離れて!」


 女は腰の鞘から剣を抜き、それを構えて俺に攻撃を加えた。

 俺の邪魔をする者は情け容赦なく殺すのが俺のやり方だが、俺はこの女の言葉を思い出す。


(こいつ、ニーナのことを姉と呼んだ……?)


 それが正しいのならば、こいつはニーナの妹であるレルフィーエン・シュトラッセだろう。レンと呼ばれているんだったか。

 俺は女の攻撃を剣で受け、確認の為に女に問う。


「お前、名前は?」

「教えてあげない!」


 女は頑なだった。面倒この上ないな。


「教えないと殺すぞ」

「ひっ!」


 女は俺が放つ殺気に怯み、一瞬だけ力が抜けたようだ。俺はその一瞬を逃さずに女の剣を弾き、そのまま女の頭を掴んで壁に押し付ける。


「あ、あああ……!」

「名乗れ。さもなければここで首を斬って殺す」


 もしこの女がニーナの妹ならば約束を破ることになってしまう。俺としてはそれを避けたいのだ。

 なので、もしこのまま女が名乗らないのであれば、気絶させて保留にしよう。腹を思い切り殴って顎に一撃を加えれば気絶するだろうか。今まで殺す技のみを使って来た俺は、気を失わせる技術を持っていないからな。


「わ、分かった……! 名、乗る、から……離し、て……」


 俺は女を解放してやった。俺を見る女の瞳には恐怖が見える。本当にこの女はニーナの妹なのだろうか。ニーナのような強さや意志、覚悟を全く感じない。


「私は……レルフィーエン・シュトラッセ、です……」


 やはりこの女はニーナの妹で間違いないようだ。まったく、手間を掛けさせてくれる。


「お前も俺の邪魔をするのか?」

「私は、お姉ちゃんを殺させる訳には、いかないの!」


 レルフィーエンは腰にある2本目の剣を抜き、俺に向かって構える。体が震えていることから俺に恐怖を感じているのが分かるし、今の攻防で俺の強さを理解した筈だ。

 にもかかわらず俺に向かって来るということはよっぽどニーナを守りたいのだろう。たとえ命を懸けてでも。


「ニーナを殺そうとしたのは、ニーナが俺の邪魔をするからだ。それはお前にも当て嵌まる。でもな、お前らが俺の邪魔をしないなら俺はお前らに手を出さない。ニーナを殺されたくないんなら、お前がニーナを止めてろ。いいな?」


 俺はレルフィーエンに背を向けて王の元へと向かう。先程から横目で王のことを見ていた俺は、未だに王が椅子の背に隠れていることを知っている。

 もしここでレルフィーエンが俺に攻撃を加えても、俺は約束通りレルフィーエンを殺しはしない。だが面倒なのでこのままニーナの元へ行ってくれると助かる。


「待て!!」


 後ろから声がした。それはニーナの声であることが分かるのだが、今更何だというのだ。

 俺は後ろを向かずに声だけで返答する。


「何だ?」

「先へは……生かせん!!」


 後ろから感じるのは敵意と威圧。殺意を感じないということは、まだニーナは俺を拘束する気でいるらしい。


「折角見逃してやるって言ってんだ。大人しくしてろよ。妹も心配してるだろ?」

「私は騎士だ! お前を行かせる訳には……!」


 何がここまでニーナを動かすのだろうか。大して好きでもない者の為に動くことすら理解できないのに、死にそうな目にあってまで行動するなど理解に苦しむ。


(こいつは、殺さないと止まらないんだろうな……)


 俺は理解した。人間にはこういった、覚悟とよく分からない理由だけで動くものが存在することを。

 成程、確かに俺はまだ人間をよく知らなかったようだ。

 俺はニーナを見る。武器を失ったニーナは鎧を捨てて丸腰になっており、構えを取っていた。あれが人間の格闘術なのだろうか。


「お姉ちゃん! ダメだよ! あの人には勝てないよ!」

「黙るんだ、レン。勝てる勝てないの問題ではない。騎士として、やらなくてはならないことなんだ」

「でも、あの人と戦ったら私もお姉ちゃんも殺されちゃうよ!」

「……カイは、お前だけは殺さないさ。そういう約束だし、あいつはそれを守ると思う」

「待ってよお姉ちゃ――」


 ニーナは制止する妹を振り切って俺に向かって駆ける。鎧を脱ぎ去ったニーナは見違えるほど速くなっており、少し驚いた。

 俺はニーナを殺すために剣を取る。


「覚悟は出来てるんだな?」

「お前を拘束する覚悟ならな!!」


 ニーナは拳を振るう。今のニーナは攻撃を当ててすぐに離脱する戦法を取っており、少しやりにくい。

 だが動きにバリエーションはあまりなく、攻撃も単調だ。格闘はニーナの得意とするところではないのだろう。

 俺はニーナの拳を右手の甲で受け流し、剣で腹を突き刺す。そしてニーナがバランスを崩したスキに、ニーナの右腕を斬りおとした。


「ぐああああああ!!」


 俺はニーナをレルフィーエンのところへと蹴り飛ばす。


「おい、レルフィーエン! お前はそこでニーナを抑えてろ! 死なせたくないのなら止血も忘れるな!」

「は、はい!」


 レルフィーエンは急いで着ている服の裾を斬り、それでニーナの右腕の断面をきつく結び、光の魔法を使って止血を始めた。

 俺はそれを見て、ニーナが戦闘不能になったと判断する。あの怪我では満足に動けないだろうし、動こうとしてもレルフィーエンが止めるだろう。

 さぁ、俺はここに来た目的を果たすとしよう。


「よう、王様。気分はどんな感じだ?」


 俺は王が隠れていた椅子の元へと向かい、ガタガタと震える王に問う。その王は椅子の裏でしゃがみ込んでいた。


「な、何なんだ貴様は……!? ここまでのことをしでかして、タダで済むと思うなよ……!!」

「後のことなんて考えてねぇよ。目的を果たした後に何をするのかも考えてない。今の俺は、復讐のことで頭がいっぱいだからな」


 俺は、王に問う。この答えで、これから王がどんな目に合うかが決まるのだ。


「なぁ王様。お前は勇者を集める際に、魔族の村を滅ぼすよう命令したのか?」

「ニーナ! 何をしている! 早くこいつを殺せえええ!!」


 俺は俺の問いに答えずにニーナへと命令を下す。今のニーナにそれが出来る訳がないのに。

 どうやらこの王には、まず自分の立場を理解させなくてはならないらしい。面倒なことこの上ないが、仕方がない。

 俺は王の椅子を刻み、しゃがみ込んでいる王に蹴りを食らわせる。


「ぐぎゃ!」


 そして俺は王の右腕を踏み、王の手を上に引っ張ることで腕の骨を折った。


「ぎゃあああああ!!」

「これで立場が分かったか? 間違っても俺に勝てるとは思わないことだ。分かったか?」


 王は俺の問いに頷くことで返答する。


「じゃぁもう一度聞く。お前は勇者を集める際に、魔族の村を滅ぼすよう命令したのか?」

「その通りだ……! 1人は何故か魔族領にいたからな……。魔族を殲滅して勇者を連れてくるように命じた」

「魔族を殲滅しなくても、話し合いや取引で何とかしようとは思わなかったのか?」

「フン! 魔族などモンスター以下よ。役に立つ分、モンスターの方がマシだな……! あんな穢れたゴミ共、早くこの大陸から消えればいいのだ……!」


 俺は王の言葉を聞いて、苛立つ自分を抑えるのに労力を割いた。ここで王を感情のままに殺す訳にはいかない。大事なことを、まだ聞いていないのだから。


「……最後の質問だ。魔族の村がお前の送った騎士団によって壊滅した。跡形もなく、村人全員と村の全てがな。お前はそれを……どう思う?」


 王は恐怖に怯えた表情から、満面の笑みへと表情を変えた。


「ほう! それは朗報だ! 我が騎士団が魔族の村を滅ぼしたとは、素晴らしい! 瘴気のせいで魔族領での行動が僅かな時間というのが辛いが、このまま行けば魔族を討伐することも夢ではないな! 魔族などはこの世界に必要の無い、言わば癌のような存在だからな!!」


 この時、俺の中で何かが音を立てて弾けた。それにより俺は、我慢という言葉を脳から消したのだった。

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