第11話 王を守る女騎士

「そこを退けよ。俺は王に用あるんだ。お前じゃない」


 俺は目の前に立ち塞がる女に言った。女は俺が王の元へ行くのを阻むようにして立っており、俺を威圧している。


「貴様のような侵入者を我が王と対面させる訳がないだろう。それに貴様は多くの兵士を殺したようだしな。このまま逃がす訳にはいかん」


 女は背負っていた大剣を抜き、それを両手で構える。自分よりも大きさな剣を扱うとはな……よほど筋力に自信があるらしい。

 俺も同様に剣を構えた。俺の剣は片手剣なので、女と違い両手ではなく片手で構えるが。


「一応、言っておく。俺は王に用があるだけだから、お前が今すぐそこを退けば見逃してやる。弱い奴をイジメるのは趣味じゃないんだよ」


 すると女は顔に青筋を立てたように見える。怒っているのだろうか。


「貴様……! この私を侮辱するとはいい度胸だ……! この王国近衛騎士団団長、ニーナ・シュトラッセが直々に拘束してやるっ!!」


 女は名乗りを上げて剣を再度構える。何故、攻撃してこないのだろう。

 しかし、攻撃してこないのならばこちらから行くだけだ。俺は床を蹴って女へと高速で近付き、剣を振るう。まずは様子見ということで、全力の半分以下の速さで繰り出した。


「くっ!?」


 女は俺の剣撃を大剣の腹で受け止める。人間の割には速い挙動であり、少しだけ驚いた。

 それに力も中々に強く、大剣の腹で俺の剣諸共、俺を押す。


「貴様……! 私の名乗りに返さないとはどういうつもりだ……!? それでも貴様は騎士なのか!」

「あ? 俺は騎士じゃねぇよ。それより名乗って欲しかったのか?」

「決闘時に互いが名乗るのは当然だろう!」


 どうやら人間の常識には、殺し合う人間は互いに名乗らなくてはならないと言うものがあるらしい。何故、人間はそんな面倒なルールを作ったのだろうか。まったく、理解に苦しむ。


「俺は……カイ」

「カイ! その名前、覚えたぞ! フンッ!!」


 女が俺を押す力を強めたので、俺はバックステップで距離を取った。


(この城で戦った奴の中では、一番強いな)


 剣の構え方、剣筋、歩き方や走り方、重心移動のやり方とタイミング、どれをとっても一級品だと思う。

 成程。自信満々に俺と対峙する理由は、その錬度にあったようだ。

 これ程の実力ならば、人間の中でも上位だろう。


(……でも)


 俺に勝つには、まだまだ足りない。


「ハアッ!!」


 女は距離取った俺を殺すために俺との距離を詰め、大剣を振るう。

 大きく上から振り下ろされた大剣の速さは侮れるものではなく、受けきれるものでもないだろう。だから俺は避けることに決めた。

 女の剣撃を避けた俺は剣で女を狙う。しかしそれは女の大剣で受け止められた。女よりも大きな剣は大きな盾としての機能も持つらしく、その防御範囲も中々に広い。


(本気で行くか……)


 これまでの攻防と観察で分かったのは、相手の女が本気で俺と戦っているということ。剣筋や動きに迷いや未熟さがないからな。

 それならばこちらも本気で相手をしなければ失礼にあたる。本気には本気を。それも父さんの教えの1つだ。

 それに、魔法なしであの女と戦うには、本気の剣で相手をしなくてはならないだろう。そうでなければこちらが危ない。あの女の剣はそういう領域にあると思う。


(魔法は王の為に取っておかないとな)


 もし王が俺の村を滅ぼしたことに罪悪感を感じているのならば、手足の4本を消し飛ばすだけで許す。

 だが、もし罪悪感の欠片もなしに当然のことだと、あの赤鎧に兵士のようにゴミ掃除などと表現したならば、俺の全力を以て殺さずに苦しめる。その為には魔法が必要なので、出来れば精神力を温存したいのだ。

 俺は、地面を蹴って女に迫る。女は懲りずに大剣で俺の剣撃を防ごうとしたようだが、甘い。

 俺は防がれた剣をそのまま上から下に振り抜いてから地面に立て、それを支柱にして女の大剣を飛び越える。女は自分の頭の上から降って来た俺に驚いたのか、反応が鈍かった。

 俺はそのスキを逃さずに女の頭に蹴りを入れる。


「ゲフッ!」


 バランスを崩した女の手首を斬り落とそうした俺は、腰に刺していたナイフを取る。そのナイフで女の手首を斬ろうとするが、女は瞬時にサイドステップで距離を取った。

 とっさの判断にしては素晴らしい。おかげで俺は攻撃のチャンスを失ってしまったのだから。

 しかし俺の蹴りはしっかりと女の脳を揺らしたようで、少しだけふらついている。


「クッ……!」


 女は頭を抑えながら、悔しそうに俺を睨む。それでも俺と王の間に立つように位置している辺り、やはりこの女は優秀らしい。

 俺は女の後ろにいる王に視線を向けた。王は煌びやかな椅子に隠れるようにしゃがんでおり、椅子に隠れながら俺たちの殺し合いを見ている。

 先程まで王の隣にいた年寄りは逃げたのか、どこにも姿がなかった。その辺の兵士よりも弱いであろう年寄りなどはどうでもいいが、その年寄りにとって王は命をとしてでも守る価値はなかったのだろう。

 兵士たちも王のことは気に入らないと言っていたような気がするし、この王に人徳はないのだろうか。


(それなら、どうしてこの女は王を守ってるんだ?)


 この女にとって、王は命を懸けて守る価値のある人間であるということなのだろうか。

 少し、興味が出て来た。


「なぁ女。お前が守っている王はあんまり人徳が無いみたいだけど、何であんたは王を守ってるんだ? 王のことは嫌いじゃないのか? 好きなのか?」


 すると女は、ふらふらしながら答えた。


「フッ、愚問だな! 王を守るのは騎士の務め! 近衛の騎士団長である私は、部下の手本とならなければならない! そこに私情を挟むのは愚行だ! 故に私は、私の心を騙してでも使命を全うせねばならない!!」


 女は強い瞳で言った。

 言っていることは到底理解できないし、理解したいとも思わない。自分の意志を捻じ曲げてでも何かをするなんて俺は嫌だし、それを誰かにさせたくもない。

 やはり人間は理解に苦しむ存在らしいな。


(……でも)


 悪くない。何か自分の中に譲れないものを持ち、それを軸にして生きる存在は素晴らしい。そこに魔族や人間の違いなんて、ないのかもしれない。

 父さんは俺に、人間を知れと言った。それは無駄なことだと思っていたが、案外そうでもないらしい。

 俺は思った。この女を殺すのは惜しい、と。


「……うん。やっぱり、俺はあんたを殺したくないな。嫌いじゃないから。でもこれ以上俺の邪魔をするなら、俺も本気で挑まないといけない。あんたは強いから」


 意志と覚悟を持った生物は恐ろしく、そして強い。かつて俺が狩りをした時も、魔族と殺し合いをした時も、意志と覚悟を持った生物は強かった。

 そんな相手に手加減など出来ないし、してはならないと思う。だから俺は、この女にはここで退いて欲しい。


「ここで退いてくれ。俺があんたを殺す前に」


 女は、俺の言葉を聞いて少しだけ表情を悲しげなものに変え、それから笑って答えた。


「それは出来ない。先も言った通り、私は騎士だ。王を守る責務がある。だが、私もお前を気に入ったぞ。願うならば、別の形で出会いたかったな」

「……そっか」


 どうやら、交渉は決裂したようだ。殺すのは惜しいが……仕方ない。俺は俺の復讐を成さねばならないのだから。

 俺は女との距離を数歩で詰め、剣を振るう。予想通り俺の剣は大剣の腹で防がれるが、本気の俺はその程度では抑えられない。

 俺は剣を瞬時に鞘へと仕舞い、大剣の腹を特殊な技法で殴る。これは単なる拳の一撃ではなく、鎧などの障害物に力の波と威力だけを流す技法。

 それで殴れば、大剣を通して衝撃のみが女に伝わるのだ。


「何……!?」


 衝撃を食らった女はのけぞり、一歩後ろに下がる。俺はそのスキを逃さずに剣を抜いて大剣に攻撃を加える。

 女の大剣は父さんの剣に耐えられるような丈夫な剣だ。しかし、その剣を殴った時に僅かだが傷が見えた。その傷を剣で抉っていけば大剣は折れるだろう。

 女はすかさず大剣で反撃するが、遅い。人間の中では速い方だと思うし、俺よりも少し遅い位の速さで大剣を振るっているのだが、如何せん俺が相手にして来た魔族のみんなと比べれば遅い。その速さに目が慣れた俺には、女の剣はどうしても実際のは速さより遅く感じる。


「何故、当たらない……!?」


 女は徐々に焦ってきているようだ。それも無理はない。

 だって俺に攻撃は当たらないのに、女の大剣には攻撃がすべて当たっているのだから。

 そして――


「なっ!?」


 ついに女の大剣が折れる。これで女は武器を失った状態となった。


「まだやるのか?」

「当たり前だ!」


 女は折れた大剣を捨てて俺に掴み掛って来た。しかし、素人の格闘では俺に触れることすらも出来ない。俺は女の攻撃を受け流し、そのまま地面に叩きつけた。


「ガフッ!」


 俺は両脚で女の両脚を踏みつけることで固定し、女の両手首を片手で掴む。今の俺は、女を拘束しつつ剣を構えている状態だ。


「言い残すことは?」


 俺は女に問うた。


「……負けた、か。上には上がいるということだな。さぁ、殺すがいい」

「言葉を残しはしないのか?」

「……そうだな。もし私の妹を見つけたら、殺さないで欲しい。あれはこの城で騎士をしている」

「分かった。名前は?」

「レルフィーエン・シュトラッセ。レンと呼ばれていることが多い」

「そっか。分かったよ、そいつは殺さない」

「ああ。レンを頼むよ……カイ」

「じゃぁな……ニーナ」


 俺は構えた剣に力を入れ、その剣を振り下ろした。

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