四話「興味」

 翌日の昼休み。

 俺は中庭のいつものベンチで俺は昼食を取る。そこには木陰ができ、そよ風もあって暑さは気にならなかった。

「隣、空いてますか?」

 セミの断末魔後の静寂の中、声をかけられる。見上げる前にそれは相沢の声であると理解できた。だが、視線は彼女の顔をしっかりととらえようとしていた。

「別に」

 俺の言葉に、少しだけ安堵した顔をして相沢はちょこんと腰掛けた。

「……何か用?」

 間髪をいれずに俺は口を開く。

「昨日は、途中で翔君が帰ってしまったので」

 そんな言葉に、相沢は苦笑するような口調で答えた。

 そよ風が静寂の中を駆け抜ける。

「絵を、教えてくれませんか?」

 相沢は笑みをこぼしながら言ってきた。

「何故?」

「教えてほしいからです」

 顔を少しうつむかせながら彼女はそう答えた。

 再びそよ風が俺と相沢の間をすり抜けていく。その間、お互いの口は開かれない。

 わずかに途切れたとき、口を開いたのは俺の方だった。

「俺も一緒だ。他人に興味がない。そんな奴と一緒にいても嫌だろう」

 その言葉に、視線をかすかにそらしながら相沢はつぶやく。

「そう、かもです」

 だったら――拒否の言葉を言おうとした。だが俺の口が開くよりも早く相沢が言葉を続けた。

「でも、ひとつだけ違いますよ。翔君は、私と同じです」

 静かな声だった。昨日とも、これまでとも違う、静かで淑やかな口調だった。

 俺は相沢の妄言を切り捨ててもいい。聞く耳を持つ必要などない。そう思えたはずだった。

 だが、俺は聞き返していた。

「……何が?」

 そう、問いかける。

「翔君も、独りです」

 適当にあしらえばいい。適当に。だが、なぜか言葉が出てこない。図星、だからだろうか。いや違う。俺は一人じゃない。俺には家族が――。

「だから、お友達になりませんかっ?」

「え?」

 静かで落ち着いた声ではない。無邪気で、明るい、これまで聞いたことのある声だった。

 不意をつかれた俺は、とぼけた声を漏らしていた。

「だから、絵を教えてくれませんか?」

 一緒の目をしている。かすかに記憶に残る、かつて見た瞳に。

「あ、あぁ」

 気づけば、そんな返事をしてしまっていた。それは相沢の満開の笑顔を開花させには十分だった。

 相沢という女子は、変なことを言う。鬱陶しくも思う。でも、それ以上に、俺は彼女に興味を抱き始めていた。彼女の印象はマイナスのものばかりだ。しかし、ここにきて「興味深い」と思った自分が確実に存在していた。



 目を描いていた。

 家に帰った俺は、食事も取らずにキャンバスに向かう。

 深く闇を宿した瞳。それでいて生き生きとした瞳。今日、相沢がしていた目。それは直感的なものだったが、それを絵に描こうとしていた。そうすれば、足りない欠片がひとつ補えると思った。

 だが、いくら描いても何かが違う。その何かが分からずにいらだってくる。集中力がきれ、睡魔が全身を襲う。俺はいらだちながらベッドに倒れこむ。

 暗い闇に、目の前が変わっていく。



 昇降口。朝登校して通るいつもの場所。そこから見える中庭に、相沢の姿を見つけた。

 いつか見たときと同じように、うたた寝していた。一羽のスズメが膝へと飛び上がる。その拍子に、相沢は目を覚ます。スズメが乗ってるのを見て、相沢は優しく微笑んでいた。その笑顔はとても無垢で、うれしそうな顔をしていた。

「おはようございますっ」

 相沢は、俺を見つけると一直線にかけてきて挨拶をする。

「……おはよう」

 目をそらしながら俺は教室に向かった。その後を、彼女はついてきた。その目に、昨日感じたものはなく、ただただ無邪気そうだった。


「今日もいつものところで食べるのですかっ?」

 昼休み、授業が終わるとすぐに相沢は問いかけてくる。

「ああ」

「先に行ってますっ」

 こっちが何かをいおうと思った時には、すでに教室を出て行った。その後に何かにぶつかる音と、痛がる相沢の声が教室まで届いた。

「まったく……」

 相変わらずのことに、そんなため息交じりの言葉をつぶやきながら俺は売店へ向かう。

 俺がベンチに着いたとき、相沢はノートに象形文字を書いていた。相沢の周りには、数羽のハトがうろちょろしている。近づくと、ハトは大急ぎでどこかへ逃げていく。

「遅いですよ!」

「売店が少し混んでたから」

 丁寧に説明しながら、買って来たパンを口に運ぶ。

「どう?」

 そう言って勢いよく差し出してきたのは無地のノートだった。

「いや……なんというべきか……何描いたの?」

「むぅーっ!」

 口をへの字に尖らせながら相沢は怒りの表情を見せる。

「ハトだもん。ハトなんだもんっ」

 いじけながらノートを引っ込める相沢。

 いや、それはどう見ても……ハトでないことは確かだと思う。俺はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。いや、引きつった表情と呼ぶべきか。

「それ食べ終わったら、教えてくださいっ!」

 次の瞬間には不機嫌な顔はどこへやら。笑みをこぼしながらそう催促する。その目は、相変わらず純粋で無邪気な雰囲気を漂わせながら。

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