終幕と

三十一話「はじまり」

「澪! こけるなよ!」

「分かってる!」

 それから少しした頃。体もだいぶ違和感がなくなってきた。妙な浮遊感は、既に人ならざる者になった故なのか。今では澪と四縁の記憶で補完すれば一年や二年の忘れた記憶も思い出すことができる。

 この日は澪の希望で近くの最近出来た大型ショッピングモールまで来ている。澪が目を輝かせて夢中になっている中、見計らい俺は問いかける。

「なぁ四縁」

「なんだ?」

「そう言えば何故、澪は晩春から初秋にかけては周りに認知され、次第に忘れられていったんだ?」

 未だに把握していない事はいくつもあった。澪を囚われの廻廊から助け出し、記憶を失う危機からも脱した。だから良いのだ、と思うことは出来るが、分かることなら知っておきたかった。

「地元の小さな祭りがあるだろう?」

 思考を巡らせ原因を思案した。だが四縁の言葉はその思慮の外を突いてくる。

「……この辺りである夏祭りのことか? 小さいころ以来行ってないな」

「その起源は儂を奉る神事だったのだよ」

 その短い言葉で思考が加速するのは分かった。

「つまり、その前後の時期は信仰心が増えた、と?」

「ああ。ただ祭りを楽しむ者が大半だろうが、それでも祭りの起源に興味を持つ者、老人たちのお節介によって知る者もいた。時代は変わろうとも、価値観が変わろうとも、この国の八百万の信仰はまだ根付いている。だからこそ、信仰心は増え、無意識に認知されるだけの力が澪へ流れた――そう儂は思う」

「だからって冬は信仰が薄くなるのか?」

「儂は元々稲荷神で、縁結びの神だぞ? 作物は冬は実らず、出会いと言ったら春から夏にかけてが今は一般的だろう。その上、今や家に入れば暖かく、わざわざ外まで参拝したいと思う者は少ないのが現実だ。初詣ならまだしもな。だが初詣の時期は学校は休みだ」

 そう言われて、確かに――と、納得した。もし仮に、信仰をかつてのように復活させることによって澪を助けたいと俺が考えた場合、世論そのものを変える程のことをしなければならなかったかもしれない。それは今の結末以上に困難だろう。

「じゃあ澪は学校で一年生に席も制服もあると言っていた。これは何故なんだ?」

 その質問に、少し四縁は眉をひそめて答えてくれる。

「澪自身の強い意志によってもたらされたと考えられるな」

「じゃあ澪が本気であの場所から出ていこうと強く望めば出ていけたのだろうか」

 ――そうだな。と、言葉が帰ってくるが、その後は否定的な言葉が続く。

「生半可な意思や望みでは叶わないな。単に『出たい』『辛いのは嫌だ』そう考えるだけでは弱すぎる。出た先で何を、どうしたいのか。具体性がなにも無ければどうしても弱い。『今ここを出て黒野翔の元へ駆けつけられるならば命を助けることが出来ない』――それほどの状況にならなければ出られなかったのだから」

「澪は、四縁が手解きして呪縛を解いた訳じゃないのか? まさか、自力で?」

「そうだったな。お前には澪が儂に命を捧げると言った場面は途中までしか見せてなかったな」

 ――途中?

「あの後、儂はけしかけたのだよ。『困ったな。黒野翔を助けられそうだが、ここからでは距離がありすぎる。彼の元に行って再度試みるとしよう』『君の自縛を解くことは出来るが、そうなったら黒野翔を助ける力は残らないだろう』とな」

「とんだ演技派だな、四縁は」

「お前たちほどではないさ。それに儂は最後のひと押し下だけだ。でなければとてもお前の命一つでは足りなかっただろう。良かったな、命をほとんど削らずに済んで」

 溜飲が下がると言うよりはため息に近い感覚を覚えた。全ては神の手のひらの上だったような気がして、相対的に自分の小ささを改めて実感したからだろうか。

「人の価値は平等では無いのだよ」

 今度は四縁からそう口を開く。

「人間の魂一つで彼女を助けられるのであれば、死期が目前の者の魂を喰らっても良かったはずだ」

「……そう、だな」

「だが、それでは彼女は助けられぬ」

「何故だ?」

「食べ物によって栄養素が違うように、人の魂もまた質が全く違うのだよ」

 四縁は少しもの淋しげな笑いを浮かべる。

「この国の法では人は平等だとしているが、残念なことに神から見れば明確に魂の質の違いが見えてしまう」

 魂の質、とは一体何か。その疑問を問いかける前に逆に問いかけられる。

「神が生きるうえでの糧とはなにか分かるか?」

「……信仰心?」

「ああ、そうだ。信仰が生まれ、そこに神が生まれ、信仰心を糧に成長する。信仰が廃れれば次第に力を失い、溜め込んだ信仰心が底をつけば同じくして朽ちる。物の怪や妖かしといった類も同様だ。はじめは天災や流行病などから生まれる人々の恐怖心から畏れが生まれ、畏怖を糧に成長する。開墾し技術が発達し畏れを人々が感じなくなれば同じく朽ちる」

 以前聞いた話よりも詳しく四縁は語る。

「物の怪、妖かしの類いを祀り上げるなんて事は遙か古(いにしえ)より行われてきた。神として信仰することで、物の怪は神として生きられ、人々は神の恩恵にあずかれるからだ。だからこそ神の中には廃れかけた信仰をなんとか盛り上げようと、物の怪はより強大な恐怖を与えようと祟りをもたらす者もいる」

 儂はそのやり方は嫌いだがな――と付け加えながら言葉を続ける。

「それでも信仰や、畏怖がなくなる場合がある。他の神にとって代わられたり、より強大な畏怖が支配する事もある。最近では六十年前の戦争で信仰どころではなく、戦後の科学の急速な発展は人々から自然に対する畏怖を浚(さら)っていった。天災は神や物の怪によってもたらされるものではなく、科学によって説明が付き、対策をある程度取ることが出来る。畏怖を感じてもそれが物の怪や神と結びつかない。そうして神も物の怪も朽ちていった。だが朽ちずに生き長らえる例外は分かるか?」

「それが、人の魂を喰うということか」

「そうだ。魂はわずかだが糧となる。だが、それはその魂の質に大きく依存する」

 そこで最初の話に戻るわけだ。死期の近い者を喰らえば良いというわけではない理由へ。

「魂――というよりは精神状態と呼ぶ方がわかりやすいかもしれないな。幸福、喜び、使命――質の高い魂は様々あるが、その中で神にとって最上の魂がある」

 何か分かるか? との問いかけに、頭を巡らせる。

「愛情、とか?」

 俺のベタな言葉に四縁ははにかんだ。

「確かに素晴らしい。上位と言って差支えはない。だが最上ではない」

 四縁は視線を遠くに居る澪へ向け、言葉を続けた。

「最上の魂とは『覚悟』した魂だ」

「……覚悟」

「信じるもの為に命を賭す覚悟のある魂は、神にとっては類を見ないほどの上質な魂だ」

「……俺は、覚悟が足りていたのだろうか」

「十分だ。『澪を救う』『例えそれが己の身命を投げ打ってでも』それほどの彼女に対する覚悟があればこそ、お前の魂をほとんど消費することなく助けられたのだ」

 もし、自分以外の者を四縁に喰わせたとしても澪は助けられなかったし、そのような覚悟しかできなかったのならどっちにしても助けられなかったのだろう。

 そう思っていると、少し悲しげな四縁の言葉が聞こえる。

「近年は特に覚悟を持った者はめっきり減ってしまった」

 それは平和になれば減り、世が荒れれば増えるのだという。

「飢餓も戦争を知らずに生きていける事は素晴らしいことだな。その平和を当然の日常として享受する人間に覚悟を抱く必要性はないのかもしれぬ」

 その口調は、かつて俺と話した老人たちに似ている気がした。

「神は人に求められ生まれてくる。物の怪は人によって生み出される。ならば人は、何処から何のために生まれてくるのだろうな」

 ふとした問いかけに、俺は答えが浮かばなかった。

「そして命の危険も少なく、食べるにも困らないこの国の者たちに、命をなげうつ程の覚悟をする者など、どれほどいるであろうか」

「……だから」

 補完された記憶を手繰りながら問いかける。

「一年や二年生の時に無干渉だったのか? 俺にそれほどまでの覚悟ができていなかったから」

 少し困ったような笑いを見せる。

「そこまで考え至っていた訳ではないさ。三年生となった時もはじめは不十分だった。そうだな……。初めてお前の前に姿を現した時か。あの頃から、もしやと思い始めていた。だからこそ、それとなくおぬしの魂を投げ打てば澪を助けられる可能性を示し覚悟を促した」

「すべては神の手のひらの上だった、ってことか」

 まさか――と四縁は苦笑いを浮かべる。

「はじめは儂も諦めておったのだ。このまま朽ちればあの子も朽ち果て成仏する。それでも良いと。だが、三年にわたるおぬしらを見ているうちに感化され、そして儂も覚悟を決めていたのだ」

 だから人間は好きなのだ――と四縁はつぶやく。

「哲もその前の者もいつだって儂なんかより質の高い魂を持っておった。とても崇高で、この上ないほど至高な思想と覚悟を持っていた。儂はいつだって感化される側で、いつだって気付かされる側だ」

 神は人の心や感情、思想によって生まれる。なのだとしたら、そんな人々の平均、偏差値五十程の思考なのだろうか――そんなことをふと思うと、苦々しい言葉が聞こえてくる。

「それは神を馬鹿にしすぎではないか?」

「いや、勝手に人の内心を覗くのが悪いだろ」

 などと破顔していると、四縁も自虐的な笑みを浮かべる。

「至高の感情は『覚悟』だ。だが、最も困難な感情は何か分かるか?」

「困難? ……何だろうか。思いつかないな」

「『覚悟の継続』だ」

「覚悟の、継続」

「時の流れとともに覚悟は薄らぎ、次第に覚悟と呼べる代物ではなくなる」

 そうなってしまえば魂の質はすぐに悪化するという。

「分かる気がする。学校でも勉強に本気を出すと言った奴が一晩経てば大抵やる気なくなってる光景はよくあったな」

 俺の言葉に四縁は笑いをこぼしていた。

「間違いない」

 つられるように笑っていると、四縁の方から言葉を再開する。

「受験勉強なら長くとも三年だ。だが、これからお前が歩むのはそんな生半可なものではないぞ?」

 現状は俺や澪の魂の質の高さで保っている様なものだという。つまり覚悟が薄れれば皆朽ちる運命という訳だ。

「五年、十年……いや五十年、百年と言う間隔での覚悟の継続は並の人間には不可能だ。お前にそれが成し遂げられるか?」

「やってみせるさ」

「口だけは達者だな」

「有言実行の間違いだろう? 覚悟も継続し、信仰も増やす。だろ?」

「無論だ。特別扱いするのだから並の働きでは困るな」

「ああ、任せておけ」

「もう一つ言ってなかったことがあったな」

「ん?」

「お前が一年生の時、澪と仲良くなるきっかけがあっただろう。澪が思わず涙をこぼしたところだ。」

「ああ、あったな」

「あれ演技だからな」

「……はっ?」

「何とか仲良くなろうと思ってついた嘘泣きだ。まだ気付いておらんだろう?」

「……気付かなかった……」

 少しへこむ自分を冷静に気付けた。

「なんだ、もう覚悟が薄らいでおるのではないか? さっきまでの威勢はいったいどこへ行ったんだろうな」

「くっ……!!」

 思わぬ精神攻撃にも屈してなるものかと反論しようかと思ったが、先に四縁の言葉で遮られる。

「安心しろ。嘘泣きはその一回限りだ」

「……俺もまだまだだな」

 そんな自虐を込めた言葉に、当然だと追い討ちをかけられる。

「まだ二十年も生きていない青二才が何を悟ったような事を言っている」

「……確かに」

 四縁の言葉にそう笑みを零していると、澪が戻ってくる。

「もぉ! なに二人して笑ってるの!? のけ者反対~!!」

 口を尖らせながら初めての経験にまだ顔をほころばせながらそう訴える。

「まだ見て回ったのはこの階だけだろう? 上の階へ行ってみようか」

「うんっ!」

 澪は無垢な笑顔でそう答える。


 その笑顔で何度だって覚悟を新たに出来る。

 もう二度とこの笑顔を失わせない。

 守り抜こう。澪の為に。澪の笑顔の為に。澪の幸福の為に。

 澪標に導かれ救われた。ならば今度はこちらが返す番だ。

 その身を尽くして。



 完。

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Atheist 澪標廻廊 はちゃち @hatyati

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