アクロイド 関わりの中でできること 3

 ネリーの後を追って森に入るとすぐに開けた場所に出た。後ろを振り返っても木々が遮っていてリオネルの家は見えない。自然の壁が出来ていた。

 開けた空間の中央には水の湧く台座がある。台座からは水が溢れ、水は縁から零れ落ちていた。清涼な水だ。周辺はその散る水のおかげで緑が豊かになっている。

 ネリーはその湧き水の台座の横で何もせず立っていた。ハーニーに背を向けて。


「わざわざ来なくても大丈夫だったのに。心配性ね」


 後ろを確認せずにネリーは言う。ハーニーだということまで分かっているらしい。


「見ないでよく分かるね」

「そりゃ、ね。のんびりした雰囲気だから」

「僕ってそんなのなんだ……」


 名誉なこととは思えず肩を落とす。


「……慰めに来たの?」

「えっ、あ……ええと、うーん……」

「何それ」


 ネリーの声は落ち着いていた。疲れて放心状態という風に、現状を甘んじて受け入れている様子だった。

 ハーニーは頭を掻く。


「ああ、えと……こういう時どうすればいいのか見当がつかなくて。何とかしに来たつもりなんだけど、実際来てみると全然分からなかった」

「ふふっ。それを本人に言ったらダメでしょ」


 その通りだったがネリーが笑ってくれたことに安堵する。

 すぐに沈黙がやってきた。


「あ、あはは……」


 ただ間を埋めるだけの空笑い。


「ハーニーっていつも空気読んだフリしてる気がする」

「……それは」


 ネリーが背を向けたまま首を振った。綺麗な金の髪がたなびいて眩しい。


「……言わなくていい。私はダメね。今みたいに人の心を無視して余計なこと言うから……」


 ネリーらしくない弱音。

 ネリーの後ろ姿はどんどん小さくなっていくように見えた。いつもと違うそれにハーニーの心は締め付けられる。

 だからか。

 ありたい姿になれないネリーを何とかしたい。元気づけたい。

 ネリーの悩む理由や事情を知るよりも純粋にそう思った。

 それでもどうすればいいのか分からないのは変わらず、言葉に窮する。困って困って、出たのは自分の話だった。


「僕は……僕が空気を読んだフリをするのは、流れに乗ればいいかなって思うからなんだ」

「?」


 ネリーが振り返ってハーニーを不思議そうに見る。やっと見えたネリーの表情は暗かった。


「僕が余計なことを言わなければ波風は立たない。僕は原因にならない……。実はただの逃げなんだ。人に真っ向から意見するのが怖い。自分を優先して嫌われたらどうしようって思うと足が竦む。情けないよね。でも、情けないって分かってるけど、僕は人との関わり方に自信がない……」


 自分を語るのは想像以上に苦しいものだった。言葉は相手にではなく、自分に向かって突き刺さって、見たくない部分を認めなくてはならなくなる。それでもやめなかった。


「僕は……人の心の機微を理解できるほど人と接してないから。表面上の付き合いをやっていただけだから。それは記憶のないせいで──いや、違う」


 息苦しさに自分の服の胸辺りをぎゅっと握った。己を伝えることが本当に意味のある行動なのか分からないまま、がむしゃらに言葉を増やす。


「記憶がないから人と接するのが苦手っていうのは、嘘だ。言い訳なんだよ。3年間何もしなかった自分を責めるのが怖いから、だから記憶がないせいにしようとする。本当はずっと受け身でいた僕自身が悪いのに。分かってても僕は耳を塞ごうとするんだ」


 ネリーは突然の語りに目を大きくしながら、しかし口を挟むことはなかった。

 ネリーは静かに問う。


「どうしてそんなこと私に言うの?」

「と、友達ってあるよね」


 勇気を振り絞る。これで合ってるか誰でもいいから聞きたいのを必死で抑えて、言った。


「友達ってね、相手のことを自分のように思える関係を言うんだって。僕はネリーが悲しんでると悲しいよ。だからあとは、僕のことを知ってもらえたら……友達になれると思ったんだ。それでさ、友達になったならさ……一緒に苦しいの分かち合えるから。だから僕のこと話してみた……感じ」


 言葉は尻すぼみに小さくなった。情けなくもネリーの顔を見られない。耳も塞ぎたいくらいだ。

 やがて、ネリーが感嘆した。


「ハーニー……無茶してくれたのね」

「ど、どうして感心するのさ?」


 ネリーはこちらを真っ直ぐに見つめた。


「あなたが言ったんじゃない。人の心に踏み入るのが怖いって。だから言い訳もしてるって。でも今、こうやって……私に向かってきてくれた」

「ああ……そっか。そうだね」


 そこまで高尚なことを考えていなかったから理解が遅れた。ただ何かしなくちゃ、と、その一心に身を任せただけで先のことなんて考えていない。

 ネリーが呆れながらため息を一つ。


「……ハーニーって変よね。ホント」

「そう、なのかな」

「他人事みたいに言うし」

「意識してもあまり変われる気がしないから」

「ホント、変よ。普通は自分の気にしてることなんて言わないもの」

「うん。言いづらかった」


 ネリーが改めてため息。今度はさっきと違う。受け入れるような優しいため息。

 ずっと下を向きがちだったネリーが空を仰いだ。空は夕焼けがかっている。どこかへ飛んでいた鳥たちが山に帰ってくるのが見えた。


「……じゃあ私も話さなくちゃね」

「そうなる?」

「そうなるのよ。いいから……聞いて?」

「……分かった」


 ネリーは一つ頷いて言った。


「私の家、没落しちゃったって話したっけ」

「し、してない」

「そ」


 声色は暗くない。既に吹っ切れているのか、過去を話す口ぶりに躊躇いはなかった。


「私の家、リアちゃんみたいに母も父も早く亡くなったって言ったでしょ? その頃私は幼かったの。保護者が必要で、引き取ってくれたのはうちに勤めていた女中さん。とっても優しい、いい人だったんだけど……貴族じゃなかった。貴族の親戚は私の家と仲が悪かったのよ。皆小さい私のことなんて見向きもしなかった」

「ネリーは天才なのに?」


 ふふ、と笑う声は空虚に響いた。「それも後で話すから」。そう言ってネリーは幼少期の話に戻す。


「当主が亡くなったら継ぐのは普通その子供でしょ? でも私はあまりに幼さなかったから、名字、無くしちゃってね」


 名字は貴族が代々持つものだ。それが剥奪されたということは貴族としての立場を失ったということ。


「これが昔なら、魔法が使えた途端貴族の仲間入り! なんだけど、今はそういう時代じゃないから」

「時代?」

「そ。人数が増えれば国からの取り分は減るでしょ? それに今は国政だって怠慢だらけ。面倒事は嫌いなのよ。今貴族になるには有名になるしか……それこそ偉業を遂げたり、戦果をあげたり……新しい魔法理論を提唱するとかしないと」

「それって……だからネリーは」

「それは理由の一つ。一番は父の無念を晴らすことが目的よ。お父さんは長い間色々調べて、あとは世に出すだけってところで死んでしまったから……。それを成し遂げるのは子である私の使命だと思ってる。今はなき名字のためにも、ね」


 相槌を打ちながらハーニーはネリーの生きた時間を考える。自分よりずっと長く、そして確かな繋がりを経て今まで続いていることに敬意すら感じた。


「……話を戻すけど」


 ネリーの声はそれまで懐かしむような優しい響きだったが、一気に沈んだ。

 ここからが話の本筋。ハーニーが話したような、人には言いたくない、自分でも認めたくない部分。そういうものを語ろうとしているのだと分かった。


「私、人付き合い下手でしょ?」

「そう? そんな感じしないけど」

「残念だけど下手なのよ。没落貴族で孤立していたし魔法学校行けなかったから」

「学校に、行けなかった?」

「私は貴族じゃなくなったから通えなかったのよ。だからか、私は人との関わり方がよく分かってない。今は他人なんて何も気にしないでいられるようになったけどね。……結構ハーニーと似てるのかも」


 そう言ってくすっと笑う。

 でもおかしい。


「ネリーはあんなに魔法が使えるのに、学校行けなかった?」

「あれは全部基本の延長線なのよ。反復で辿りつく程度の魔法。独学で身に着けただけ」

「すごいじゃないか」

「……どうかしらね。とにかく私は学校に通えなかった。最初は入学したくて一人で勉強したけどダメだった。所詮並の魔法だったから門前払いよ。後見人も、名字もなかったから仕方のないことだったけど」


 ネリーは自嘲的に笑った。


「もし、光魔法みたいに稀有な才能があったら事情は変わったかもね」

「それでユーゴに当たっちゃったのか」


 しかし、納得できない。


「ネリーは天才なのに、どうしてもダメだったの?」

「……だから、違うのよ。私は天才じゃないのよハーニー。そう自分に言い聞かせてるだけ。そうやって自分の限界を引き出そうとしてるの。そうしないと……ダメな子だから」

「待って。ネリーはたくさんの色の魔法を使えるはずだよ。それはすごいことだって聞いた。それでも?」

「……本当は私の力じゃないの」


 ネリーは俯いてしまう。


「八色四層って知ってる?」

「言葉だけは」

「そう。魔法の区分のことね。魔法は八色と四段階っていう強さの指標」


 ネリーはため息交じりに控えめな口調で話す。


「私は天才だって自称してるけど、二層までしか達してないの。こんなの天才だなんて言えない。魔法学校の卒業時レベルよ。そりゃあ三層はパウエル卿くらいすごいってことだって分かってる。けど、私が凡人程度なことは変わらない……」

「そ、それでも複数の色を使えることは評価されることのはずだ」


 返ってきたのは儚げな微笑みだった。そして「そうね。でも私はズルをしてこれなのよ」と嘆く。


「本当はお父さんの魔法理論に縋ってるだけ。縋ってこれなのよ。でも信じるしかないじゃない。家は没落して、名字も奪われて、使える魔法は並で……そんな私に残ってたのがお父さんの理論。魔素の存在についての研究は、個人の才能を否定するものだった。まだ証拠に欠けた研究だったけど、可能性でいっぱいでしょ? ……私は縋りつくみたいにそれを信じたわ。すると、それまで赤一色で一層魔法が精いっぱいだったのに、多色二層魔法まで使えるようになった」


 話すほどにネリーの表情は沈んでいく。


「もしこれが一般に広まっている通説なら私は凡人よ。私の魔法は私本来の力じゃない。だから、この理論が崩れるのが怖かった。もしかしたら私一人思い込んでるだけじゃないかって、どうしたって不安で……」

「それで証拠を探してたのか……」


 ネリーは「その通り」と呆れ気味に口角を上げた。


「私は、私を支えてくれる確固たるものが欲しかった。私と同じように魔法を使える人がいて欲しかったの。でないと研究を信じられなくなって、また凡人になっちゃう……変よね。研究を知らしめたいのに、独り占めしたいなんて。でも、お父さんの理論が広まっていない今なら私だけが強く在れるから。……余裕を持っていられるから、私……」


 ネリーは俯いていた顔を上げて空へ向ける。


「学校に行けないのは才能がないせいだって小さい頃思ったわ。だから、そんな才能を無駄に使うユーゴを憎く思えた。私だったらもっと上手く使うのに、ってね。そういう劣等感のせいでユーゴには少し悪いことをしちゃった。悪いのは理論に縋って基本しかできない私なのに。その上負けかけたし」

「勝負は引き分けだったよ。それにネリーは手加減してたじゃないか」

「あれは予防線。負けた時自分に言い訳するための……臆病なハーニーなら分かるでしょ?」

「……うん」


 逃げ道がないのは怖いから。だから自然と用意してしまうんだ。


「万が一負けたら、なんて思っていつの間にか手を抜いてたけど……本当に危なくなるとは思っていなかったから、なおさら悔しかった」

「ネリーは羨ましかったんだね」

「っ」


 一瞬、時間が止まったかのような錯覚。

 沈黙は数秒。木の枝が風で揺れる音が流れた。そして仕方なさげな優しい吐息。


「憎いだとか嫌いだとかで済ましたいけど、そうね。羨ましかった。それで合ってる。……はぁ。真っ直ぐにそう言われると馬鹿馬鹿しくなる」


 ネリーは降参するように両手を挙げて背を少し反らせる。視界を空でいっぱいにするように。


「私、馬鹿みたいでしょ。こうやって嘆いて、でも足掻いて。言い訳を支えにして少しでも高く行こうとする。お父さんのやり残しだって本当は利用してるだけかもしれない。踏み台にしているだけかもしれない」


 様々な内心が吐露されたこの空間には、躊躇いや遠慮を打ち消す雰囲気が漂っている気がした。隠さずに思ったことをそのまま言って許される空気。


「僕はネリーのこともっと自信家だと思ってた」

「当たってる。今は弱気だけど性質はそれよ」

「……皆何か悩んでるんだね」


 皆。ネリーもリアもユーゴも、きっとパウエルさんも。皆が皆何かを抱えている。


「僕はネリーのことかっこいいと思うよ」

「かっこいい?」


 唖然とするネリーに頷く。


「だってネリーはお父さんの理論を独占してるなんて言ってるけど、最後には遺志通りそれを発表しようとしてるんだよね? 目を背けたくても、逃げてないんだ。それってすごいことだと思う」

「自分本位になれない軟弱者としても取れると思うけど」

「優しいとも取れるよ。それにネリーはお父さんの残したものを利用してるとか言ってたけど、僕はそう思わない」


 思うはずがなかった。だってそれは僕にはないもの。


「それは……親から子へ託されたものなんだよ。それはネリーへの贈り物みたいじゃないか。お父さんがネリーを支えてるみたいで……羨ましい。僕はネリーが羨ましいよ。親子の繋がりで生きているなんて、すごく眩しく見えるんだ」


 真っ直ぐに気持ちをぶつけた。嫉妬ばかりの言葉だけど、口先で戦える僕じゃない。散らかった気持ちの中で、自分でも確かだと分かることを伝えるしかないんだ。

 ネリーは目を大きくして話を聞いていた。沈んだ表情が塗り替えられていく。


「……そんな風に考えたことなかった」


 「お父さんが支えてくれてる……」ネリーは小さくつぶやく。気付かなかったところにあった大事な物を見つけたように穏やかに息をする。


「ハーニーは……強いのね」

「強い? 僕が?」

「ハーニーは持ってない人の視点で物を見れるでしょ? 持たざる者の感覚。普通なら気付かない大切なものにあなたなら気付けることってあると思う。足りないとか、欠けてるっていうのは不幸なことなのかもしれないけれど、でも悪いことばかりじゃないわ。きっと」


 記憶がないことを良いことだと捉える意見は初めてだった。いつもなら反感を覚えそうなそれは、今なら素直に受け取ることが出来る。


「そうだね……今みたいにネリーを元気づけられたなら、良かったのかもしれない」

「でも、それでもハーニーは羨ましいのよね?」

「うん。すごく」

「ふふっ。なら私も前向きでいないといけないか」


 優しい微笑み。さっきまでの暗さはない。

 よかった。心の底から安堵する。胸につっかえていたものがなくなっていた。


「ハーニー」


 ネリーがハーニーを真正面からしっかりと見た。目をちゃんと合わせてハッキリと。


「ありがとう」

「あ、ああ。うん」


 見つめる視線が照れくさくて目を背けながら頷いた。


「ダメ。目を逸らさないで」

「え?」

「いいから」

「う、うん」


 言う通りにする。目が合った。綺麗な青い瞳が潤んでいて見惚れる。動機が早くなる。

 ネリーは一度深呼吸した後、ゆっくり口を開いた。

 

「私、あなたに感謝してるから。何度も助けられて今更って思うかもしれないけど、これはほんとだから。信じてね」


 首を僅かに傾げて優しく笑うネリーは可愛くてすごく魅力的だった。やわらかい笑顔が脳裏に焼き付いて、目を離してからも心臓の鼓動は落ち着かなかった。


「う、うん……」

「何で目をきょろきょろさせるのよ」

「……恥ずかしいから」


 ネリーは柔らかいため息をついた。表情は明るく嬉しそうに言う。


「ハーニーは人付き合いが苦手そうだし、私が教えてあげないとダメね」

「人付き合いが苦手なのはお互い様じゃないか」

「友達はいないけど、ハーニーよりはましなの。だからこれから教えてあげるから」

「僕は友達じゃないの?」


 ネリーは一瞬言葉に詰まると僅かにあたふたして、そっぽを向きながら答えた。


「……誰かが傍にいるっていいことかもって思えるようになったの」

「それって僕?」

「……やっぱり人付き合い下手じゃない」


 ネリーが呆れる。


「言っとくけど今のは冗談だよ。僕は友達か、なんて聞けるほど自信ないし」

「はいはい」


 テキトーにいなされるのは悔しいけど。


「……元気になったなら、いいや」

「何か言った?」

「何も! そろそろ皆のところに戻る?」

「そうね……」


 どこか嫌そうなのはユーゴのことが残っているからか。


「ユーゴは謝らないって言ってたよ。ネリーも謝る必要ないってさ。このまま水に流そうってことかな」

「ふうん。お互いこれ以上首を突っ込むのはやめようってことね。ま、私も踏み込まれるの好きじゃないからいいけど」

「え? そうなの? 僕、がんがん首を突っ込んじゃったんだけど」


 ネリーは頬を紅く染めて、つんと目をよそへ向けた。


「ハーニーは……特別よ」

「特別……」

「勘違いしないでよっ? まだあれがこれでそういうんじゃないんだからね!」


 指示語ばかりで意味が分からない。


「もう、ハーニーは……先行くからね!」


 ネリーはさっさとリオネルの家の方へ向かっていってしまった。恥ずかしかったのだろう。去り際に見えたネリーの耳は朱色に染まっていた。

 

『随分と楽しそうでしたね』

「セツ」


 無感情な声はネリーがいなくなってから現れた。


「ってことは全部聞いていたんだよね」

『私にはどうしようありません。……聞くべきではなかったでしょうか?』

「ネリーの方は分からないけど、僕の話は君になら聞かれてもいいよ」

『私になら……ですか』

「うん。信頼してるから」


 返事は遅れてやってきた。


『……道具という観点から見て至高の褒め言葉ですね』

「また妙な言い回しをするなあ」


 苦笑する。照れ隠しなのかと思うと可愛い。


「……ねえセツ、僕はあれでよかったかな?」

『というと?』

「ネリーに随分生意気なことを言った気がするから。間違ってるんじゃないかって」

『それは私に聞くべきことではありません。そもそも他人に聞くべきことではないでしょう。その答えはネリー嬢と関わっていくうちに……』

「……うちに?」

『……いえ、何でもありません。人の心を語るには私はふさしくないと思いまして』

「そんなことないと思うけどな」

『私は人間ではありませんから』

「じゃあそれは置いておこう。セツから見て、どう?」

『……良かったのではないでしょうか。ネリー嬢は考え方を変えることができたかと。そうでなくともきっかけを与えることはできたと私は考えます』

「そっか。僕もそんな気がしてた」

『それなら聞かないでください』

「僕だけじゃ心細いんだよ。信じ切れないんだ、自分を」

『……』


 セツは黙ったまま答えなかった。それが先を促しているように感じた。

 口から出たのは願望だった。


「ネリーがお父さんに支えてもらうように、僕もセツに支えられてる……よね?」

『なぜそこで心配するんですか』


 簡潔かつ迷いない即答は、事実をありのまま言っているようで心強い。心配など吹き飛ばしてくれる。


「……ありがとう。セツ」

『当然の務めです』

「うん」


 自然に笑みを浮かべることが出来た。そして今を振り返る。

 流れに乗ってネリーを追ってきたというのはある。でもネリーに対して自分のした行動は全部自分の意志によるものだ。だからここで得たものは自分のもののはず。

 訪れるのは足が地に着いたまま空を飛ぶような感覚。

 得たのは、初めての本当の友達。

 意識する度ハーニーは頬が緩んで仕方なかった。

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