アクロイド 覚悟 2
ハーニーには親がいない。実際はどこかにいるのかもしれないが、記憶も情報もない今、いないも同然だ。
親というものに幻想を抱いていることはハーニー自身気付いていた。気付いていてなお夢見ていた。自分にないものは眩しく見えるものだから。手を伸ばしても手に入らないから。
ずっと自分を助けてくれる誰かが来るんだと期待していた。前も後ろも分からない生活の中、そこから自分を助け出してくれる人が現れる。それは親であったり、兄弟であったり、家族と言える人。女の子が王子様を待つように、ハーニーは自分の過去を知る人を望んでいた。
親と言う存在はハーニーにとって夢見るものだった。
だから、ハーニーがパウエルからその話を聞かされた時、頭に血が上った。それまでパウエルに感じていた好感や親近感の類のものが吹き飛ぶほどに、許せなかった。
話の発端は何気ないパウエルの連絡だった。ピエール邸からの帰り道。人通りの全くない夜街はずれを、パウエルと二人で歩いていた時だった。
「そういえば、言い忘れていた」
パウエルはそれこそ何でもない風に平坦な口調で言った。
「ウィルのところで働いていた家政婦の方だが、辞めるそうだ」
「は……?」
最初何を言っているのか分からなかった。次第に理解していくほど、血の気が失せていく。
「家政婦って……今までずっとリアのお世話をしてくれたあの人のことですか……?」
「ああ。そうだ。すまないが今晩から君があの子の面倒を見てくれ」
平然と言ってのけるパウエル。深刻さの欠片もない他人の言葉。その全てに対してハーニーは怒りが溢れた。混沌とした真っ赤な感情が声になって口から出る。
「どっ、どういうことです!? あの人が辞める?!」
自分の名前を意図して呼ばない、同じ屋敷で暮らしながら遠い人。しかしそれも変わりつつあったのだ。リアのために行動した後、家政婦の自分を見る目は変わっていた。だが、だというのに家政婦は責務を終えたのだとパウエルは言う。
「ウィルに雇われていた彼女だが、元々アクロイドの人間らしくてな。ウィルの娘のことは気にしていたが配偶者がどうしても賛成しなかったそうだ。戦火に巻き込まれて欲しくなかったのだろう。仕方ないことだ」
「そんな……」
今までずっとリアのお世話をしていた人。仕事とはいえウィルさんの代わりに生活を助けてくれていた人がいなくなってしまった。僕なんかよりずっと前からリアの近くにいた人だ。リアだって懐いていた。あの人は誰よりもリアの親代わりになれそうな人だったはずだ。
「そんなこと急に……一言くらい事前にあるべきでしょう……」
「突然の話だった。向こうの腹は決まっていた」
事実を事実として述べるだけのパウエルに苛立つ。
「どうしてそんな大事なことを簡単に決めてしまえるんですか!」
「簡単も何もないだろう。事情があったのは向こうの方だ」
「事情なんてどこにだって! こっちにだってありますよ!」
「そうは言うがね、どちらも立てられない状況はあるものだ。今回がそうだった。双方を叶えるには相反しすぎていた」
パウエルはどこまでも冷静だった。まるで別世界のことを話しているかのように落ち着いていた。
「よくそんな簡単に言えますね……!」
ハーニーはパウエルを睨みつけた。憎しみすら滲ませて、記憶の中で最も恨みがましく人を睨みつけた。
「パウエルさんはどこの立場で喋ってるんですか! リアの保護者になったんじゃないんですか!?」
「何?」
「パウエルさんは人を公平に見すぎるんですよ! 皆が皆同じに見てるから、そんな大事なことを何でもない風に言える!」
「私は人を見下した覚えはない」
「知ってますよ! でもそう見えても仕方ないことをしてるんです!」
「……私は正しい選択をした。これ以外にどうしようもないだろう」
パウエルは自らを正しいと言いながら、顔を背けた。
確かにその通りだ。家政婦側の事を考えたなら、それは仕方のないことだろう。
「でも……いや」
ハーニーは頭を振って理性を起こす。
今考えるべきことはもっと大事な……。
「じゃあ、じゃあ聞きます。リアのこれからのことどうする気ですか」
「……家政婦の、代わりを探すしかないだろうな」
パウエルは苦しそうに言うがハーニーは納得できない。
それなら何としても引き留めるべきだった。事情を承知してもその上で頼み込むべきだった。今更リアに新しい人を傍に置いても警戒させるだけで、慣れたころには成長しているだろう。でも、それでは遅い。
「リアが辛いのは今なんですよ! 今こそ誰かが傍にいてあげないといけないのに、無責任じゃないですかっ」
「無責任だと?」
「そうですよ! ウィルさんから引き継いだとか言いながら、あなたは何もしようとしない! 一歩遠くで少し気遣いしてるだけで!」
「だが今回は仕方のないことだ」
「仕方なくても、簡単に引き下がるその態度が気に入らないんです! 一言でも引き留めましたか!? あなたは!」
「……」
「やっぱり無責任じゃないですか! 上に立つ者としては正しくたって、家族としては間違ってますよ!」
家族は理想から、知識からでしかハーニーには語れない。それでもリアにはそれを見てほしかった。
「家族? 私があの子のか」
「そうですよ! パウエルさんが責任を果たすというのなら、親になってあげるのが道理でしょう?!」
パウエルはハーニーに目を合わせない。
「それで、あの子が喜ぶと思うのかね」
「思います! 僕だったら嬉しいんだ。僕は今でも……っ」
パウエルは目を伏せがちにして、寂し気にため息を吐いた。
「それは君自身に親の記憶がないからだ。過去の記憶は簡単に消えないんだよ、ハーニー君。上書きできるような優しいものではない。誰かの代わりになるなんてのは無理なものだ」
「でもっ、リアは……!」
「……君がその立場になればいい」
静寂。
「……僕が?」
短い一つの言葉で、怒りも思考も奪われる。
「ああ、そうだ。私のような部外者より、最も親しい人が……大切に思っている人間が傍にいるべきだろう。君が傍にいればいいのではないかね」
「それは……」
言う通りだ。自分が大事にしたいと思うなら、自分がついてあげるべきだ。
「思いが大切だというのなら、君が傍にいるべきだ。君が適任だろう」
当然の意見になぜか頭は混濁する。気持ちの悪い、温い汗が体に纏わりつく。
「で、でも僕は……リアはあなたが引き取るって言ったんですよ? 本当なら僕が守ってあげたかったけど、ウィルさんがあなたに頼んだから、それでも遠くからでも守ろうって僕は……」
「別に私は君があの子の傍にいても構わんよ。むしろそうするべきだと思っている」
「だけど……」
「そうしたいなら君から願い出るのが道理じゃないのかね? あの子の傍にいてあげたいと、君はなぜ私に言わなかった。君は私に遠くで気遣いをしていると言ったが、君こそ何を躊躇して遠くから守ろうだなどと言っていたんだ」
いつの間にか立場は逆転していた。
パウエルさんの言う通りだ。僕はどうして傍にいたいとパウエルさんに言わなかった? なぜ遠くから守ろうとしていた? パウエルさんの言っていることは正しいと自分でも思うのに。
なのに、それに躊躇いがあるのはなぜ?
ハーニーはパウエルの揺れず自分を捉える視線に耐えきれず俯いた。足元の一点、何もない場所に何かあるかのごとく見つめながら訴える。
「だ、だって、僕は親になれませんよ。僕は……親を知らないんですよ? それなのにどうして親代わりになれるなんて言えるんですか……」
自分がリアの親になると言えないのは自信がないからだ。覚悟がないからだ。リアが泣いた時、救えなかった時の責任に怯えているんだ。自分が誰かにとって大切な存在になるのが怖くて、自信がないんだ。
所詮居候だから。余所者だから。自分でも自分が分からないから。親を知らないから。理由はいくらでもある。
「だから僕は……」
「それが本当の理由かね?」
「え……?」
呆けた顔でパウエルを見る。パウエルはただまっすぐ見つめ返していた。
「私は、君に親になれなど言っていない。傍にいてやってほしいと言ったんだぞ。それなのに君は勝手に親だと解釈して、一定の距離を保とうとしている。私にはそう見える。その理由は……違うのではないのかね?」
違う? 何が。
何も違わない。
それでいいじゃないか。
心は強くそう言うのに、唇は震えて何も語らない。
「君は、本当にあの子の傍にいたいのか?」
「ぼ、僕はちゃんとリアのことを大切に思ってます! それは嘘じゃないっ!」
絞り出した声も情けなく震えていた。対してパウエルの声は毅然としている。
「ならなぜ君は逃げる。何に怯えて、何を怖がるんだ」
「な、何に……何をっ……?」
言葉が、意識が、詰まる。その間もパウエルはその抉るような鋭い視線を外さない。ただ返事を待つその存在がとてつもなく強大で恐ろしい。
「どうした。君が怯えているのは私ではあるまい?」
煽るような物言いは返事を催促する。詰まる思考にさらに負荷がかかる。
いっぱいいっぱいの頭の中。有意識と無意識の間でただ口だけが動いた。
「ぼ、僕は……一人になるのを怖がってなんかいないっ!」
思考の吟味を待たずに飛び出した言葉に、一瞬、時が止まったような沈黙が差した。
「一人……なるほど。そうか。君は親がいないんだったな」
「な、何が言いたいんですかっ?」
後ずさる。足がこの場から逃げたがる。
突き刺すようなパウエルの鋭い目に身体が竦む。堂々と立つ目の前の貴族に恐怖を覚える。
パウエルはハッキリと口を開いて言った。
「君は怖いんだろう。与える側になるのが。与えられる側でいたい。誰かに甘える子供でいたい。そう思って逃げている。ふっ、親になってしまえば、子供にはなれないものな」
皮肉じみた言い方にハーニーは怒りに似た悔しさを感じた。
「それがっ!?」
それがいけないことですか。
そう口にしようとしたのかすら曖昧だった。ただ何か言わないと保っていられない。冷静さや理性のような何かを。
「君は自分が大事なのだ。だから君はあの子を見たくない。傍にいたいのではなく、君は傍にいてほしい。そういうことだな?」
遮るように言葉は飛び出る。
「僕はっ、僕がそう願っちゃだめですか! 親が欲しいと思うことは許されないことですか!」
「しかし君はそれを──」
一度放たれた言葉はすぐに止まなかった。引き出された奥底の感情は、溢れだした水のように流れ続ける。
「僕はずっと待ってたのにっ! 幸せそうな親子を見ながらずっと我慢してきたのにっ、どうして望むことを許してくれないんですかっ! 僕はずっと、ずうっと我慢してきたのに、どうしてっ。なんで……」
「……」
その答えがパウエルからもたらされることはなかった。パウエルは柔らかなため息を一つすると、同情と憐憫の混じった目をハーニーに向けて穏やかに言う。
「……この話はまたにしよう。お互い、冷静とは言えんようだ。私も余計なことを言いすぎた。大人げない、貴族らしくないことをしたな」
「そうやって勝手に納得して! 高いところにいて!」
パウエルはハーニーの横を通る時、肩をぽんと叩いた。それがハーニーには悔しくて仕方ない。どこまでもちっぽけな存在だと言われている気がして仕方ない。
すぐに振り返ってパウエルの背に叫んだ。
「勝手ですよ! 皆勝手だ! パウエルさんもそうやって……」
パウエルは振り返らず進んでいく。いつもより小さい背中から、ただ足音ばかりが返ってくる。
「そうやってパウエルさんも僕を一人にするんですかっ」
立ち止ることなくパウエルは歩いていく。やがて夜の闇に消えて見えなくなった。
静けさが降りてくる。
ハーニーはたった一人、隣家も人気もない石詰めの街道に取り残された。それがこの世界に一人になってしまったように感じて足元がふらついた。そのまま道の端の段差に崩れて座る。
まるで地獄のような闇。無音。孤独。
別世界のように感じて頭がどうにかなりそうになる。
『大丈夫ですか』
現実に引き戻したのは非現実的な無感情の声だった。
「……セツか……」
『はい。大丈夫ですか』
「……大丈夫だよ」
ハーニーは投げやりに答える。セツは間髪に入れずに言葉を返した。
『そうは思えません』
「どうしたんだよセツ……随分主張するじゃないか。君らしくない」
『私らしさは私が決めます。今のあなたはどう見ても大丈夫ではありません。心配です』
「……本当に人間みたいだよ。セツは」
『……どうして平静のフリをするんです』
セツの一言はハーニーのまだ混乱している頭を揺さぶった。
「なんだって?」
『なぜあなたは冷静なように振る舞うんですか。本当は色々な感情が渦巻いていて、それをどうにかしたいともがいているのに。頭の中は混沌渦巻いているのに』
ハーニーは自分の右腕を睨みつけた。
「君までっ……君まで何だって言うんだよ! 今くらい僕を放っておいてくれてもいいじゃないか! 僕だってこういう時くらいっ……。君はいつだって! いつも……くっ」
歯を噛みしめる。拳も握り込む。必死に耐えて、耐えて耐えて……結局視線は左に逃がした。
「……何でもない。今のは、忘れていいから……ごめん」
そう言って俯いた。
こらえるように唇を噛む。
言ってどうなる。何かが変わるわけじゃない。ただ傷つけるだけで無駄。無意味だ。こんな気持ち、誰かにぶつけていいはずがない。どうしようもないんだ。
「く……」
悔しかった。自分が、皆が。
そしてただ気持ちばかりが溢れようとして、でもそれは抑えなくちゃいけないものだから唇を噛んで我慢する。
いつもやっていたことじゃないか。今までずっと我慢できたんだから今回だって……。
『私に当たっていいんですよ』
「え?」
驚いて右腕を見た。真っ暗な夜の闇の中、SETUの字だけが穏やかな光をこちらに向けている。労わるような光の明滅。
セツは静かに空気を揺らす。
『あなたは優しいから、道具である私にさえ気を遣います。でもそんなことはしなくていいんです。私は道具です。物に当たることは普通の事でしょう? ですからあなたも私に当たっていいんです。気持ちをそうやって散らしても……誰も咎めません。私も、それを誇らしく思いますから。ですから感情をぶつけてもいいんです。我慢しなくていいんです』
無機質なはずの声はあまりにも優しく、まるで柔らかな微笑を携えたように放たれた。
ただの優しさや同情ではないその言葉に、ハーニーは呆気にとられる。
「……」
どうすればいいのか分からない。知らない感覚だった。何て名前の気持ちを向けられているのか分からなくて、だからどう返事すればいいのか分からなくて、答えがないまま心ばかり揺れて、ただ名前を呼ぶことしかできなかった。
「セツ……」
『はい。いいんです』
セツはまるで当たり前のようにそう言う。不思議とそれでどうすればいいのか分かってしまった。分かって見れば当たり前のことだった。
ハーニーは自分への呆れの混じった苦笑を浮かべる。
「……そんなこと言われて……当たれるわけないじゃないか。僕が優しいって言ったけど、君だって優しいから……だから、無理だよ」
セツは数秒の沈黙の後、無感情ながらどこか落ち込んだように言葉を発した。
『私ではだめなのでしょうか』
「そういうわけじゃないよ。でも、君の優しさを知ってそれでも当たれるほど僕は自分勝手になれないから……」
『……私はあなたの役に立ちたいんです。私は所有者の力になるための存在ですから、あなたに元気になってほしい。いえ、役割以上にそう願う私がいるんです。……ですが、私はそのために何をすればいいのか分かりません。私は……道具としての枠組み以上に働けないんでしょうか』
「……」
今は放っておいてほしい。一人にしてほしい。そう思いながらも、セツは苦しんでいるように見えた。そしてそれは見ていられなくて何とかしてあげたいと思ってしまう。
自分事を気にするよりも、人のために悩んだ方がいい。そうすれば自分を気にせずに済むから。きっとその方が楽で、有意義だから。
そうすれば許される気がするから。
ハーニーは内から逃げるように外を見た。
「じゃあ……話してみるよ。それで何か変わるかなんて分からないけど。いいかな?」
セツは『はい』とだけ答えた。
ハーニーはふらふら歩いて道の端の段差に腰かける。俯いて自分を振り返ってみた。
「……大体さ、パウエルさんの言う通りなんだよ。僕はパウエルさんに親になれとか言いながら、リアにちゃんと向き合おうとしてなかった。逃げてたんだ。見ないふりしてたけど、気付かされちゃったよ……」
『何から逃げるんです? 責任ですか?』
「違うよ」
ハーニーは儚げに笑った。
「逃げてたのは……僕自身から。僕の……願いのために逃げてたんだよ」
拳をぎゅっと握る。爪が食い込むのが痛い。それでも力の抜き方が分からずそのまま。
「僕は……待ってたんだ。誰かが僕を迎えに来るのを。女の子が王子様を待つみたいにさ、家族……ううん、家族じゃなくたっていい。誰でもいいから、僕を一人にしないでくれるのをずっと待ってた。ウィルさんのところで過ごした3年間、僕はずっと一人だったから。心は孤独だったから。だから、だからね……誰かが僕を愛してくれるのを待ってたんだ……」
どこまでも近くで、どこまでも遠い家族を見ていた三年間を思い浮かべる。
「僕がリアを愛する側になったらさ、僕が守るってことだろ? そうすると立場が変わっちゃうんだ。僕は守られる側じゃなくて守る側に、愛される側から愛する側になってしまう。誰かが助けてくれるのを待てなくなっちゃう。そしたら僕はもっと一人になるんだ。そんなことないって人は言うかもしれないけど、そう感じるんだよ。……だから、それが嫌だったんだ。きっと……」
『リア嬢がいるではありませんか』
「違うよ。違うんだよ。リアのは頼るだとか縋るだとか、そういうのであって違うんだよ……。だから、僕が欲しいのは……」
ぐっ、と喉に引っかかる。
「僕が欲しいのは親なんだよ……。親の愛情とリアが僕に向ける愛情は違うだろ……違うんだよ……。リアの気持ちが嫌なんじゃないよ。それはとっても嬉しいことだけど、でも、違うんだよ……」
『あなたは……甘えたいんですね』
右腕を見た。ただ穏やかな光がある。やがて口から出たのは重い息。
「そうか……そうだね。僕は誰かに甘えたかったんだ」
僕は甘えたことがないから。親を知らないから。いや、理由なんていくらでもある。ただ親のような存在がいてほしくて、それに甘えてみたかった。でも自分が甘えられる存在になったなら、もう甘えられない。弱みを見せることはきっとだめなことだから。不安にさせてしまうだろうから。
「……」
『……』
空虚な風が吹いた気がした。
『私に甘えることはできませんか』
「セツに?」
不思議と悩む時間は短かった。
「どうかな……難しい気がする」
『私が道具だから?』
「……いいや、なんていうかな。どうしてだろ。そういう関係じゃない気がするからかな」
『……よく分かりません』
「僕自身分かってないから……気にしなくていいよ」
ため息を吐く。なんとなくため息がセツと被った気がした。
「少し、楽になった気がするよ。いつかもそう思ったなあ。君と話してると自分が見える気がする。……見たくないことばかりだけれど」
『これからどうするんです』
「……リアを放ってはおけない。リアだって辛いんだ」
口にしてハーニーは想像する。リアは両親がいて、その上で亡くしたんだ。それだけでもすごく辛いのに、自分を知る親しい人までいなくなってしまった。それに敵う辛さがそうそうあるもんか。今一番辛いのはリアに決まっている。
『自分の願いを諦めるんですか』
ハーニーは笑って見せた。
「優しいね、セツは」
『優しさで解決するのならよかったんですが……』
真剣に自分と話してくれていることが伝わる。それは嬉しいことだった。
「諦めたくないな……でも……」
答えを探すように空を見上げる。嫌なほど綺麗な星空が広がっていた。それが自分を馬鹿にしているように見えるのは自分の浅ましさのせいか。
「分からないや。僕はどうするんだろう」
言ってハーニーは立ち上がった。足は重く、心はもっと重たかった。
「とにかくリアのところに行かなくちゃ。今きっと一人だ。それは……辛い」
自分の願いや悩みは置いておく。今考えるのはリアのこと。一人の辛さは誰よりも知っているつもりだから。
それだけを胸にハーニーは宿に足を向けた。
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