~平穏な日々 湖畔の魔女~
一時、それでも平穏の始まり
旧王都がかつて首都だったということの象徴、旧王城。遷都してからは門などは常時解放されており、城から真っ直ぐ中央街に出られるようになっている。
しかし、いくら城門が開いているとはいえ入れるのは一部の貴族だけだ。ちょうど今出てきたパウエル・カーライルのような実力者か、政務関係者しか出入りすることができない。
パウエルは城門を出た先、階段の下で待っていたハーニーへゆったりとした足取りで近づいた。その歩き方には普通の人にはない独特の余裕がある。手に持つ杖も威厳を感じさせる。
「ふむ。時間通りに来たつもりだが、待たせたかね」
「少し早く来たんです。どうして呼ばれたのか気になったので」
もはやいつものことだが、パウエルに呼び出されるのはその日の朝だ。奇襲作戦のような場合もある。仕方ないが、急に呼ばれると落ち着かず早く来てしまった。
パウエルはバツが悪そうに視線をずらした。
「戦争がらみと勘違いさせたか。つい私の常識で考えてしまった」
「どういうことです?」
「この時期に戦闘はまず起こらない、ということだ。説明するより見た方が早い」
そう言ってパウエルは街中へと歩み始めた。追いかけて横に並んで街を行く。
「豊穣祭について何か聞いているかね?」
「毎年初夏にやるお祭りですよね。確か作物の実りを祈るとか」
ガダリアでも盛り上がっていたのを覚えている。広場で楽器の演奏が行われ、街の皆が踊っていた。
リアの父、ウィルはそういう場を好まなかったから、僕やリアは参加できなかったけど楽しそうだった。リアは羨ましそうにしてたっけ。
「豊穣祭は国に関わらず同じ時期に行われる。だからその頃に戦闘は起こらんよ」
「……? でもその油断を狙われたらまずくないですか?」
「一時的にはそうかもしれん」
「一時……?」
よくわからずいるとパウエルは目元を緩めて説明した。
「民あっての国だ。そして豊穣祭は民が大切にしている風習。それをないがしろにして土地を治めても、長続きしない。それに東国の主戦力は魔法石を持った平民だぞ。彼らはこの時期忙しい。見たまえ」
パウエルは道向こうの家々を指さした。
白い紐が家と家を繋ぎ、くくり付けられた色とりどりの布が風にはためいている。まだそれらは一部しか装飾されていないが、今もその繋がりを広げる作業をしていた。梯子に上って飾りをくくりつけている男の姿がある。
見れば街全体が祭りの準備に勤しんでいた。
「お祭りの準備で忙しいってことですか」
「そうだ。……私たちも例外ではない。貴族も戦士も人間だからな、ずっと戦ってもいられんよ。休息と、戦う価値を知る場は必要だ」
戦う価値を知る。こうやって皆が楽しむ機会は、確かに戦う理由づけになりそうだ。僕にとってリアが笑うことと同じように。
「君を呼んだのはこのことを伝えるためだ。当分戦はない。10日後の豊穣祭が終わるまでは東国は動かないだろう」
「そうですか……」
安堵するハーニーをパウエルは笑った。
「先週の東国前線基地攻略作戦の疲れがまだ残っているようだな。見れば切り傷も完治していないようだ。足を庇って歩いている。君も杖を使えばいい」
「大げさですよ。そういえば、戦う場でもないのに杖を持ってるなんて珍しいですね?」
何気ない質問だったがパウエルは表情を厳しくした。
「……どうも嫌な予感がする。油断できん」
「……ヴィンセントさんですか」
「君もあの噂を聞いたのかね。作戦にかこつけて穏健派を消そうとしたという」
東国前線基地奇襲。作戦は成功したが、情報が漏えいして僕とユーゴは死にかけた。状況だけ見ればヴィンセント率いる過激派が怪しい。
しかし。
「実際にヴィンセントさんが情報を流したわけじゃないと思うんです。サラザールっていう東国の高位貴族が、誰だったか……名前は覚えていないんですけど女の人が情報を流したって言ってましたし」
「女……初耳だな。間者が捕まったという話も聞いていない。まだ旧王都にいるな」
「それに、ヴィンセントさんは革命じみた考えを持ってますけど、旧王都が好きなのに偽りはなさそうでした。たぶん違いますよ」
「ふむ。君が言うのならそういう人物なのだろう」
パウエルがあまりにすんなり受け入れるので面食らう。
「そ、それは僕を過大評価してません?」
「君は私より人を見るだろう? 自意識を重んじて育った貴族に、君のような物の見方はできん。格好よくはないがね」
パウエルの苦笑につられる。情けなくも長所。その半端さが不思議と心地いい。自分をそのまま言い当てている気がする。
「まあ、嫌な予感の話はいい。一部の人間が独立をうたったところで成就しないからな。君もこの10日ほどは気兼ねなく楽しみたまえ。一時でも心から休める機会だ」
「パウエルさんはどうするんです?」
「私も休む。久々に故郷に帰るのもいいな」
「故郷……」
「旧王都より南へ行ったところにある。元はカーライル領だったが、私はあの通りガダリアに送られた。今や残るは誰も住んでいない家が一つか」
口では軽く言うがパウエルの目には懐古の色があった。
当然か。きっとパウエルさんの育った場所なんだ。思い入れは深いに決まっている。
「……行ってみたいですね」
ちらちらと目だけで反応をうかがいながら口にする。パウエルは不思議そうに眉を寄せた。
「何もないただの村があるだけだが」
「そうかもしれませんけど……ほら! こんなに強いパウエルさんがどうやって生きてきたのか気になるじゃないですか!」
「……まあ、隠すことでもあるまい。出かける時は君に声をかけよう」
やった!
あまり表に出さないよう喜ぶ。
「しかし君も変わり者だな。退屈などしていないだろうに」
「どうしてそう思うんです?」
「君の周りには女の子が3人いるだろう。恋仲になったりしないのかね」
「こ、恋仲って! そういうのは僕には分かりませんよ!」
あれ。
「3人ですか?」
「む。他に誰がいる? ネリー・ルイスに鍛冶屋の娘。それに右腕の住人と」
「ああ、セツを含んだんですね。僕はてっきりリアかと──う」
その時の、パウエルの渋い顔が嫌というほど印象的だった。
「……正気か? いや、趣味趣向をとやかく言うつもりはないが、しかし、あの子はまだ10やそこらだろう……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 違うんです! 今頭に浮かんだのには訳があって……!」
「……まあ長い付き合いのようだからな」
背を向けられる。
「待って! そっぽ向かないでくださいよっ。どうやら僕はリアに好かれてるみたいだから、パッと浮かんだだけなんですっ。そういうんじゃないんですよっ!」
「さて、どうだろうな」
からかうような物言いに緩んだ横顔は冗談なのだと言っている。それでもなんだか冗談に思えなくてハーニーは弁解を続けた。
『私が普通に枠入りしていることは喜んでいいんでしょうか』
「彼もまんざらではあるまい」
「僕をからかってるんですよね!?」
「さて、ね」
お祭り前はパウエルも舞い上がるんだろうか。
時折、からかいに混じる優しい目に自分の希望を乗せそうになって、ハーニーはそう思うことにする。
豊穣祭が近いから機嫌がいいんだろう、と。
それでも心の片隅にある親とか家族という憧れは消えない。
嬉しさを隠すように、ハーニーはパウエルに「違うんですよ!」と言い続けた。
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