魔法石の行方

 旧王都、旧王城の作戦司令室。

 ヴィンセント・ヤシーンは作戦の顛末を聞いて激怒した。


「どこから情報が漏れた!? 我々旧王都の内部情報だぞ!」


 奇襲作戦は成功した。こちらの死者は五人。負傷者多数だが、内容を考えれば大勝といえる。なんせ一度目の奇襲は失敗したのだ。完全に作戦を把握されていた。その上で基地制圧を成功させたのは称賛に値する。よく犠牲者が五人で済んだものだ。

 だが、それは結果の話。情報漏洩などなければ、確実に事を運べたはずなのだ。そもそも部隊を売った貴族がいるということが許せるものではない。あってはならないことである。


「どうやら内通者がいたようですね。それも作戦要員の中に」


 ザス・ウェンバーが答えたそれに、ヴィンセントは舌打ちを零した。


「早急に突き止めろ! この危急の事態に裏切る者は危険だ!」

「おおよそ特定しています。直前になって体調不良を訴えた者がいるのです。名前はカーラ・マックス。医療魔法の使い手です」

「その女がなぜ裏切る!」

「分かりません。確認を急ぎます」

「後でいい! さっさと捕らえるんだ!」


 ヴィンセントの激昂。その理由は裏切りだけではない。

 ザスが控えめに報告する。


「……今回の件、巷では我々改革派が情報を漏らしたと噂されております。保守派を消すために、我々が仕組んだことではないか、と」

「そんなはずがないだろう! 誰が街を危険にさらす! ……クソッ」


 否定しながらも、疑われて当然だという状況は理解していた。

 この作戦の要員は保守派ばかりを集めている。目障りな保守派の数が少しでも減ってくれれば、と思っていたのは事実だ。連携を取りやすくするため、という方便で疑いを晴らしていたが、情報が漏れてはどうしようもない。状況だけ見れば改革派は怪しい。


「だからそのカーラとかいう女を早く見つけろ! 他に我々改革派が関与していないと裏付けるものはない!」


 私の愛郷心を知れば、疑うはずがないのだが……!

 やるせない思いに拳を強く握っていると、ザスがさらに報告を加えた。


「実はもう一つ報告があります。東国前線基地を制圧し、西国の新たな拠点となりましたが、得たのは基地だけではないのです」

「どういうことだ?」

「実際に見ていただいた方が早いかと。旧王城離れの魔法研究所に運んであります。そちらへ」

「研究所……ジョシュア系統か」


 ジョシュア・グッドマンには一度だけあったことがある。人間全てを馬鹿にしているような、高慢な男だ。気に入らないが、しかし実績はある。魔法研究も奴の出現で急速に進んだ。

 現在の魔法研究所勢力はジョシュアが仕切っているという。どうも何をやっているか伝わってこない。信用できない。

 道中、ヴィンセントは現在懸念すべきことを再確認していた。


「……恐らく今回の情報漏れの件、我々を最も糾弾するのはビオンディーニだろうな」

「そうですね。保守派指導者ですし」

「それだけではない。息子のMJが死にかけたのだ。父親なら怒る」

「……面倒なことになりますね」

「奇襲成功の名誉もある。保守派が力を盛り返すだろう。となれば、旧王都独立計画は延期せざるを得ないか……」

「いえ。そうでもないかもしれません」


 二人は研究所内、地下倉庫前へと到着した。

 真っ暗闇の地下空間。


「今、灯りを付けます」


 ザスはそう言って火魔法を詠唱する。空中に三つ、まばゆい炎が生まれた。


「これは……!」

「カカ。驚きましたか。そうでしょうそうでしょう」


 乾いた笑い声は背後から。ヴィンセントは振り返った。

 骨のような痩せ形の男が立っていた。白衣を着たその人物の名は知っている。


「サクリ博士」


 この研究所の所長、サクリ・ファウストだった。


「カカカ、私も驚きましたよ。現物、それもこの量を見るのは初めてですから」

「そうだろうな……」


 ヴィンセントは改めて倉庫内に目を戻す。

 明かりに照らされた倉庫は、七色に輝いていた。

 魔法石だ。

 今まで西国を苦しめてきた魔法石が山のように積み上げられている。

 ザスが加えて説明した。


「輸送馬車三台分。制圧した基地で発見したものです。秘密裏に運び出しました」

「では、保守派はこのことを知らないのか?」

「はい。知っているのは私とサクリ博士。そしてヴィンセント司令だけです」

「そうか……サクリ博士。この魔法石は一般人に魔法の力を付与すると聞いているが、もともと魔法使いの者に効果はないのか」


 サクリは不気味に微笑んだ。


「そう聞いてくると思っておりました。……残念ですが、現段階では何ら影響しません。ただの光る石ころです」


 しかし、とサクリは間髪入れずに言い足した。


「しかし! この魔法石は人の意志に感応するようで、改造すれば既存の魔法使いにも使えるようになるはずです。ええ、なるはずですとも」

「どうなるというんだ」

「まず、魔法石の形を人の意志の乗りやすいものにします。例えば剣など、攻撃の意志が宿りやすいものにね。そうすれば攻撃意志の発露に感応し、恐らく魔法を強化する効能を持つでしょう。二層が三層に。三層が……四層魔法となるように」

「四層だと!」

「カカ。それほどの力があれば、この世界に敵はおりますまい。なんせ四層魔法の使い手は神話に存在するだけで、現世にいない。つまり最強! 四層魔法は空間支配の領域、いわばその場の王となるわけですから、無敵ですぞ!」


 ザスは希望に燃える目をヴィンセントに向けた。


「この力があれば……国を作れます! 独立も成功し得る!」

「ああ……これなら取り戻せるかもしれない……! 旧王都の失った名前を……!」


 熱に浮かされたようにヴィンセントは声を震わせた。

 だが、すぐに一つの疑問に思い当たる。


「……いや、待て。だが、この魔法石の応用は東国が既に着手しているのではないのか」


 ヴィンセントが抱く心配は、サクリが解消した。


「魔法研究が進んでいる西国だからこそ、魔法石の改造が可能なのです。東国はそのまま用いることしかできませんとも。また、西国でも魔法石を有しているのは旧王都のみ……言っておきますが、旧王都研究所の意向としては、全面的にヴィンセント・ヤシーン。あなたに協力するつもりです。他に研究成果は漏らしません」

「見返りは?」

「この魔法石の研究。恐らく、改造まで大半を失敗に費やすでしょう。ですが、必ず完成させます。その消費する魔法石のリスクをあなたには買っていただきたい」


 つまり研究だけで満足ということか。


「……二週間で完成させてくれ。今度の豊穣祭が終わるまでは、保守派も抑えられるはずだ」


 豊穣祭とは年に一度の祭りだ。夏直前に今年の豊穣を祈る大規模な祝いの場。街を挙げての祭りで、恐らく戦争どころではない。東国にも同様の文化があり、前大戦でも豊穣祭近くに戦闘は起きなかった。


「豊穣祭。カカ、良い隠れ蓑になる。いいでしょう、いいでしょう。二週間もいただければ十分。あなたにふさわしいものを作りあげてみせます。ところでどんな形をご所望ですか? 剣? 斧? それとも──」

「任せる……」


 サクリの言葉は途中からヴィンセントに聞こえていなかった。

 ヴィンセントの目は、魅入られるように魔法石の山を見ていた。


「やっと……運が向いてきたな……」


 西国を出し抜ける要素を手に入れたのだ。それも、四層魔法に至る力。一国を統べるのに十分な、力。

 これで独立への部品が揃った。

 ヴィンセントは身が打ち震えるほどの感動を覚えながら、ただただ七色の輝きを眺めていた。滾る野心を一層燃え上げさせる。

 自分が笑っていることに気付かないほどに。

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