眩んだ戦闘 3
手ごたえはあった。
何度感じても嫌な人を斬る感覚があった。皮膚を裂き肉を抉る、吐き気を催す感覚が。
「……はッ」
浅い呼吸。集中が解かれる。
勝った。ユーゴと協力して、この強敵を倒した。
ハーニーは切り伏せた相手を見た。
サラザール・ガラアル。髭を蓄えた大男。東国の司令官。
ゴホ、とサラザールは血を吐いた。致命傷だ。斬撃の傷は深い。臓器のいくつかも抉っている。
「な、なぜだ……」
声は苦悶を帯びていた。サラザールは目だけでこちらを見ていた。
「私は後ろに飛んだが、あれは見てから対応できるものではない。つ、つまり、お前は最初から私がああすることを読んでいたというのか。私の心を読み取ったのか……!」
サラザールに敵意はない。こちらもあとは、敬意を示す以外ない。
「僕はそんな大それたものじゃありません。ただ、今回この場合は、あなたはきっと一度退くと思った。だから僕は歩みを止めず、あなたが動く方向に進み続けたんです」
「なぜ! あれについてこようとすれば守りは薄くなる。い、いや、それよりも……私が最初の時点で剣を振っていれば、お前は防ぎきれず死んでいたッ」
「確かに走り出しの瞬間、僕に回避の余裕はありませんでした。かといって、魔法で防御すれば僕の位置があなたに伝わる。そうなればまた持久戦だ。僕に勝機はない。だから、この、あなたの意識を追えるこの機会しかなかった」
「一歩間違えば死ぬのだぞ! なぜ私がそうしないと踏める……!?」
「サラザールさんには……責任があるでしょう?」
「なに……?」
「皆を率いる役目がある方が、捨て身の反撃なんてしませんよ」
「ば、馬鹿な。そんな不確定な印象だけで私を追ったと……!?」
「それだけじゃない。僕はあなたに死ぬ気がないと感じた」
これは言うべきではないのかもしれない。相手を傷つける内容だ。
だが、サラザールの目は生きていた。戦士の鋭利さを未だ持っていた。
ハーニーは毅然とした態度で伝える。
「あなたは殿を買って出たけれど、自分を捨てる気はなかった。もし死ぬ気なら、自分から敵集団に突っ込んでいくはずです。その方が囮として確実だ。そうしなかったのは、あなたが僕らを見逃したから」
「……だ、だから何だ……!」
「僕らを見逃した結果、奇襲が成功してしまった。その責任の取り方は、民を無事に逃がすことでしょう。それが完了するまで死ねないはずです。死ぬことは楽な道、逃げに近い終わり方でしょうから」
一瞬ユーゴの姿が脳裏をよぎる。しかし、それは過去のユーゴだ。
「あなたの気持ちはずっと東側を──東国民の方を向いてました。僕らの戦いじゃなくて、その先を見ていた」
「最初から目が眩んでいただと……?」
「僕は死ぬ気はなくても、死んでもいいつもりで戦います。それがせめてもの礼儀だと思うから。でも、あなたは僕に己を被せた。あなたが無謀なことをしないように、僕もしないだろうと思い込んだ。僕をちゃんと見ていなかったから、この戦いに全力を賭けていなかったから、僕は勝つことができたんです」
サラザールはしばしの沈黙の後、唸った。目を空に向けつぶやく。
「一人ひとりが個々の責任で戦う貴族なら、こうはならん……。民兵は重い。指揮する者に責任という枷をかける……ふ。言い訳だな。私は嫌な老い方をした。目の前の戦いに集中できないようでは戦士失格だ……ぐッ」
ひときわ大きな血反吐を吐く。サラザールはにやりと笑んだ。
「せめて喜んだらどうだ……勝者は誇れ。戦い、勝った瞬間達成感を得たはずだ。その感覚は正しい」
ギクリとする指摘。
ユーゴと二人で得た勝利。喜びはあった。彼が言うように達成感もあった。
それでも素直にその気持ちに流されたくない。
「あなたはきっと良い人なんだと思います。僕は素直に喜びたくない」
「最後に見るものが渋い面では満足に死ねぬ」
気を遣われた。
ハーニーは表情を緩めた。
それもまた、勝った人の礼儀なのかもしれない。勝って喜び、負けて悲しむという普通の感情は、生きている証拠になる。生き残って申し訳なさを感じるのは、不幸なのだろう。
「僕は馬鹿だな」
アルコーさんはそれで苦しんでいたじゃないか。僕が笑うのを躊躇えば、同じように勝ち残った人を躊躇わせる。
素直にいこう。今、僕は皆の元に戻りたい。
ハーニーが背を向けると、苦し気だが満足そうな声。
「それでいい。背負わないことが長生きの秘訣だ……私はその実例よ。ふっ」
命がけの皮肉にハーニーはつられて笑った。
振り返りはしない。歩みも止めない。
謎の寂寥感を覚えながらユーゴとMJのところへ歩く。
「やったな! ハーニー!」
無邪気に笑う友人が待っていた。寂しさは吹き飛ぶ。
「ユーゴのおかげだよ。一言だけで分かってくれたんだから」
「あれか。なんだろうな。不意に分かったんだ。これがリアちゃんの言っていた繋がる感覚なのか?」
接続者。黒衣の男はそう言っていたが、今回の一件もそれに準ずるものなのだろうか。
魔法を自分の背中に撃ち続けて欲しいこと。殺傷のないただの目くらましが欲しかったこと。言葉を介せず全て伝わった。
もはや錯覚では済まされない。何か明確な理由や条件があって起きている現実だ。
ユーゴはうえー、と気持ち悪そうなふりをした。
「男と繋がってもしゃーねーな。まあ、いいじゃん。難しいことは後にしようぜ。今はゆっくり眠りてーよ」
どっと疲れが感じられる。瞼の重さにも今頃気付いた。寝ずに一晩過ごしたのだから自然か。
「もう朝だ」
夜明けの光を見る。空は明るく、綺麗だった。基地での戦闘などどうでもよさそうに雲が流れている。
周囲から戦闘の音は消えていた。東国民の多くは撤退できたのだろう。貴族の誇りからして追撃はない。
結果として基地は制圧できた。後は帰るだけ。
「言っておくが、貴様らが帰るのは引継ぎの軍が来てからだぞ」
「お前ホント無粋な」
「ははは」
素直に笑う。
緩んだ雰囲気の心地よさが尊かった。
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