眩んだ戦闘 1

 未だに悲鳴や号令が聞こえるあたり、東国民の撤退は完了していないようだ。サラザールがここにいることもその証左。殿としての役目を果たすなら、基地から民がいなくなるまで残らなければならない。

 ただ、サラザールには明確な殺意がある。足止めとは別に、こちらを殺そうという強い意志が見える。これでは降伏を促しても聞かないだろう。


「……僕がやる」


 ユーゴは一瞬目を見開いたが、何も言わなかった。

 MJは動けない。ユーゴは足に怪我。となれば戦えるのはハーニーのみ。こうなるのは自然な流れだ。


「勝算はあるんだろーな?」

「対一人だ。隙を見つけられるはず。……でも、僕一人じゃきっと無理だ。ユーゴ、背中を任せるから」

「背中を? ──そうか」


 不思議なことに、何も言わずとも意図が伝わった気がした。

 この感覚は前にも感じたことがある。リアの声が脳裏に響いたとき。あれに近い。

 ハーニーは一つ深呼吸した。包淡雪を抜刀する。鞘は放り投げた。冷気をまとう刀身が、心を冷やす。

 必要なのは覚悟だけ。

 でも、覚悟なんてとうに済ませている!


「行くぞ!」


 ハーニーは刀を腰だめに構えたまま足を踏み出した。加速に魔法は使わない。記憶による技術の疾走だ。

 サラザールまでの距離は数十m。


「近づくまでが勝負だ!」

『はい』

「易々と行くと思うな! 出で裂け──衝岩裂破!」


 一度成功させた魔法だからか、簡易詠唱でも同様の性能があった。地鳴り。地震。鋭岩がハーニーに迫ってくる気配。

 ハーニーは加速を落とした。柔軟に動けるようにする。

 ザンッ。

 大地が割れ、岩の峰が勢いよく突き出す。ハーニーはその全てを避けようとしない。岩の一片が踵を切っても、大きな回避行動に移らない。


「ぐっ……!」


 ここで大きく避ければ隙を作る。次撃の餌食だ。

 ハーニーの予想通り、大地を切り裂いて出る岩は一つではない。ハーニーの進む地点を狙って何本も現れた。

 最小限の動きでハーニーは岩の剣山を駆け抜ける。足も手も肩も、全身に裂傷ができても歯を食いしばって走った。


「素早い! だが! 弾けろ粒岩尖!」

「魔力のカーテンを空中に固定して維持!」

『発現します』


 ハーニーを守護する魔力防壁が現出する。それは岩が爆散する瞬間、ハーニーがいた場所を囲った。石粒の散弾を魔力力場が遮断する。


「一度見ただけでここまで見切るか!」


 驚嘆する髭面が近くに見える。

 これで戦闘距離に。


「入った!」


 包淡雪を持つ手が強く握られる。

 接近戦。危惧しなければいけないのは、サラザールの持つ金剛の剣。

 あの魔法剣士は近距離に分があると見ていたが、サラザールがわざわざ生み出したものは刀剣なのだ。心得がないのに、そんなものを呼びだすだろうか。罠に使うためだけに作り出すだろうか。

 そんなはずがない! 魔法に誇りが宿るなら、この男は剣術に秀でている!

 ハーニーは刀による初撃に細心の注意を払った。そのおかげだ。サラザールがこちらの剣筋に合わせてきたのを避けることができたのは。

 刀のかち合いを避けて包淡雪は空を切った。

 数歩距離をとる。


「貴族らしくないな。その慎重さでよく魔法を信じられる」


 恐らくその指摘は正しい。セツがいるから魔法は形を得ている。

 ハーニーも返す言葉でサラザールの思考を口にした。


「あなたはただ守っていればいいんでしょうね。その鉱石の剣と僕の刀がかち合えば、こちらは持たない」


 普通に戦えば攻めあぐねる。サラザールは最悪時間さえ稼げばいい立場だ。僕を殺そうとしているが、最大の目的は退却までの囮だ。


「それならばどうする?」


 不敵な笑み。持久戦で負けない自信。

 それこそが狙うべき心のゆるみ。警戒されない一点だ。


「こうします! セツ、魔法は終わりだ!」

『はい。魔法継続を中止』

「なにを──これはっ!?」


 ハーニーは姿勢を低くして屈んだ。同時に頭上を光が通過する。

 それはこの瞬間にユーゴが放った光ではない。正確には、ずっと光魔法は撃たれ続けていたのだ。それが今までサラザールに届かなかったのは、ハーニーが発現した魔力力場のため。さきほど、石粒を防ぐために展開した魔法が残り続いていたため。

 当然、魔力力場が消えれば光は本来の道をたどる。サラザール目がけて真っ直ぐ飛ぶ。

 「背中を任せる」。

 一言で意図を汲んでくれたユーゴの行動の結果だ。


「足を怪我した俺にそんなこと言うってことはこれしかねーよなぁ!」


 背後からしたり声が聞こえた。さすが僕と同じで人の気持ちを気にする友人だ。

 サラザールは僕が姿勢を低くした瞬間、世界が光に包まれたように感じたはず。彼の視界は数秒死ぬ。

 この時間だ。自力で負けている僕にはこの機会しかない。

 ハーニーとサラザールの距離は僅か数歩ほど。

 ここがこの戦いで唯一の好機。分水嶺だ。

 可能性を瞬時に考える。僕にできることは。サラザールの取る選択、彼の精神性、抱えるものは。全てを踏まえて僕がとるべき行動は……!


「頼むぞ……ッ」


 ハーニーは決死の覚悟で行動を選んだ。

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