他人越しの景色 3


 一人で東国軍の前に出たハーニーは不安で一杯だった。

 ユーゴは良い考えがあると言ったが、詳細を聞かされていない。


「一分しかねーんだ! とりあえず前に出て宣言してこい! 俺たちは降伏しねーってな!」


 そう言われただけなのだ。

 なぜ宣言するのか。そもそも打開策とは何なのか。

 何も知らないまま、ユーゴを信じて動く自分は馬鹿なのかもしれない。……こんなところまで一人で来たんだ。馬鹿かな。

 ハーニーが地下牢から出ても攻撃は飛んでこなかった。何度見ても恐ろしい、人の群れが視界に広がっている。


「答えを聞こう!」


 遠くからカトルの声がする。どうやら指揮官たちは集団の東側。その奥にいるようだ。


「……ユ、ユーゴ。いいんだよね?」


 後ろを振り返らず聞く。東国民には距離があるので聞こえない。


「いいって! 高らかに言ってやれ!」

「ああもう、分かったよっ。……僕らは降伏しない! 誰が死ぬのが決まっている道を選ぶもんか! せっかく僕らなりにも生き方を知ったのに、死んでたまるかあっ!」


 最後の一言は自分とユーゴ両方を含んでいる。

 そうだ。やっと生き方を知ったんだ。まだまだ死んでいられない。


「……で!? どうするの!?」

「へへへっ。俺の二つ名を忘れたか? 『目潰し臆病者』よ! 清き光源、煌々広がる白光色──散眩光!」


 ハーニーの頭上に小さな白い光が浮き出た。

 暗中にある一点の白。それは瞬く間に弾け、爆発的な光を全方向へ放つ。ハーニーは真下にいるため目は自由なまま。


「って、これじゃ一瞬時間を作れるだけだよ! この隙を攻めて欲しいなら一言言ってくれないと!」

「そんなんじゃねーよ! 今のはこれからやろうとすることの時間稼ぎだって! ハーニー! 階段に戻ってこい!」

「何がなんだか!」


 交渉は決裂。戦闘の口火は切られた。こうなっては、作戦があるというユーゴを頼るしかない。

 ハーニーが地下への入り口に逃げ込むと、ユーゴは満足そうに笑っていた。


「お前を外に出したのは注目を引くためさ。これで全員の視界を奪えた。こっから反撃開始だ」

「その自信はどこから来るんだよっ。僕らにこんな大人数を相手にする力はないでしょ!?」

「そうだな。俺たち一人ひとりにはない。けどよ」


 ユーゴは右腕を上げた。

 そして指さす。地下の階段から見える空を。星と雲がちらほら見える森の空を。


「ハーニー! 魔力を空に作ってくれ! 小さくてもいい、透明な奴だ!」

「う、うん。セツ!」

『発現します』


 言われるがままに魔法を行使する。

 頭上、地下牢の直上に透明な魔力力場が発生した。自分の色は氷の白色と言われてから、透明度が上がっている。氷塊がそのまま宙に浮いているようだった。


「これでどうするんだよっ?」


 焦りは増していた。やったことは目を潰して、その隙に魔力を浮かべただけだ。このままでは数で圧倒される。

 ユーゴは汗を垂らしながら、野心的な笑みを絶やさなかった。


「頼むぜ……! 前と変わらず在ってくれッ。疾れ、光条──白輝光ッ!」


 真っ直ぐ飛ぶ光の線。それがユーゴの手元から生まれ、空に伸びた。

 ピィィン、と高音が鳴った。

 ただ空へ伸びたわけではない。宙に浮く魔力力場にぶつかると、光は屈折して方向を変えた。といっても、光はちょっと曲がっただけで誰もいない空に飛んでいる。

 ユーゴは喜びを堪えきれないと言った風に片手を握りこんだ。


「……ッ。だよなあ! 俺たちの過ごした今までだって無駄じゃねーよな! あの時と変わらないってことはさ!」


 あの時。

 以前、魔法の特訓をした時のことか。結局練習にならなかった時間。それでも楽しかったあの事件。光が曲がって壁を壊した、あの。

 ユーゴは魔法があの時と変わらない結果を生むことに感動していた。そのまま嬉しそうにハーニーを見て言った。


「多面体だ! お前の魔法を宝石みたいに角ばらせろ!」

「ほ、宝石? こ、こう?」


 想像を物に例える。セツの助けも合わさって魔法は望む通りの形になった。

 多面体の透明な魔力。

 自然、光はその魔力の面に応じて方向を変える。今度は北の森の上に。


「回せ!」

「回す? ──そうか! セツ!」

『はい』


 やっと意図を理解した。魔力多面体を回転させる。

 当然、光の入射角は変わる。屈折角も。

 発生したのは光の疑似的な乱反射だ。高速回転する中に光は差し込み、それは光の細剣となって振るわれる。白輝光の魔法は反射に従って、地を焼き、空を割く。


「うわああっ?!」

「ひ、光が暴れているッ!」

 

 光は距離もところも構わず乱舞し、包囲していた集団にも襲い掛かった。

 一足早い夜明けが起きていた。

 多面体に光が留まって見え、多面体は回転で球状になる。小さな月か太陽のように、光を地上にもたらす。

 ただ、その拡散する光には力がある。物理的な熱性の光波だ。


「ハハハッ! 回せ、回せー!」

「って、うわ! こっちにも飛んでくるよ!?」


 地下にいるとはいえ、光の出どころだ。反射次第でこっちにも飛んでくる。


「そんなのはお前が防げばいいだろー!」

「まったく!」


 馴染んだ想像。盾の魔法を形成してユーゴの前に立つ。跳ね返る光を送り返す。

 光は魔力を通るとき高音を鳴らす。地上を焼けばジュウ、と焦げる音。集団に飛べば阿鼻叫喚。まるで魔法使いの大規模な戦いの様相を呈していた。


「ハハ、ハ……」


 後ろの高笑いが落ち着き始める。

 笑い声は、静かに涙ぐむ気配。

 ユーゴを振り返ると、彼は夢を見るような面持で空に浮かぶ光球を眺めていた。

 ハーニーの透明な盾を通して、眩しそうに。


「ユ、ユーゴ?」


 ユーゴは目を勢いよく拭った。


「……へへっ! 最高だ! お前越しに見える景色は死ぬほど輝いてるっ!」

「死ぬって、あのね!」

「分かってるって! 例えだよ! 俺はもう自分から逃げねー! 馬鹿が俺に理由を押しつけてくれるからな!」

「馬鹿はどっちだよ……」

『皆馬鹿です』


 笑ってしまう。

 こんなめちゃくちゃな光の暴走下なのに、笑みがこぼれる。

 二人の合作魔法は、力の象徴として全方位を光で満たしていた。

 それがまぶしい。光の明るさよりも、生きている証拠として観念的にまぶしい。

 これは支え合いの形なのだから。

 戦場だということを忘れた数分。

 外から異音が聞こえたのはその時だった。

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