東国前線基地攻略作戦 1

 東国前線基地攻略作戦の内容は次のようになっている。

 旧王都北門から出発し、ブルーウッド大森林を北から迂回するように移動。基地北方の川沿いの窪地を通って基地へ接近。侵入して制圧。これが作戦の大まかな流れだ。

 東国前線基地は魔防の木壁なるもので囲われているらしく、外部からの攻撃で突破は難しい。そのため基地に入り込んで混乱状態を作る必要がある。


「だからって無茶苦茶じゃねーか。こっちは三十人、東国の基地は周辺の見張りを含めて三百人なんだろ? 十倍差相手に挑むなんて無謀すぎるって……」


 横を歩くユーゴは、旧王都の北門を出てからもひたすら嘆いていた。

 現在地は旧王都北門から北へ数十分歩いた森の中。まだ当分西国勢力下なので危険はない。会話をしていても咎める者はいないし、他の部隊員が語らう声も聞こえる。

 ハーニーとユーゴは魔法使いの列の前部にいた。皆旧王都の貴族なので、二人の周りには僅かな間隔がある。

 彼らからすれば、僕らはいわば部外者だ。それも仕方ないか。


「あーあー、本当にどーなんだよこれ……」

「いくら愚痴を零しても仕方ないよ。というか、そんなに文句言うけどユーゴはこの列に混ざってるじゃないか」

「そりゃー俺だけ逃げ出すなんてできないだろ……責任引きずって生きたくねーし」


 今まで何度も危ない橋を渡ってきたが、ユーゴはいつも口ではいやだいやだ、といいながらも逃げなかった。今回も同様だ。なんだかんだでついてくきてくれている。

 愚痴は止まらないが。


「大体何で俺たちなんだよ。土地勘のある旧王都の奴が行けばいいだろ」

「気持ちは分かるけど、たぶん僕らが奇襲向きだからだよ。僕は攪乱役に適してるし、ユーゴは……ほら」

「……あー。そういうこと。また『目潰し』か……」

「いじけないでよ」


 ハーニーは苦笑を浮かべる。内心では別のことを考えていた。

 なぜ僕たちなのか。

 作戦に適性があるのは理解できる。しかし、ヴィンセントの誘いを無視した直後のタイミング。作為的なものがあるように感じる。泥沼への一歩を強要されたような不快感。

 僕が作戦に選ばれたのは、邪魔になった僕を消すためなのではないだろうか。ユーゴまで巻き込んで、パウエルさんの味方を減らす気なんじゃないか。

 ……いや、彼も貴族だ。作戦にかこつけて殺すなどと、外道なことはできないはず。街を愛するなら作戦を失敗させようとは思わない。作戦自体は正しいはず。

 ユーゴはなおも愚痴を続けていた。


「何でこんなことしなくちゃいけねーんだって、思わないか? こんな深夜に、暗い森の中転びそうになりながら歩いてさ、辿り着いたら戦いだ。十倍差の戦い。良いことなんて何もない」

「でも東国基地を放っておくと皆が危ない。ユーゴ風に言うなら、それこそ背負えないよ」

「……分かってるよ。俺だってそう思ってるんだ。じゃねーとこんなとこにこねーよ」


 つまりこの愚痴は言葉の上での発散でしかないということだ。理屈は分かっているが感情が許さない。そんなところか。

 ユーゴはそれ以上嘆くのは迷惑になると思ったようで、口調を変えた。


「実際問題、この作戦はどうなんだ? 見込みあるんだよな?」

『理には適っています。まともに防衛戦をされては損害が大きくなりますから』

「消去法みたいな作戦じゃないか?」

『確かに、他にいい突破口がないのは事実です』


 物量戦は拠点を作った東国に分がある。持久戦も同じく、攻める側が不利。陣を設けられれば、魔法を使える人数差からして東国の方が有利だ。奇襲は確かに消去法で求められる解になる。

 ハーニーが「でも」とセツの言葉の続きを口にした。


「でも無理な作戦じゃないと思うよ。東国の主戦力は魔法石を持った普通の人だから混乱しやすい。一度乱れれば統率は取れないはずだ。不安は集団であればあるほど伝染する。そうすれば魔法も弱まる」

「……まるで歴戦の男の言葉だな。いや、でもそれなら大丈夫ってことか。こっちが三十人しかいなくても──」

「二十九人だ」


 割って入ったのは聞き覚えのある声。この嫌なタイミングと情報は。


「MJ」


 金の長髪に不遜な態度。マルチェロジュニア・ビオンディーニが傍まで来ていた。


「三十人ではなく二十九人だぞ。一人カーラという女が体調不良で来れなかったからな。だが、問題ない。我々が紛い物の魔法使いもどきに後れを取るはずがないからな!」

「いかにも足元をすくわれそうな言葉だね」


 ハーニーが横やりを入れてもMJは態度を変えない。


「慢心しているわけではないぞ。事実としてこちらが上なのだ。作戦に集められたメンバーのことは私もよく知っている。皆実力があり、お互いよく知っている仲間だ。結束でも負けない」


 その自信を慢心という気がするが、魔法使いにとって自信は武器だ。真っ向から反対するべきではない。友軍の武器を折っても仕方ない。

 MJは何も言わないハーニーに満足し、そしてすぐに苛立った。


「それよりも腹が立つのは貴様だ! この前はよくも罪をなすり付けてくれたな!」


 MJは立ち止まってユーゴを指さした。


「貴様のせいで私は不当に怒られたのだぞ! 冤罪の責任をとれ!」


「なんだなんだ」「どうした」と周囲からざわめき。

 MJは部隊の指揮を任せられている。そんな彼が立ち止まれば全体の移動も止まる。皆MJとユーゴに注目しはじめた。

 素直に謝ればいいのだがユーゴは抵抗を試みる。


「どうして俺のせいだって分かるんだ? おばさんが勘違いしただけかもしれねーじゃん」

「貴様は私を指さして何事か言っていただろうが! しかも壁を破壊したのは光魔法だったのだぞ! 名字なしは色がない、ということは貴様しかいないッ!」


 MJを数秒眺めて、ユーゴは諦めのため息を落とした。


「悪かったよ。ついお前のせいにした。これでいいか?」

「なぜ私のせいにした!」


 そこを聞くのか。いや、理由を正すのは貴族の理屈らしいか。

 ユーゴはたまらず、といった風に答えた。


「だってお前……! 空気読めねーじゃん。俺のこと人前で……『目潰し臆病者』って呼ぶし、ムカつくのも仕方なくねーか?」


 密かに周囲から「確かにMJはなあ」と同調する声が聞こえた。それでも声に温かみがあり、信頼されていることが分かる。

 MJは周囲がどう言おうと全く動じない。


「それは貴様の二つ名だろう。事実を口にして何が悪いんだ?」

「こいつ! ちょっとはハーニーを見習えよ!」

「名字なしのようなナヨナヨした奴に見習うところなどない!」

「はは……」

『反対したいんですが。ハーニーにはいいところがたくさんあります』

「い、いいから」


 恥ずかしいし、それにあながち間違った評価でもないと思うし。

 MJはユーゴだけを焦点に捉えた。


「大体、二つ名は貴族の印象を映す鏡だ。となれば、それが貴様の本質だということ。私は何も間違っていない。ちなみに私の二つ名は『王流火龍』」

「何で自分のやつ言った! 自慢か! 自慢だろそれ!」

「これも事実だぞ」

「ムカつくなホント!」


 ユーゴがここまで苛立つのも珍しい。これは仲良くなりそうもないな。


「MJ、でいいかな。僕らも悪気があったわけじゃないんだ。君には迷惑かけたけど反省してるから今争うのはよそうよ。まだ大丈夫だけど作戦中なんだし」

「ふん? そうだな。弱い者いじめをする気はない。貴様は許してやろう」


 この人はどうしてこんなに偉そうなんだろう。言い方に嫌味がないから悪意がないのは分かるけど、反感はぬぐえない。何とか彼を理解しようとするなら、尊大さまで素直過ぎる、という評価になる。

 MJはハーニーから目を離し、ユーゴに向き直った。


「だが、貴様には聞きたいことがある。ユーゴと言ったが、名字は何だ」

「……さあね」

「とぼけるな。知っているんだぞ、ユーゴ・ハルフォード。ハルフォード家の一人息子だ」

「知ってるなら聞くなよ」

「答えるかと思ったのだ。だが貴様は答えなかった。名字を隠すなど、貴族としての誇りはどうした! そもそも貴様はなぜ王都にいない? 我々名家の子には責任があるだろう!」


 MJは思うところがあるらしく熱くなって語った。


「私が気に入らないのは何よりもそこだ。いずれ家長となる私たち長子には家を守る義務がある。私はそれを自覚し、父の助けになろうと努力している。貴様はどうだ。なぜここにいる」

「お前には関係ないだろ……」

「かもしれんが、見ていて不快なのだ。まるで意味もなく生きているようで価値を感じない。そういう魔法使いは弱い」

「ぐ……」


 ユーゴが唇を噛む。悔しそうな顔からして、二つ名のことを思いだしているのだろう。それが貴族の証明になるというから。


「今回は旧王都のためだ。協力してやる。だが勘違いするな。仲間になったわけではない。私は貴様を信頼していない。責任を果たさない軽い男は信用できん」


 MJは言い終えると踵を返し、列の中央へ戻っていった。やがて進軍が再開される。

 ふと、一人の青年が話しかけてきた。


「あの、MJは言い方はきついけど悪い奴じゃないんだ。だからあまり嫌わないでやってくれよ」


 MJは派閥をまとめる存在だと言っていたが、本当に信頼されているようだ。他の貴族も同様に同情の視線を向けてきていた。誰もMJを責めない。


「……行こうぜ」


 ユーゴは速足で歩き始めた。気持ちは想像できる。MJの味方ばかりいる空間は、信頼という言葉が意味を持ちすぎる。信頼の集まるMJと自分を比べるのは、きっと今のユーゴには苦しい。

 ハーニーとユーゴは一番前に移動した。振り返っても部隊が見えないほどの位置を歩く。この場合偵察役として機能するので問題はない。その旨も伝えてきた。

 近くにハーニーしかいないことを確認してユーゴはつぶやいた。


「……俺だってさ、何も理由なく家を飛び出したわけじゃねーよ。ちゃんと理由があったんだ。正当な訳が。外から無責任に思えてもさ……」

「あまり気にしない方がいいよ」


 ユーゴはちらりとハーニーを見た。そしてすぐに目を離す。


「お前はいつもそう言ってくれる。都合がいいけど、どうしてだ? 事情とか聞きたいはずだろ」

「そりゃ気になるけど、聞かれたくないの分かってるから。踏み込んでいいか分からないのに進めないよ」

「……慰めじゃないよな? 自分も臆病者だよ、って仲間のふりして気を遣ってないよな?」

「そこまで考えてないよ。それに、僕が臆病者なのは本当だ。人と深く関わるのは今でも怖い」

「……本当お前は……」


 続く言葉はなかった。ユーゴは落ち込んだように俯いて、表情は夜の暗さもあって見えない。

 「そろそろ私語は慎め! ここからは領外だ!」後ろから聞こえるMJの号令で、ユーゴに話しかける機会も消えてしまう。

 ユーゴと一緒にいて沈黙が場を満たすことは今までなかったから、ひどく居心地が悪かった。


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