ユーゴの特訓?

 旧王都で毎晩過ごしている宿から、そう離れていない場所。住宅地に隣接した広場にハーニーはやってきていた。二軒ほど家が建ちそうな空き地で、今は誰も所有権を持っていなさそうだ。


「こういう誰も使ってない場所は子どもの遊び場だったり、魔法学校生の練習場になるんだよなー」


 正午の陽光の下、一緒に来ていたユーゴが懐かしそうに目を細めた。

 自分にはない子供時代の話だから、ハーニーは入っていけない。それでも暗くならないほど、現在に満足していた。

 もちろん過去を知りたい欲求はある。たまに花屋へ訪れて夢の花を探したりもしている。いまだ手掛かりはないが、以前ほど焦っていなかった。空っぽだったころと違って、今は目の前の色々なものに価値がある。

 ハーニーは周囲を見回して眉を寄せた。


「確かに大きめの空き地だけど、家が視界に入るのは気になるなあ。街はずれの林の方が誰もいないしいいんじゃない?」

「いちいち移動するのメンドーだからここでいいって。大体家の心配なんか要らないだろ? 魔法はお前が受け止めてくれればいいんだし?」

「とんでもないことを言うね」

「いーんだって。どうせ俺の魔法は一層なんだ。光色のおかげで誤魔化し効いてるけど、威力自体は控えめなんだぜ?」

「ああ、だから目潰しなのか」

「そのことは言うなよ……結構気にしてるんだぞ『目潰し臆病者』って。それを払拭するための特訓なんだからな!」


 今日ここに来た目的がこれだ。

 「ハーニー! 俺の魔法の特訓に付き合ってくれ!」と今朝頼まれたのだ。近頃何か話を切り出したがっている雰囲気があったが、きっとこれのことだろう。火傷を気遣って数日待つあたりユーゴらしい。


「俺も魔法使い、貴族の端くれよ。さすがにこんな二つ名のままいられねーからさ。ちっとは強くなって迷惑かけねーようにしないと」


 地面をじっと見つめながら言うユーゴ。軽薄な気配は見えなかった。


「迷惑って、家名に?」

「……別にハルフォードの名字に肩入れしてるわけじゃねーけど、さすがに不名誉すぎるだろ。家はどうでもいいけど」

「ふうん?」


 どうでもいいと繰り返す割に、二つ名のことを気にしている。ユーゴ自身嫌がっているのもあるが、それ以上に家への迷惑を気にしているようだ。ちぐはぐで変な感じがするが、ユーゴなりの事情があるのだろう。


「ユーゴは……ん」


 家を出た事情を聞きたかったが、やめておく。ユーゴのことだ。いつも事情を聞かれたくなさそうにする。


「まあ、中途半端なのは僕も同じか」

「どうしてそこに落ち着いたのか知らねーけど癪だな。いや、事実だけどさ」

『私も似たようなものです』

「……それで納得するもんなのか?」

「僕らはこういう受け入れ方結構あるよ。この前も一緒にダメになろうって話をしたし」

「なんだそりゃ。駆け落ちの話か?」

「違うよ!」

『そうですね。違います。ダメになるのはハーニーだけですから』

「ええ!?」

『そもそも常にともにあるのですから、出かけるたび駆け落ちのようなものでしょう』

「僕たちは毎日駆け落ちしていたのか……」

「何だこの茶番は。俺をからかってるんだな? そうなんだろ?」


 ハーニーは照れ気味に謝った。


「ごめんごめん。最近セツがお茶目になったからつい乗っちゃって」


 名前も呼んでくれるし。


「つい、って言うけど完全に彼氏彼女のそれだった気がするぞ……まー、悪いことじゃないからいいか。んなことより特訓だ特訓! 俺はもっと派手になんなきゃいけねー!」

「派手?」

「おう! 見た目さえ派手なら二つ名なんて良くなるだろ」


 すがすがしく言う。印象が大きな役割を持つ魔法戦闘では間違っていないか。


「派手はともかく、ユーゴはどんな魔法が使えるのか教えてよ」

「えー、俺の秘密を知りたいってー?」

『帰りましょう。駆け落ちです』

「分かった分かった! 真っ直ぐ飛ぶ光条の魔法と、目潰し。加速魔法と軽い転移が俺の全部だ!」


 少し恥ずかしいけど、便利な話の引き出し方だった。

 気になったのは初耳な魔法。


「転移魔法ってリオネルさんみたいな?」

「あー、あの反乱の爺さんか。似たような感じだな。俺の場合光の中から影に飛ぶ魔法だけど」


 ユーゴは軽い口調で話した。


「俺も知らない間に使えるようになったんだよ。目潰し目的で、光で場を満たしたとき、相手の後ろに生まれる影には何もないんだ。でも相手からすれば前が見えないんだから、全部闇みたいなもんだろ? 俺から見て何もない場所に俺がいても、相手からすれば変わんないなーって思ったら転移できる気がする」

「相手の立場からすれば目をつぶされた状態が闇で、ユーゴにとって相手の影が闇で……?」


 意味がよく分からず困っているとユーゴは簡単にまとめた。


「つまり目潰ししてりゃ俺がどこにいるか相手には分からない。それなら俺はどこにいてもいいってこと。俺から見て何もないところがたまたま相手の影なんだよ。だからそこに飛べる。飛んでいい気がする、それだけの話な」

「何となく分かった気がする……」


 リオネルと理屈はほとんど変わらない。相手の視界に沿って飛ぶということだから、似ている。違うとすればリオネルは相手を露骨に利用するところだ。

 考えていくうちに一つの印象が気になった。

 ユーゴは影に行く。

 端的な心象が妙に胸に引っかかる。光なのに闇へ。それは不安定な感覚をもたらす。


「まー、んなこたいいんだって。俺が使える魔法はこれで全部だ。目潰し以外を特訓しようぜ」

「あ、うん」


 相当二つ名を気にしているようだった。笑うと怒られそうなので真面目に考え込む。


「一番攻撃的なのは光条の魔法かな? あの実体のある光の筋だよね。ぎりぎり目で追える速度の一直線で飛ぶやつ」

「それそれ。お前にはネリーとの試合の時見せたっけか。……よし! じゃあその特訓をしようぜ! 光一層魔法、白輝光を鍛えるぞ!」


 ノリノリのユーゴ。

 あっちは撃つだけだからいいけど、受け止める側はちょっと気が重い。光魔法は希少だというし、威力があるんだろうな。ケガしないよう気を付けないと。

 ハーニーはぼんやり考えながら距離を取った。戦場で戦闘が開始されるだろう距離。お互い少し離れたところに民家を背負っているが、受け止めさえすればいいのだ。最悪空に受け流せば問題ない。


「あんまり威力はないけどケガすんなよー!」


 ユーゴもそう言っている。大丈夫だろう。


「よーし! 僕はいつでもいいよ! 全力で受け止める!」

「特訓だからな、全力で行くぞ! ……疾れ、光条──白輝光ッ!」


 一層魔法らしい、短い詠唱。魔法が発現する。

 生まれたのは一本の光の筋だった。高音を伴って空中を飛ぶ光は、物理的な作用を持って一直線に迫ってくる。速いが目で追えるほどだ。


「セツ、盾!」

『はい』


 右腕からぶわっ、と魔力が溢れる。以前より透明度の増した無色の盾が生まれた。

 僕の魔法は二層魔法までなら何とかできる。衝撃に備えよう。

 ハーニーは耐衝撃の構えを取ってしっかりと立った。衝突の瞬間も想像をさらに固めた。


「……んっ?」


 しかし、やってきたのは……いや、衝撃など存在しなかった。

 魔力盾に光が着弾した瞬間、ピィィィン、と鈴のような音がした。直後、背後から破砕音。


「え?」

「うおっ……」


 予想外なことに二人驚く。

 後ろから聞こえるボロボロと何かが崩れる音。こちらの肩越しに何かを見て青くなったユーゴの顔。

 恐る恐る後ろを確認する。

 そこには壁が壊れて部屋が丸見えの民家があった。砂場の城が蹴っ飛ばされて一部崩壊したような惨状。

 近くまで駆けよってきたユーゴが声を上げた。


「うおおお!? ど、どういうことだハーニー!? お前今ちゃんと受け止めたよな?!」

「う、うん。ぶつかったところを見たけど……」

『透明な力場を光が通り抜けたようですね。考えてみれば自然な話です。多少光が屈折したところを見ると、水に入射した光のような感じですか』

「よく冷静でいられるね!」


 知らない人の家が半壊しているのに!


「やべーぞ! あの家の人らしきおばさんがこっちへ向かってくる!」


 どしどし、とガタイのいい中年女性が歩いてきていた。怒りの形相のせいか、オーラを纏ってすら見えた。


「ど、どうしよう」

『大丈夫です。あの壁を破壊したのは私たちではありません』

「そうか!」

「そうかじゃねーよ! 受け止めてくんなかったじゃねーか!」

「なんか僕の魔法だと最初っから無理みたいだね。光は防げないことが分かったよ。僕はユーゴ相手だと苦戦しそう」

「んなこた今はどーでもいいんだよッ! げ」

「アンタラァ! 人の家に何してくれてんだいぃ!?」


 大人の怒号は魂すら竦ませるものだった。


「どっちだい!? どっちのゴミ貴族が壁ぶっこわしたんだ!?」


 ユーゴと二人勢いにのまれて黙る。

 意図せずとはいえ悪いのは明らかに僕たちだ。


「すみません。実は」

「俺たちじゃないっスヨ」

「えっ」


 びっくりしてユーゴを見る。目だけ左上に泳がせながら腹の立つ顔をしていた。


「じゃあ誰がやったって言うんだい!」

「あー……それは……ア、じゃなくて、ネでもなくて……」


 汗だらだらで苦しむユーゴ。

 流石にごまかしようがないよ……。

 その時、遠くからよく通る尊大な声。


「見つけたぞ! 名字なしに……目潰し臆病者!」

「あいつっすわ。あいつが全部やりました」


 声が聞こえた瞬間の即答だった。


「なにぃ!? あの生意気そうな長髪がかい! ようし、あんたらはここで待ってな!」


 おばさんがこちらか目を離しMJに向かう。


「よし。逃げるぞ!」

「それはさすがに……」

「俺を馬鹿にした罰だ! 俺はこういう面倒なことからは、逃げる!」

「あっ、待ってよ!」


 ハーニーもユーゴを追いかけて空き地を離れる。


「おい! 私を置いてどこへ──何だ貴様は!?」

「あんたこそ何だい! こっち来な!」

「ぐおおっ、髪を握るな引っ張るな! 一体何だというんだ!?」

「黙りな! この壁を見て何も思わないのかい!」

「これは! ……ひどいな」

「ひどいじゃないよ!」


 すごい。貴族にまるで物怖じせず説教をしている。いつも不遜なMJも怒気に圧されて言い返せずにいるくらいだ。

 空き地を離れ、安全圏にたどり着くとユーゴは立ち止まった。ハーニーは横に並び立ってじっと彼を見つめた。


「……そんな暗い顔するなよ。やり過ぎたのは俺も分かってるって」

「……流石に罪悪感がね」

「後で謝りに行くよ。さっきはつい逃げちまったけど、このまま無視できるほど外道じゃねーから」

「ユーゴ……!」

「MJが怒りを吸収してからな」

「ユーゴ……」


 そんなに恨みは深いのか。


「あいつこの前もうるさかったんだぞ。覚えてるか? お前を……目潰し、で逃がした時、しつこく付きまとわれてひどい目に遭った。俺の二つ名を皆の前で連呼するし空気読めねーんだよ。少し苦しんだ方がいい」


 確かにMJはいつも嫌なタイミングで現れる。空気を読むタイプではない。僕とは真逆だ。

 ユーゴは切り替え早く明るい声を出した。


「いいから気にすんな! 後で俺が一人で謝ってくるから」

「僕も行くよ」

「魔法の性質の問題で、誰が悪いってわけじゃねーって。お前はあそこでやるの反対してたし、な? 俺に行かせてくれよ」

「……そこまで言うなら」

「お前はMJに謝っといてくれ」

「それはやだな」

「はははっ。お前にも苦手な奴っているんだな」

「悪い人じゃなさそうだけど面倒だから」

「決闘受けてやればいいじゃん」

「嫌だよ。妄りに手のうち見せるなんて」

「かっこいいな! 俺も今度からそう言おう」

「決闘する予定があるの?」

「……考えてみればないな。こないだの女の子の彼氏くらいだ」


 苦笑を交わす。

 やがてユーゴは腰に手を当てて背筋を反らした。明るい表情でつぶやく。


「あのおばさんには申し訳ねーけど、悪さして逃げるなんて初めてだったから面白かったな」

「そうなんだ。なんか意外だ」

「意外って、失礼だなー? これでも俺、子供のころは内気で真面目だったんだぜ?」

「ユーゴが?」


 ユーゴは少し落ち着いた調子で語った。


「いつも一人遊びばかりしてたんだよ。近くに同年代の子もいなかったからな。だからいつも……」


 表情に影が差す。それは一瞬のことで、気づけば軽薄な顔に戻っていた。


「お前といると退屈しないからいいな。また特訓付き合ってくれよ」

「それはいいけど」


 気がかりだけど、ユーゴは深入りを嫌う。話を切り上げようとしているなら、乗ってあげるべきなんだろう。

 

「僕も楽しかったよ。こっちこそこんな経験初めてだったから」


 それだけ伝えておく。壁とMJには悪いけど、楽しかったのは事実だ。


『弁償はどうするんです』


 ユーゴと顔を見合わせた。


「……木製だったよな、あの壁」

「うん……」

「は、半々でどうだ?」

「そうしよう。やっぱり僕も一緒に行くよ」

「はあー、やっぱり悪いことはするもんじゃないな」


 当たり前の結論に落ち着く。

 翌日、ハーニーはユーゴと素直に謝りに行った。おばさんは、最初は怒ったものの許してくれた。あの空き地は他の貴族も練習に使っていて、魔法がしばしば壁にぶつけられていたという。今回破壊に至ったのがたまたま僕たちの魔法だった、というわけだ。

 おばさんは弁償代を修繕費の半額だけ受け取った。残りは今まで壁を傷めつけた貴族の所属する魔法学校に請求するらしい。

 一件落着だ。


「なんか今思うと馬鹿々々しいことばっかりで面白かったな」


 夜、リアに事の顛末を話した時ハーニーは笑顔だった。

 一緒に怒られるというのは妙な連帯感があって嫌な感じはしなかったし、二人で頭を下げて目が合った時、つい笑い合ってしまったのは当分忘れそうもない。ちなみにおばさんにはバレて、それはそれで怒られた。


「あんまり悪いことしちゃだめだよ?」

「ごめんなさい。……ん?」

「どうしたの?」

「今考えてみたら全然特訓してないや。でもユーゴは満足そうだったし、いいか」


 近頃、戦いに駆り出されることは少ない。また今度でも大丈夫だろう。


「今日みたいな平和な日がずっと続けばいいな」


 ふとしたつぶやき。心の吐露は、しかし虚しく裏切られる。 

 ハーニーとユーゴに東国前線基地攻略作戦の概要が知らされたのは翌日の朝のこと。作戦決行はその日の深夜だった。

 奇襲の存在を隠匿するためだろう。悩む暇もない。

 心の準備などできないまま戦場に駆り出される。

 


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