デートの一日 コト
ネリーと午前中まるまる使って歩き回った。楽しい時間だったが足は少し重い。それでもまだ元気でいられるのは、サキの日課鍛錬をやるようになったおかげだろう。毎朝走って素振りをしている。体力がついているのだ。
午後はコトとの時間。どういう予定なのだろうと考えながらシンセン宅へ向かう。
コトは家の前で待っていた。
「コトはいつも外で待ってるね」
呼びかけるとコトはこちらに気付いて恥ずかしそうな顔をした。
「へへ、あたしって女の子らしくないからこれくらいはしなくちゃね」
「女の子らしくないことないと思うけど」
「えー? だってこれ」
コトは自分の来ている服をつまんでみせた。
「いっつも似たような東国服。せんぱいに悪い気がする」
「僕こそいつも同じような服だよ。今は動きやすい服じゃないと落ち着かない」
「分かる! 足さばきの邪魔になる服は着れないよね!」
コトは同調を得て喜ぶ。
大げさかもしれないが、いつでも戦える準備をしていないと気持ちが悪いのだ。今も帯刀しているし、雰囲気作りで言えば自分の方が無粋かもしれない。
「というかコトの服だって、脚の自由のために切れ目が入ってて……うん」
「興奮する?」
「……魅力的ってことにしよう」
遠回しに言ったが、コトはそれでも嬉しそうににやけていた。
「あたし、そういうこと言われ慣れないから照れるな。なんか、こう、女の子にされてる感じがして嬉しい」
「そ、その言い方は前のめりすぎるよね。語弊があるっていうか……む」
「へへへ。ドキドキした?」
「わざと変な言い方をしたね」
コトは照れながらも悪戯っ子の瞳を向けてきていた。
利口で一癖ある感じがコトらしい。少し処置に困るが。
ハーニーは気になっていたことを口にした。
「夕方まで一緒に過ごすって話だったけど、どういう予定?」
「あー、それね」
コトは露骨に目を逸らした。バツが悪そうにしてぼそり。
「……浮かばなかった」
すぐにコトは懇願するように上目づかいを向けてくる。
「だってね、だってね。あたしデートとかしたことないんだ。友達だっていないのにどうすればいいかなんて分かんないじゃん。せんぱいを楽しませるって言ったって……あたし可愛くないし、世間知らずだし……横においても恥かくだけかも」
コトは落ち込みかけて、すぐに振り払おうとする。誤魔化し笑いを浮かべた。
「やっぱりあたしこういうの向いてないんだよ。あたしにしかできないことってないもん」
コトにとって楽しい過ごし方を考えることは相当重圧だったらしい。他人との関わりが薄いと言っていたし、そもそもコトが僕を知ったのはごく最近だ。趣味や嗜好を知らないのに楽しませるなんて難しいに決まっている。
「……そうだなあ。僕はコトといると前に立ちたくなるよ」
「えっと、何の話だろ?」
「コトにしかできないことの話。君といると僕は前にいたくなるんだよ。守りたいとかそういうんじゃなくて、そう在りたいって思える。それはコトだけだと思う」
「あたしの前に……?」
「気分かな? 僕が年上に感じるからかもしれない。しっかりしたいと思わせてくれるんだ。義務感じゃなくて自分の気持ちとしてね。だから横にいても恥ずかしくなんかないよ。僕こそ世間知らずだし」
コトは目をぱちぱちと瞬かせる。その後、顔を桃色に染めてうつむいた。
「……うう。ずるいよお。これをただの優しさだって思わなくちゃいけないなんて……」
「ただの優しさ?」
コトはちょっと怒ってハーニーの胸元をつついた。
「気遣いで言ってるってこと! 誰にでもそういうこと言ってるんでしょ!」
「ええ? でもコトへの印象はコトだけだよ」
「ぐぐ……嬉しムカツク……!」
コトが変な顔で唸る。色々な感情が混ざってるようで窺い知れなかった。
「うー、でもこれかどうしよう。あたし散歩とか稽古しか浮かばないよ」
「僕はそれでもかまわないけど」
コトは不服そうだ。
「そうだなあ。もしよかったら僕の用事に付き合ってもらっていい?」
「ん! いい! というかそうしてくれないと死ぬ!」
「死ぬって、ああ。大げさに言うことで感謝を伝えようと」
「そういう分析はいいから! 恥ずかしいよ!」
いやーっ、と手で制止される。年下の女の子っぽくて可愛らしい。
「そ、それで用事ってなに?」
「無粋だけど短刀が欲しいんだ」
「短刀? ……もしかして」
「いや、この包淡雪に不満があるわけじゃないよ。すごく馴染むし気に入ってる。短刀が欲しいのは取り回しがいいからだよ」
打刀は長い。そのおかげで優位に立てることも多いが、いざという時一本取りだせるものが欲しかった。
「サキさん──僕の刀の師匠は誇り高くて二本持たなかったけど、僕は僕なりに戦いたい。短刀があれば至近距離で……確実に殺せるという意志を示せる」
「首筋に当てるってこと? ……そっか。命を奪いたくないよね。戦意をなくせば魔法も消える。戦意を奪うために欲しいってことか。勉強になる!」
ふむふむ、とコトは頷いて「いいよ! それじゃ倉庫に行こう!」と提案した。
聞くところによると短刀は表で取り扱っておらず、全て倉庫に収納されているらしい。
「小さい武器って攻撃の意志が乗りづらいから魔法と相性が悪いんだ。そういう武器は人気がなくて売れないの。だから勝手に持ち出しても大丈夫だね」
コトに連れられてシンセン宅の庭にある倉庫に行く。
古ぼけた木造の倉庫。重たい扉を開けると埃の匂いが充満していた。
「古ぼけてるけど保存には最適な場所だから安心して見ていいよ」
「……どこから探したらいいかな」
中は思ったより広い。家族四人が住めそうなくらいだ。
倉庫内は暗い。目が慣れるとぼんやり見えてきた。
四方を囲むように四段の棚がある。その全段に刀が入っていると思しき箱が並んでいた。
「へへーん。おじいちゃんは収集家でもあるからね、色々あるんだよ。これとか!」
コトが取りだしたのは錆び錆の長刀。切れ味など欠片もなさそうだ。
「これは昔偉大な戦士が使った刀。九牛一毛だよ」
「これが? 錆びて使い物にならないけど……」
「最初っから錆びてる刀なんだ。すごい嫌われ者の魔法使いがこの刀に己を見出してね、すごく魔法の乗りが良かったんだって。いわゆる霊剣ってやつ。嫌われ者が協力して英雄になるなんて格好いいよね」
「へえ、そういうのもあるんだ。……霊剣か。僕の刀も氷の魔法と親和性がありそう」
「あるよ。そう作ったもん」
軽く言うがそれはすごいことなのではないだろうか。
「次はこれ! 馬鹿には見えない刀!」
渡されたのは刀の柄だけだった。
「え、これ、でも」
「剣士じゃないと刀身が見えないんだ。その分立派なんだよね~。せんぱいもそう思うでしょ?」
聞かれるがどこから見ても刀身は見えない。重さだって柄だけの重量だ。
「そ、そうだね……いや、実は……あ」
「ぷぷ。嘘だよ。これ柄だけの刀。あはは、困ってるせんぱい面白かったよ? 汗までかいちゃってかーわいい」
「……君の先生っていう面子を守ろうとしたんだよ」
「そーなんだ。へー」
からかいだと分かっていても憎たらしい言い方だった。顔は笑っているからちぐはぐで、こっちまで可笑しくなる。
「でも刀にはなるんだよ。刀身は魔法で作るんだって。赤なら火、青なら水、みたいに」
「意外と純粋な刀って少ないんだなあ」
「戦うのは貴族だから。刀からも適応していくんだよ」
刀は身体の一部というが、その意味がよく分かる。使い手と武器の関係は認識以上に深い。
「って、探してるのは短刀だったっけ。せんぱいも色々探していいよ。テキトーに戻しても怒らないから」
「分かった」
根を入れて探し始める。
不人気というのは事実のようだ。短刀は数が少ないようで、軽く探すくらいでは見つからない。
数十分探してやっと見つけたのは、奥の方で鎮座していた一個の木箱。
「……何も書いてない」
木箱は両手で持てるくらいの小ささ。何も装飾されていない地味なものだった。他の箱にはある銘などの表記がない。本当にただの木箱だ。
一つだけ倉庫の雰囲気の中、浮いていた。その他の刀たちとは異なる存在感。仲間外れにされているようにぽつんとあった。
恐る恐る開けてみると柴色の柄の短刀が入っていた。刀身は平凡なものだが、切れ味はよさそうだ。
コトが気づいて横にきた。
「それはやめた方がいいよ」
「どうして?」
「いわくつきの短刀だから。切れ味はいいし名刀の類だけど、持ち主が不幸に遭うって噂があるんだ。例えば一人目の持ち主は霊山アーキで崖から落ちて死んじゃったし、二人目は東西戦争で亡くなった。それから何人の手にも渡ったけど、皆運悪く……。でもどうしてかその短刀だけは無事に残ってるんだ。ちょっと怖い」
「ふうん……」
じっと短刀を見つめる。この短刀は不幸を呼ぶというが、表面上に禍々しい雰囲気はない。むしろ惹きつけるものを感じた。
「これにしよう」
「えー、これ? 確かにいいものだけど……うーん」
「はぐれ者同士気が合うと思う」
「気が合う? 人間じゃないんだから」
呆れられても、不思議と他のものが欲しいとは思わなかった。
「じゃあ持ってっていいよ。おじいちゃんも手放したがってたし」
「それじゃ、ありがたくもらうよ。付属の鞘もあるし持ち運びやすそうだ」
コートの内側にしまえば外から見えずに持てるだろう。懐刀、というやつだ。今はとりあえず腰に差しておく。
「紫は似合わないね」
コトには苦笑を飛ばされる。
「この短刀の名前は?」
「悪名ならあるけど知りたい?」
「……いや、なら自分で考えてみるよ」
やっぱりこの短刀は嫌われ者だ。自分もそうだとは言わないが、親近感が沸く。
「思ったより早く見つかっちゃったな」
日の高さを見ても夕暮れまでには時間がある。
「どうしようか」
ハーニーが聞くとコトも眉を困ったように垂らした。
「どうしよ」
お互い目を見合わせる。
何も頭に浮かばない時間。ぼんやり見つめ合って先に笑ったのはコトだった。
「あは。やっぱりあたしには向いてないや」
「僕だって向いてない。遊ぶっていってもどうすりゃいいんだろうね……」
「うん……」
「……えーと。今日の鍛錬まだだよね」
「……そうしよ! あたしたちは師弟の関係だし! ……それに今はあたし、これで十分。まだこれでいいよ」
コトはころりと表情を明るくした。
「でもいつも通り過ぎるのはいや! 今日は楽しく教えてね? あたしに触って教えていいよ」
「またからかう」
「へへん。だってせんぱい面白い顔するから」
「よし、今日は厳しくする」
「あっ! うそうそ、ごめんなさい! 許してよっ。ねーえー」
じゃれついてくるコトに怒ったふりをしながら、内心悪い気はしなかった。受け身がちの自分には、これくらい突っ込んでくる方がちょうどいい。そんな心地よさがあった。
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