デートの一日 ネリー

 誰として一歩も譲らない戦いは、結局くじ引きという運の勝負で決着がついた。最初からそうすればよかったのに、とも思ったが、コトが皆の輪に入るいい機会だったとも感じる。

 女の子会議の結果、午前中を割り当てられたのはネリー。

 ハーニーはネリーと酒場から少し離れた道を歩く。隣で髪を揺らすネリーの表情は暗かった。


「……こういう時勝てないのが人生の縮図みたいで嫌ね……」


 大げさに悲しむネリーはいつもの服装でも綺麗に見えた。最近のネリーは前より可愛い気がする。いつもと違うお化粧をしているのかもしれない。


「……どうしたのこっち見て」

「あ、いや、なんとなく」

「……私、どこか変?」


 不安そうに聞かれると答えるしかない。


「き、綺麗に見えたから、いつもと違うお化粧してるのかなって思っただけだよ」

「き、きれい。嬉しい……って、変ね。いつもと同じ簡単なお化粧しかしてないのに」

「そうなの?」

「ええ。私まだ下手だから簡単なのしか──う、これは聞き逃して」

「そうだったのか。最近いつもと違う気がしたから意外だ」

「違うって?」

「それは……ほら、あれだよ」

「……分からない。教えて?」


 立ち止まったネリーが窺うように上目遣いを向けてきた。毅然とした態度が印象強いネリーにこう見つめられると、無性に焦る。誤魔化すという考えが浮かばないほど慌てた。


「か、可愛い気がするからさ」

「っ~~~」


 こみ上げる喜びに身を震わせるような仕草をとって、ネリーはさらに質問を重ねた。


「いつから?」


 思いもよらぬ質問だが、すぐにいつからか分かってしまう。


「それは、その」


 恥ずかしさに視線を彷徨わせていると、ネリーが笑っていることに気づいた。


「な、なに?」

「ふふっ。私、もう分かっちゃったから。へえ。あの夜から私を見る目が変わったの?」

「い、色々あったからね! この話はもうやめようか!」

「私はもっと聞きたいけど、そうね。私が挙動不審だった時見てみぬふりしてくれたし、今度は私が……まあ口出ししないでおく」

「見てみぬふりは?」

「それはダメ。だってハーニーが照れるところ見たいから」


 ネリーは青い瞳でハーニーを真正面から見て言った。

 僕だけを見てる。

 そんな視線にハーニーは目を逸らした。


「だ、だからね、そういうこと言うから僕の余裕がなくなるんだよ。それってすごく」

「悔しいんでしょ? 私もそうだったから分かる」


 全部分かっていると言いたげな優しい表情。

 どうも僕はこの類の女の子らしさが苦手らしい。胸の鼓動がうるさく聞こえる。


「きっとそのうち元に戻るわよ。私も恥ずかしさで動けずにいることのもったいなさに気付いて直ったし」

「もったいなさ、か」

「……絶対に離したくなかったから」

「何を?」

「な、何でもない。さ! こうして闇雲に歩くのも寂しいし、ついてきて! 今日は旧王都の案内をしてあげるから」

「旧王都観光かあ」


 思えば旧王都に長くいるのに、ちゃんと見て回ったことはない。この街が故郷のネリーなら色々知っている。案内役として最高だ。


「ほ、ほらっ」


 ネリーは躊躇いがちにハーニーの手元に手を伸ばした。手を握ろうとしたのだろうその白く細い指は、寸前で止まってプルプル震えて。


「い、行きましょ!」


 服の袖を掴んだ。ネリーはそのまま先行してハーニーを引っ張る。

 ハーニーは歩きながら、袖をちょっとだけつまんで、でも絶対に離さないよう力のこもった手を眺めた。ネリーの紅い横顔を窺うと、どこか自分を責めているようで。


「……手、握りたかった?」


 ネリーは絶対に表情を見せまいといった具合に、ハーニーのいない方向に顔を向けた。


「っ。悪い!? 言っとくけどこの袖は放さないからね! これは私の努力と情けなさの象徴なのよ!」


 よく分からない意地の張り方をされる。

 少し後、微かなつぶやきが聞こえた。


「……ホント私って情けない」

「……」


 さっきよりも距離が近くなっているのに、不思議と心は落ち着いていた。


「もったいない、か。確かにそうかもしれない」


 服の袖をつまむネリーの手を覆うように自らの手を被せた。ネリーの手はひんやり冷たかった。


「ハ、ハハ、ハーニー?」


 びっくりして立ち止まったネリーがこちらを向いた。密着するほど近くになる。それでもやっぱり焦らない。


「僕だって鈍くはないんだ。これがデ、デートなのは分かってるつもりだよ。そりゃ恥ずかしいけど……でもせっかくなら我慢しない方が楽しいと思うから」


 添えただけの手を滑らせて、ネリーの手を握る。


「ぅぅっ」


 ネリーは抵抗なく袖を放した。


「あ、あのあの、あのね!? 私、こうさせるつもりだったわけじゃなくて!」

「分かってるよ」


 ネリーは少し不安そうな顔をした。


「ハーニーは……何とも思わないの?」

「照れくさいに決まってる。でもネリーが慌ててくれるから、まだ平気」

「ん。なんかムカつくかも」

「ネリーだって僕が慌てている時余裕そうだったよ」

「……そうかも。どっちかが変じゃないと普通になれないって可笑しい話ね」

「うん。それで、しかも楽しめなかったらもったいない。今はどう?」


 少し手を持ち上げて、お互い見えるようにする。

 じっと見つめながらネリーはつぶやいた。


「恥ずかしいけど……幸せ」

「し、幸せって大げさな」

「ふふっ。でもこうやって照れさせるのも嫌じゃないけど」

「よく言うよ。手を繋いだとき顔真っ赤にしてたのに」

「悪い?」

「いや、僕もそうだったと思う」


 笑みを交わす。堅苦しい雰囲気はもうなくなっていた。

 照れても、会話の淀まないささやかな余裕が二人にあった。


「それじゃ案内してあげる。旧王都って色々あるのよ? 貴族文化が結集してるんだから」

「はは。難しい話をする時の顔だ」

「恥ずかしいからその言い方は止めてよ。色んな顔を知ってるっていうアピールみたいでしょ?」

「う、そうだね。これからはやめとく」

「私はいいけど」

「……や、やめとく。恥ずかしいから」

「ふふふっ」


 やり取り混じりに街を歩く。

 ネリーは旧王都の様々な場所を教えてくれた。観光名所はもちろん、ネリーの思い出の場所もエピソードも含めて話してくれた。

 何か見つけるたび指を指して「あれよ! 早く早くー!」とせがむ姿。汗ばむのを恥ずかしがりながらも手を離さないところなど、ネリーの色々な一面を見ているうちに、時間はあっという間に過ぎた。


「これが私の守りたいって思う街。今日また思い出が増えたから、なおさら大切になったかも。……ハーニーも同じ風に思ってくれたら嬉しいけど」


 デートの中で、ネリーは戦う理由をくれた気がした。

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