贈り物の魔法 5

 快晴の昼下がり。近づく夏を感じさせる暖かさの中、ハーニーは一つ深呼吸した。

 目の前のサキの墓は太陽に照らされている。墓を前にしても心は沈まなかった。


「ここがサキっていう人の?」


 隣に立つリアはじっと墓を見つめていた。

 パウエルの庭にはハーニーとリアしかいない。パウエル邸は街外れにあるため静かだ。暖気の風が緩く吹いて、リアの髪を揺らしている。


「そう。サキさんは僕の大切な人なんだ。時間以上に色々なものをくれた」


 説明は淀まない。リアが元気づけるように手を繋いできても、笑うことができた。悲しい気持ちはもう自分から出尽くしたような爽やかさがあった。


「今になってみると、あんなに辛かったのが嘘みたいだ」


 誰のおかげかはハッキリしている。皆気遣ってくれたが、自分を変えたのは誰よりもネリーが頑張ってくれたからだ。

 また思い出して恥ずかしさに熱くなる。

 今朝は起きがけに慌てて外に逃げ出してしまった。その時は次ネリーと会ったらどんな顔すればいいのか分からなかったが、その後追いかけてきたネリーは笑って「気にしないで」と言ってくれた。これでまた普通に話せるようになるはずだ。僕さえ落ち着けば……。


「ふうっ」


 どうも恥ずかしさは消えない。照れくささが今までと違う気がする。こう、心が浮足立つような感じだ。嫌な心地じゃないからいいけれど。


「サキさんだったらからかうだろうな」


 きっと茶化して、私にも照れますよね? なんて聞くだろう。

 くい、と繋いでいた手が引っ張られた。


「どうしてリアをここに連れてきたの?」


 突然提案した墓参り。今まで何も話してこなかったからリアが不思議に思うのは当然だ。


「リアに知ってほしかったんだ。もう大丈夫ってリアに言えたら、それは間違いない真実だと思った」

「ふうん……ほんとに大丈夫?」

「大丈夫。もう受け入れられたよ。……セツも聞いてる?」

『そうですね。もう大丈夫でしょう』


 太鼓判を押される。

 ことあるごとに心配してくれたセツは、今は完全に安心しているようだ。そんなに僕は分かりやすく変わっただろうか。それはそれで少し情けない気もする。


「……ねね、そのサキさんってハーニーの大切な人だったんだよね? す、好きだったの?」


 リアが不安げな顔をしながら聞いてきた。


「好きだったよ。僕にとって家族みたいな……そうであって欲しかったんだ」


 この思いはきっとサキさんも同じはずだ。そう感じて改めて自分は大丈夫だと確信する。

 サキの『もし』を思い描いても心は咎めないことが誇らしい。

 今なら、彼女の思い出を幸せに連れて行けるとハッキリ言える。


「家族、家族なんだ……!」

「嬉しそうだね?」

「えへへ。べーつにー」

「何か隠してない?」

「んふふ。聞きたい? 聞きたい? 教えてあげる! 実は昨日ねー、ハーニーにこっそりねー」

『いえ、何でもありません。リアは何も隠していません』

「あーっ、そういう邪魔するのっ?!」


 二人で盛り上がり始める。知らないうちに仲良くなったらしい。

 結局「いいもん。今度はちゃんと起きてる時にするから」とリアが言って争いは終息した。『それが筋です』とセツも納得している。


「それ何の話?」

『秘密です』

「ふうん?」

『言いませんよ』

「そっか」


 よく分からないが、悪いことではなさそうだ。

 一度、初夏の空気を吸い込んだ。肺の中を入れ替える。


「ふう」


 ……サキさんにも、もう大丈夫だって伝わったかな。


「よし。そろそろ宿に戻ろう。リア、帰りにどっか寄りたいところとか……ん」


 ふと見ればリアは年齢以上に大人びて見える笑みを浮かべていた。見守るようなその姿は、未だに脳裏に焼き付いているネリーのそれと被って見えた。


「よかったね?」


 そう言った瞬間のリアは自分より年上に見えた。自分が幼くなったような錯覚に陥って。


「あ、ああっ」


 苦し紛れの肯定をして目を背けていた。

 妙に気恥ずかしい。ネリーに抱きしめられたときみたいだ。僕の恥ずかしがるハードルが下がってしまったんだろうか。


「帰ろっ!」


 リアが率先してハーニーを引っ張る。


「……うん」


 手を繋いで帰路に向かった。

 最後に一度だけ振り返る。

 太陽の下で鎮座する生きた証。きっとこれから何かあったらここに報告しに来るんだろうな、と予感した。返事はなくても話しかけて、それで自分を見つけられる。そんな場所になったのだ。


「コトに刀をもらわなくちゃな」


 無性に腰が寂しい。

 あるべきものがない。

 体の一部のようにハッキリとそう感じた。



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