贈り物の魔法 4
チュンチュン、と小鳥の鳴き声が瞼の奥からする。もう朝だと自然が告げていた。
「んー……」
ハーニーはまるで夢の中にいるような気分だった。温かくて柔らかいものに包まれて、雲の中にいる心地。すごく安心するから微睡んで起きられない。
目をつむり温もりを甘受しながら考える。
そういえば昨日はパウエルさんの家に泊まったんだっけ。降色の日を祝ってもらったんだ。
……ん。
何か大切なことを忘れている気がする。とても嬉しかった出来事があったような感じが。
とりあえず朝だから起きなくちゃ。体に力を入れようとして、手に感触。
むにゅ。
とても柔らかいものに触れた。
何だろう、これ。
よく考えないままもう一度触る。押すとその分沈み込んで、気持ちのいい手触りだった。
「んぅっ」
「えっ?」
揉んだのに呼応する高い声。色っぽい喘ぎに一気に目が覚めた。
目の前にあるのは白い布。服だ。上半身に着る服。……ということは、この僕の手が触っている双丘は。
横になったままゆっくりと顔を上げる。見上げるところに頬を染めたネリーの顔。
「……お、おはよ」
恥ずかしそうに目だけよそを向きながら挨拶された。
「あ、ああ、おはよう……おはよう?」
どうしてネリーがここで寝てるんだ?
その疑問が沸いた瞬間、全てが一気に思い出された。
悩みを話したこと。抱きしめられたこと。言われたこと。
「ああ、あああ……」
思い出すほどに頭が熱くなっていく。
声が脳裏に響く。
「泣いてごらん」「我慢しちゃダメ」「良い人じゃなくていいから」……。
「う、うわわっ?!」
押し寄せる現実に動転して、咄嗟にネリーから距離を取ろうとする。動いてから後ろでリアが寝ていることに気付いた。暴れたら起こしてしまう。理解すると板挟みになって、身体が硬直した。そして改めて自分の手がどこにあるか目に入った。
ハーニーの手はネリーの胸に添えられていた。着痩せするネリーの胸は大きくて、ふわふわしている。腕や腰は細いのに女の子の象徴は立派に主張していた。普段普通に話しているネリーの姿が頭に浮かんで、ギャップにのぼせそうになる。
すごい女の子してる……。
ぼんやりとした感想が頭に浮かぶ。
──って、そんなこと考えてる場合か!?
慌てて起き上がってその手を遠ざけた。不格好な体勢でふためく。
「こっ、これは違うんだっ。悪気はないんだよ!? つい触り心地が……じゃなくて! あの、だからこれは……ごめん! ごめんなさい!」
かつてない動揺に支配されながら平身低頭謝る。
頭を下げてすぐに返事はこなかった。恐る恐る顔を上げて窺ってみる。
ネリーも体を起こしていた。怒っていると思っていた表情は恥ずかしそうにしながらも嬉しそうで。
「……さ、触りたいならいいけど……?」
ネリーは腕を組んでいた。その仕草はさりげなく胸を強調していて、ハーニーはまた動転する。
「いいって、何を、え、あの、言って──?」
気づけばネリーは穏やかな微笑みを浮かべていた。何でそんな落ち着いてるんだろう、と不思議になるとネリーは言った。
「すごい慌ててる。もう大丈夫みたいね」
「え……」
言われてみれば心が軽かった。ずっと自分を取り巻いていた倦怠感がない。
昨日ネリーが言ってくれたからだ。自分のせいにしなくていいって教えてくれたから。
そこまで分かって、ネリーのしてくれたことがまた思い起こされる。その情景が頭をいっぱいにした。
甘やかされた。甘えてしまった。泣いてしまった。
「ぼ、僕は……」
「うん。なに?」
優しい促し。自分だけに向けられた微笑。
「うわわっ」
信じられないくらい恥ずかしくなった。ネリーが眩しく見えて心臓がひどくうるさかった。
頭に浮かぶのはネリー、ネリー、ネリー。
くらくらしてくる。
も、もうダメだ。
「朝の風を吸わないと……!」
意味不明なことを口走りながらハーニーはベッドを飛び出た。
「風を吸う?」
「むう……もう朝……?」
背後から色々聞こえるが止まらない。ハーニーは余裕なく飛び出る。
無意識のうちに身体は戦術的な移動をしたが何も気にならなかった。むしろ迅速に逃げ出せて良かったと思えた。
「馬鹿か、僕」
こんなことで自分を許せるようになったことを実感してしまった。
それが滑稽で笑ってしまっても笑顔は崩れなかった。
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