贈り物の魔法 3

 ベッドの上でネリーは横になっていた。目の前には丸くなって眠るハーニーの姿。リアちゃんはその奥で眠っている。

 ハーニーは泣くだけ泣いて眠った。いや、落ち着いて寝られるまで私が抱きしめていたのだ。よしよし、と頭を撫でながら少しでも辛いのを取り除いてあげたくて。


「力になれたはずよね……」


 ハーニーは私の前で泣いてくれた。初めて彼の涙を見た気がする。いつも気を遣って我慢してばっかりのハーニー。ずっと我慢してたんだと思うと愛おしくてたまらなくなる。


「ハーニー?」


 小声で呼ぶ。静かな寝息だけ返ってきた。

 すぐ近くにハーニーの顔がある。目元の赤くなった、安らかな寝顔。

 ごく。

 生唾を飲む。

 目は吸い寄せられるように彼の唇にいった。


「こ、これくらいしても許されるはず……」


 ネリーはゆっくり顔を近づける。

 ゆっくり、ゆっくり……。


「ん……」


 胸の鼓動に押されるようにキスしようとして。


『……それはどうでしょう』

「ひゃっ」


 思いもよらぬ声に慌てて顔を離す。


「セ、セツね? 起きてたのっ?」

『私は眠りませんから』

「そ、そう。大変ね。ふー、あ、熱い熱い」


 今しようとしたことを誤魔化すように手で自分を扇ぐ。


「……? 待って。セツは眠らないってことは、さっきの全部聞いてたってこと……?」

『はい』


 全部? 

 全部って、全部?


「~~~っ」


 たまらず顔を手で覆った。思い返すほどに顔が燃えるほど熱くなる。

 今考えてみればすごいこと言っちゃった。す、好きとかは言ってないはず。バレてないはずよね……?

 悶えて、セツが無反応だったことに気付いた。今更セツの雰囲気が暗いことが伝わる。


「どうしたの?」


 数秒して微かな返事。


『……ネリー、あなたには感謝しているんです』

「ネリー?」


 こう呼ばれたことあっただろうか?


「って、それはどうでもいい。感謝っていうとハーニーのこと?」

『はい。私には……何もできませんでしたから』


 抑揚のない淡々とした言い方だったが、その中に悲しみがある気がした。これがハーニーの言う、何となく分かるセツの気持ち。なのだろう。


「セツはいつもハーニーを助けてるじゃない」

『……私には温もりがありませんから』

「温もり……?」

『いくら私が彼の喜ぶことを言ったとしても、私に実体はありません。あなたのように抱きしめてあげられる体は存在しない……ハーニーには分かりやすく頼ることが必要だったと思います。私にその役は不可能でした。道具、なので』


 悲しい言い方。

 私も自信があって行動したわけじゃない。何とかしてあげたい一心だった。セツも同じ思いで、でも何もできなかったならそれはとても辛い。

 自分の想いを隠す気もせずつぶやいた。


「……セツもハーニーが好きなのね」

『私は……使い手のためになりたいだけです。道具が恋などしません』


 形式的な否定に聞こえた。言い聞かせるような形だけの。

 それがネリーには少し前の自分の声に思えて、自然と口に出していた。


「道具だからって足を止めなくてもいいんじゃない?」

『ですが私は』

「怖いんでしょ? 私も同じだから分かる。こんな私が、って理由をつけて下がりたくなるのよね。セツの場合私よりちょっと深刻かもしれないけど」


 セツが反論する前にネリーは伝えたいことを言ってしまう。


「私はハーニーが好き。もう迷わない。我慢しない。ハーニーも我慢をやめてくれた。……セツ。あなただって我慢しない方がいい」

『他の皆が我慢しなくなったからといって、私までそうしていいとなりますか?』

「ダメってことにはならないはずよ」

『……』

「セツが望むことは何?」


 長い沈黙があった。やがて響いた無機質な声は、きっと人が話せば震えていただろう言葉。


『……人になりたい』


 ネリーはくす、と笑った。


「ハーニーより素直ね」

『……その余裕、不快です』

「ふふっ」


 何となく笑い合っているような連帯感。


「私友達いなかったから詳しく知らないけど、女友達と話すのはこんな感じ?」

『私も未知の領域ですが……そうかもしれませんね』


 悪くない。

 そう思ったからセツの応援もしたくなる。


「人になりたい、か。ならそういう努力してもいいんじゃ……う」

『どうかしましたか』


 想像する。

 セツがもし人、女の子だったら。そんな子がいたら。


「ちょっと強敵過ぎない……?」


 ハーニーはセツのことをすごく信頼してる。たまに意味ありげなやり取りもしてる。これだと急に現れたコトとかいう女の子より分が悪い。


「……リアも負けないよ」

「えっ!?」


 声の方を見るとリアちゃんが身体を起こして、じっとりした目をしていた。


「起きてたの!?」

「……ネリーさんはもうキライ」


 ふん、と顔を背けられた。


「ど、どうして?」

「……ハーニーのことぎゅーってした。なでなでもした。ハーニーを泣かせた」

「み、見てたの……?」


 羞恥心に震えた声で聞く。返事はやはりというか。


「むうっ。全部見てたよっ。我慢してたもんッ」

「うううっ」


 まさかリアちゃんにまで気づかれてたなんて。それじゃあ私、全員の目の前であんなことを……。


「あぁぁぁ……恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……っ」


 頭を抱えるネリーにリアは唇を尖らせた。


「リアが何とかしてあげたかったのに、ネリーさんがやっちゃうんだもん。……リアじゃダメだったかもしれないけど悔しい」

『その気持ち分かります』


 なんか仲間作られてる?!

 リアはクワッ、と目を見開いてネリーを指さした。


「いい!? リアもハーニーのこと好きなんだからね! ネリーさんには負けないよ!」

「うぐっ」


 ズガーンとくる宣言。闘志を燃やす瞳は本気だと主張していた。

 リアちゃんも恋をしていると思い知らされて想像が働く。

 リアちゃんはいつもハーニーと一緒にいる。

 一番大切にされている。


「つ、強いッ……」


 いや、でもまだ十歳の好きなら、可愛いもののはず……。


「むむ……小さいからって甘く見ないでね。この気持ちはほんとだもん。ドキドキしてるの。ハーニーのために何でもしてあげたいの。それに……リアも我慢しないことを学んだんだよっ!」


 そう言うとリアは寝ているハーニーに近づいた。ぐっすり寝ているハーニーの顔をぐい、と自分の方へ向けて。


「すきっ……」


 キスした。唇に。唇が。


「い、いいま、なななにをっ?」

「ん……ふふん?」


 きらきら光る唾液の糸を拭って不敵な笑みを浮かべるリア。


「じゃあリア寝るから」

「ちょ、ちょっと待ってっ。今のは何っ? それはないんじゃないっ?」

『そうです。今のはいけません。ルール違反です』

「知らないもーん……にゅふふ。ふへへぇ」


 悪びれもせず、すごく嬉しそうだ。足をもじもじさせて悶えている。

 そりゃそうだ。もしキスをできたら私だって……。


「……いいな」

『いけませんよ』

「ひっ? な、何がよ?」

『……』

「何よもう……」


 ネリーもいじけるように横になる。ハーニーとは逆の、誰もいない方を向いて一呼吸。

 ……よくこれだけうるさくて起きない。それほど疲れてたのかな。


「……んんっ」


 寝返りを打つ。ハーニーのことが目に入る。ほっとする。

 こっちを向いて寝よう。心に決めて、ちょっと足を寄せてみた。ハーニーの足に触れて温かい。それだけで心が一杯になる。そこからドキドキが流れてくる感じ。


「……おやすみなさい」


 安らかな寝顔を見つめて言った。すうすう眠るハーニーは幸せそう。


「ふふっ」


 ネリーも追いかけるように目をつむった。

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