贈り物の魔法 1

 魔法には色がある。赤は火。青は水。緑は風。大まかに分類して八色だ。魔法使いはその色を元にして魔法を発現する。魔法使いに取って色は個性そのものだと言える。

 その『色』だが、生まれついてすぐあるわけではない。誰もが最初無色で成長に伴って色が付く。

 普通、色は思春期前に付くものだという。生来の性格に合った色が、心の成長と共に魔法となって表れ出るのだ。それが成人とは異なる貴族として一人前の証明になる。


「だからハーニー君。魔法に色が付いた日を『降色の日』といって祝うものなのだ」


 星空の下、パウエル邸の庭で家主パウエルがそう言った。

 以前晩餐会をした時のように、庭には机が並べられ食事が用意されている。ユーゴやネリー、アルコー、リアと、メンバーもその時と同じだ。

 この集まりのきっかけは昨日、コトを交えて皆で昼食を摂った時のこと。話題として挙がった、ハーニーの刀に付着した氷から始まった。

 氷魔法の白色。コトは皆すでに知っていると思って口にしたが、当然初耳の話だ。その話はすぐにパウエルにまで届いて、翌日『降色の日』を祝おうということになった。

 ハーニーは素直に喜べずにいた。


「その降色のお祝いって子どもの頃やるものなんですよね? すごく遅れた僕を今更祝うなんて大げさじゃないですか?」


 パウエルは可笑しそうに口角を上げた。


「成長に歳が関係あるかね? それに色が付いたということは、君の人間としての方向性が固まってきたということだ。進歩だろう」

「……僕自身は成長した気がしません」

「私はそう思わんが、ふむ。受け入れづらいなら考え方を変えたまえ」


 パウエルは年長者らしい優しい目をしていた。


「君は記憶喪失でガダリアに現れた。誕生日も知らないのだろう? 一年の内、君を祝う日がないというのも寂しい話だし、終春の十二日という今日を飾るべきではないかね?」

「誕生日の代わり……」


 誕生日には憧れていた。自分にはないその日をリアやウィルが迎えるのを間近に見てきて、自分にもあればな、と何度も思ったことがある。

 僕にもそういう日ができていいのかな?

 躊躇いを見透かしたようにパウエルは言い足した。


「まあ君がどう言おうと祝うがね。師として当然のことだ。諦めたまえ」

「……はい。分かりました」


 そこまで言われて断ることなどできない。そもそも嬉しい話だ。誕生日のない僕に、似た日をくれるなんて。


「……私にも子供がいればこういう日があったのだろうな」

「……あの、今はそういう気分ですか?」

「ん? ああ」

「そうですか」

「……嬉しそうに見えるが?」

「そ、そういう日なんで」


 まさか父親っぽくて嬉しかったとは言えない。

 パウエルはふむ、と頷いただけで追及しなかった。持っていたグラスを口に付け感慨深そうにつぶやいた。


「しかし、君が氷とはな」

「僕も変な感じです。ずっと色のないままだと思ってました」

「うむ。私も同意見だ。君は無色のままだと思っていた。もちろん悪い意味ではない。ただ印象としてそう捉えていたのだ。貴族にとって印象は大きな意味を持つものだからな」


 結構な自信があったらしい。パウエルは不思議そうに首をひねった。


「だが、悪いことでもないだろう。君に氷は似合う。透明さは今までと変わらず、誠実な色だ」


 心を凍らせていると言ったコトの意見とは違っていた。こっちの方が聞こえはいい。しかし直接的な理由はコトの方が正しい気がする。

 コトはこの祝いの場にいない。一番最初に気づいてくれた人だから誘ってみたが、貴族の集まる場は嫌だと言って断られた。


「ホント意外だよなぁ。まさか氷とはよぉ」


 既に酔っぱらった口調のアルコーが近くに来ていた。顔は赤い。相当酒が進んでいるようだ。


「氷関係で二つ名探せば見つかるかもしんねえなぁ。今は祝うだけだが」

「随分飲んでますね」

「そりゃ祝いの場だからなぁ! めでてえだろ?」


 がははと笑う。どうしてそんなに嬉しそうなんだろうと思っているとアルコーはおもむろに口を開いた。


「俺たちにはもう身内もいねえからな。こういう祝いってのは、こう、くるものがあるわけよ。俺たちもやってもらったことでもあるし、気合が入るんだ」

「そ、そうなんですか」


 何だか身分不相応に大切にされている気がして照れくさくなる。


「ふっ。こんなことを口走るようでは酔いつぶれるのも時間の問題だな。ハーニー君。いつまでも私たちと話さず同年代の友人のところへ行ったらどうだね。せっかく集まったのだ」


 促されてハーニーは年長者の輪から離れた。すぐにぐでーん、とアルコーが転ぶ音がして、面倒なことになる前に離れられて良かったと一息。


「ハーニー! はい、これ!」


 大人たちから離れたのを見計らったようにリアが駆け寄ってきた。その手にはデザートの乗った皿。クリームを挟んだクッキーだ。


「ありがとう。……うん。おいしいよ」

「むふふ、リアお嫁さんみたい?」

「お、およめ?」

「だってユーゴさんがお嫁さんぽいって言ってたよ!」

「うーん……そうかもしれないね」


 正直お嫁さんのイメージが分からないまま答えた。クッキーを渡すことにそんな価値があっただろうか。

 リアはぱあっと表情を輝かせてふにゃっとした笑みを浮かべた。


「やった……!」


 絵本の登場人物のような表情の移り変わりで、こっちも笑ってしまう。

 リアは貴族ではないし、この祝いの場は美味しい物を食べられる楽しい時間くらいの認識なのだろう。僕も同じ感じだしリアが喜んで良かった。


「よ、うまくやってるなー?」

「作戦成功だよ!」


 やってきたユーゴとリアがハイタッチした。


「また色々吹き込んだね?」

「さーねー? 一つ言わせてもらうなら俺は楽しい」

「まったく」


 ユーゴはいつもと変わらずにやにや笑う。いつも通り過ぎてむしろ安心するくらいだ。


「いやー、しかし氷とは意外だったな」

「アルコーさんと同じこと言ってるよ」

「げ。それはやだな……」


 まあ皆同じ感想なんだけど。


「でもやっぱりなんだか大げさな気がしちゃうな。降色の日ってこんなに盛大なもの?」


 庭に食卓を並べての宴会。料理もパウエルの執事パーセスが結構なものを拵えている。


「なーに言ってんだ。こんなの大したことないくらいだぞ」

「そうなの?」


 ユーゴは懐かしむような目を雲のない星空へ向けた。


「俺なんか珍しい光魔法だったから大騒ぎだった。英雄の誕生だ、なんて親戚どもが騒ぎ立てて大変な目に遭ったぜ」

「へえ」


 ユーゴから昔話を聞けるのは珍しい。するとユーゴ自身つい話してしまったことに気付いて言いなおした。


「ま、もう俺には関係ないことよ。とにかく降色の日はこんなもんだ」

「そっかあ」


 それなら素直に祝われていいのかもしれない。

 素直に今を楽しんでも……。


「……なんか寂しいよなー」

「え、どうして?」

「だってお前急に色はつくわ、戦いもうまくなるわじゃん。強くなっちまって置いてかれた気分だぜ」

「あ、ああ……」


 強くなった。

 その一言でお祝いという非日常感から現実に引き戻される。近頃ずっと感じていた引っかかりが心を重たくする。

 首の傷が疼いた。


「俺なんか二つ名がさ──」

「……」


 愚痴るユーゴから視線は外れていた。自然と目が行くのは庭の端にある石碑。明かりの焚かれた場所から離れた、夜闇の中のサキの墓。

 サキの墓はこの庭にある。動かなくなったサキを連れ帰ったところ、パウエルが手配してくれたのだ。何も言わず庭の隅に彼女の居場所を作ってくれた。


「──おい、聞いてるか?」

「っ。あ、ごめん」

「いいけどさ」


 ユーゴが怪訝な顔をする。


「少し……夜風に当たってくるよ。料理はいい匂いだけど、ちょっと落ち着きたいから」

「あっ、おい」


 逃げるようにその場を離れた。

 ユーゴは首を傾げていたが、追いかけてはこない。リアの相手をしてくれている。

 ハーニーは光のない方へ歩み寄った。存在を知らなければ、夜闇の中に見つけらないだろう墓石の前に立つ。名前も彫られていない象徴だけの墓。

 心を逆立てない無機質な声が右腕から。


『……ハーニー』


 抑揚のないその呼び声を心配だと受け取って、内心をつぶやく。


「僕は強くなったって言うけど……やっぱりそう思えないよ。この力は僕の物じゃない。氷の色だって本当に僕のものかどうか……」


 唇を噛む。


「せっかく祝ってもらって、誕生日ほどの日をもらえたのに悪いと思うけど……」


 どうすればこのやり場のなさを何とかできる? 僕が悪いんだろうけど、どれがどこまで悪いんだ?

 申し訳なさが申し訳なさを生んで、終わりが見えない。ずっと出口のない迷路を彷徨っているかのような。


「っ」


 自分の中の何かが気配を感じて振り返る。

 そこにはネリーがいた。お祝いだからだろう。少しお化粧をしていて可愛い。可愛いはずだ。今はそこまで気が回らないからハッキリわからないけれど。

 ネリーは気づかれると思ってなかったらしく、驚いていた。


「ハ、ハーニー。よく気づいたわね」

「ああ……うん」


 首は縦に振れなかった。また褒められるかもしれないと思うと顔を背けていた。


「……それ何?」


 ネリーはゆっくりとサキの墓に近づいた。暗い雰囲気のせいか、ネリーは珍しく落ち着いている。慌てる様子もない。


「これはその……」


 言いづらい。

 ネリーは何も知らないはずだ。サキのことを話せば長くなる。そもそも話すべきことか分からない。話して何になるのか。

 言い淀んでいるとネリーが返事に先んじた。


「……いい。言わなくて」

「え?」

「その顔を見れば何となく分かるから」

「……うん」


 二人並んで物言わぬ石を見つめる。無言だが嫌な感じはしなかった。


「……時を止める魔法の?」


 驚いてネリーの顔を見る。何を考えているのか読めない真顔をしていた。


「やっぱりね。そんな気してた」

「ど、どうして? 話してないのに」

「ハーニー、彼女の魔法のこと気にしてたでしょ。でもある時からぱったり聞いて来なくなった。……ハーニーが悲しそうな顔するようになったのも同じ頃だし。何か隠してると思ってた」

「そっか……」


 うまく隠し通せているつもりだったけど、気づかれていたのか。コトにも看破されたし、僕は隠すのが下手らしい。心配をかけてしまっただろうか。

 また申し訳なくなる。


「……もしかしてユーゴが見たっていう高貴そうな人も?」

「うん。ユーゴは気づいてないけど、それもサキさんだよ」

「サキって言うのね……あの人」


 ネリーも僅かながらでもサキを知っている。ほんの少しでも彼女を憶えてくれる人がいるということが、サキの願いを汲んでいて嬉しい。


「最近元気なかったのは彼女が亡くなったから……?」


 傷つけまいと控えめに尋ねられる。

 ハーニーは首を横に振った。


「……たぶん、違う。受け入れているはずなんだ。物事の結果として、あれ以外の道はなかったって分かってるんだ。戦って、勝った負けた。それだけの話で。……ただ。ただ……」


 いつも刀のある腰に目を落とす。

 今は何もない。だが何かが重い。見えないものが。


「僕は……本当は強くないんだ。戦いがうまいのはサキさんが思い出を預けてくれたからで……僕自身は弱いんだよ……ねえ?」


 後半、言葉はネリーではなくサキに向かっていた。助言を求めるように投げかけていた。

 ……何してるんだ。そんなことしたって。


「……ごめん。変な話して」


 ネリーは「え?」と戸惑う。


「もう、いいの?」


 もっと話したいことがあるんじゃないの。そう言ってくれる。

 話したい。本当は全部押し付けてしまいたい。

 でも、できなかった。内心を吐露したいのに喉の辺りで止まる。いつもいつも心の一辺が抑え込む。

 戦いの結果を己自身で受け止めないのは無責任だ。逃げだ。甘えだ。

 色々な罪悪感が別個に自分を責め立てて、黙ることを選んでしまう。


「ハーニー、私……」

「そろそろ上がりだってよー!」


 明るい方からユーゴの声。夜も大分更けている。宴会も終わりだ。


「……戻ろうか」

「……そうね」


 二人無言で明るい方へ歩いた。隣を歩くネリーは何を考えているのか分からない。半端に話してしまったことを怒っているだろうか。そんな予想を立てることができても、行動を起こせなかった。

 人を気遣う余裕がなかった。

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