旧王都 ネリーの足踏み
街外れ。誰のか知らない民家の裏で隠れながら唸り声が三つ。
「うー……誰あの人……!」
「たぶんあの高貴そうな黒髪美人だと思うが、何か雰囲気違う気がするな」
「むむ……」
ネリーはもう言葉も出なかった。内心は猛っている。
誰なのあの女の子は! ハーニーと意味ありげな笑顔向けあっちゃって……!
恨めしい。今すぐ乗り込んでいって引き離してやりたい。
……でも何だろう。変な感じ。
遠くから見て、ハーニーが心から笑えてないのが分かる。楽しそうだけど、心のどこかで落ち込んでいるような笑顔。それは寂しいけれどつい安心もしてしまう。
ああ、あの女の子でもハーニーを元気づけられずにいるんだ。
不謹慎にもそれで安心してしまう。だってもし私にできないことがあの子にできたら……。
「ぐすっ」
「うおっ!? 何で涙ぐんでんだ!? まだ負けたって決まってねーだろ!? こえーな」
ドン引きされた。
「……リア、行ってくる!」
「お、おいおい。マジでか?」
ユーゴと私が驚いている間にリアちゃんは家の陰から飛び出した。険しい表情でずかずかと二人に迫っていく。まさに突撃といった様相。
「ううー! ハーニーはリアのだよ! 話しちゃダメ!」
リアちゃんはハーニーと黒髪少女の間に立って立ちふさがった。
「これが恋か……」
「うぐ」
ユーゴの感心は同時に私の心も抉る。
あんなに素直に行けたら。
私の意気地なさが情けない。
「リア!? どうしてここに?」
突如現れたリアちゃんにハーニーは驚いた。リアちゃんはぷんぷん、と怒って答えた。
「心配だから皆と追いかけてきたんだよ! 大丈夫? 変なことされてない?」
「されてないけど……皆?」
「ユーゴさんとネリーさん。あっちにいるよ」
ハーニーには嘘をつかないらしい。小さな指がこっちを指していた。
「あーあ、バレちまった」
ユーゴは悪びれもせずハーニーに向かっていく。私はなんだか恥ずかしくて、ハーニーを直視できずにこっそり近づいた。
「皆して僕を追いかけるなんてどうしたのさ」
「はっはっは。面白そうだから尾けてみたんだよ。お前こそ楽しそうだったなー?」
「そ、そうかな」
ユーゴとハーニーが話している間、黒髪少女へ真っ先に行動したのはリアちゃんだった。黒髪の少女に近づいて挑戦的に睨みつける。
「……誰? リアはリアって言うんだけど」
「あたしは……コト。へえ、あなたがリアちゃんなんだ? ハーニーせんぱいが何より大切だって言ってたよ。お人形さんみたいに可愛いね」
「ま、まあね! ハーニーはリアがいないとダメだから」
まんざらでもなさそうに胸を張る姿は可愛らしい。
「それでえっと、そっちは……」
コトと名乗った少女はネリーに視線を移した。
コトはぐいと近づき、じろじろとネリーの全身を値踏みするように見つめた。
「綺麗な人……肌も白いし、うっ。胸もあたしよりあるっぽい……?」
「な、なに?」
「ふうん……せんぱいってこんな人と知り合いなんだ。ちょっとムカつくかも」
不満そうな表情は変わらず、コトはネリーの顔に焦点を戻した。
「あなた誰? 名前は?」
高圧的な言い方だった。見たところ私より年下なのに。
「私はネリー・ルイスよ。よろしく」
「ルイス……やっぱり貴族なんだ。へええ?」
本当は没落しているので違うが、心は貴族であろうとしている。あえて訂正はしなかった。
コトは敵対心をむき出しにしてネリーを見やった。
「ハーニーせんぱいとどういう関係?」
「私とハーニーは……」
咄嗟に言葉が出なかった。
きっと友達なのだろう。でもそれを口にしたくない。
じゃあ何?
……浮かばない。一方的に私が頼っているだけだ。
答えられずにいるとコトは不敵な笑みを浮かべた。
「あたしは剣術を教えてもらってる。いわゆる弟子ってやつね!」
明らかな挑発だが、ネリーは関係を答えられなかったことが自分でも衝撃で、苛立つ余裕もなかった。何とか返すのがやっと。
「そ、そう。それで?」
「別に! へへーん」
優越感を漂わせてコトはハーニーの方へ近づいて行った。彼の腕を抱え込むように掴む。
「せんぱいー、結局お昼どうするっ?」
同じ女子から見れば媚びたようなくっつき方。
「んー、せっかく皆集まったんだしコトさえよかったら皆で食べようか」
ハーニーが落ち着いていることがせめての救いだった。これで嬉しそうにしていたら、私は……。
ふと気づけば横にユーゴが来ていた。がっかりしたような呆れ顔で苦笑い。
「お前大丈夫かよ。強敵現るって感じだぞ」
「……うるさい」
そんなこと言われなくても分かってる。一番絶望しているのは私だ。
……すぐ慌ててしまうこんな私が、ハーニーの傍にいられるんだろうか。
心細さばかりを胸に抱いて、ハーニーにくっつくコトを見ていることしかできなかった。
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