第13話 リセットボタンをおしながら…  

 1999年7月4日(日)

 同じ食べ物でも、好きな場所や仲間と食べる場合とその逆では味がまったく異なるだろう。もちろん状況や気分も加味されてのことだ。


 学生の義務でありつつも、僕らの自由を拘束する勉強という枷から開放された日曜日の正午過ぎ。僕は日曜のテレビアニメを一通り満喫した後、朝から地元のゲームセンターを休日の根城にしていた。


 遊びの休憩がてら店内自販機で買ったカップラーメンをカウンターで食す。低価格で暖かくて、腹をほどよく満たしてくれる人類最大の発明ともいうべき食の偉業と文化に感謝する。少しでもゲームに資金を充てたくて、時間の惜しいゲーマーには嬉しいサービスである。


 僕はカウンターの椅子に座り、数々の筐体から流れるステレオ喧騒にかき消されながらも備え付けの短いプラフォークでズズズと麺をすする。この場所からゲーマードリーム(適当)を夢見る者たちのプレイを見ながら食するのが、また格別の味なり。 


 このゲームセンターに通い詰めてもう8年ほどになるだろうか。小学生の頃は校則で出入り禁止だったが、僕らは先生や親の目を盗んで薄暗くも明るいこの空間に散りばめられた、幾多の四角い光の世界に描かれたパラダイスに入り浸っていた。 

 そこでは、日頃の辛さや劣等感を打ち消すかのごとく、誰もがロボットにもヒーローにもパイロットにも、はたまた勇者や格闘家にだってなれたのだ。


 この空想世界を愛すると同時に、仲間や友達との集団生活、ゲームで共有した感動や悔しさ、ルール違反の中で過ごす反抗心とちょっぴり悪になったスリルを楽しんだ。


 僕がここで出会い、別れた人たちやゲーム機は数え切れない。

 僕らの目の前で親に殴られて連れて行かれ、二度と会えなくなった友達がいる。明日こそはクリアしてやると誓ったゲームが翌日に違うゲームに入れ替えられている。その度に同じ場所に居た連中は心寂しくも、気が付けば瞬く間に新しい変化に慣れることを何十回も繰り返してきたのだ。


 すべてが良い思い出ばかりではないが、ここで過ごした時間は決して忘れないとともに、いつまでもこの空間が残っていてほしいと心から願うのだった。


 そんな願いは最近、別の形で表れている。もちろん鯨武さんとの日々のゲームライフだ。学校の数少ない楽しみであり、決して失いたくないひと時である。


「こ の 楽 し さ は い つ ま で 続 く ん だ ろ う」

 

 心の中でポツリと水滴が漏れるように呟く。しかし、それは無限に広がり続ける波紋に等しい、決して無には戻らない不安で一杯になる重い雫である。


 ...オタクというやつは、些か自分の心情の演出に凝るところがある。これもゲームや漫画の影響であり、そんな自分に酔うことを楽しんでいるのだと言い聞かせて、僕は店内をウロウロしながらゲームを楽しんでいた。



 1999年7月5日(月)

 月曜日はいつだって陰鬱だ。一週間は短いのに土日は遠い。この不思議な現象、感覚の正体に人はきっと一生、翻弄され続けるのだろう。しかしこの数週間はその月曜日さえも待ち遠しいのだから、たった一人の出会いがそれを変えたのだと思うと、改めて青春ってやつは凄いエネルギーの塊なのだと思う。


 お待ちかねの昼休み。僕は先日と同じくして、先に屋上でWSを遊びながら鯨武さんを待っていたのだが、今日はいつもと様子が違っていた。


 「遅いな鯨武さん」

 僕は安物ながら気に入っている、アーミールックと相性が良さそうな腕時計を見ながら呟く。


 時刻は午後12時41分を指している。いつもならば、とっくに来ている彼女の姿はそこになかった。


 どうしたんだろう?何か急用でも入ったのだろうか。別に付き合っている人でもない、今はただのゲーム友達である鯨武さんがそこに居ないだけ。なのに一分が過ぎる毎に僕の不安と、どちらかと言えば恐れにも近い焦燥感が僕を支配しようとしていた。


 僕はその負の感情をかき消すべく、いつも以上にWSの操作キーを勢いよく、そして指先に集中力を込めながら意識をガンソルの仮想世界へトリップさせた。


 午後12時56分。昼休みもあと4分ほどで終わるが、そこ(屋上)には僕一人だけの自由な空間が広がっていた。流石に今日はもう彼女はこないだろうと諦めていたが、そこから離れることなくガンソルで遊び過ごしていた。そして皮肉にも僕は初となる5連鎖に成功したのだった。


 聞かせたかった人はそこにはおらず、ゲーム機から流れる『ファンタスティック!』の称賛は僕にだけ浴びせられた。


 僕は未練がましく、昼休み終了の一分前まで彼女を待っていた。


     ◆


 ―――「まあ、来るべき日の予行演習みたいなものだと思っていたよ」

 僕は妻に苦笑いで伝えた。


 「それは、会えなくなる日が訪れるという意味?」

 妻は聞き返す。


 そのとおりである。残り少ない高校生活もあり、当時の僕らの関係を思えば、卒業後に会って遊ぶ機会などあり得なかった。


 いつしか訪れるであろう『今までありがとう』『じゃあ元気でね』の言葉を互いに口にするのが何より恐ろしかった。いっそのこと、今の内にスッパリと交友を断ち切った方が、幾らかは傷が浅く済むと僕は自分に言い聞かせようとしていたのかもしれない。だけど、消えてほしくない願いを込めていた。


(つづく)

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