第8話 ザッピング① 仲間になりたそうに

 ―――6月上旬。その日、鯨武 由美の夏はあっさりと地区予選二回戦で幕を閉じた。


 入学時、仲の良い中学からの親友が、一緒にやろうと誘ってくれたテニス部は、彼女の高校三年間を充実させて輝かせた…と言えば聞こえはいいが、実情は仲間内で遊び感覚でやっていた部活だった。特に厳しい練習もなく体育会系とは程遠い運動生活を送ってきたと思う。


 後輩たちによる追い出しも早々と終わり、これからが本当の夏である、と言うにはあまりに彼女の周りには何も起きておらず、青春と言えるような出来事やキッカケはひとつも無かったと今更ながら実感する。


 幾人のクラスメイトや後輩たち何人かは、お付き合いやデートの話に花を咲かせているのを聞くと羨ましくも思った。


 ある日の学校帰り、由美はゲームショップに立ち寄った。ここ数ヶ月は部活に打ち込んでいたので久しくゲームは遊んでいない。


 時に中古ゲームを買い遊ぶ、友達にもあまり理解されていない彼女だけの趣味は、高校三年の夏に再スタートしようとしていた。だが残りの学校生活を思うと後ろ暗い再スタートとも思える。


 彼女が通う主なゲームショップは、大型チェーン店がメインだった。入りやすく品揃えも豊富であり、CDや本も一緒に扱われていた環境は、ゲーマー女子をいつも優しく迎えてくれた。


 最近は特に彼女の得意とする『鉄道系』 や 『レストラン系』のボードゲームもご無沙汰であったが、そんなとき、店内のガラスケースで一台のゲーム機と出会う。


 白鳥の一撃ワンダ・スワン(WS)

 近頃テレビCMでよく見るゲーム機であることは知っている。かなりシティー系なアイテムとして売り出しているようだが、驚きなのはその本体価格。定価で5千円を切るのだから、そんなので商売が成り立つのかな?と彼女は驚いた。


 丁度、試遊台が空いていたので、彼女は遊戯が可能だったひとつのパズルゲームを遊ぶ。気が付けば少しそのゲームを遊んだだけで夢中となり、本体と一緒に購入したのだった(ソフトも定価で2千円以下と低価格)。それがのちに一生を左右する作品となる、つないで消すソルジャーパズルゲーム【銃兵 Gun-Soldierガンソルジャー】(ガンソル)との出会いだった。


 ガンソルは鯨武 由美の生活を一変させた。俗に言う『ツボにハマった』という状態だった。

 

 これまでも芸夢BOY《げいむボーイ》などの携帯ゲーム機に熱中したことはあった。でも、それはあくまで自宅や友人宅への泊まりで楽しむ程度だった。鯨武由美は、家でひたすらWSを遊び、僅か数日で学校に持ち込むほどの中毒症状にまで至っていた。


 しかし、いくらゲーム好きとは言え、昼休みに女子が一人教室内でゲームを遊ぶのは気が引ける。この時ばかりは、たまに教室の隅で男子たちが対戦ゲームをしているのが羨ましく思えた。


 そして彼女はいつしか、昼休みにWSと一緒に大好きなミッツサイダーを屋上に持ち込み、そこで喉を炭酸で潤わせながら、ガンソルで午前中に受けた授業の気だるいストレスと、午後からの退屈な授業への気持ちをクリーンにしていたのである。


 昼休みに屋上でWSを遊び始めて一週間くらいが経った頃。彼女の身の回りに小さな変化が起きた。それはいつも昼休みの大体同じ時間に、同じ男子がこの屋上を歩いているのだ。初めて見掛けたとき、その男子生徒とは少し目が合って少しギョッとしたけど、特に何もなかった。むしろ何も起きなくて良かった。


 確かに女子が学校の屋上でゲームなんて遊んでいたら、ちょっともの珍しいと思われるかもしれない。そんな自分への皮肉を抱きながらも彼女は昼休みを満喫していたのだ。


 6月下旬、鯨武 由美は学校帰りにWSのソフトをもう一本購入した。続けてソフトを買うなんて彼女にしては珍しい。それだけWSは彼女にとって注目の相棒になりつつあった。


 二つ目に買ったWSのソフトはRPG【バイツプレート】だった。ちょっとストーリーと設定が変わった作品だが、彼女にとってはRPGも遊び心地よい作品だった。特に好きなシリーズは、日本昔話をモチーフにした鬼退治の物語である。


 翌日、いつもどおり屋上でWSを遊ぶ彼女。今日はいつもと違うソフトであり、何だか新鮮な気持ちを満喫していたら、目の前で信じられないことが起きた。

 

「スワ、スワスワ、スワン、ワンダしませんか?」

 

 よくここを通る例の男子生徒からいきなり声をかけられたのだ。その一言が彼女の生活どころか、一生に影響するとは当時は微塵も思わなかったことであろう。


     ◆


―――「そりゃ、やっぱり最初は驚くよね」

 由美の当時の心境を聞いた夫は、頭を軽く掻きながらただ頷いていた。


 ただ彼女は、将来の夫となるあの時の男子生徒を見て、少し変な人と感じながらも、ぎこちなくも一生懸命な姿勢にきちんと応えなければと思ったこと、そして自分のゲームに興味を持ってくれたことに嬉しく思ったのも事実であった。


(つづく)

 

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