第4話 夏 の 日

 七月の下旬に、私は先生の家を訪問した。

 先生の家は、町から少し離れた高台の上にあった。窓からは彼方に海を望むことができた。ここは熱い太陽が照りつける町中とは違い、心地よい風が吹いて別天地のように思われた。

 私が先生の家に着くと、

 「いらっしゃい」

 と、二階の窓から顔を出し、手を振る先客がいた。

 「こんにちは」

 とだけ応えて、私は軽く会釈をした。美佐子さんであった。春から大阪の大学院の博士課程に進学していた。

 「夏休みで帰省中。あせっているの」

 と言う。

 美佐子さんは何冊もの専門書を持ち込んで、

 秋には学会で研究発表をすることになっていた。その指導を受けに来ているということだった。

 先生の家族は、両親と奥さんであった。しかし、素子さんという奥さんは東京にいて別居中ということであった。近々離婚の手続きをするという噂であった。


 先生の家は総二階で、二階には先生の書斎と書庫があった。書棚は電動で書架の移動できるようになっていた。膨大な蔵書があり。一流の研究者はこうなんだ、と思われた。先生は届いたばかりのチベットから取り寄せたという仏教関係の本を自慢げに披露した。

 書斎の中央には、大きなデスクが置かれ、これまた一流の学者とはこのようであるのだと思われた。美佐子さんは、デスクの前に座り込んで、漢文の本を開き、あれこれ苦戦していた。どうやら漢文は、さほど得意ではなさそうであった。美佐子さんの研究は、日本の和歌に、どのように漢詩文が受容されているのかということであった。

 

 

 

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ある大学教授の半生 @SHINKOU

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