第2話 先生との出逢い

 私が先生に始めて会ったのは、文学研究会の例会であった。先生は地味ではあるが、少しラフな服装で、柄のシャツにジャケットを着用されていた。周囲の人はスーツを着た人が多かったので、よく私の記憶にのこっている。茶色の眼鏡の奥には鋭く光るものがあったが、それは至って柔和な表情に隠されていた。よく通る中音の声で、理路整然とした言葉遣いが印象的であった。

 文学研究の例会といっても、後から思えば、ずいぶん立派なことをやっていた。宝物集ほうぶつしゅう校合きょうごうをやっていたのだ。先生は学会というところでは、切れ者として通り、「カミソリ」という言葉を冠して呼ばれていた。

 先生は、私が通う大学のある町から直線距離で50キロくらい南西にある県庁所在地の私立大学経営学部の教授という肩書きであった。近々、この大学は学部の再編を行う予定で、国文学の学科も開設される予定であり、暫定的に経営学部教授となっていた。しかし、この大学には短大もあり、こちらには国文科があった。そのため、短大では国文学の講座を持っていた。

 

 例会は30分遅れて、午後2時ころに始まった。私は大学の国語学の青木という助教授に誘われて、この例会に出席した。今日が始めてであった。青木さんは小声で、

 「これ」

 と言って、小さな紙片を私に手渡し、それを見ながらひそひそ話を続けた。

 「あれが、平田先生。これが、天岡先生。そして、林先生、・・・。」

 次第に研究作業が本格化し、ひそひそ話はできなくなった。


 長いすが四角く置かれ、十三、四人の参加者が取り囲むように坐っていた。私は手渡された紙片をじっと見て、顔と名前とを付き合わせた。上座の中央に坐っているのが先生であった。先生以外に二人気になる人物がいた。一人は頭がつるつるに禿げた小男で、目立つ存在であった。体格は小太りで、理屈っぽいことを並べ立てていた。もう一人は紅一点で、美人とは言えないが、愛嬌があり、男性に好感を持たれるタイプであった。


 例会は、途中に休憩を挟んで5時まで続いた。今日は3月の最終日曜日で、例会終了後に町の中心にある三越の最上階にある料理屋で送別会が予定されていた。平田先生が東京の大学へ栄転することになったのである。

 例会が終わり、大学の一室を出た人たちは、めいめいがバスや車で三越へと向かった。到着したのは、6時ちょっと前であった。送別会は6時に始まった。例会を主宰する先生が、進行役を務めた。例会には出ないで、送別会だけという人も数人いた。その中に小泉先生がいた。

 当時、小泉先生は大学を退官して、七十歳くらいにはなっていた。周囲の人たちよりはひとまわりくらい年長であった。K社から古典文学全集の執筆を任せられる大家であった。先生とも昵懇のようであった。

 「さんに秋の大会を頼まれました」

 「それはでかした」

 と、先生と小泉先生とがひそひそ話をしていた。

 

 大学の教員などの研究者が、所属する組織に学会といわれるものがある。学会において、若手の研究者たちが普段の研究成果を発表する。その発表内容によって甲乙がつけられる。言わば、研究者としての登竜門のような存在である。

 先生は国文学の学会において、常任委員を務めていた。この学会は春と秋に全国大会を開いていた。春は首都圏で、秋は地方でというのが慣例となっていた。その秋の学会を先生の所で開催するというのである。

 



 

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