大雨時行その四 スイカ割り

 楽しい時間はあっという間に過ぎていくもの、城の方から時太鼓が聞こえてきました。昼九つを知らせているのです。


「腹が減ったぞ。西瓜じゃ、西瓜を食わせろ!」


 海から上がって来た恵姫が穴の中で冷やしているスイカ目掛けて駆け出しました。雁四郎にバタフライのやり方を教えていた与太郎は慌てて声を掛けます。


「待って、めぐ様。まだ食べちゃ駄目だよ」


 既にスイカを抱えていた恵姫は、海から上がって来た与太郎を不満そうに眺めました。


「何故止めるのじゃ。これは食うために持って来たのであろう。既に昼。磯島が持たせてくれた握り飯と共に食えばよいではないか。喉も乾いたしのう」

「うん、それはそうなんだけどね、実はスイカを使った遊びがあって」

「遊び? 食う物を遊びの道具にするつもりか」


 恵姫に睨まれて与太郎は口を閉ざしました。遊びという言葉は良い印象を与えないと思ったからです。少し考えた後、言い直しました。


「スイカを使って勘を養う修行があるんだよ。僕らの時代では海に来た時は必ずそれをやるんだ。食べる前にその修行をしようと思うんだ」

「ほう、スイカで修行ですか。それは興味をそそられますな」


 いつの間にか近くまでやって来ていた雁四郎がまじまじとスイカを眺めています。他の三人も海から上がって来ました。


「ちっ、相変わらずの修行馬鹿じゃのう、雁四郎は。まあよい。で、その修行とはどのように行うのじゃ」


 ここで与太郎はスイカ割りの説明をしました。目隠しをして棒を持ち、その場で七度回った後、皆の指示する声を頼りにスイカを叩き割る、単純ながら成功確率はほとんどゼロに等しい遊びです。しかし、達成困難な修行であればあるほど燃える雁四郎、完全にヤル気になってしまいました。


「それは素晴らしい。目潰しをくらっても相手を確実に仕留める修行としては打ってつけでござるな」


 が、ここで恵姫が注文を付けました。皆がスイカの場所を教えるのが気に入らないと言うのです。


「己の勘のみで西瓜を割ってこその修行じゃ。他人の声を当てにするなど言語道断であろう」


 声を出して教えてもスイカが割れる事はほとんどないので、与太郎は認める事にしました。ついでに、最初に割った者にはスイカの半分を食べる権利が与えられる、という条件も付けられたので、それも了承しました。

 浜に落ちていた棒切れを拾い、五間程離れた砂の上にスイカを置いて準備完了。最初に挑戦するのは雁四郎です。置いたスイカまでの歩数を数え、しっかりと位置を確認しています。


「じゃあ、目隠しをするね」


 与太郎が手拭で目を塞ぎ、立てた棒の周りを七度回らせると、雁四郎は情けない声を出しました。


「おお、こ、これは、方角がとんと分からぬ」


 覚束ない足取りで歩き出す雁四郎。スイカとは全く別の方向へ歩いて行きます。


「うむ、そのまま進むが良いぞ、雁四郎」


 教えてはいけないと言っていた恵姫本人が教えています。しかも嘘です。逆らっても仕方がないので与太郎は黙っていました。


「ここでござるな、そりゃ!」


 空しく砂を打つ雁四郎の棒切れ。一人目は失敗です。


「次は私がやるか」


 毘沙姫が棒切れを持ちました。素振りをするだけで五間先のスイカが揺れています。与太郎は恐る恐る毘沙姫に進言しました。


「あの、毘沙様は遠慮していただけませんか。もしスイカに棒が当たったら、跡形もなく粉々になって食べられなくなるような気がするので」

「んっ、そうか。それもそうだな。私も西瓜は食べたいからな」


 どうやら思い留まってくれたようです。一安心の与太郎。


「はいは~い、次はあたしがやりま~す!」


 黒姫です。スイカまでの歩数を数えもせずに、いきなり目隠しをしています。


「ふっ、勘の悪い黒など無理に決まっておる」

「それはどうかなあ~、めぐちゃん。西瓜の半分はあたしがいただいちゃうからね」


 黒姫は歩き出しました。まるで方向違いです。鼻で笑う恵姫。しかしここで黒姫は思い掛けない行動に出ました。


「召す!」


 力を使ったのです。現れたのは鼠の次郎吉。チッチッと鳴きながら黒姫をスイカへ誘導しています。


「こりゃ、黒。姫の力を使うなど反則であろう」

「使っちゃいけないなんて言われてませんよ~だ。あくまで自力で割ればいいんでしょ」


 次郎吉のおかげで着実にスイカへ近付いて行く黒姫。スイカの前できっちりと止まり、棒切れが振り上げられました。これはもうスイカが割られるのは確実、誰もがそう思った時、


「黒、危ない、次郎吉に当たるぞ!」

「えっ!」


 恵姫が大声を出しました。驚いた黒姫は棒切れを右にずらし、その結果、スイカを僅かにかすって棒切れは砂を叩きました。慌てて目隠しを取る黒姫。次郎吉はスイカから離れた場所に立っています。恵姫の罠だったのです。


「あ~、めぐちゃんに騙された。悔しい~」

「ふっ、黒もまだまだ修行が足らんのう」


 すっかり悪人面になっている恵姫です。こうなると悪知恵が底無しに湧き出て来るのでどうしようもありません。これで二人目も失敗です。


「次は、お福さん、やりませんか?」


 与太郎に言われて小さく頷くと目隠しをしてもらうお福。同時に声を出して飛入助を呼びました。


「黒の二番煎じか。お福も芸がないのう」


 飛入助の誘導でこれまた着実にスイカへ向かっていくお福。既にスイカの近くに寄る前から「危ない、飛入助が足元に!」とか「やや、飛入助が糞をたれおった」などと恵姫は妨害工作に精を出していますが、黒姫の失敗を見ていたお福は恵姫の言葉などに耳を貸しません。


「むむ、このままではお福に西瓜の半分を食われてしまう。こうなったら……」


 恵姫の髪が持ち上がり発光が始まりました。ぎょっとする与太郎の前で恵姫は命じます。


「満ちよ!」


 声と同時に海面が持ち上がり海水が押し寄せてきました。あっと言う間に砂浜は海水に覆われてしまいました。そして置いてあったスイカもプカプカと浮き始めたのです。


「ははは、どうじゃ。浮いていては割ることもできまい。お福、破れたり!」


 恵姫の顔は悪人面を通り越して極悪非道の成らず者みたいになっています。たかがスイカのためにここまで夢中になれるものかと、与太郎は少し感動してしまいました。

 海水に漂うスイカの上で鳴き声を上げる飛入助と困惑したように立ち尽くすお福。このまま諦めてしまうだろうと誰もが思った時、目を疑うような事が起きました。飛入助がスイカを足に掴んで飛び上ったのです。


「な、なんじゃと! あんな重い西瓜を雀如きが持ち上げたじゃと!」


 それだけではありません。お福の髪が持ち上がりその先端に光が、虹のような七色の光が淡く輝いているのです。


「これは、お福が力を使っておるのか……」


 恵姫の髪の発光が収まり浜を満たしていた海水が引いて行きます。有り得ぬ光景を目の当たりにして力を解いてしまったのでしょう。飛入助はもうお福の背丈ほどの高さまで到達しています。


「ピイッ!」


 小さな鳴き声と共にその足からスイカが離れました。ドスリという落下音を聞いて振り下ろされるお福の棒切れ。スイカは見事に叩き割られました。


「やったー!」

 与太郎が喜びの声を上げました。

「お福さん、お見事! スイカの半分はお福さんのものだよ」


 目隠しを取って照れた笑いを浮かべるお福。与太郎は尚も言葉を続けます。


「でも驚いたなあ。お福さんも姫の力を持っていたんだね。髪が光って……」

「言うな、与太郎!」


 毘沙姫の怒声が響きました。殴られたように体を硬直させる与太郎、その顔は強張っています。そしてそれは与太郎だけではありませんでした。恵姫も黒姫も毘沙姫も、まるで見てはならないものを見てしまったかのように、険しい表情をしていたのです。

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