青柴垣 (3)
天と地を廻る陽の光は、頂きに達すると地上へ還ろうとゆっくり、少しずつ降りてくる。光が低くなり、地上に近づくたびに、日御崎を吹きかう風は強い赤みを帯びていった。
大国主が日御崎に着いたのは、茜色の光が空を覆い始めた頃で、大神事の場となる灯台の周りには薪と干し草が順序良く並べられ、火をつける支度を終えていた。
大国主に先だって着いていた神野の大巫女は、大国主の到着を待って灯台の周りをせわしなく歩き回っていたが、夕刻になってようやく武人の群れが姿を現すと、眉を吊り上げた。
「私よりも着くのが遅いとは、いったい今までなにをしていたのだ。大神事の始まりは、陽が海に触れた
大国主は知らん顔をして、大声をあげて笑っている。
「最後に見ておきたい出雲の景色が、おれにはたくさんあるのだ。世話になったと声をかけたい女も大勢いるしな。――しかし、よくぞまあ、この高殿をここまで飾りまみれにしたものだな。まあ、これからおこなわれるのは世と世の境を越えた盛大な婚儀だから、こんなものか? おれは、出雲一の女とやらを妻にしにいくのだからな。死の国の女神は美女かな? おれをとり殺すくらいの妖艶な美女ならいいんだが、絶世の
部下たちの笑いを誘って軽口をいい、大国主は、はははと威勢のいい笑い声をあげている。
大国主がやってくるのを、狭霧は、灯台へ続く道が見渡せる場所で待っていた。
隣には高比古がいて、高比古の手は狭霧を落ち着かせるように肩に回っていた。
でも、大国主の一行が姿を現すと、狭霧の肩に置かれていた温かな手は離れていく。
手と肩の隙間を夕風が通り抜けて、少し涼しくなると、どうしたのかと狭霧は隣を見上げた。でも――横顔を見上げると、目を疑った。
(えっ?)
そこには、見慣れた横顔があった。高比古はまっすぐに前を向き、灯台に現れた大国主を見つめている。
高比古の白い頬は、黄昏の色に染まっていた。同じ色に染まった目や顔の表情を見ていると、狭霧の背は、知らずのうちにぞくりと寒くなった。それほど、高比古は気配ごと知らない人になったかのように様変わりしていた。
そっと結ばれた唇は、ふつう人がするように言葉を発するものとは感じさせない。鼻筋の通った鼻も頬も眉もどれも無表情で、動く気配がない。なかでも目は――。怖くなって目が離せなくなるほど、瞳は黒い石に変わったかのように動かなかった。
高比古の目には、もともと清涼な香りをたたえて森にひそむ笹の葉を彷彿させる、ふしぎと気高い雰囲気がある。今や、その気高さが澄み渡っていた。うっかり近づいた者を鋭利な葉先で問答無用のうちに切りつけてしまいそうで――。高比古の目は人の気配を感じさせないほど静かで、攻撃的だった。
狭霧は、いつか彼と唱えた言葉を思い出した。
(千年に渡って出雲に力を顕す、偉大な巫王――)
高比古は、言葉にふさわしい神秘的な気配を帯びていた。
それは、戦いに出向く者の姿でもあった。
高比古は、命を賭けた一騎討ちをしにいく男の顔をしていた。
その目に見つめられた大国主は、高比古とのあいだに距離を残して足を止める。そして、高比古の目を見返した。大国主が高比古を見る目も、見えない大剣のぎらついた刃を見せつけるようで、今にも飛びかかっていきそうな獣じみて獰猛だった。
今宵の祭主となる高比古と、神事の髄、人柱になる大国主――。
この二人は、次の武王と今の武王だ。
暮れゆく夕空のもとにたたずむ岩岬。その先端に建てられた出雲一の高殿のふもとで、高比古と大国主はしばらく言葉もなく見つめ合った。
茜色に彩られゆく潮風が何度も二人のあいだを通り過ぎ、時に渦を巻いて、純白の神具を煽って表に裏にひるがえしていく。
従者や巫女たち、周りにいる面々は、二人のあいだに満ちた殺伐とした気配に遠慮して口をひらこうとしなかった。しかし、神野の大巫女が、とうとうしびれを切らした。
「高比古、そなたは早う崖を下りて舟に乗れ。そなたは波の上から神事を司るのであろう?」
狭霧は、しばらく風さえ止まったかと思っていた。
大巫女の不機嫌な声とともに頬が懐かしい風を感じて、目をしばたかせる。
隣にいた高比古は、沈黙を保った。大国主から目を逸らすと、声をかけることなく背を向けて、岬の端へと進んでいく。
向かう先には真っ白な衣装を身に着けた若い禰宜が数人いて、手を大きく振っている。
「た、高比古様、舟が用意してある磯へはこちらから降りられます。岩場の道は足場が悪いので、お気をつけください」
狭霧は、青ざめた。
「た、高比古――? もういっちゃうの? 一言くらい話を――」
高比古が向かおうとしているのは、神事の始まりとなる場所だ。
万が一のことがあれば、この先高比古と大国主は二度と顔を合わせたり話をしたりすることができない。それなのに――。
呆気にとられて高比古の背中を見送る狭霧の背後に、悠々とした足音が近づいてくる。足音と、野を馬で駆けてきた者に染みついた香りで、狭霧はそれが誰かがわかった。
「とうさま……」
振り返ると、大国主はすぐそばまで近づいていた。
武装こそしていないものの、鎧と兜を重ねればいつでも戦に出られる袴姿で、腰には、いつも持ち歩いている玉の剣を佩いている。武人ならではの太い首には玉の
狭霧を見つめて微笑む大国主の顔には、無言のうちに大勢の部下をかしずかせる鋭い印象があったが、目は上機嫌に細められていた。
狭霧と目を合わせると、大国主は、遠ざかりゆく高比古の後ろ姿に視線の先を戻した。そして、可笑しそうに息を詰まらせた。
「あいつめ、おれを殺す気でいやがる」
「え?」
大国主が「あいつ」と呼んだのは、もちろん高比古だ。
その時、高比古はすでに崖の向こう側へ回っていた。持ち場につこうと崖を下り始めた高比古は振り返らず、それどころか、背後を気にする様子もない。
くっくっくっ――大国主は愉快そうに笑っている。
「あいつの目を見たか? あのくそがきが、このおれにまずいと思わせたぞ。いい顔ができるようになった。なあ!」
大国主は腹を抱えているが、狭霧はさっぱり意味がわからなかった。
二人は声をかけ合うことも、にこりとすることもなく、静かに睨み合っただけ。それなのに――。
父、大国主は、高比古の姿を隠してしまった荒々しい岩壁を見つめて微笑んだ。
「あいつは、おれをこの世から葬り去ろうとしている。おれになろうとして、おれからすべてを継ぐ気でいる」
「とうさまを、この世から葬り去る……」
つまり、大国主を殺すということだ。
そのことが頭をよぎると、狭霧はつつと目元が痛く熱くなり、じわっと熱いものがこみ上げた。
手のひらで口元を覆ってうつむくと、大国主は微笑んで見下ろした。
「泣かなくてもいい。おれにとっては、これ以上の誉れはないんだ」
「……でも――」
見上げると、男盛りの大国主の頬は、陽の光を浴びて顔に色濃い陰影をつくっていた。
「獣の群れの中で長が変わる時、長が群れから追い払われることがある。どうしてかわかるか? 次に長になる奴が、一番強いのは前の長だと思っているからだ。同じ場所に同じ奴が二人存在することはできない。二人いれば、重ならないように少しずつ変わるもので、何から何までそっくりそのまま継ごうとすれば、前の長を追い払うしかないからだ。あいつは、おれになろうとしている。おれを最上の見本として、そのまま継いでいく気でいる。自分の後継ぎになる男にそれだけ惚れこまれたんだ。誉れだろう?」
大国主は狭霧の肩に手を置くと、にっと笑って見せる。
大国主の手のひらは、触れた場所が真昼の陽の光を浴びたように感じるほど温かかった。
狭霧はうつむいて、ひくりとしゃくりあげた。
「とうさま――」
父の手が触れている肩の温かさに浸っていると、もう片方の肩にも大きな手のひらが下りてくる。
大国主は温かさで狭霧を包み込み、頭上から、言葉を噛むようなゆっくりさで丁寧に語りかけた。
「狭霧……おれは、ようやくおまえの父親になれた気がする。子と親とはなにかと、じっくり考えた。結論も出た。――おまえは、おれと須勢理の残り香で、おれと須勢理をこの先の世に繋げていく唯一のものだ。おまえが生きていれば、おれと須勢理も永遠に生きるんだ。意味がわかるか?」
声も、手のひらと同じくらい温かくて優しいと狭霧は思った。
涙がこみ上げてなにも考えられなくなって、狭霧は、強張った頬を横に振る。
大国主は、狭霧の頭上で笑った。
「今にわかる。――おまえと、おまえの子が健やかにあるように、高比古と呪いをかけてくる。子を産んで育て上げ、おれと須勢理を永遠に繋げ。幸せに生きろ」
こらえようとしても涙は溢れ続けて、狭霧は首を横に振るしかできなかった。「いやだ」と――。
大国主は笑って、背後にいた青年を呼び寄せる。狭霧の両肩から手のひらを離すと、青年に場所を譲り、狭霧を宥める役を代わらせた。
神妙な顔をして狭霧の正面にやってきた安曇へ、大国主は静かに微笑んだ。
「安曇、後で高比古に伝えてくれ。おれを継いで、名と血を残せ。出雲と狭霧を守れ、と」
「私は、狭霧と同じ意見です。直接会って話せばいいではありませんか。神事の始まりなど遅らせればよいのです……」
安曇はしかめっ面をしたが、大国主の静かな笑顔は揺れない。
「あいつとは、さっき別れを済ませた。あれ以上の別れはない。だから、もう会わない」
大国主はふと顔を動かして、背後を見やった。
目を向けたところには、神野の大巫女が腹の前で腕を組んで門番のように立っている。
「あの女がご立腹だ。早くおれに命を捧げろと、おれを睨みつけてやがる。崖の下では高比古も待っているはずだし、そろそろいくかな。では、任せた」
大国主の表情は明るく、いい方も「ちょっと寄り合いに出かける」というほど軽かった。
しかし、去り際に狭霧の正面にたたずむ部下と目を合わせると、苦笑した。
「そんな顔をするな」
小刻みに震える狭霧の肩を抱くでもなく、安曇はその場にぎこちなく立っていた。
安曇は眉をひそめて、主を責めた。
「あなたこそ。少しは寂しそうな顔をしてください」
「――悪いな、そういう気分じゃない。おまえがおれに合わせろよ」
それが、大国主と安曇が交わした最後の言葉になった。
すがすがしい笑顔を浮かべて背を向け、大国主は、神野の大巫女が待つ梯子の昇り場へと向かっていく。
しだいに色が濃くなりゆく夕風に乗って、大国主と大巫女が交わす言葉のやり取りがふわりと漂ってくる。しかし、それは二言三言で済み、とん、ぎっ、ぎっ――と、木造りの梯子を鳴らす音が狭霧の耳に届き始めた。
(とうさまが梯子を昇ってる。とうさまが上に着いたら薪に火がつく。この高殿が、燃えちゃう――)
いや――。神事の始まりは、大国主が最上のやぐらに着くのを待たなかった。
焦げ臭い匂いが鼻先に漂い始めて、こめかみをひきつらせて匂いの在り処を辿ると、すでに薪は禰宜と巫女に囲まれていて、それぞれが手にする松明から火を移されていた。
匂いを嗅ぐなり狭霧の足はいうことを聞かなくなって、がくがくと震え始めた。
「ああ、あぁ……!」
動転して悲鳴を洩らす狭霧を、安曇の腕が抱きしめた。
狭霧の耳元で、安曇はやり切れないというふうに笑った。
「いつもこうだ。あの人はいつも私の先をいく。いつも私にいき先を見せて、導いてくださる……。いつも――」
最後には、安曇の声も震えた。
それから、自分の震えをこらえるようにも安曇は狭霧を抱きしめて、その場でじっと動かなくなった。
しだいに、炎の熱は狭霧と安曇がたたずむ場所にも及び始める。
「場所を移ってください。ここは、火に包まれた柱が落ちてくるかもしれません!」
番人を任された意宇の武人がやってきて無理やり押しやられてしまうので、狭霧と安曇は、岬の反対側へと回ることになった。
そこには高殿を囲む森が途切れた広場があって、弧を描いて続く岬の先端をちょうど真正面に眺めることができる。
日が落ち暗くなると、あたりは闇に包まれて闇のほかが見えなくなる。
しかし、そこは騒々しかった。大国主が形代となる神事を見届けようと、出雲中の小王や武人、異国から招かれた使者までが集っていたからだ。身動きができる隙間もなく、周囲にいる人の身体の熱がわかるほど、広場は人で混み合っていた。
いまや日御崎の高殿の柱には赤い炎が伝い、すでに四層目のやぐらまでのぼっている。大国主が梯子を鳴らして上がった先は、頂きとなる五層目のやぐら。火の勢いは、その真下に迫っていた。
真夜中に向かって時が進むにつれて、森を包む闇は暗く冴えていく。漆黒の夜闇の中、出雲一の高殿はあかあかと照っていた。火の塊は松明や焚火とはかけ離れて大きく、それに、崇高だった。
(あそこだけ明るくて、昼間みたい。まるで、天の旅を終えて地上に還って来た太陽が、寝床に入って休んでいるみたい――。そこからいなくなって。早く朝が来て、その寝床から去ってしまって――!)
狭霧は、燃え盛る高殿を見つめ続けた。
離れているとはいえ、狭霧たちが神事を見守る広場にまで、火の音や熱は伝わっている。木材を燃やすごうごう、ぱちぱちという音に加えて、時折は、夜空を焦がすようなちりちりという静かな音も響いてくる。
そして――夜半が近づくと、ちち、みしっという不気味な音が加わっていく。ぎ、みし――と重く唸るその音に耳をそばだてると、狭霧は、安曇の腕にしがみついた。
「へんな音がするよ、安曇――」
「大丈夫です、大丈夫――」
狭霧の両肩を囲い込みながら、安曇はみずからを抑えるようにいう。その音を聞きつけたのは狭霧たちだけではなく、森の広場もざわつきはじめた。
「なんの音だ?」
「柱の音だ……柱が――見ろ、崩れる、柱が落ちるぞ!」
森の暗闇の中で、誰かが血相を変えて叫ぶ。
次の瞬間、ぎぎ、みしっという音が夜空を裂くように響き、悲鳴と轟音が重なった。
狭霧は、安曇にしがみついて泣きじゃくった。
「いやだ、いやだ!」
周りで垣根をつくる武人も侍女も館衆も、大声で絶叫して、ため息をつき、嘆いた。
「見ろ、高殿の太柱が一本外れて傾いている。やぐらの屋根も床も斜めになって――これは、崩れるぞ……」
「いくら武王といえども、柱を崩すほどの大火に焼かれて、あの中で生きていられるものか。大国主は、お亡くなりになったのだ……我らが武王が――」
柱が崩れていく様を見るなり、森の広場はまるで偉大な王の弔いの場に代わったかのようだった。みし、ぎぎ……と高殿を成す木材が崩れていくたびに、目の前で偉大な人の処刑を見ているかのように、絶叫や悲鳴がいたるところで響き、人々の目に涙が浮かんだ。
地面にうずくまって泣き出す者も、もう見ていられないとばかりに広場を離れてしまう者もいた。涙声で、高比古の行方を捜す者も。
「大国主をあのような目に合わせるなど、大神事とはいったいなんなのだ。当の祭主は――高比古様はいったいどこにおいでなのだ!」
その声に応えて、ある者は下のほうを指す。
「波の上の、あそこだよ。小さな松明が揺れているのが見える」
人々の目がいっせいに向いた場所は、真っ黒になった波の上。そこには、小さな炎が三つ揺れている。
高比古が乗るのは、詰めても八人程度しか席がとれない小さな舟だ。岬の上から見下ろすと、もともと小さな舟は水に落ちた木っ端のようで、ほんの小さな明かりを照らして波に翻弄される様は、なにかをおこなっているどころか、助けてくれと救いを求めているように見えるほど心もとない。
そこでは大神事を進める高比古が祈りを捧げているはずだが、岬の上でごうごうと燃え盛る高殿と見比べると、小さな舟はどうにもか弱く、高殿を包む凶暴で力強い炎と対等に闘っている印象はなかった。
「あんなところで……本当に祈っていらっしゃるのか? 声がここまでは聞こえないとはいえ――」
狭霧の後ろにいた武人はそんなふうに不平をいい、舌打ちをした。
高比古を責める声や思惑を感じるなり、狭霧は夢中で首を振った。
(そんなことない、高比古は絶対になにかをしようとしているわよ。高比古は出雲随一の力をもつ事代で、策士で――とうさまの『子』よ。誰よりとうさまを必要としている人なの。そんな人が、とうさまを失うかもしれない神事をみずからとりおこなっているのよ)
高比古の気持ちを思うと、狭霧には吐き気がこみ上げて、涙も嗚咽も止まらなくなった。
「安曇……」
手にも肩にも背中にも汗が噴き出して止まらなくなって、安曇のがっしりとした胴に腕を回して衣を鷲掴みにしながら力一杯しがみついていないと倒れそうだった。いや、足が震えて、そのまま地面の下にある深い闇の世界へ沈み込んでいきそうだった。
(こんなに苦しいのは、高比古の分だ。彼は今、泣きたくても泣けないから。いやだっていいたいけれど、いえないから)
『あんたは今夜、大国主の無事を祈れ。おれの代わりに――』
狭霧の目の裏に、高比古の二つの顔が蘇った。狭霧を丸ごと包み込む頼もしい笑顔と、もう一つの別の顔、大国主に背を向けた時の、生きている人の気配を感じさせない神秘的な真顔――武王の跡取りの顔だ。
(わたしが泣いておくから。わたしが高比古の分までとうさまの無事を祈るから)
いまや、狭霧の肩に回る安曇の手にも、これ以上はないほど力がこもっていた。
狭霧の頭上で、安曇は呪いの言葉を唱えるように呻いた。
「どうして私は、あの人をいかせてしまったのか――。私が代わればよかったんだ。最後の最後にあの人に逆らえばよかったのだ――。助けにいくこともできないなんて――」
声には、涙が混じっていた。
そういえば、狭霧が安曇の涙を見たのはこれが二度目だった。一度目は、母、須勢理が死んだ時。生まれてはじめて父の涙を見たのと同じ時に、安曇も泣いていた。でも、その時よりも、ずっと今のほうが安曇は苦しそうだった。
その理由を、すぐに狭霧は察した。
(悔んでいるせいだ。安曇もわたしと一緒で、わたしと同じ苦しみを抱えているんだ――)
だから狭霧は、安曇の背中に手を回して懸命に抱きしめた。
「大丈夫、安曇、とうさまは生きてる。だって、とうさまだもの。平気よ、出雲の死神はあんな炎になんか負けない。大丈夫!」
それが賭けにもならない奇跡の願いだということは、狭霧も身に染みてわかった。
それほど、対岸で高殿を包む炎の勢いは強く、炎は獲物を食らい尽くす化け物のようで、父がその化け物の口の中にいると思うだけで、くらりと気が遠くなった。倒れてしまうのを懸命にこらえないと、見守ることもできなかった。
それでも、狭霧は繰り返した。
「大丈夫、だって、とうさまだもの」
安曇は苦しそうに微笑んで、何度も大きくうなずいた。
「そうだね、そうだよ――あの人は死神だ」
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