稲佐の浜 (2)

 心依姫の周りにいる人たちの、目の色が変わった。そこにいるのが狭霧だと気づくと、侍女や馬番、武人にいたるまでが揃って狭霧のほうを向いて、じっと凝視する。目は、敵を見るようだった。


 かつ、かつ……かつ――。蹄の音をゆっくりにさせていき、ある程度近づいたところで手綱を引き、狭霧は、馬を止めた。


 狭霧と心依姫は、ともに高比古の妻。狭霧が、高比古の一の后と呼ばれるようになった後、先に嫁いでいた心依姫が床に伏せったことは、雲宮にいる誰もが知る噂だ。


 狭霧と心依姫が鉢合わせてしまったのがまずいと、館衆たちは思ったらしい。彼らは、機嫌をとるように一行に話しかけた。


「こ、これは、珍しいところでお会いしましたな。実は我々は、神殿の巫女を探しておりまして、そこにいらっしゃるのが巫女様かと思ってやってまいりましたが、心依姫様の清らかな気配と間違えてしまったようです。いや、失礼いたしました。ははは、は……」


 館衆は、互いに目配せをし合って芝居がかったふうに笑う。


 心依姫の一行に、笑いに混じる気配はなかった。一行は揃って口を閉じ、にこりともせずに狭霧をじっと見ている。


 狭霧は馬上から心依姫に会釈をして、笑いかけた。


「――ここで、出会えてよかったです。直接お話をしにいきたいと、ずっと思っていたの。近いうちに、どうか離宮にお邪魔させてください。――元気そうで、本当によかった。しばらく床に伏せっていたと聞いたから……。起き上がれるようになったんですね、本当によかった――」


 一年半前の春――その頃、心依姫は毎日のように狭霧の居場所を訪れて、話をしていた。狭霧がいたのは薬草を育てる草園だったので、心依姫はそこへ訪れ、みずからも衣を泥だらけにして、あどけない顔立ちに似合う純真な笑顔を浮かべていた。


 しかし、今――。あどけなさが残る心依姫の童顔には、見ているとぞくりとする冷笑が浮かんだ。


「兄様は、お元気でいらっしゃいますか」


 兄様というのは、高比古のことだ。


「元気……ではないけれど」


 心依姫の表情に驚いて、言葉をいい繕う余裕もなく、狭霧は、思ったままを答えた。


 今、高比古は元気と呼ぶにはほど遠い。しかし――。


 会話になっているのか、いないのか。心依姫は、狭霧の言葉が耳に入っていないかのようだった。みずからを嘲笑うように、唇の端を吊り上げる。


「――そうですか。狭霧様は、いいですね。兄様と、いつも一緒にいられるのですもの。――兄様は、私を見てくださらない。時折会いに訪れてはくださいますが、私に情けをかけて、言葉少なに慰めて、帰っていかれるだけです。この口惜しさが、寂しさが、おわかりになりますか? ――あのやや子さえいたら、耐えられたのに――」


 心依姫は、小ぶりな赤い唇をきゅっと噛んだ。そして、苦しげにうつむき、自分の腹のあたりを手のひらで押さえる。


 狭霧に、謝るすべはなかった。


 心依姫の大切な相手を、奪ったようなものだ。傷つけ、その時からずっと苦しめ続けている。


 高比古は「気にするな」と狭霧を慰めたが、気にせずに済むほど、狭霧の胸は頑丈ではなかった。


「心依姫……その、ごめんなさい。あの……。ううん、やっぱり、こんなところで話すことじゃないわ。今度、離宮にお邪魔させてください。そこでじっくり話そう……?」


 心依姫は、目尻に涙を浮かべてふふっと笑った。


「いいえ、もういいのです。もう、別れは怖くありません――。どのように離れようとも、私と兄様は、魂で繋がっているのですから。たとえ兄様の心が、あなたのほうを向いていても――」


 悲しい言葉を発しているのに、笑顔は幸せそうだった。それは、まるで祈りの言葉のよう……いや、幸せを力ずくで引き寄せる呪いじみていた。


「えっ?」


 狭霧は、目を見開いた。


 今の心依姫と同じ雰囲気のあるものを、前にも目にしたと感じた。とてつもなく恐ろしい何かに気づいた気もして、背筋が寒くなった。でも、それが何かはまだわからない。


(今の、なに? どこかで、誰かから同じことを聞いたような――。あれは誰だった?)


 懸命に記憶をたどると、ふっと目の裏に浮かんだのは、小憎らしい笑みを浮かべて狭霧を見つめる神野の巫女の顔だった。日女だ。


(そうだ、日女だった。あれはたしか、遠賀? そうよ。わたしが、邇々芸様に浚われる前――。あの時、日女とはなんの話をしていたっけ? たしか……)


 不気味な悪寒を感じて、胸がどくどくと音を立てはじめる。


 狭霧が脅えのもとに気づくより先に、心依姫は、そこから離れようとした。


「では、狭霧様。ごきげんよう」


 別れ際に、心依姫はにこりと笑った。でもそれは、狭霧が覚えている純粋な笑い方とは違った。敵を蔑むような、暗い笑顔だった。


 心依姫が馬番に出発を促すと、一行は会釈をするものの、にこりと笑うこともなく狭霧に背を向けて、離宮へ向かう道を進み始めた。


 狭霧は、息が止まりそうだった。しだいに遠ざかる一行の後ろ姿を見つめながら茫然として、おおごとになったと、胸が焦って仕方なかった。


(どうしてこんなに怖いの? 今の心依姫とあの時の日女が似ていたら、どうしていけないの。あの時、日女とはなんの話をしていたっけ――たしか……)


 心依姫の一行が去った方角とは別の方角から、砂煙をあげて近づいてくる一行がいた。


 雲宮を目指してやってくるのは、馬に乗った娘と従者らしき下男が一人だけの二人連れ。娘のほうを見やると、館衆たちは腕を大仰に振り上げ、大声を上げた。


「神野の巫女様だ。やっといらっしゃった!」


 やって来る娘は、日女だった。


 日女は、苦虫を噛み潰したようなひどい渋面をしていた。目鼻立ちの整った小さな顔はこれでもかというほど歪められ、虚空を睨みつけている。


 日女は、地面の砂を巻き上げながら早駆けをしていたが、狭霧たちの一行が立ち止まっているあたりで「どう、どう!」と馬を止める。そして――。馬上で手綱を握り締め、吠えた。


「あぁあああ! あの小娘が!」


 日女は憤怒の形相をしている。


 日女が腹を立てている相手は心依姫だと、なぜか察した。そして、不安が的中したとも思った。


 狭霧は、掴みかかるように日女が乗る馬に駆け寄り、顔を見上げた。


「ねえ、日女、それって心依姫のこと? どうしてそんなに怒ってるの。まさか……!」


「まさかもまさかだ! あの、ろくでなしの小娘が、神野にいきやがった。そのうえ……」


「そのうえ――? もしかして……」


「大巫女のもとで、形代の契りをしやがった! ふざけるな、あのバカ娘がぁ!」


 形代の契り――。それは、主のために死を肩代わりする神事で、その神事をおこなうと、契りを交わした者と主は魂と魂で結びつき、主の身体が死にかけた時に、その死穢しえを移すことができるとか。


 心依姫がその契りを交わしたのなら、魂を結びつけた相手は一人しかいない。


「心依姫、高比古と……」


「そうだ、そうだそうだそうだ! あのバカ娘! よりによって、百年に一度あるかないかの大神事の前に突然しゃしゃり出て、一番いいところだけかっさらいやがった――! 私がこれまで、どれだけ高比古様の命を守ってきたと思ってるんだ。大馬鹿がぁ!」


 狭霧は、いろいろなことがうまく飲み込めずにいた。鞍にしがみついて、狭霧は日女に詰め寄った。


「百年に一度あるかないかの大神事の前――って、いま噂になっている人柱が必要な神事のこと? その神事で人柱になるのは、形代の契りを結んだ人になるの? 心依姫は、それになってしまうの? うそ、ねえ――うそでしょ?」


 日女は、くわっと目をむいた。


「ああ、うそだ。そんなことになる前に、私がこの手であの娘を先に殺してやる。そうすれば、私が人柱になれる」


「ちょっと待って。ねえ――!」


 狭霧は涙目になった。


 しかし、その混乱は長く続かない。狭霧たちが立ち往生している道を、海の方角から駆けてくる一団がいた。さっきの日女とは比にならないほどもうもうと砂煙を上げて、怒涛の勢いで道を駆けてくる。


 いでたちは、兵。神戸かんどから急報をたずさえてやってきた番兵の群れだ。


「そこの者たち、道をあけよ。端へ寄れ。道をあけよ!」


 豪快な蹄の音よりさらに大きな怒鳴り声で、馬を駆る兵は、狭霧たちを道の端へよけさせた。


 しかし、そこにいるのが狭霧や館衆たちだと気づくと、はっと顔色を変えて、手前で馬足をゆるめ、非礼を謝った。


「狭霧様と館衆様方でしたか――。これは、大変失礼いたしました。しかしながら、急いでおりましたゆえ、どうかお許しください」


「よい。何かあったのか」


 これほど慌てた様子の伝令兵は珍しい。


 館衆の男が尋ねると、馬上で息を切らせたまま、番兵の男は言葉をついだ。


「大変なことが――。神戸に、異国の船が近づいております。船影からすると、大和の船ではないかと思われます」


「――なに?」


「今日、雲宮では口寄せ神事がおこなわれると聞いていますが、それどころではありません。寄って来る異国の船に乗っているのは、ほとんどが兵です。矢をつがえるとか、今にも攻めてくる風ではありませんし、船は四艘で、使者らしき男が船主に立っておりましたので、軍使かもしれません。少なくとも、安曇様、高比古様か、館衆の皆様のうちどなたかか、判断を下せる方に港へ来ていただきたいのです。見張りは続けておりますが、状況によっては、話だけでは済まないかも――」


「大和の船団だと? ……戦の前触れか?」


「今のところ、なんとも申し上げられません。ですから、どなたかに――」


 館衆たちは、目配せをし合ってうなずいた。


「わかった。すぐに安曇様へお伝えしろ。兵舎にいらっしゃるはずだ。いけ」


「はっ」


 番兵の集団は次々と馬の腹を蹴り、再び雲宮へ続く道を駆けていく。青々と茂った稲畑のあいだを貫く一本道に砂煙が舞いあがり、風に乗ってそよがれると、のどかな田の景色を濁らせていく。


 館衆たちは、次々と手綱を握り直した。


「こうしてはおれん。いったん宮へ戻らねば」


「巫女どの、今日の神事は中止になるだろう。いずれ、また日を改めて――」


「願ったりだ。はっきりいって今は、心を無にして口寄せの神事をおこなうとか、そんな気分じゃない。――あの、行き当たりばったりのくそ女め」


 日女は怒っていた。しかし、怒っている相手は、館衆たちが気にしている相手とはまったく別のもの。


 館衆の男は、不思議なものを見るように日女を宥めた。


「その、巫女どの――敵の船団が来ているのですぞ? その、なんといいますか、女人同士のいさかいというのか、そのようなことを気にしている場合では――」


 説教をされると、日女は、かえってつんと鼻を逸らした。


「敵の船団がどうこうより、私にはこっちのほうがおおごとだ。口を出すな、馬鹿どもが」


 日女の口は、悪かった。






 雲宮に戻ると、王門は、そこから出ていこうとする兵で溢れていた。


稲佐いなさの浜へ向かえ! 大和の船団は、神戸からそこへ誘導した。みな、総出で稲佐の浜へ向かえ――」


 兵舎に詰めていた兵たちは、そっくりそのまま兵舎を出て、大路で列を成している。


 雲宮を出て行こうとする人の群れに逆らって、狭霧は馬で駆け続けた。


「騎馬軍、先にいけ。馬のないものは走れ! 急ぎ、稲佐の浜へ――」


「軍列、右に寄れ。大国主のお出ましだ!」


 兵舎の門のあたりから、ひときわ大きな号令が響いた。


 どどど――と獣の足音が響き、兵舎の門のあたりに砂煙が立ったかと思えば、大国主を先頭にした武人の群れが、雲宮の大路に飛び出してきた。


「騎馬軍を通せ。寄れ、寄れー!」


 大国主の一団を先にいかせるべく、兵の列はぎりぎりまで大路の端に寄っている。


 大国主を先頭にした騎馬軍は途切れることなく門から駆け出して、長い列を作った。安曇やそのほかの側近に加えて、盛耶や佩羽矢にいたるまで、今日の神事を見守るために集ったすべての武人たちが連なっていた。


 人で溢れた大路から脇道に入り、庭を抜け――狭霧は、高比古の館に駆け込んだ。


「高比古、たいへん! 稲佐の浜にいかなくちゃ。大和の船団が着いたんだって!」


 しかし、目まぐるしく動き続ける外の気配とは裏腹に、高比古は、それまでと態度を変えなかった。


「いかない」


「いかないって――おおごとなのよ? 盛耶や佩羽矢さんまでいったのよ? 策士で、次の武王っていわれてるあなたがいかなくて、どうするのよ!」

 

 高比古は、薄暗い広間の隅で壁に背を預けて、ぼんやりとしていた。


「おれはいきたくない」


「でも――!」


 狭霧は顔をしかめて、喉元まで込み上げた言葉を呑み込んだ。


「もう……! わかった、もういい。わたしだけいってくる」


「――だめだ」


「ただ、『だめだ』が通用するわけがないじゃない? 大和の船団が、すぐそこの浜まで来ているの。船団は小さくて、すぐに戦を始める感じではないけれど、軍使が乗っているっていう話よ。高比古は策士なんでしょう? 意宇の王の全権を預かって、杵築の王と戦をする人でしょう? その人が、どうして、ただいきたくないっていう理由で、こんなところに閉じこもっているのよ? 彦名様のところにも使者は発っただろうし、こんな一大事なら、意宇にいる事代か、神野の巫女にも話が伝わったかもしれないわ。でも……高比古は策士でしょう? 杵築でただ一人、彦名様の代わりを務められる人なのに、どうして――」


 思いの丈を言葉に綴って、訴えた。それでも、高比古はうつむいたまま。苦しそうに唇を閉じている。


 狭霧は、高比古の顔から目を逸らして、床を向いた。


「――これ以上はいわないわ。なんの理由もなく高比古がこんなふうにしているわけがないし、悔しいのは高比古のはずだもの。わたしが、高比古の代わりに稲佐の浜にいってくるから――」


 折衷案を出したつもりだった。しかし、高比古は、いかせまいと狭霧の手首を掴んでくる。


「だめだ。いくな」


「――そういうわけにはいかないでしょう?」


「でも――」


「でもじゃないわよ。とにかく……」


 狭霧がとうとう振り切ろうとすると、高比古はその手首を掴む手に力を入れて、顎を深く下げてうつむいた。それから、再び口を閉ざす。


 館の向こう側、大路の方向から、兵たちの騒々しい駆け足が聞こえている。


 二人が閉じこもった館のそばを大勢が通り過ぎていき、やがて、通る人が減ったのか、足音が遠のき始める。


 しだいに数人が何かを話しているだけになり、それも、しばらくすると消えていく。 


 館のそばを貫く大路が静かになると、狭霧は我慢がならなくなった。


「みんな、いっちゃったわ。わたしもいかなくちゃ――」


 手首を掴む高比古の手を振り払おうとすると、高比古はようやく、じわりとつぶやいた。


「……沖ノ島が、滅んだ」


 狭霧は、眉をひそめた。


「沖ノ島? いったいなんの話になったの? 沖ノ島ってたしか、心依姫が暮らしていた宗像の島の名前ね。そこが、滅んだ――?」


 高比古は、そっと目を伏せる。そして、注意していなければ、外の気配にかき消されてしまうほどのひそかな声で、つぶやいた。


「少し前――。沖ノ島のほうから吹いてくる風が、おれにそのことを伝えた。――でも、おれは、それをその前から知っていたんだ。御津で、黒い水に触れた時に、そいつがおれに教えたから」


「えっ、御津――?」


「ああ。そいつは、ほかのこともおれに教えていた。稲佐の浜に大和の船団が来ることも、使者の名も、何をしに来るかも――。御津は、まだ起きていないはずの先視さきみの景色を、おれに見せたんだ」


 狭霧は表情をこわばらせて、高比古の顔をじっと見つめた。


「高比古は、大和の使者が来ることを、知っていた――?」


「使者の男の名は、あめ杼甫子ひぼこ三雷みかづちで、杼甫子っていう男は細身の薬師みたいな奴で、三雷は武人だ。そいつらが出雲に来たのは、あんたを……」


 ぎゅっ。狭霧の手首を掴む高比古の手に、力がこもった。


「わたし――?」


「もし、おれがいった使者の名が、御津でおれが教えられたのと同じだったら、あいつの先視は正しいのかもしれない。あいつは死そのもので、永遠を司り、未来を読む――」


「死が、永遠を司り、未来を読む――?」


 高比古は、きつく眉根を寄せた。しきりにまばたきをした後、笹の葉を思わせる切れ長の目の縁には、小さな滴が浮かんだ。


「沖ノ島に暮らしていた宗像の禰宜や巫女は、いまや誰一人生きていないはずだ。あそこは、大和が生み出した新しい海の道の中継地になっている。それが本当なら、いろいろとつながる。――真浪がいっていたのは、このことだったんだ」


「真浪様……?」


 ほろり。高比古の頬に、涙が一筋垂れていった。


「御津で先視を押しつけられた時、おれは怖くなって、あいつを拒んだ。そうしたら、あいつはおれにいったんだ。何もしなければ、この先、出雲が滅びると」


「え――?」


「この先、大和がつくった新しい海の道が栄えていき、大和は隆盛を誇っていく。大和にかしずく国が増えていくが、大和の統制下に入れば大和の色に染まり、大和の一部に代わって、いまある国は滅びていく。越も、宗像も、今ある色を失うだろう。沖ノ島には大和の巫女が住み、あの島が宗像の聖地だったことは忘れ去られ、大和の守神が鎮座する場所となる。――出雲も。そう、あいつは先視した」


 高比古は、一度唾を飲んだ。


「御津は、共に出雲を守りたいといった。そのためには、人とあいつら、それから、出雲にあるすべてを一旦つなげなくてはならない、と。その神事を、おれにおこなえといった。人柱を捧げる大神事だ。でも――。御津は、いずれ執りおこなわれる大神事の先視も、おれに視せた。そうしたら――そこにいた人柱は、あんただった……」


 高比古の腕が狭霧の肩に伸びて、抱き寄せると、存在をたしかめるように手のひらが背中に回った。


「何度も何度も、御津でのことを思い出して、考えた。未来っていうのは、いったいなんだ? 先視は、本当にそのまま起きるのか? おれが先視を得たとして、それを阻むように動けばどうなるのか――。御津でおれが視た中で、おれが参じていた軍議があった。だが、おれがここに閉じこもっている間に、おれが居るべきその軍議は、おれ抜きで進められた。だから、未来は変わるっていうことがわかった。おれが視た先視の光景は、絶対に起きるべきものではないみたいだ。もしかしたら、その時視た大神事で人柱があんただったのは、あいつの願望かもしれない」


「あいつって――」


「御津――いや、御津から出てこようとした出雲の土地神……神霊? よく、わからない……。でも、あいつは、どうにかしてあんたを人柱にさせたいんだ。おれの目が向いているものを、自分のもとにとりこんでしまいたいからだ。でも、おれは、あいつを信じられない。いや……信じたくない。だが、時が過ぎるにつれて、あいつが教えた先視が現実に起きていって、真実になっていく。――おれは、何も見たくない。あいつが正しいかどうかもわからないのに、あいつのために、誰かを捧げる役をするのは、いやだ――」


 狭霧をきつく抱きしめながら、高比古は、肩を震わせた。


「なあ、狭霧――おれは躍らされているか? でも、あいつは、無視するには重すぎるんだ。それに、あいつの先視には、身体にまとわりつくような真実の重みがあって、おれには、それが真実だとわかる……」


「高比古……」


 狭霧は、言葉を失った。ただ、背中に手を回して、じっと汗がにじんだ背中をなでるしか――そうするしか、できなかった。


「ごめん、なんだか、ごめん――。ものすごく大きなことを、抱えてたんだね。一人で……」


 しばらくしてから狭霧が声を絞り出すと、高比古は、狭霧の耳元で小さく笑った。


「いいよ。こんなことでも、あんたに話したら少し楽になった――」




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