15皿目 割り算。
「ガムが8枚ありました。家族4人で分けました。さて、ひとり何枚でしょう?」
「2まいっ!」花子が得意げに答えた。
お風呂で算数ゲームをするのは久しぶりのことで、前回は、太郎が九九を習い始めた頃のことだ。当時、太郎は2年生、花子は年長さん。兄につられて、妹も簡単な算数を覚えた。
昨夜のお風呂での算数ゲームは、太郎が3年生になり、割り算を習い始めたからだ。足し算、引き算、掛け算と息子には苦労させられた。その頃から覚悟をしていたが、割り算は「九九」のように暗記できるような代物ではないので、理屈と解き方を根気よく教えなければならない。
太郎が言うにはいくら考えても全然わからないらしい。要するに知っている事しか答えを導き出せないのだ。
「チョコレートが6個ありました。3人で分けるとひとり何個ですか?」
「2こぉ」
やはり即答するのは1年生になったばかりの花子だ。太郎はこの文章問題にあてはまる九九を選び出すのに必死で、答えを導き出せないでいる。花子の答えがあっているのか、間違っているのかさえわからない。太郎は少し悔しそうにしながらも、妹の頭の良さを褒めた。
「花子すごいね〜」
花子がすごいのか、太郎がすごくないのか。
算数の授業では、クラスメートはみんな手を挙げるという。
「おれひとりだけわかんねぇ〜」太郎は言う。「いっくら考えても、おれだけわかんね〜」なんでだと聞くと、クラスのみんなは『なんとか先生』とか呼ばれる通信教育を受けているからだと言う。ちょっとかわいそうに思う。通信教育を受けさせてないことではない。算数というか、数字の仕組みを理解できない太郎の頭の出来の事だ。回転は早いし、物覚えも悪くない。読解力もある。物事を説明するときは、理路整然と言葉をまとめて話ができる。ところが、数字がからむとからっきし。太郎は不思議な脳みそを持っている。
太郎や、よくお聞き。通信教育をやっているからってわかるようになる訳じゃない。要は頭の仕組みの問題だ。おまえは当てはまる数式を記憶の中から探そうとするだろう?それだとな、知っている事しか答えられないんだ。花子が2×3=6を暗記していると思うか?いやまだだ。だけど答えられるだろう?花子が通信教育を受けているか?いや、受けてない。花子はこれから算数を勉強するんだぞ。それなのに8÷4=2を理解していると思うか?数式としては理解してないんだ。だけど答えられるのはなぜだと思う?よく考えてみろ。花子が何故、ガムの枚数をすぐ答えられるのか。何故、チョコレートの取り分を答えられるのか・・・
それはな、花子が『食いしん坊』だからだ。ほんとだぞ。この前もな。とーさん見ちゃったんだよ。晩ご飯の時、花子がな、テーブルの真ん中に置かれた唐揚げのお皿見てな、目で数えていたんだよ。目で。ひぃ〜ふぅ〜みぃ〜ってな。自分の取り分を確認していたんだな。数を確認したあと、一番でっかいやつを取った。そう、でかいやつ。きっと、取り分が少ないと感じたんだな。
わかるか?通信教育なんて必要ないだろ。必要なのは、ハングリー精神。それに、欲だ。おまえはどっちもないからな〜。その性格は、とうさんに似たんだな。ごめんな。
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