16皿目 決め台詞。

 花子のきれいな黒髪が腰の辺りまで伸びた。

 6月になると学校でプールの授業が始まるので、娘は髪を切る事になる。その前に写真を撮っておこうと妻が言い出した。入学の記念と七五三の写真。太郎が七五三の時にお世話になった写真スタジオから花子宛にDMが届いていたので、電話してみるとすぐに予約が取れた。

 家族4人でおでかけ。バスに乗った。妻が最後に乗車して、大人二人分と子供二人分の運賃を払った。私は先に乗り込み、ふたり横並びに座れるシートを確保して、妻が来るのを待ってから、窓側に座らせた。私が通路側に腰を下ろすと妻が思い出したように言った。

「あれ?都営バスもPASMO使えるんじゃなかったっけ?」

 そうだった。私のお小遣いが週5000円に値上げされた時の条件のひとつとして、増えた分は電子マネーとしてチャージしておく事だった。しかし、私はまだPASMOにお小遣いをチャージしていなかった。ちょっと躊躇いながら、しかし正直に答えた。

「まだ、チャージしてないんだよ」

「えっ?してないの!?」

 その妻の口調からは、様々な感情が読み取れた。

(あれほどチャージしろって言ったのに・・・ほんとはもう全部使っちゃったんじゃないの・・・お金は残っているのかしら・・・)

 怪訝そうな眼差しが私を捕らえた。私は疑念を晴らそうと思ったが、少し棘のある妻の口調が気に入らなかった。

 妻がお小遣いを値上げしてくれた時の言葉、それは『余ったら、チャージしてね』だった。余ったら、しろってことは、余らなかったらしなくていいって事ではないか?それに、値上げをしたのは妻の一方的な考えで、私は一度ならず、値上げは不要と答えたのだ。なのに、チャージされてない状況から、お金を使い切ったとまで疑っているようだ。

 「お金はまだ残っているから」私は言った。

 事実、お金はまだ残っていた。千円札が2枚と銀色に光る小銭がたくさん。私はその銀色に光る小銭で次の5000円支給日まで乗り切り、残る2000円をPASMOにチャージするつもりでいたのだ。そのことを説明しようと思い、定期入れを取り出し、三つ折りにされた2枚の千円札を妻に見せた。

「ほら、残っているだろう」

 そして、小銭の残りも確認した。充分に残っている。妻はちょっとびっくりしたようだった。

 私は、妻の納得した顔を見て満足した。そして、確認した。

「次の支給日(5000円)はいつだっけ?」

 よく聞き取れなかったのか、妻が聞き返した。

「え?」

「だから、次のお小遣い支給日はいつだったっけ?」

 そろそろ、その日がくる筈だった。

「きのう」妻が答えた。

 えっ・・・?聞き間違えたかな?

 バスが信号待ちで停車した。青になり、発進した。また止まった。今度は停留所だった。客が数人そこで降りた。運転士は安全を確認してバスを発進させた。車内は静かになった。私は勇気を振り絞りもう一度聞いてみた。

「えっと、いつ?」

「だから、きのう」

 え〜と・・・貰ってないし。そんならチャージもしているはずもないし。

 目的地はまだ先。問いただす時間は充分ある。

 今日貰えるのかな?さて、どうなんだ?

 妻がおもむろに口を開いた。

「わかった!」

 何がわかったというのか。

「じゃぁ!こうしよう!」

 どうすんのさ。

「5000千円は、あたしの財布にチャージしとくよ!」

 それをチャージと言っていいのか。

「ちゃんと、あなたの分としてとっとくから!」

 他に誰の分があるというのか。

「ねっ!」

 ねっ!ってなんだろう。

「うん、わかった」

 なんだかわかんないうちに頷いていた。

 あかわいん家には、新しいスタイルのお小遣いがある。

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