8皿目 コンプレックス。
【コンプレックス】辞書をひくと『複雑な』とある。
娘が生まれた時、私はこの子が立派なファザコンに育つように願った。息子はどうしてもマザコンになりやすい。しかし、娘ならば話は別だ。
具体的にはこんな感じだ。
①大きくなった娘と腕を組み銀座で買い物をする。
②高校生になった娘を学校へ迎えにいくと、友達に「花子のパパって素敵~」と言われ、娘は自慢気な顔して友達にさよならを言う。
③彼氏をつくってもとやかく言わない。
④デートのお迎えに来た彼氏を家に迎え入れ、花子の支度が終わるまで男同士で談笑した後、二人を見送る。
「宜しく頼むよ、楽しんでおいで」余裕をみせるのだ。
⑤彼氏はいつも父と比べられ、少々辟易してしまう。
こんな関係の父娘になりたい。これが私の理想のファザコン像だ。
ところがだ、保育園に通っていたころの花子は兄が大好きだった。やたらと太郎の世話を焼いた。
「ハンカチ持った?わすれものな~い?」
ブラコンと言っても過言ではなかった。
花子は、兄の放つダメオフェロモンにすっかり騙されていた。つまりこの頃は、太郎が私のライバルだったとも言える。
やがて月日がたち、花子の自我が形成し始めると状況は一変した。太郎ばかり叱る母の行為が、一つの『愛の形』であると悟り、それが自分には向けられていないと感じ始めた。いつもお兄ちゃんばかり怒ってずるい、とすねるようになった。
それ以来、花子のブラコンは陰をひそめ、母の愛を兄から奪い取ろうと必死になった。手のかかる娘を演じ始めたのだ。
今度は妻が私のライバルとなった訳だ。ファザコンへの道は険しくなるばかり。
お出かけの時は大変な事になる。二人して母と手をつなぎたがり、奪い合いが行われる。そして、母を挟んで言い争いをするのだ。しまいには、母を独占しようと、両方の手にぶら下がり、妻は二人をひきずって歩くはめになる。今では二人とも完全に妻の虜になっている。
息子だけでなく、娘までマザコンに育て上げるとは、妻の魅力と努力には、心から感心する。恐るべきは、ふたりとも妻が産んだ子ではないにも関わらず、虜にしてしまったということだ。
「とうさんとは手をつないでくれないのかい?」
勇気を出して娘に聞いた。すると、花子はためらいがちに私のそばに来て、10秒ほど手をつないだだけで、もう義理は果たしたと言わんばかりの顔をして母の元へ行く。
義理か、はたまた人情か、一人で歩く父にかける情けは、たったの10秒。
そうくるならば、私も参戦する。父の本気を子供達にみせてやらねばならない。
祝日の銀座は歩行者天国。子供達がうずうずしているのが手に取るように分かった。そこで、私はふたりに許可を出した。
「走ってもいいよ」
普段は歩く事の出来ない銀座の大通り。そこを走り回る喜び。
「うわーい!」
子供達はクモの子を散らしたように、人ごみをよけながら、混雑している歩道から、ひと気の少ない通りの真ん中にむけて走り出した。
大成功。ふさがっていた妻の両手は解放された。私は勝利を確認するために妻と手をつないだ。なぜだか、少しドキドキした。その理由を理解するのに時間はかからなかった。私はだれかさんの術中にすっかりはまっていたのだ。どうやら私はツマコンになったらしい。
ブラコン、マザコン、そしてツマコン。様々なコンプレックスが交差する。
あかわいん家はステップファミリー(再婚家庭)。とても複雑な事情を抱えている。
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