6皿目 目配せ。
この日の食卓は、異様な熱気に包まれていた。だれもが目をぎらつかせ、自分のお金を、なんども数え直している。いくら数えたところで、増えるわけもないのにと思いながら、私はみんなのお金を管理した。銀行係としては当然のことである。
「父さん、火災保険に入るよ。いくらだっけ?」太郎が言った。
「5000円だ」
「じゃぁ、おつり5000ちょうだい」そういって緑色の紙を私に渡した。
人生ゲームと呼ばれるすごろくが赤和家に来てから一週間が経過した。これで3度目の対戦である。最初の回は、ルールを覚える手探りの状態で進められ、2回目は、内容を楽しみながら進めた。今回、みんなルールを理解し、億万長者になるべくルーレットを回した。戦略、戦術により、多少の差はでるものの、最終的には『運』が勝負を決することをだれもが理解していた。
これまでで、わかったことがひとつある。それは、太郎の持つ運の強さだ。なにか、ルーレットに細工でもしているのではないかと思うくらいの強運の持ち主だ。他を断然してリードしてひとり旅を続け、おいしいマスに止まり、早い者勝ちで手に入れられるお宝をかっさらっていく。
「なな!でろー!」声を張り上げた花子は、ルーレットが止まったところをみてがっくりと肩を落とした。「あ〜また2だぁ・・・まだ、けっこんできないよ・・・?ねぇ、このマスはなに?」花子の止まったマスは、映画の試写会が当たったというものだった。「はやく、けっこんして、こどもがほしいなぁ」
1年生の娘が言うセリフとしては、刺激が強すぎる。ゲームとはいえ、父にとっては、残酷な仕打ちだ。
「次はあたしね。よ〜し、いくわよ!それ!」カタカタと細かい音をたてて、ルーレットが回った。音の間隔がだんだん長くなり、止まった。「やったぁ!8よ!あたし結婚するわ!」
愛する妻の高らかな宣言に、複雑な気分になりながら、コマである自動車に人形をひとつ刺した。
数巡後、あらかた態勢が決まった。今回も太郎が一人旅を続け、残りの三人が後方で団子レースを戦っていた。ただ、この双六は、早くゴールした者が勝者というわけではない。ゴール時点で持っている資産の多さが勝敗を決める。最期まであきらめず、ルーレットを回し続ける工夫がなされているのだ。そして、それは後方を進む花子にはとても重要なものだった。
ダントツの一人旅が確定し、資産形成も順風な太郎の集中力が欠けはじめ、テレビを見ながらコマを進めるようになった。
それに対し、花子は集中力の維持が続いていた。まだまだ読み書きがおぼつかない娘が、各マスに書かれた指示を懸命に読んでいる。
「け・ん・け・つ・・・にいく。3000もらう・・・」花子はお金をもらえるマスをひとつみつけた。「おかあさん・・・ケンケツってなぁに?」
「血をぬくところよ」
「え!血をぬかれるの?」
「そうよ。たくさん抜いて、病気やケガで血が少なくなった人に分けてあげるのよ」妻は丁寧に答えながら、私にそっと視線を送った。
そこへ太郎が会話に割り込んできた。
「かあさんがケガしたら、ぼくの血をあげるね」先日、包丁で指を切った母に気をつかうように言った。割り込まれた花子がからかうように言った。
「あたしはお兄ちゃんの血はいらない。チビになりそうだから・・・」ケンカの引き金となるには充分なセリフだった。ゲームで遅れをとっているのが気に入らないからだろう、兄が気にしている事を口にした。そして、それは期待通りの効果を生んだ。太郎は反撃にでた。
「そもそもお前には絶対あげないから!デブ!たとえ、血液型がおんなじでもね!」ぽっちゃり体型を気にしている花子の、つつかれたくない所をつく。兄妹喧嘩によくある光景だ。
「ケツエキガタってなに?」
「そんなこともしらねぇの?」太郎が言い放った。
私は妻が少し緊張したのを敏感に感じとった。
「血には種類があるんだよ。おんなじじゃないとあげられないんだよ」
「そうなんだ。で、お兄ちゃんはなに型?」
「おれ?おれは・・・たしか・・・B型だよね?」太郎は母をみながら言った。
「さぁ・・・なんだったかしら・・・忘れちゃったわ」言いながら、ちらりと私に視線を送った。
「ええ!そんな!じゃぁ・・・かあさんは? かあさんはなに型?」
「かーさんは・・・たしか・・・クワガタだったかしら・・・」普段、笑いをとろうとはしない妻の渾身のボケだった。
「あははは!」
喧嘩モードになっていた子供達の顔が崩れた。その瞬間を逃さずに言った。
「おい!おまえたち!」私は声を荒げた。「おまえたち!そこに座れ!」
「え・・・と、さっきから座ってるけど・・・」
「めったにボケないかーさんがボケたんだぞ!なぜツッコミを入れない!」
「あ・・・」太郎が反省したふうに下を向いた。
私は続けた。
「たとえばだな・・・『昆虫か!』とか、オーソドックスに『なんでやねん!』ってツッコんであげないと、かーさんがかわいそうだろう?ただ笑うだけなんて、そういうのをボケ殺しっていうんだぞ」
「ごめんなさい」
「わかればよろしい。いいか?いつも構えているんだぞ。いつなんどきボケられてもいいように」私は締めくくった。
「はい。わかりました。ところで、父さんは?父さんはなに型?」太郎は突然フリをかますことで反撃にでてきた。
こしゃくな。私は頭をフル回転させた。
「ん?とーさんか? とーさんは、もう、としだから・・・ガタガタだ!」
「なんだよ!ポンコツか!」
太郎の間合いは完璧だった。その証拠に、妻と花子が、腹を抱えて笑った。
あははは!あははは!
和やかな空気がダイニングテーブルを取り囲んだ。が、私はそれが気に入らなかった。正確には、太郎の見事な間合いに嫉妬していた。だからちょっと虐めることにした。
「おい、太郎、おまえ、親に向かってポンコツだと?いくらツッコミでも言って良いことと悪いことがある」真顔で息子に詰め寄った。
「そんなぁ・・・」太郎は思わぬ展開にたじろいだ。
「な〜〜〜んてね! いいツッコミだったぞ!太郎!その調子だ」
こうして、私たち夫婦は、話題を血液型から、笑いに変えることに成功した。
妻が子供達にわからないように、そっと私に目配せした。
赤和家には、まだ、子供達には知られたくないことがある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます