4皿目 象徴。

 江戸川区の新居は、充分に広かった。3LDK分譲タイプのマンションを、都の家賃補助制度で借りられる。これなら、置けるだろうと思い、妻に相談した。

「なぁ。ダイニングテーブルがほしいんだけど」

 それまで、リビングにコタツを置いていた。テレビにソファと置いても、テーブルを置く余裕はある。だが、置いてしまうと、余分なスペースは一切なくなる。子供達のおもちゃや、教育玩具などを広げる場所はなくなるだろう。妻は難色をしめした。

「どうして?必要?」

 子供達はまだ幼い。しかも、ふたりとも、その年齢の平均身長、体重とも大きく下回っている。だから、ダイニングテーブルとなると、椅子に座って食事ができるかどうか、いや、ふつうに座ったら、頭がやっとテーブルの上にみえるくらいだろう。でも私はほしかったのだ。

「家族で『人生ゲーム』をやりたいんだ。テーブルの上で」私は言った。

「どういうこと?コタツでもできるじゃん」

「太郎のことが心配なんだ」

「意味がわからないわ。ちゃんと説明して」

「長い話になるよ。いいかい?」

「長いの?じゃ、聞かない」

「ええっ!」

「うそよ。いいわ。話して」妻は時々、意地悪になる。

 許しを得たものの、どこから話していいのかわからず、整理しないまま口を開いた。

「太郎は、いずれいじめに合う」

「そうとも限らないと思うけど?だから?」

「いや、もう、かなりの有名人になっているだろう?」先日のスーパーでの出来事を話した。「オレもそうだった。街で知らない人はいないぐらいの有名人だったんだ。だけど、その理由はわからない」

「それで?あなたはいじめられたのね?」

「そう。あれは、本当にツライ時期だったよ。乗り越えられたのは奇跡だった」コンビニの前で不良どもに取り囲まれた時を思い出していた。私は、自分がいかにして、己のアイデンティティを知り、それがいじめに繋がっていたかを話した。有名人だから様々な嫉妬を受けること。身体が小さいから不利なこと。街一番のワルに出会ったこと。そいつに気に入られたこと。だが、拒否したこと。その姿勢が、結果、いじめを終わらせたこと。だが、そのせいで、さらに有名になったこと。それがきっかけで、ひっこみ思案の性格になったこと。順を追って話した。

「大変だったのね」

「そう。特にいじめはひどかった。終わったのは、つまり、不良との出会いは、奇跡だったよ。太郎にそんな奇跡が訪れるとは思えない」

 ダイニングテーブルとは全く関係のない話の展開に、妻がいらだっているのが分かった。私は続けた。

「あのころ、両親は事業を始めたばかりで、忙しかったのもあるけど、うちの家族はちょっと変わっていてね。団欒ってものがほとんどなかった。だから、オレは、いじめに合っていたことを、親には相談しなかった。苦しかったよ。家では、なにもなかったように振る舞っていたけど・・・太郎にはそうなってほしくない。つらいことを家族で話し合って、理解して、分け合えるような家庭にしたいんだよ。だからダイニングテーブルがほしいんだ」

「つまり、テーブルがあれば、一家団欒になって、なんでも相談できる環境になるってこと?」

「そうそう!そのとおり!さすが!」

「一理あるかもね・・・」

「あるある!にりもさんりもあるよ」

「だけど〜、なんか、あやしいなぁ。コタツでもいけそうな気がする」またもや意地悪な顔をした。

「どこが!?全然、あやしくなんてないよ〜。みんなが集まる場所。だんらん!」

「団欒ねぇ。そんなに言うなら・・・そうねぇ・・・」

 もう一押しだ。

「ダイニングテーブルは一家団欒の象徴なんだよ!」

「まぁ、コタツより、テーブルの方が『食育』もきちんとできるかもね」

「そうそう!それそれ!食育!それも大切だね!じゃっ!オッケーだね」

「いいわ。わかった。でも人生ゲームはダメよ!」

「えっ、なんで?」不意打ちを食らった。ダイニングテーブルに比べたら、ゲームの値段なんて、たかが知れている。私は引き下がらなかった。「みんなでルーレットをまわそうよ。そして一喜一憂するんだ。これぞ団欒だろう?」

「だめよ。っていうか無理!」

 もう、これは意地悪ではなかった。その口調から、妻の意志の硬さが伺えた。不思議だった。過去に、人生ゲームまたは、類似のボードゲームで嫌な思いでもしたのだろうか?私は角度を変えて、ねだることにした。

「テレビゲームをするよりいいだろう!?」拗ねた調子で言った。

「まぁね・・・でも人生ゲームは無理だから」

 このわからずや!ケチ!とは口にしなかったが、顔にでていた。妻がそれを読み取った。

「いいこと。あなた。ゲームにはね、それぞれ『推奨年齢』ってものがあるのよ!わかる?。人生ゲームは、あの子達にはまだムリ!わかった!?」

 うかつだった。わからずやは、私のほうだった。観念するしかなかった。

「そうか・・・すいしょう・・・か・・・ならしかたがないな・・・」

「年齢よ!」

 完璧なツッコミだった。

 こんなやりとりを経て、赤和家は食卓を手に入れた。ここから一家団欒を構築するのだ。

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