第三章  もう一人の契約精霊(1)

 「・・・・・・ください、起きてください」

 朝、俺の睡眠を邪魔して体を揺さぶる人物がいる。それは俺と姉ちゃんの母親だ。今日も母さんは俺の体を思いっきり揺さぶって起こしに来る。だがいつもと違い揺れが緩い気がする。母さんはいつもだともっと最初から強いのだが今日の揺れはなんだか心地の良い揺れだ。

 「起きてくださいよ~」

 なるほどマリだったのか、それならこの心地の良い揺れも納得がいく。

 マリを実体化させてから家に連れて帰ると、母さんは俺を幼女誘拐の罪で警察に連れて行こうとしたが、俺とマリの説得にようやく理解した母さんは可愛いマリを気に入ったようで、息子の俺よりも今は愛されている感がある。

 「ん、おはよ。マリ」

 困っているマリも可愛いがマリを悲しませないと自分自身に誓ったためできる限り、悲しむような事は避けて、できる限りの事はする事にした。

 「おはようございます、シロさん。朝ご飯ができているので早く降りてきてください」

 そう言うとマリは俺の部屋から出て行き階段を降りて居間へと向かっていった。

 俺はベットから起き上がり窓のカーテンを思いっきり開く、すると目の前には大通りが広がっており、もうすでに開店させようとしていた。

 「一日元気に生きようと思えるな」

 そんな町の人達を見た後に俺はクローゼットから制服を取り出して着替える。すぐに着替えを終えてそのまま鞄を持って居間に降りる。居間に入ると母さんとマリはすでに朝ご飯を食べ始めていた。

 「今日はマリちゃんだったから早いわね~」

 「私頑張りました!」

 マリは母さんに褒められて胸を張っている、そんなマリまじ可愛い!!

 母さんも同じ事を考えていたようでマリの頭を撫でながら顔をにやけさせている。そして俺が席について朝ご飯を食べようとすると母さんがご飯を食べているマリを幸せそうに見ながら話をする。

 「そういえばシロ、お姉ちゃんが朝家出るときにあんたに話があるから朝少し早く登校して学院長室に来てほしいそうよ」

 「えぇ~、なんだ。姉ちゃんが呼び出すってろくな事なさそう」

 「とにかく急いで食べなさい、マリちゃん食べ終わっちゃったわよ」

 母さんからの連絡を受け終えると同時にマリは食べ終わり自分の食器を流しまで運んでいた。俺もその姿を見て、少し早く朝ご飯を口に入れ食べ終わる。そして食器を流し台に持って行き、鞄を取り学校に向かう。

 「じゃあ行ってきま~す」

 「行ってきますです」

 マリも素早く俺の後をついてきて扉を開ける。外に出ると目の前には紗雪がノックをしようとしている姿があった。

 「シロ、おはよう!」

 「おう、おはよう」

 「あら、紗雪ちゃんおはよう」

 「おばさんおはようございます!」

 「う~ん紗雪ちゃんも良い子だわ~早くシロを貰ってくれないかしらね」

 母さんは紗雪を抱きしめて頭をなでなでとしている。紗雪は紗雪で顔を真っ赤にして「そ、そんな。いただけるならいただきます!」とか言っている。俺の意見を無視した会話をしている2人を放っておいてそのまま学校へと向かう。

 「あ、シロちょっと待ちなさいよ!」

 「気をつけていくのよ~!」

 母さんの抱擁を抜け出し紗雪は一回母さんに礼をして俺達の後を追ってくる。母さんは俺達を明るい声で手を振りながら見送った。

 そのまま俺達は中心街を通って学園に向かう。

 「お、紗雪ちゃん、シロくん、それにマリちゃん、おはよう!」

 「おはようございます」

 「おはようございますです!」

 「おっちゃんおっす!」

 各自が八百屋のおっちゃんに挨拶を返す。小さい時からこの街に住んで昔からの知り合いになっており、たまに果物なんかをくれたりするいい人だ。

 「あら、マリちゃんいるじゃない。おはよう!これ持って行きなさいな」

 「マリちゃん朝はしっかりと食べないとな、このコロッケもってけ!」

おっちゃんに挨拶を終えるとマリに気づいたお店の人達が次々と出てきて、マリにいろんなものを持たせる。

「あ、ありがとうございます」

マリが実体化してから近所の人達からすごく可愛がられている。マリが現れるとおじさんやおばさんが出てきて動きがとれないほどで、もう軽いアイドルとなっている。

「マリちゃん人気になったわね」

「可愛がってくれるのはいいんだが動きがつかなくなるのが辛いところだな」

マリはいつの間にか皆から貰った物を受け取って手が使えなくなってしまっている。おじさん達が楽しんでいる所悪いが、そろそろ行かないと時間がない。俺がマリを呼ぼうとした時、奥の方から馬車が学園方向に煙をあげて走ってきている。

「どいてどいてどいて~!」

女の子が馬車を引っ張る馬の手綱を握っているが、うまく扱えていないようで馬が暴走してしまっている。

「皆さん避けて!」

 紗雪が叫び、周りにいた人達も皆避ける。そして俺はどうにかしようと思い、走る馬車の御者台に飛び乗る。

 「あ、あのぉ~!」

 「分かってる、そのまま手綱は離さないで!」

 「は、はい!」

 前方を確認すると後もう少しで学園を取り囲むように存在する川にダイブしてしまう。その最悪の事態を避けるため俺は魔方陣を描くために右手に力を込める。この状態の馬を落ち着かせるには睡眠魔法などが有効だが俺はまだ習っていない、ならどうするか。魔法にありったけの無心を注ぎ込み、ありもしない魔方陣を描く。すると魔法が放たれることはない、そしてその魔方陣を通り抜けると描いていた時の心情が心に影響を与える。

 俺は無心の状態で魔方陣を描き進める。そして川ダイブまで残り12メートル地点で完成し、魔方陣を走る馬の目の前に配置し発動。すると魔方は発動されることなく馬はその中を通りあと1歩ほどの所で落ち着きを取り戻した。

 「あ、危ねぇ・・・・・・」

 我ながらなんと危険なことをしたのだろうか、もう後少しで下手をしていたら死んでいた。そんな事を後から気付き、今現在手に脂汗をかいている。隣の女の人の確認をしてみると涙目になりながら手綱を強く握りしめたままで手が赤くなってしまっている。

 「大丈夫ですか?」

 「は、はい!本当にすいません、そしてありがとうございます!」

 「いえいえ、まだ動かないでくださいね」

 そして俺はゆっくりと御者台から降りて馬の手綱を引き、方向転換をして少し道に戻ったところまで誘導した。

 「これで大丈夫だと思います」

 「本当にすいません、助けて貰ったんですが今持ち合わせている物とかなくて・・・・・・」

 「いえ、誰でもすることですから、今回は僕だっただけです。それでは!」

 お礼にと何かないか荷台の中に入り探そうとしてくれるが、これだけの事で何か貰うわけにはいかないので俺はそそくさとその場を後にして紗雪とマリがいる中心街の方まで走った。

 


「あぁ、行っちゃった・・・・・・」

 「何、何かあったの?」

 荷台の中から1人の銀髪の男が眠たそうに眼をこすりながら布の間から顔を出す。

 「いえ、馬の暴走を止めて助けてくれた方がいらっしゃったんですか、そそくさと帰っていってしまわれたんです」

 「ふ~ん、ま、何処かで会えるさ、じゃあ向かおうか。ターミナル魔法学院へ」

 そしてその言葉に従い女の子は御者台に乗り込み、今はもうすでにおとなしくなっている馬の手綱を取り動き始めた。



 あれから俺は紗雪とマリと合流した。そして学園に向かう途中に智彦とも出会いいつものメンバーで登校した。結局どこの誰かとかは分からないままだが、俺は紗雪と智彦とは別れて1人で朝母さんに言われたとおり学院長室へと向かう。そして現在学院長室前に皆で立って入ろうかとしている。

 「失礼しま~す」

 俺はドアを2回叩き許可がないがドアを開いてずかずか中に入る。するとそこにはさっき助けたばかりの女の子とこちらは見覚えのない銀髪の男が座っていた。男は俺と同じくらいの歳で見た所この学園の生徒というわけではないみたいだ。

 「あ、さっきの!」

 「先程はありがとうございます!!」

 「ほう、君がさっき助けてくれたっていう人か」

 女の子が頭を下げると男の方は俺の目の前に来てジロジロとなめ回されるように見てくる。

 「あの、こちらの方達はどなた?」

 「はっはっは、申し遅れた! 私の名前は門田健太。私も学院長に呼び出されたんだよ。学年は三年生。属性は土だ。よろしく頼む。そしてこっちは私のメイドの愛だ」

 「俺は矢頭真白です、よろしくお願いします」

俺は差し出された右手を一応握り返すが、何故姉ちゃんはこの人を集めたのだろうか。俺が呼び出されたのも関係があるのだろうか。

 「後もう2人いるから少し待って」

 その姉ちゃんの発言があって、椅子に座りゆっくりと待つことにする。そして3分くらいが経ち学院長室のドアがノックされた。

 「どうぞ」

 「しっつれいしま~す」

 そこには2人の女の人の姿があった。1人はこの中で一番背が高いがグラマラスな体の美女、もう1人は無駄に明るい雰囲気が伝わってくるツインテールの女の人だ。美女は何も言わずそのままお辞儀をして部屋に入る、ツインテールの人は皆に手を振りながら入ってくる。

 「あぁ!ケンタンおはよっ!」

 「ああ、光子ちゃんと桔梗ちゃんもおはよう!」

 なんだこの3人は知り合いなのか?

 俺の前で門田先輩と光子と呼ばれたツインテールの女の人がハイタッチをしている。そして桔梗と呼ばれた人にも門田先輩はハイタッチを要求するが一言も話さずに無視という形をされている。

 ドンマイ、先輩・・・・・・

 「さて、集まったわね。じゃあ本題に入るわ」

 「まって、この子達がここにいる理由を説明してくれないかしら」

 今までずっと黙っていた桔梗先輩が俺達を強く睨めつけながら姉ちゃんの話を遮る。

 「そうね、じゃあまずはシロにちゃんと説明しとかないと駄目ね。ここにいる貴方以外のメンバーは私も含めて女帝の組織を壊滅させるために作られたグループなの。教師も含めたこの学園内の上位4人が私達よ。勿論他の学院にも同じレベルの人達がいるわ」

 「女帝を倒す?」

 俺が聞き返すと姉ちゃんは頷き話を始める。

 「貴方にも女帝が今反乱を起こそうとしているっていうのは言ったわよね?その反乱が起こったとき、皆を守れて戦いに出るためのグループが私達、一般生徒にも内緒なんだけど今回貴方を呼んだのはこのグループにいれるためなの」

 「は!?」

 俺を女帝を倒すためのチームに入れる!?しかもそのメンバーは皆この学院内のトップクラスの人達、明らかに俺じゃあ問題外だ。

 「学院長、私は反対です」

 「え、そうなの!?僕は真白君いいと思うけどな~」

 「うん、光子も新入生にしては強すぎると思うよ~。桔梗ちゃんは何が不満なの?」

 「経験の浅さと、何よりもこの子の魔法を本当に信用して良いのかです」

思いの外桔梗さん以外の人達は賛成してくれるのには驚きだが、桔梗さんの言葉の方が正しいだろう。チームと言うことはお互いを信じ合えている関係がとても重要になる。そうでなければ連携がグチャグチャになってしまい直ぐに押し返されてしまうからだ。それに言われたように俺には実戦経験が少ない。

「そうですよ、俺よりも適任なんていくらでもいますよ」

俺がそう言うと姉ちゃんは少し考えて何か思いついたかのように手を一回ポンっと叩いて俺と桔梗さんを交互に指さしてこう言った。

「そうね、貴方達試合しなさい。シロが勝ったら女帝対策チームに入って貰うわ」

「唐突すぎるだろ!てか俺が勝てるわけがないだろうがぁ!!」

無茶苦茶すぎる!我が姉ながら何を考えているかが全く分からない

「いいでしょう、それで納得がいくのなら早いです。さぁ試合場へと向かいましょう」

さっきまでの無口な人は何処へやら、桔梗さんはものすごく早い口調で俺の意見なんて完璧に無視をして早々に学院長室を後にして試合場へと向かっていった。その後ろを光子先輩が走ってついて行っている。

「なんでこんな事に・・・・・・」

落胆する俺の横に姉ちゃんが来て耳元で小さい声で俺にこう言った。

「マナちゃんが関係してる事だからしっかりしなさいよね」

「・・・・・・っ!」

マナ・・・・・・その名前は俺のもう1人の契約精霊の少女の名前だ。マナはマリの双子の妹だ。マリが昔助けを求めて俺の所に来たときに願ったのがマナの命を救ってくれという内容だった。そしてそのままマリと俺は契約してなんだかんだあってマナも俺と契約する事になる。そして俺は過去の記録に存在しなかった重契約をする事となった。

そのマナの名前を今ここで出すと言うことは、女帝が絡んでいるという事・・・・・・

姉ちゃんはその事を言い終えると試合場へと向かっていった。

「愛、今日はありがとう。さぁ真白君行こうか」

門田先輩は姉ちゃんから予期せぬ事を聞いて止まっている俺の肩を叩いてメイドさんとその場で別れて試合場まで連れて行ってくれるのだった。

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