第二章  新たな敵、新たな仲間(2)

「シローさん、シローさん」

 俺は優しく体を揺すられる。綺麗な透き通った声で名前を呼ばれ、嫌ではない心地の良い力強さの揺れ、活性化しかけた頭がもう一度深淵へと連れ去られそうになる。

 まだ眠っていたい、この至福の時をもう少し味わいたい

こう感じた俺は少しの抵抗と期待を胸に一つの行動を起こすことにした。

「母さん、晩ご飯はクリームシチューゥゥウウウウウ!・・・・・・むにゃむにゃ」

さぁどう反応する?

「お、起きてくださいよ~」

揺する力は少し強くなり、声も涙声になっている。

やばい、かわいすぎて寝たふりを保つのがしんどすぎる!今すぐ抱きしめてやりたい!だが聞いていたい、だがこれ以上は本当に泣いてしまうな、仕方ない起きるか――――おっと何か新しい行動を起こし始めましたよ。

「もう、こんなにして起きないなら・・・・・・」

マリはどうやら魔方陣を描き始めたようだ。そして魔方陣が完成したのか破壊音が響き少し気になり目を開けてみると、そこには普通よりも3倍はでかいハサミを持ち、こっちを冷たい目で見ながら今にも想像するも恐ろしい事をしそうだ。

そして表情は変わらずゆっくりと俺の方に近づいてきて、口を開いた。

「どこから斬り刻んでやりましょうか・・・・・・」

「わ~い、朝ご飯何かな!?」

さすがに今の狂気染みた雰囲気と冷たい瞳を持ったマリ怖い・・・・・・今度から加減という物を考えないとやばいな。だが少しそんな所もいいと感じているのは内緒だ。

「今私はシロさんの意識の中に入ってるんです。もう少しで時間もなくなるのでしっかりと頭に入れてくださいね!」

「お、おお」

俺はこれ以上マリを怒らせない為にその場に正座した。

以前はマリの自室を再現したようだが今回は何もない、ただひたすら何処まで行っても白い空間の中に俺とマリはいた。

俺の夢なのだしもっと面白い物なんかがありそうな気もするのだが・・・・・・

「今回の試合でシロさんは見せてはいけない物を見せてしまいましたね」

「え、俺ぽろりしちゃった!?」

「・・・・・・(ジロリ)」

「ごめんなさい・・・・・・」

すぐに俺の悪い癖が出てしまう。すぐさま誤り、マリは話を再会させる。

「今現在、現実では職員会議が開かれています。話し合われている内容はもちろんシロさんの第二のトランスについてです。過去の記録になかった第二のトランスを使えるシロさんの扱いを決めているんです」

「え、そんな大事になってるの?」

「当たり前です!だからこそ今まで隠してきたんじゃないですか・・・・・・でも今回に限っては紗雪さんを助ける為に私も同意したので。でもその会議での処遇も結局は学生のままにしておき、後に政府に渡すと言うことになると思います。学園のメリットになりますからね」

なるほど、学園側としたら2つ目のトランスができる学生を輩出できるチャンスという訳か、気にくわないが今現在の俺にとってはありがたい話か。

 「そして私が伝えたかったのはこの事よりももっと重要なことです。後ちょっとしたら敵が攻めてきます」

 「へ、なんでそんなの分かるんだよ」

 いかに精霊といえども敵がいつ来るかなんて事は予測できない、誰かの固定魔法があれば別だろうが、マリはそれを持っていない。

 「この感覚は分かりますよ。私の姉なんですから」

 姉、マリが人間から逃げる原因となっていた存在だ。マリの姉は精霊界の中でも特別な固有魔法を持っていた。その固有魔法が危険だと判断した精霊王はマリの姉を隔離して牢獄に入れようとしたらしい。そうして牢獄に入れられた姉をマリは助け出し、姉は逃げた。その結果、脱獄を手伝ったマリも罪に問われそうになったからマリも逃げた。そして俺と出会った・・・・・・そして今、その姉がここに攻めてくる。何故だ?

 「とにかく何を考えてるのか私にも分かりません。私は姉と話がしたいんです。姉と話す為に実体化していいですか?」

 実体化とは精霊は精霊界でしかその姿を現せない、なぜならば人間界には根本的に魔力という物がないからだ、そのため精霊が人間界に単身でくると自分の持っている魔力を消費して、どんどんと衰弱していき死んでしまう。また人間も一緒で、精霊界に行くとあまりの魔力の多さに器である体が耐えきれなくなり体が破壊されるらしい。だがそんな精霊が衰弱せず姿を現す方法が一つだけある。それは人間と契約し多くの魔力を供給してもらい、実体化させるという方法だ。

 「実体化って、俺やったことないんだけど」

 「そこは私がやってみます。だめでしょうか?」

 実体化をしたら普通の魔道士は足下がおぼつかない程度に魔力を持って行かれるらしい。だが、俺は普通の人間よりも魔力は多い方などで問題はないだろう。

 「よし、そんなのいいに決まってるだろ!しっかり話してこい」

 俺は正座状態から立ち上がりマリの頭をくしゃくしゃと撫でてやる。

 「えへへ・・・・・・ありがとうございます」

 さっきまでの冷たい目とは違い、今は緩みきっている。あぁ~かわいいな、もうこの子の言うことなら何でも聞けちゃう!

 「そろそろ時間です。あ、後、冷や冷やしましたけどさっきのシロさんかっこよかったです!ではまた!」

 そう言うと俺の視界はだんだんと光に埋め尽くされていく。そのまぶしさに耐えられず俺は顔を隠した。



 そして俺は目を覚ますと、意外と古いがなかなかに味のある、レンガで作られた天井が見えた。

 「お、やっと起きたか」

 「ねぇちゃん・・・・・・」

 少しふらふらする頭を押さえながら俺の目の前にいた、姉ちゃんは、俺の寝転んでいるベッドの横に置いてあるいすに座って見下ろしていた。

 「私を助けるために、ついにばらしちゃったのね。教師共大変だったんだからね。国に差し出すべきだとか、この学園で真白について極秘裏に研究するべきだとか勝手なことばかり。私の弟に手を出させるもんですか」

 俺の姉はわずか18歳で魔道士としての研究成果を成し遂げた。その結果が認められ教師になることを勧められて教師になり実績を残した。そうして任されたのがこの学院の学院長だ。我が姉ながら本当に恐ろしい、だがこんな時すごく頼もしいのも事実だ。

 「姉ちゃんありがとう、それとまずい事になりそうだ」

 俺はマリから聞いたことを姉ちゃんに話した。その話をした後、姉の表情が変わる。

 「マリちゃんの姉って事はあの精霊よね。危険だわ・・・・・・」

 「危険?危険ってどういうことだよ」

 「マリちゃんが知ってるかは知らないけど、今マリちゃんの姉は自分を殺そうとした精霊王を殺し、革命軍として自分達の新しい国を作ろうとしているのよ」

 「は?精霊王は隔離しただけだろ?」

 「一緒の事よ、自分を閉じ込めて自由を奪ったんだからね。結局は殺そうとしていたんだし・・・・・・あ、これはもちろん内緒よ」

 姉ちゃんは唇に人差し指を付け静かにとジェスチャーをする。

 生まれ持った危険な固有魔法を持っているだけで理不尽に殺されるのか。

 「そして今現在、エリィは契約者もいて仲間達には『女帝』と呼ばれ、順調に勢力を拡大しているらしいわ。その女帝がここに来るなんてほぼ100%の確率でマリちゃんを革命軍に誘いに来るんでしょうね」

 「マリを・・・・・・」

 「今のうちに教師をもう一度集めて会議をするわ」

 そして姉ちゃんが部屋を出て行こうとし、扉に手を掛け出ようとしてドアノブを回す、だが扉は開かない。

 「これは・・・・・・」

 姉ちゃんが扉をガチャガチャと開けようとするが全く開く気配がない。

 「マリ、マリはどこ?」

 いつの間にかおれと姉ちゃんの反対に位置する壁に見たこともない少女が立っていた。

 「君は・・・・・・」

 (シロさん、実体化させてください!)

 マリの声が頭に響く、ていうことはこの人がマリの姉であり反逆者でもあるエリィ。髪は腰まであって長い、見た目だけなら本当に綺麗だ。漂う嫌な魔力と気配がなければ・・・・・・

 「女帝!? 動かないで!」

 姉ちゃんは即座に魔方陣を描き、いつでも魔法を発動できる状態にした。だが、エリィは動揺せずに片手を上に上げる。

 「健太郞、お願い」

 そうエリィが言葉を発すると世界が変わった。俺とエリィ以外が止まっているようだった。姉ちゃんも含めてすべて止まっている。

 「なんだ、固有魔法か?」

「あなたはマリの契約者だから時間を動かしているの、早くして。早くマリを実体化させて!」

 (シロさん、私からもお願いします)

 俺は言われるがまま地面に自分の魔力を込めた魔方陣を描く。

 「我が精霊よ 汝の実在するための準備は整った 今こそ姿を見せ 我が側に使えよ」

 詠唱を終わらせると魔方陣が光り輝きその中からマリが現れた。思った以上に魔力が取られたが俺の元々持っている魔力量が桁外れだった為、特に何の異常も見受けられなかった。

 「あぁ、マリ。会いたかった・・・・・・」

 「姉さん」

 女帝はマリにすぐさま飛びつき思いっきり抱きしめる。そしてマリは久々に会えたからなのか手がプルプルと震えている。そして震えている手でゆっくりとエリィを抱きしめ返した。

 「マリ少し痩せたんじゃないの?大丈夫?」

 「ちょ、やめてよお姉ちゃん」

 エリィはマリの体を肩から腕、腰、足と次々に触って、現在のマリの肉付きを確かめている。マリは恥ずかしそうに離れようとするが思った以上に強い力でしがみついている為離れないようだ。

 「やっぱり少し痩せたんじゃない? もしかしてあの契約者が労働を・・・・・・」

 今の今までエリィはマリの体を触っていたのに、今度はこっちに視線を向ける。そしてこの視線が本当に怖いしどこかで見たことがある。

 あ、分かった。怒った時のマリだ。あの突き刺さる目・・・・・・マリとは違って清楚で美しいお姉様だが、こっちはこっちで素晴らしい。

 「貴方でしょう。マリをこんなに痩せさせて・・・・・・!」

 エリィが片手を俺の方に向けて突き出すと、そこにある空気がその片手に吸い寄せられているかのように、エリィの元へと向かう。

 この威圧感、なんて魔法討とうとしてるんだよ!これはマジでまずい。

「止めてぇ!」

 いきなり魔方陣を描き俺に対して攻撃しようとしたであろうエリィの腕をマリが掴み、寸前の所で術式が破壊される。

 「な、何するの―――――」

 「如何に姉さんと言ってもシロさんを攻撃することは許しません」

 あっぶねぇ~今の絶対死んでた・・・・・・マリが動いてなかったらあの距離ではこちらの術は間に合わない。後でマリを思う存分撫でてやろう。

 「・・・・・・分かったわ。マリにそこまで言わせる貴方なら信じれます。では、本題に入りましょう」

 マリは掴んでいた手を離して俺の前に立つ、そしてエリィはマリと俺から少しの距離を開き本題に入る。

 「マリ、そしてその契約者の方・・・・・・私達の仲間になりなさい。先程私達が用意した魔獣を倒せる実力があるなら幹部クラスよ」

 「は? 自分達の用意したって、あの魔獣をお前達が用意したってのか!」

 「そうよ、単純に仲間の力の転移魔法を使って、本来出現仕掛けていた物をあそこに転移させただけですが」

 なんて危ない真似しやがるんだ。下手をしていたら俺死んでた・・・・・・

 「さぁ早くこっちに来なさい」

 仲間になるか・・・・・・要は革命軍に入って学院を裏切れって事、俺はもちろん嫌だがマリはどうだろうか。今まで行方が分からなかった姉がすぐそこにいて、できればこれからも一緒に居たいだろう。

 「・・・・・・」

 マリは黙ったままエリィをずっと見続けている。俺はどうするだろう、マリがエリィと共にいたいと言ったら?精霊との契約はある一つの方法を除いてはどちらかの命がなくなるまで続く一生の物だ。契約精霊は精霊界にいる時のみ契約者も魔法を使える。だが人間界に実体化させている時は常に契約精霊が近くにいないと契約者は魔法を使えない。マリがもしも裏切ったなら俺は魔法を使えなくなる。

 「マリ、貴方は知ってるでしょ?私が受けた仕打ちを・・・・・・あんな奴が王になってる時点で世界はおかしくなるわ!だから、お姉ちゃんと一緒に精霊と人間が本当に、安心して楽しく暮らせる世界を作りましょ? その為にはマリの力が必要なの、ねぇマリ―――――」

 「お姉ちゃん・・・・・・」

 必死に勧誘するエリィの言葉をマリは遮って少しの間を作った。マリは手を握りしめ、体を震わせている。

 「私は、行けません・・・・・・」

 「なんで、あんな王につくの?お姉ちゃんを理不尽にも――――」

 「違います。王に付くとかじゃないんです、私はシロさんが助けてくれたから今生きています。そしてシロさんに助けられた時にこの人を守り、私の意見はなく彼に従うと自分に誓ったんです。だから、私はシロさんが悲しむ事はしたくありません、だから私はお姉ちゃんについていけません」

 「マリ」

 そこまで考えていたなんて・・・・・・俺はマリが裏切らないかを心配してたのに、本当に恥ずかしい。くそが、俺は最低だ・・・・・・

 「分かったわ、今日は引くことにする。けど、絶対に貴方を仲間にしてみせるからね、だから貴方だけは無事でいて・・・・・・」

 「うん」

 そう言いエリィはマリを抱きしめ、マリもエリィを抱きしめ返した。そしてそのまま数秒抱き合ってエリィの方から離れる。

 「契約者の人もこっち側に付くことを願っているわ。じゃあまたね」

 俺にも目を合わせ、エリィは思いっきり後ろに飛びそのまま消えていった。そしてエリィの気配がなくなるのと同時に、今まで止まっていた世界が動き出す。

 「あ、あれ? 女帝は・・・・・・ってマリちゃん!?なんで、っていうか何が起こってたの・・・・・・あ、固有魔法ね・・・・・・」

 一瞬パニックになっていた姉ちゃんだがすぐに事態を把握したようで、一人頭を抱えている。

 「何があったの?」

 「女帝・・・・・・エリィさんが来ました。そしてマリを勧誘した」

 「そして貴方達がここに居るって言うことは結果的には断ったのね。なら良かった・・・・・・弟と戦うなんて絶対に嫌だしね。とにかく、この事は話し合わなければならないわね。じゃあ行ってくるわ」

 そう言うと姉ちゃんは保健室から出て行き、職員会議を開きに行った。そして残された俺とマリの間に嫌な空気が流れる。そしてその沈黙はマリが口を開くことによって壊れた。

 「あの、シロさん」

 「あ、あぁ・・・・・・」

 マリを信じ切れていなかった自分に対して罪悪感がこみ上げる。何が絆が高い方だよ・・・・・・くそっ。

 「シロさん、精霊と契約をしていると精霊には契約者の気持ちが分かりますよ」

 「・・・・・・っ!ごめん」

 「謝らないでください、さっき私が裏切らないかと冷や冷やしてましたね」

 罪悪感でマリの顔を見れない俺の目に入るようにマリは動く。そして俺の頬を両手で包み無理矢理目を合わせる。

 「いいんです、あの状況では疑われても仕方がありません。ですが、シロさんがそれで気が済む人ではないと知ってます。だから、一つだけ私の言うことを聞いていただけませんか?」

 「言う事を?」

 「はい」

 マリは力強い瞳で俺を見つめる。

 マリにだいぶ気を遣わせている・・・・・・クソ、クソクソクソッ!マリが許してくれるって言ってしかも俺に気を遣ってくれてるんだ。だったら俺もしっかりと返さないと駄目だろうが!

 「あぁ、頼む。何をすればいい?」

 「難しいですよ、精神的にもきついかもしれません」

 「構わない」

 「分かりました。なら、お願いがあります。・・・・・・私を信じてください。私は貴方にどう思われようと貴方と共にいます。全力を出す為には絆が強くないと駄目なんです。私は貴方を守りたい。それと・・・・・・できれば私の事も少しでも好きになってくれたら嬉しいです」

 俺はマリを抱きしめ、そして頭を撫でる。

 「本当にすまなかった・・・・・・俺は頼りないし、弱い人間だ・・・・・・けど、マリの思いに答えたい、こんな俺で良かったら。だからこれからも俺と共にいてくれ」

 「もちろんです、私の心はシロさんと共に」

 そして俺はもっと強くマリを抱きしめ、マリを悲しませないと誓った。

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