三十七歳の誕生日
時刻は六時過ぎ、冬の時季とあって辺りはすでに暗くなっていた。
人ごみ溢れる都会は人工光によって包まれ、
ビルとビルの間からは一時間の残業を終えた人々が続々と姿を現した。
私もその流れに乗るように外へ出ると冷たい液体が頬にあたった。
空を見上げると白い小さな球体が左右にゆっくりと揺れながら舞い下がってきた。
雪だ。
社内で仕事をしていたときは分からなかったが
しばらく前から雪が降っていたようで
周りの道路やポストの上には一センチほど積もっていた。
人々は自然にできた白い道を歩きながら家へと帰宅するため、駅へと向かった。
しかし、私は流れには乗らずに反対方向へと足を進めた。
最初は肩と肩が触れ合うほど、混みあっていたが
次第に人の数は減っていき、しばらく歩いていると
辺りに人影は数人しか見られなくなっていた。
私は都会には似つかわしい緑豊かな公園に入っていくと
暗い空間に一筋の光が差している自動販売機の前に
寒そうに立っている男性がいた。
私の彼だ。
冷えきった体を擦りながら周りを見渡していたが私に気がついたのか、
目が合うとまるで人なつっこい子犬のように駆け寄ってきた。
「伊藤さん、お疲れ様ッス。雪が降ってきて寒いッスね」
彼は山岡一、二十七歳の会社員だ。
会社帰りなので紺のスーツに濃い紅色のネクタイをしていた。
普通は堅苦しい口調しているけど、私の前では砕けた口調で喋ってくる。
ひと回り近く歳が離れていて最近、
私なんかと一緒にいていいのかな、と時々思ってしまうことがある。
「ここは寒いから中で話しましょう」
私は冷えきった彼の体を心配し、公園でのやりとりを早めに済ました。
私は彼の案内でとある店に連れていかれたのだが
性格が天然ゆえに目的である店に行くまで何度も道を間違えていた。
そんな部分に魅かれてしまっている私がいる。
おそらくは十分くらいで着く店をたっぷりと二十分かけて辿り着いた。
中に入ると木で作られた椅子とテーブルが並べられ、
シーリングファンによって光と影が蠢めいてレトロ感を漂わせていた。
店員に案内され、一角に座った私と彼は
互いにコートを脱いで壁に掛けてあったハンガーに吊るした。
ひとつのメニュー表を見ながら私と彼は意見交換しながら決めていった。
アンティパストやパスタが運ばれてくると
「食べよっか?」
の合図で雑談交じりに食べ始めた。
ひと通り食べ終わると彼は徐にコートの中から小包のような物を取り出した。
「伊藤さん、誕生日おめでとう」
彼は言葉と連動して持っていた小包を私の方へと差し出した。
「あっ、そうか。今日、私の誕生日なんだ」
日々の仕事に追われて私は自分の誕生日すら忘れていた。
「ありがとう。開けてもいい?」
「いいッスよ。気に入ってもらえれば幸いッス。」
袋を開けると四角い箱が現れ、見た目のわりに重く感じた。
私は見た目と手触り、重量感から箱の中身を推測した。
「オルゴール?」
「正解ッス」
彼はまるで悪戯少年のように笑顔で答えた。
私はオルゴールの蓋をゆっくりと開けるとなぜか
『となりのトトロ』が流れ始めた。
私の中ではなぜトトロ?の疑問符とともに
天然な性格である彼らしさを感じてつい笑ってしまった。
しばらく聴いていると自然にある言葉が溜め息とともに出てしまった。
「もう、三十七歳かぁ。私も叔母さんだよね」
私はてっきり、慰めてくれるものだと思っていたけど、
彼が口にした言葉は意外なものだった。
それでもその言葉は天然で純粋な彼らしい言葉だなと私は感じた。
「人なんて誰でも年を取るッス。皆、叔父さん、叔母さんになって爺さん、婆さんになるッス。俺はそれも全部含めて伊藤さんと付き合っているんです。だから自分が叔母さんだとか気にしないで下さい」
私を見る目は真っ直ぐで純粋だった。
その瞬間、私の喉につかえていた不安は消え、
彼と付き合って良かったと心底思えるようになった。
「ありがとう。これからも宜しくね」
私がそういうと今日一番の笑みで
「はい」
と答えてくれた。
今年の誕生日は私にとって最高の記念日になった。
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