死という選択

友達が死んだ。


朝の7時過ぎに一本の電話が掛かってきた。画面に映った

“尾島弘一”という数少ない友達の名前が表示された。珍しく、朝からの電話に面倒くさいと思いながらも出ると声の主が弘一でないことにすぐに気づいた。


「もしもし、前崎さんですか?私は弘一の父ですが…」


その声は砂漠で水を与えられず、喉の渇きが干上がったような掠れた声だった。そして次の言葉がその声の意味を悟らせた。


「実は昨日の夜に弘一が部屋で首を吊って亡くなりました。」


その瞬間に頭が無になった。脳は思考を止め、同時に時間も止まったような感覚になった。


「そうですか…」


しばらく沈黙が続いた。互いに言葉が見つからないこともあり、時間だけが過ぎていった。そして弘一の父がその沈黙を破るかのようにお通夜や葬儀の内容について淡々と伝え、電話を切った。そして電話を宙に円を描くように投げ、布団の上に落とした。そしておもむろにガラスに透ける空を見つめた。6月の梅雨の時期でもあって空は曇天だった。まるで今の心を写しているかのように肌寒く鈍い色をしていた。そしてそこで停止していた脳が再起動してある出来事を思い出させた。


それは約1ヶ月前のことだ。夜の8時過ぎに弘一から掛かってきた。あまり電話を使わない奴だったので不思議に思いながらも電話に出た。

「前崎、久々だな、今日はちょっと聞きたいことがあって電話した。」


その声はどことなく空回りしていた。


「もしも、もしもの話だけど俺が死んだらどうする?」


突然の質問に驚いたが

「どうもしないよ」と答えると

「そっか…」と返してそこで会話は終わった。今、考えると自殺のきっかけの一部だったのかもしれない。


これが1ヶ月前にあった出来事だ。そこでひとつの疑問が生まれた。

「もしあの時、違う答えを出していれば自殺を止められただろうか?」


答えは“止められない”だ。


何故なら自分には自殺願望があり、人のとの付き合いに対しては無関心であることが最善という考えが根底にあったからだ。だからあの電話に対しても

「人を助ける人間ではない」

「止めたところで死のうと思った原因を解決できない」

「一生面倒を見ることができるだろうか」

という感情が優先し、弘一に対して無関係であるべき、選択肢をとった。


もし電話の相手が自分でなかったら他の正義感に溢れる奴が相手だったら生きていたのかもしれないと突然降り出した雨を見てふと思った。


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