駐車ナビ公
気温が肌を凍てつく寒さから徐々に柔らかく温かさを増し始めた四月の上旬、駒田自動車店には高城昭が無数に並ぶ車を吟味していた。大学二年を迎えた高城は高校からアルバイトをして貯めてきた金を使ってこの春に中古ながら車を購入することを決めていた。特に車名やスペックに関心のなかった高城は『乗り心地』を基準に車選びをしていたがどの車も座高が高かったり低かったりしてなかなか体に馴染む車が見つからずに時間だけが過ぎていった。車を求めて三店舗目だった駒田自動車店にも自分が求めている車はなかったのかと落胆して帰ろうとした時だった。突然、高城の耳に甲高い機械音が侵入し、鼓膜を震わした。高城は不快に感じ、機械音の発生源を探し出すために音の強い方向へと赴くと気付けは駒田自動車店の隅の方へとたどり着いていた。高城は全ての車を吟味していたと思っていたが目の前にある車は今日、初めて見る車だった。シルバーの車体に真ん中にはHマークが飾られていた。ホンダの三代目ライフだ。他の車と比べて車体に汚れが目立つものの高城には魅かれるものがあった。それもそのはずだった。機械音の発生源がライフだからだ。中を覗くとカーナビが装着されていてなぜかエンジンがかかっていないのになぜか起動していた。不思議に思って高城がドアを開けて再度カーナビを見てみると画面は真っ暗になっていた。疑問には感じてはいたもののそのまま、乗り心地を試すと今まで乗ったどの車よりも良かった。高城には心に響いたものがあり、即決で購入することを決めると店員と契約を交わした。平日、大学へは電車通学だったが休日になると新たな相棒であるライフと共にドライブに明け暮れるようになっていた。大学が地元なので普段、カーナビを使うことはなかったが車を購入してから半年の夏休みに初めて使用した。雲ひとつない清々しい天気だったので高城は少し遠出をしようと考えていた。車に乗ってカーナビの電源をつけて目的地を設定しようとした時に異変は起きた。カーナビがこちらの操作を一切受けつけなかった。それどころか、設定する前から別方向へと指していた。とりあえず高城はカーナビを使わず、所々でスマホを使いながら目的地へと向かった。後日、高城は駒田自動車店に相談すると「古いから壊れているだろう」と言われた。交換しようと思ったが貯金を使い果たした高城に使える金などなく、そのままにした。夏休みが終わって大学が始まったが二カ月後には早くも冬休みを迎えた。行く所もなかった高城はライフで一日ブラブラする日々が続いていた。大晦日、大掃除も前の日に終わらせてすることのなかった高城はライフで運転していた。しかしながら持て余す日々の中で行先候補は皆無となっていた。行く当てのない行先を考えていると高城はふいにカーナビの電源をつけると画面は二カ月前に見た光景のままだった。
「まあ、することないしな」
高城は少し考えたが行く場所も決まっていなかったので騙されてと思ってカーナビの指す場所へ行くことに決めた。人々が溢れる町から何もない田舎道へと景色が変化していき、高城が熟知していない場所へと向かっていた。次第に周りは木々に囲まれ、昼間だというのに辺りは夜かと見間違えるほど暗くなっていた。しばらく鹿が悪い曲がりくねった道を進んでいくと突然、曲がった道の先に一筋の光が木々の間から道をさしていた。
「おお~」
先の見えない暗闇の中、一筋の光を見た高城は感動と安堵の声が出ていた。カーナビを見ると目的地の終着点は光の指している場所だった。路肩にライフを停めて降りると木々の風景の中に山奥へと続く階段が入り込んできた。高城は階段を五分くらい上っていくとようやく階段の終わりが見えてきた。普段、運動しない高城にとって五分という永遠とも思える階段はキツいらしく、辿り着いたときときにはまるで全力疾走した選手の様に息を切らしていた。
「ハァ、ハァ……」
疲労困憊のすえ、辿り着いた先にあったものはひとつの墓だった。周りは草が生い茂っていて恐らく何年も手入れされていないことが見てとれた。墓石に刻まれているはずの文字は風に運ばれた土によって覆い隠されていて高城が手で擦ると『吉田健志』という名前が現れてきた。横には享年七十八歳と書かれていて亡くなった年は今から五年前の十二月三十一の大晦日だった。
「この年って」
高城の中である記憶がよみがえった。たしかライフが中古車として売られ始めたのが五年前だった。色々な憶測が飛び交う中、高城は階段を降りてライフへと突然、ハザードランプが五回点滅した。高城は驚いたが改めて見るとハザードランプは点滅していなかった。正月が過ぎて世間が仕事始めになると高城は駒田自動車店に行き、前の持ち主について聞くと『吉田健志』だった。
「やっぱり」
吉田の中でカーナビの疑問が拭えさると同時に
(じゃあ、ライフは前の持ち主前の持ち主の所へ行きたいがために勝手にカーナビの設定を変えたのだろうとか?)
という非現実的な考えが生まれた。それ以降は普通に設定できるようになっていたが大晦日になると決まって『吉田健志』の墓に自動設定されるようになっていた。高城は墓に行くたびに掃除と墓参りをしにいき、階段を降りてくるとハザードランプが五回点滅した。
『ア…リ…ガ…ト…ウ』
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