第11話

 歌が終わって、辻がステージから引き上げた。

 時間だ。みずなに視線を送った。彼女は頷いて、階段を昇っていった。

 私も、インカムとスマートフォンを起動した。

「男が三人いるわ。水江と、三浦と、黒のスーツを着たアメフト選手みたいな体の男よ」

 みずなのスマートフォンのカメラから、三人の男が映った。

 三浦は黒のレザージャケットとデニムのジーンズ、黒のブーツで、髪は少し短くなっていた。サングラスはなし、黒い手袋をつけていて、からのカクテルグラスを持っている。アメフト選手のような体つきの男は加藤だろう。手にはバーボンウィスキーのボトルを持っていて、直で飲んでいた。

 小柄で、ビール樽のような腹をしている男は水江だ。赤いポロシャツを着て、青い半ズボンをはいている。短い髪に、少し腫れている顔だ。目は細い。手足は短く、分厚い体だった。オリーブの実だけが残ったカクテルグラスをテーブルの脇に置いて、大きなステーキをフォークとナイフで食べている。

「水江と三浦と加藤だ。そこに盗聴器をしかけてくれ」

「ええ、わかったわ」

 みずなが男達に近づいていった。

「モスコミュールと、マティーニと、ジンフィズになります」

 モスコミュールは水江へ、マティーニは三浦へ、ジンフィズは加藤へと配られた。

「気が利くな。今ちょうどそれを飲みたいと思ってたんだ」と加藤が響くような声で言った。

「気が利くのはいい女だ。胸もある、顔もいい。是非抱きたいところだ」と、水江が下品な笑みを浮かべた。

 三浦がみずなの目を見つめた。寒気のする目だ。人殺しの目だった。

「いい目をしている。まるで昔なにかあったみたいで、反抗的な目だ。全ての女がそういう目を持つべきだ。男も女もタフじゃないとな」と、三浦が丁寧な口調で言った。

 みずなが足をテーブルの座席にぶつけた。盗聴器は座席の下についたはずだ。

「いきなり抱きたいなんて失礼でしょう。あたしだって人間ですから」

 ふん、と水江が笑った。加藤は目もくれずジンフィズを全て飲みきった。加藤はそこまで、みずなに興味を抱いていないようだ。それよりも酒を好んでいた。

 三浦はマティーニに口もつけず、みずなから目を切っていない。瞬きもしていない。間違いなく怪しまれている。あいつは鼻がきく。

「確かに失礼だったかもしれない。俺が代わりに詫びよう。カクテルを持ってきてくれてありがとう。お嬢さん。ところで君の名前は?」と、三浦がうわべだけの優しい声を出した。

「私の名前ですか?なぜ聞く必要があるんです?」

「俺は俺に何かしてくれた女の子を名前で呼ぶ癖があるんだ。感謝の意味を込めて。それに、君の目が気に入った。随分と芯がありそうじゃないか。そういう瞳、好きだぜ」

「お前、そんな癖あったか?」と、加藤が言った。グラスが一瞬で空になっていた。

「今できたのさ」

 三浦は加藤の顔をコンマ数秒見た後に、また視線を戻した。

「さぁ、名前を教えてくれ。まさか自分の名前を知らないってわけじゃあ、ないだろ」

 三浦の目の温度が更に下がった。カメラ越しでも寒気がするような、凍り付いた目つきだ。みずなの胸を三浦が見た。名札のある場所だ。

 みずなは少しの間答えられなかった。覚えていなかったのだろう。

「酒井真理だ。酒井真理」

 私が小声で囁いた。インカムから彼女に伝わったはずだ。

「酒井真理です」

「真理ちゃん。そうか。それはいい名前だ。後で飲み物が空になったらまた来てくれ。真・理・ちゃ・ん」

 三浦は作り笑いをして、目線を外した。危機は回避できた。しかし、三浦はマティーニに口をつけようとはしなかった。

 カメラは三人の男から目を離し、階段のほうを向いた。そして、動き始めた。

 私は息を吐いた。

 次は盗聴器からの音声をじっくり聞くことにしよう。夜は長く、宴も長い。水を飲んだ。

「ところで三浦、早く藍原をモノにしてくれないか。乙女な俺の恋心を焦がす気か?」

 三人の笑い声が聞こえた。

「女をモノにするなんて本業じゃないんだ。お前の出した仕事には制約が多すぎる」と、三浦が囁いた。

「早く、ペンダントを奪い返せ。藍原は二の次で結構だ」

 二の次という言葉に引っかかった。水江の狙いは藍原ではなくペンダントのようだ。藍原が持っていたペンダントの事を思い出した。鍵のような形になっていた。何か関連があるのだろうかと、私は考えた。

「しかし、馬鹿な話だぜ」と、加藤が言った。

「三浦がペンダント一つ取り返せないなんてな」

「最初はびっくりさせて手を引かす予定だったんだが、強い心臓を持ってる。結局スマホも取られちまった。タフで賢い野郎だ。俺に倒れかかる振りをしてスリやがった。そろそろ最終手段に出た方がいいんじゃねえか。探偵がびっちりくっついてるせいで、直で行くのもできねえ」

「四十億円か。でかい話だぜ。死んだ水江のおやじさんは遺産の渡し方がちょっとロマンチックすぎやしないか」加藤の声だ。

「俺の親父もよくわからないことをするもんだ。40億円の秘密の遺産を、あんなよくわからない鍵でしか開けられない金庫をこしらえるなんて全くわからんね。土建屋にぶち壊して貰おうかと思ったが、そういうことをすると燃えるみたいだ」

「カネと言えば、医者の横流しの売り上げは?」

「順調だ。だが、ばれたら困る。医者の野郎がなんというかわからん。臆病者だからな。あの医者、パーティにも参加せずここの裏で売ってやがる。人前に出るのは嫌いなのに、売るのは好き勝手やるらしい。あの医者がもし通報したら、三浦に本業をしてもらうことになるだろう」

「本業を俺がするのに方法の指定はあるか?見返りは?」

「三百万だ。できるだけばれないようにしてやってくれ」

「ああ」

 ペンダントは鍵のようだ。そして四十億円もの裏のカネをしまっている金庫を開けることが出来る。そして医者がここのクラブの裏で何かをしているという情報は掴んだ。その金庫はどこにあるのか、ということとなぜそのペンダントを藍原が持っているのかということはわからなかったが。それだけでも充分だろう。

 ペンダントを交渉材料に出来る。

「辻、お前は本当に歌が上手いな」水江の声だ。

 私は右の眉を少し下げた。辻がここにいる理由はわかっているが、間が悪い。

「それより、今の四十億円の話って?藍原さんがどうかしたの?」辻の、誘うような声が聞こえた。

「聞きたいか?聞きたければ俺とシてくれたら教えよう」

「別にいいわ。そのぐらい安いモノよ。あなたって魅力的よ、カネのローブを着てる人は皆そうだわ」

「おまえらは下半身で考えすぎなんじゃねえか?もう少し品性を持とうぜ」三浦が口を挟んだ。

「殺し屋に言われたくないな」

「そうかもしれないな。だが女には気をつけることだな。近寄ってくる美しい女は特にマズい」

「あら?それって褒め言葉?」

「ああ、そうだ。美しい歌声にその顔、その髪、近寄らない男なんているか?」

「なら、あなたともしてあげようかしら?楽しいわよ?」

「俺はEDなんでね。楽しくもなんともないぜ。それにお前等と違って脳がちゃんと頭蓋の中に収まってんのさ」

「男として恥ずかしくないの?そういう錠剤とか飲まないの?」

「恥なんてとうの昔に捨てたよ。それに水江や加藤と穴兄弟なんて御免こうむる」

「人類皆兄弟姉妹よ」

「この世には俺とそれ以外のモノだけで充分だ。ほら、辻ちゃん。あっちいった」

「わかったわよ」

「俺の車の中で待っていろ」と、水江が言った。

 辻の声が遠ざかっていった。

 私はあの医者を捕まえて、麻薬の証拠を手に入れなければならない。私は椅子から立ち上がって、裏口を探した。

 黒スーツのガードマンが、裏へと繋がる扉のわきで仁王立ちしているのが見えた。首を触って、自分の頸動脈の位置を確かめた。ここに拳か手刀を叩き込めば、血液の流入の変化により失神する。他の方法は首を絞める。

 全ての手段を使うべきだと考えた。

 私は裏口へ歩きはじめた。人は少ない。

「おい、ここから先は通行禁止だ」

 どすの聞いた声だ。ガードマンが右腕を伸ばした。私は男を右足で蹴飛ばし、壁にぶつけた。そのまま走って、身をかがめて、右手を頭に乗せ、左手で前腕を掴み、右肘を相手のみぞおちにぶつけた。三浦のまねごとだ。そして左手で男の髪を掴んで首を上げ、右の拳を頸動脈へ叩き込んだ。気絶はしていない。そして頭をひっぱって下げて、首を絞めた。七秒ほど絞めていると、男は動かなくなった。

 そのまま男を引っ張って裏口へ入った。

 扉を開けると、青く薄暗い通路と、扉が並んでいた。無口な部屋だ。声も音も聞こえない。ホールからBGMとして流れるダンスミュージックだけがくぐもって聞こえる。

 掃除用具入れの扉を見つけた。私はそこを開け、男をしまった。

 身軽になった私は、全ての扉に耳をつけて歩いた。

 あのしわがれた声が聞こえる部屋があった。

 しわがれた声と、もう一人の男の声。

 モルヒネをくれよ、という声。しかし、カネが少ないんじゃないかね、という声。

 まけてくれよという声。嫌だね、という声。

 しかし、カネは今ないんだという声。サラ金で借りてこい、という声。

 わかったよ、くそったれという声。派手な金属音と地面を蹴りつける音が聞こえた。

 私は掃除用具入れに隠れた。

 ガードマンの男は眠っていた。もし起きてしまったら、また眠っていただこう。

 男の足音は遠ざかっていった。

 私は扉を開け、医者の部屋へと向かった。

 扉を開けた。あの医者の顔だった。

 医者はアロハシャツを着て、半ズボンをはいていた。黒く、手首から肘までぐらいの長さのスーツケースが足下に置いてあった。こちらを向かず、デスクの上の注射器をいじっていた。ライターと煙草と灰皿がデスクの上にあった。部屋の奥にファンデーションのような色のカーテンが一つ掛かっていた。

「なんだね、カネはあったのか」

 振り返った医者の目が開き、額の皺が、より深く刻まれた。

「カネはない。モルヒネを見せて頂こうか」

「どういうことだ」

「私は相当腹に据えかねている。私は何をするかわからない。あんたのおかげで私は足下に矢を撃ち込まれ、素手で殺されかけ、それから更に棒で殴られた」

 医者は立ち上がって、よろめいた。私は老人の手首をとって、椅子に座らせた。

「じいさん、座ってた方がいい。心臓を止められたら困る」

 私はスーツケースを取り、中身を開けた。

「それに触るな!」

「知らんね」

 中には色々な粉と紙幣が入っていた。視界の外で何かがきらめいた。

 老人が腕を振り下ろしてきた。私はそれを腕で受け止めた。手には注射器を持っていた。針が少し腕に刺さった。ここぞとばかりに老人が注射器の尻を親指で押そうとした。私はもう片方の手で注射器をはじき飛ばした。

 老人の両手を取って、押さえつけた。

「落ち着いてもらおうか」と、私は言った。

 会った全ての人間が私を殺そうとしたり、殴ったりしようとする。素晴らしい週だ。

 私は紙幣を取り出した。一万円札が二十枚。灰皿を取って、その上に紙幣をのせて、ライターを頂いた。

「この鞄の中身は麻薬か?」

「何をする気だ」

 老人の声は震えている。しわがれているのか震えているのかわからなかった。

「こうする気さ」

 紙幣を二枚取って、ライターで火を付けた。紙幣の角に火をつけて、片手で持った。

 煙がゆっくりと上っていった。手の近くまで火が来たときに、床に捨てた。靴で踏んだ。火が消えた。

 私は次の二枚を手に取った。福沢諭吉がどうかご慈悲を、と言っているように思えた。医者は口を開けて、私に詰め寄った。紙幣の中の男は落ち着いている。

「わかった!わかった。そうだ。それがどうした。それは麻薬だ」

 私は紙幣の中の彼をデスクに置いた。

「別に、警察に通報してもいい」

「待ってくれ。それだけはやめてくれ。三浦に殺される」

「じゃあ、落ち着いて黙って座っていろ」

 私はカーテンを引き裂き、老人の手首と足首を拘束した。口に猿ぐつわを噛ませた。

 スーツケースからモルヒネの錠剤を取り出した。老人が経営する病院が買ったかどうか、よくわかるはずだ。錠剤と麻薬を取り出し、それをかざしながら医者の顔写真を撮った。

 老人はうめいていた。それを無視して、カーテンの中へ押し込んだ。中身の入っていない段ボールの山を老人の頭の上にのせて、部屋を出た。

 元の扉へ戻ろうとすると、ガードマンが起き上がって、扉を開けた。

 彼の意識はまだ薄弱だった。足下がふらついている。私は彼の首に手刀を叩き込んで、眠らせた。また扉の中に押し込んだ。そしてホールへ戻った。

「おやすみ。夜は長いぞ」と、私は彼に言った。

 彼は答えられなかった。

「証拠はとった。もう引き上げるぞ。」と、みずなへ私は言った。

「わかったわ」と、みずなが言った。

 次に聞こえてきたのは、三浦の声だった。非常に近い距離だ。

「お嬢さん、次の酒を頼みたい」

「あなたのマティーニは空になってないわ」

「俺が頼んだドライ・マティーニはジンが15、ヴェルモット1のモントゴメリー将軍のはずだ。あのマティーニは甘すぎる。俺、甘い酒はあんまり好きじゃないんだ」と、三浦が乾いた冷たい声で囁く。

 悪魔のような男をそのままにしてどうなるか、容易に想像できた。私は走り出した。

「キツい女の悲鳴の方が、好きなんだ」

 背筋が凍るような声だ。

「ちょっと、何するの!離してよ」

「いいや、離さないね」

 私は階段を昇ろうとした。

「なぁ、お嬢さん。お嬢さんの握力は両手で合わせて、体重より上かい?」

「乙女に力と体重を聞くのは無礼じゃない?」震えた声。

「お嬢さんの方が礼を欠いているぜ。人の話をこっそり聞くのは無礼極まりないだろ?こんなものをつけて」

 インカムからの音が切れた。階段を駆け上がった。三浦とみずなが見えた。三浦はみずなを後ろから抱き留めるように、口に左手を当てて鼻をつまみ、右手で首の辺りを押さえている。頸動脈だろう。呼吸と血流を同時に止めている。

「そいつから手を離せ、三浦!」

 私は三浦に殴りかかろうとした。水江と加藤が席に座ったまま、こちらをじろりと見ている。

 三浦は顔から手を離して、首をつかんだ。

「やっぱりお前か。まぁ待て、探偵。せっかちはよくないぜ。もしそれ以上踏み出せば、俺はこの女の首をへし折るかもしれないし、社交ダンスを踊るかもしれない」

 三浦がみずなの腹を両手で掴み、軽々と持ち上げた。そして手すりの部分に近づいて、みずなを宙に浮かせた。プレゼントを貰った十代前半の少年のような動きだ。

「軽いな、ちゃんと食ってるか?お嬢さん、ここの手すりを掴まなきゃ死ぬ。最低でも足の骨が折れる。足の骨が真ん中で折れて、すねかふくらはぎの肉から突き出すぜ」

「何する気!?離してよ!」

「言い方がマズかったな。離していいのか?」

 三浦が手すりの下のガラスを蹴破って、ガラスの破片を足で払った後、みずなをその間から下ろした。

「いいか?その手すりをちゃぁんと掴むんだ」と言って、手すりを掴ませたあと手を離した。

 そして、三浦はその手の上に自分の手を置いた。

「探偵、行くベき場所があるだろ?それはここじゃない。俺がいつ手を離したくなるか俺にもわからないからな」

 三浦は心底嬉しそうな声で笑った。

「作戦が稚拙だぞ。女を使うのは古典的すぎる。服を奪って、女に着せて、だとよ。古いぜ。モントゴメリーみたいだ。それに水江、今度からもうちょっと優秀なガードマンを雇え」

 三浦は唇を舌で反時計回りに舐め回し、下唇を上の前歯で二回弾いた。

「早くこの女の真下に行ったらどうだ?俺は手を離すかもしれない」

 三浦はみずなの小指を剥がした。

 私は階段を駆け下りた。

 そうすると、三浦はみずなを引き上げて、上から私を見下ろした。みずなを手すりに叩き付けて、両手を広げて、私を見た。

「今度は首を絞めようか?上がってこなくちゃやばいぜ」

 遊ばれているらしい。人はおもちゃじゃないという事は当たり前の話だと思っていたが、三浦には当たり前は通用しないようだ。

 三浦がみずなの首を片手で握って、絞めはじめた。あの握力なら、首やのど仏が本当に折れてしまうかもしれない。事実、みずなは両手を首に当てて、苦しそうにもがいている。

「ほら、早く上がれよ」

 私は階段を駆け上がった。

 三浦はまたみずなを抱き上げ、宙に釣り上げた。三浦が手を離せば、みずなは真っ逆さまだ。

「真下に行った方がいいな」

 なんて奴だ、と心の中で呟いた。口に出ていたかもしれないし、出ていなかったかもしれない。

 階段を駆け下りると、また引き上げて、手すりに叩き付けて首を絞めはじめた。

「階段を昇れ、探偵」

 私は階段を昇った。フリスビーを取ってこいと命令される犬のようだ。犬に同情した。階段の四分の三を登ると、三浦がまたみずなを抱き上げた。私はうんざりした。

 三浦の後ろから、細身で長身の男が歩いていって、バーボンのボトルで後頭部を殴りつけようとした。三浦は手を離して転がり、それを避けた。その隙にみずなは私へ向かって走った。私の後ろに彼女が隠れた。スーツの袖が絞られる。強く服を掴まれた。

「誰だ、てめぇ」と、加藤が言った。

「僕が誰でもいいだろう。そういうのは見過ごせないな」

 高岸だった。

 三浦が首をならして、立ち上がろうとした。私が三浦へ向かおうとすると、「おい加藤。出番だ。こいつをたたきのめしてつまみ出せ」と、水江が後ろを振り向いて吐き捨てるように叫んだ。

 三浦は立ち上がって席に座った。全く気にも止めていないようだった。こちらに走ってきた高岸はみずなの手を取って、階段を駆け下りた。

「なぜあいつをとっちめなかったんだ」と、水江が叫んだ。

「今日は定休日だ。撃つのは好きだが、殴り合いはそんなに好きじゃない」と、三浦がマティーニの中のオリーブを持ち上げてかじった。

 風船のように張り詰めた黒のスーツを着た大男が、ウィスキーのボトルを片手に立ち上がる。

 背丈は私より少しだけ低い。180センチほどだが、体の形から考えると優に100キロは越えていた。110キロほどだろうか。相撲取りかレスラーという体格だ。

 筋肉と脂肪で作られた巨大な体の上に、丸い顔と刈り上げた髪が乗っていた。男は口の中を舌でなめ回し、頬が隆起した。片方の眉が下がり、そこの筋肉が盛り上がっている。

 加藤と呼ばれた男は、口にバーボン・ウィスキーのボトルを荒々しく押し当て、真っ逆さまにして飲み干した。

「てめぇ、三浦にのされたんだってな」

 加藤は空になったボトルを後ろに放り投げた。瓶が割れた。

「銃や武器を使わせたらアイツのがうめぇが、俺のがタフだぜ」

 加藤はにやりとした。

「そんなこと見ればわかる」

 私は吐き捨てるように言った。

 私は嫌気がさしていた。こんな大男を相手にするのは正直言ってお断りだ。だが、高岸とみずなが逃げる時間を稼がなくてはいけない。

 三浦は定休日と言ったが、ああいう奴の気がいつ変わるかわからない。

 二人同時に相手にすることになったらと思うと、冷や汗が出た。

「三浦、俺とこの探偵どっちが勝つと思う?」

 加藤が三浦に呼びかけた。

「俺はあの探偵かもしれんと思うね、第一ラウンドは。第二ラウンドはお前が絶対に探偵をボコスカにしちまう。アルコール入れすぎだぜ。足下がふらついてる」

「そんなに強いのか?」

「ああ、俺の右肘を顎に喰らってもぴんしゃんしてやがった。お前がバーボンなんて飲んでなければ多分お前の勝ちだったがな」

「いいね、かっこいいとこ見せて貰おうじゃねえか」

 加藤が巨人のような足音を響かせながら私の目の前に立った。

 私は加藤に対して勢い良く背を向け、そのまま右のかかとを弧を描くように振り上げた。

 加藤のこめかみにかかとが叩き込まれ、巨人は。

 倒れなかった。

「羽虫の囁きみたいに感じるぜ」、と眉一つ動かさずせせら笑った。

 加藤が闘牛のように突進してきた。まともに頭と肘を胸に喰らい、そのまま壁まで押しつけられた。息が肺から吹き飛ばされた。

 加藤は唸りながら右腕を矢のように引き、押し出した。すんでで右に避けると、加藤の張り手は壁を揺らした。次に頭突きが来た。まともに喰らった。鼻から血が噴き出した。あたまがくらくらする。

 私は膝を相手の股間へ振り上げた。そして右手で思い切り目をはたき、顔を掴んだまま左手で腹を押し、全力で引きはがした。

 加藤は50センチほどしか下がらなかった。右でよこざまに蹴りをみぞおちに入れて突き飛ばすと、ようやく離れた。

 股間に膝を入れたのに平然とした顔で、はたかれた片目から生理現象的な涙を流していた。目を押さえることも閉じることもしていなかった。

「へぇ、やるじゃねえか。だがよ、アメフトのタックルのがよっぽどきくぜ。ヘビー級の全力の肘タックルをあばらに入れあうんだ。そんなんに比べたらてめえの攻撃なんてちゃちなもんだ」

 私の全力の蹴りは、闘牛に赤いマントを見せただけだったようだ。加藤の目にぎらぎらと燃える殺意が灯った。肩を回して、大男が拳を構えた。

 三浦と水江が口の片方を釣り上げて、きっと探偵はのされちまうぜ、あいつの後ろ回し蹴りで無傷なんて前より更にタフになってやがる、などと言ってウェイトレスにオリーブの実が入ったカクテルを持ってこさせていた。 

 加藤がじりじりと距離を詰める。右足を蹴り出し、加藤の向こうずねを蹴りつけた。それを気にせず突っ込んできた。左で顔と胸に打ち分けるジャブを繰り出してきた。大きな缶詰のような拳が二回飛んできた。二発目を胸に貰うとよろめいた。

 ジャブとは思えない威力だった。

 ボクシングの打ち方だ。三浦のように何から何まで混ぜたようなものではないだけまだわかりやすかった。しかし左腕の戻しが甘かった。

 加藤の顎に一発拳を喰らわせ、加藤の拳を取って関節技を掛けながら投げようとした。そうすると加藤が飛びつき、また鼻に頭突きを喰らわせてきた。見た目と動きの速さが全く違う。飛んできた右肘を肘で受けると、私は股間に膝を叩き込んだ。

 しかし、気にせず押し倒してきた。どれだけタフなんだ、と私は思った。

 背中が床にたたきつけられた。

 三浦よりはるかに重い。

 加藤が右手で私の右肩の上を掴み、前腕を首に当ててきた。そして捕まれた左手を抜いた。首を絞めに来るつもりらしい。

 私の左手は加藤の肘に押さえ込まれている。残った右手の指でその闘牛のような目を突いた。

 加藤は目を押さえ、飛び退いた。

 私は立ち上がり、お辞儀のような体勢を取っている加藤の頭をサッカーボールのように思いっきり蹴りつけた。群衆が騒然とした。普通の人間なら首が折れているかもしれない。だがこいつの首は折れない。

 加藤が紙相撲の力士のように後ずさりして、叫んだ。

「おい、目に指入れようとするなんて本気で殺りに来てやがるな。なんて野郎だ。もう容赦しねえぞ」

 巨人が頭をシェイクした後、また拳を構えた。

 そしてトラックが突っ込んでくるような勢いで走り出した。

 私は横向きになって右足で股間を蹴りつけた。

 それを足で防御した加藤はその大きな拳で私の腹を殴りつけた。前腕を手刀で弾こうとしたが、弾ききれなかった。

 なんて力だ。胃の中から固形物が噴き出した。肘が飛んできた。頬に喰らった。意識がとびかけ、2メートルは吹き飛んだような錯覚に陥った。私は転がった。

 加藤が私を掴み、軽々と持ち上げた。そして、壁へ投げつけられた。地面へ落ちた。

 私は膝を立てようとしたが、立ち上がれなかった。

「三浦、こいつ言うほどじゃねえんじゃねえか?」

「今日は調子が悪いのかもな。俺と刑事がさんざんたたきのめした後だしなぁ」

 低く響く足音が近づいてくる。巨人の足音だ。

 私は立って、構えた。

 加藤は構えない。開いた両手を扇ぐように動かした。殴れということか。

 私は左の拳で顎を殴った。右で殴った。左を振った。渾身の力で右の拳で顎を殴った。加藤は薄笑いを浮かべて、私の顎に一撃をくれた。

 意識が遠のきそうになった。

 足下がふらついた。

 加藤が私の胸元を掴んで、顔を近づけた。

「探偵、大したことないな。殴り殺してやる」

 加藤が右手を思い切り引いて、拳で私を殴りつけようとした。私はしゃがんだ。加藤の拳が壁にぶつかった。加藤の顔が歪んだ。しゃがんだ姿勢から伸び上がり、鼻の下へ額を叩き込んだ。加藤が後ずさった。顎を右足で蹴りつけた。そのまま背を向けて、左のかかとをこめかみへぶつけた。流石の加藤も、少しよろめいた。少しだけだった。膝を右で蹴った。加藤の姿勢が低くなった。加藤が前へ出て、左手を伸ばした。体を丸くして、飛び込んだ。手を頭に付けて右肘を突き刺した。しかし、効いていない。組んだ左肘を振り、顎へ叩き込んだ。加藤が私を押し飛ばした。

「この野郎、そろそろ俺も我慢の限界だぜ」と、加藤が叫んだ。

 加藤の咆吼がナイトクラブに充満した。加藤が水江のカクテルをひったくり、一気に飲んだ。水江が食べていたステーキもついでに全て食べたようだ。水江がフォークとナイフを持ったまま両手を広げた。

「よし、やろうじゃねえか探偵。まだ第一ラウンドのつもりだ」

「来いよ、用心棒」と、私は言った。

 加藤が膝を払い、顔を掻いた。ゆっくりと歩いて、距離を詰めた。加藤が両手を開いて、突っ込んだ。捕まった。そのまま手すりへ叩き付けられた。かかとがぶつかって、ガラスが割れた。

「ここから落としてやろうか」と、加藤が言った。押し返そうとするが、どうにも力の差がある。加藤が私の顔へ額をぶつけた。

 私の体が少しずつ上へあがっている。このままだと、ダンスフロアに打ち上げられた魚の死体のようになるだろう。

 加藤の目に指の腹を当て、押した。押し続けると、加藤は手を離し、距離を取った。

 一定の距離を取りながら、タイミングを見計らうように私と加藤は円を描くように歩いた。私の後ろの構造物が手すりではなく壁になった時加藤が走った。右の拳を躱し、そのまま加藤の襟首を掴み、曲げた右足を腹に当てた。後ろに倒れ込みながら足を伸ばした。加藤は私の後ろへ転がっていった。巴投げだ。

 私は肩で息をしながら立ち上がった。加藤は壁にぶつかり、動きが止まっていた。

 私は加藤をのしたのだ。鼻から出ている血を拭った。

 三浦は半笑いで、水江は銃弾を喰らったような表情だった。

 私は水江に近づいていった。

 三浦がカクテルグラスを置いて上品に立ち上がり、目の前にやってきた。

「定休日と言ったが、急患は受けつけてるぜ。さすがに俺のクライアントに手ぇ出しちゃあまずいぞ」

 三浦が両手をつっこんでいるレザージャケットの右ポケットが不自然に膨らんでいた。

「その右ポケットの中身はなんだ?鳩でもポケットから出すのか?」と私は聞いた。

 息がつっかえて、途切れ途切れにしか言えなかった。中身がなんなのかはわかっていた。拳銃だ。

「魔法のステッキだよ。アブラカタブラっていう呪文にしか対応していないがな」

「いなくなれ、言うとおりにしろってことか。嫌だね」

「嫌でもいいが、体に穴が開くだけだぜ」

 金属製の何かが噛み合う音がした。撃鉄が起きる音だろう。

「こんな公衆の面前で銃を使って撃ち殺せるならやってみろ。警察がお前を捕まえに来るぜ」

「俺が出来ないと言ってるのか?」

「お前は慎重だからな。リスクは避けるはずだ」

 三浦が右のポケットから小型の、掌に収まりそうなほどのリボルバーを取り出した。演劇のように、大きな動作で両手を上げ、組み合わせて、ゆっくりと下ろした。

 動作にスキがあるのはきっと誘いだ。

 半身になり右手で拳銃を持ち、左手の掌を前から右手に当てて、銃を斜めにしていた。独特の構えだった。CARシステムだ。10ヤード、約9メートル以内での射撃方法だ。恐ろしいほど接近戦に強い。アメリカで見たことがある。しかし、覚えているだけだった。人差し指は引き金ではなく、銃の横に添えられていた。

 構え一つで三浦がただ者でない事がよくわかった。銃を使ったことがあるように思える。人殺しのために。

 照門と照星が三浦の左目と一直線に重なった。距離は5メートル。三浦の黒目がはっきりと見えた。マイナス二十度の金属のような目だった。

「賭けてみるか?」

 周りの人間が脅えた声を出した。

 私は三浦を睨み付けた。三浦は残虐な笑みを浮かべ、首を少し傾けた。

 体中から汗が噴き出るのがわかった。

 三浦は引き金を引いた。

 しかし、撃鉄が落ちただけだった。

「アンタの事気に入ったよ。コイツはおもちゃだ。ビビったか?本物はおうちにある」

 モデルガンを地面に落とし、三浦はポケットに両手を突っ込んだ。

 両手をポケットから出した。クラブの色とりどりの照明が人差し指に引っかかった何かに反射していた。金属のわっかを両の人差し指で西部劇のガンマンのように回し、両手に光り輝く金属のわっかを拳にはめた。

出てきたのはブラス・ナックルだ。メリケンサックとも言う。

拳に付けてパンチの威力を劇的に増加させる武器だ。三浦はブーツを履いている。両手両足に金属塊を付けている。もしやるならば、一撃も喰らうことは出来ない。

「日本では俺は基本銃は使わない。あくまで基本だが。クライアントに手を出さないなら好きにしろ。侮辱でも何でもすればいい。しかし手を出そうと考えるな。撃たなくたって殴る蹴るは出来る、俺と用心棒二人相手に第二ラウンドをやりたくなきゃあな」

三浦は私の後ろを顎でしゃくった。加藤が立ち上がっていた。首を鳴らし、何事もなかったかのような顔をしていた。これだけタフな人間は始めて見た。同じ人間とは思えなかった。

「まだ骨の一本も折れちゃいねえぜ。俺はあばらを折ってもアメフトの試合を続けた事がある」と、加藤が言った。

私はうんざりした。

出会う人間の殆どがろくでなしのちんぴらで、それもおまけに恐れを知らないタフな男で、自分と同じかそれより強く、ずるがしこく、冷徹で残忍でおまけに全員自分を打ちのめそうとしている男達としか会えないような日を考えてみた事があるだろうか。

三浦、加藤、菊知、三木、水江、医者の男。三浦は警察さえいなければ全く殺しに躊躇がない男で、加藤は闘牛のようにタフで、菊知と三木は権力を振りかざして警棒を振り回し、医者の男は患者の秘密も薬も流し、水江はそれら全てをカネで使う。

三浦も加藤も菊知も三木も、今まで会ったどの襲撃者より強かった。

気分がいい日ではなかった。全ての出来事がたった一日で起こったように感じられた。

加藤が後ろに回り、三浦が前にやってきた。前門の殺し屋後門の用心棒だ。

「おい、三浦。俺と一緒に早く第二ラウンドをやって探偵をシメよう。俺ぁだいぶトサカに来てる」

「お誘いは嬉しいが、ここでこいつをブチ殺したら処理が面倒だ」

私は息を吐いた。加藤のタックルと右ストレートと右肘は私にとって効きすぎている。今もふらふらだ。加藤と、メリケンサックとブーツを履いた三浦を相手にして勝算はほとんどない。

「久しぶりだな、探偵。二度と会いたくなかったぜ」

水江はフォークとナイフを持って、音を鳴らしていた。高くも低くもない声だった。

私は水江を睨み付けた。嬉しくもない再開だった。

こいつと会うときはいつもろくなことが無い。

「出てってくれるなら、加藤を座らせておくことは出来る。そうじゃないなら、加藤がお前をのしちまうだろう」

水江が口を半開きにして、口角を一センチほど上昇させながら言った。

「しかしよ、水江」と、加藤が不満げな顔で言った。額に血管が浮かんでいる。

「俺は今だけ紳士になる。出来るだけお手柔らかに退室して欲しいんだ」

水江は、彼が考えつくであろう中で紳士な笑顔というのを実演して見せた。

「パーティーはまだ終わっていない。君のような、人をこそこそ嗅ぎ回るどぶねずみのような不届き者には退出を願いたいんだ」

「言われなくても、もう用は済んだ。勝手に出て行く。汚いカネの匂いがしすぎる。特に私の前からな」

水江の顔が一瞬元に戻りかけたが、また紳士的な笑顔を作った。

「夜道には気をつけたまえ。タイヤがパンクして交通事故を起こしてしまうかもしれない」

「だってよ、探偵」

言われたとおり、夜道には気をつけることにした。

こういう時は、必ず手下が追いかけてくる。

「スイスチーズが食べたいな、そこら辺のを加工して食っちまうか。探偵、わかるか?アメリカ式だ」

三浦が私に笑顔を浮かべた。

アメリカで蜂の巣にすると言うときに、スイスチーズにすると言うのだ。

「ああ」と、私は言った。

「それはよかった」と、三浦が心底安心したように、息を混じらせながら言った。

「覚えていろよ」と、加藤が叫んだ。

忘れるつもりもない。

私は背を向けて、群衆をかき分け立ち去った。

クラブの扉を開けて、駐車場へ向かった。尾行はない。

原始であれば暗闇の筈だが、人工的な光が暗闇をかき消していた。青、赤、黄の三色が暗黒を照らしている。

駐車場へいくと、私の車はちゃんとあった。

しかし、二人の人間が私の車の横で何か言い合っている。

高岸と辻だった。

「なぜこんな所にいた?スキャンダルになるような事はやめてくれと言っただろう」

「歌えと言われたから。しかも、貸し切りよ?なるわけないじゃない」

「その行動が問題なんだ!誰とでも寝るような女なんて、すぐに移籍するとしか思えない」

「誰とでも寝るような歌手なんていくらでもいるわよ。何をそんなに怒ってるのか知らないけど、頭冷やしたら?」

「さっき、三浦と加藤が僕達を殴ろうとした。みずなさんは三浦に殺されかけたんだぞ。探偵と加藤は戦ってる」

「でも、私のせいじゃないわ。半分やくざみたいな業界で、ナイトクラブなんて、わかるでしょ?殴ろうとしたのは私じゃないし、殺そうとしたのも私じゃない」

「水江がそういう奴だと知ってるだろう。しかもまた寝ようとするなんて、いい加減にしてくれ。スカウトの話は無しだ!」

「へぇ、そんな事を言うのね。好きなだけあの男達と寝てやるし、あっちからデビューしてやるんだから」

「勝手にしろ」

 辻は激怒して、水江の物であろうベンツに乗り込んだ。ヒールが地面を叩いている。私は歩いた。高岸と目が合った。不健康そうな肌は、首筋まで赤くなっていた。

「無事だったのか」

「なんとかな。それよりそこまで怒ることじゃないだろう。あいつらには腹が立つが、彼女には関係ないはずだ」

「裏で麻薬を流してるようなとこにいちゃあ、いつか麻薬に手を出すかもしれないじゃないか。そうなったら終わりだぞ」

「だからって、デビューを取り消すなんて言い方はないだろう」

「お灸をすえてやったつもりだ。本気じゃない」

 私は何も言わず、運転席に乗り込んだ。高岸も乗り込んだ。

 クラッチを踏んで、鍵を差し込んで、回した。常に同じような動作で運転の準備を整える。

 車の中に高岸、みずな、藍原がいることを確認した。

 高岸は眉を寄せ憮然とした表情、みずなは目と口が開いた真っ青な表情、藍原は眉の端と口の端を下げた憂鬱そうな表情を浮かべていた。

 車を出した。

 バックミラーに、クラブから出てきたばかりの三浦と加藤が映っていた。三浦がにこやかに手を振った。指をばらばらに、断末魔をあげる虫のように動かしている。

 加藤はバーボンをあおっている。アメフトで敵とぶつかり合う時のような顔だ。どうせ追ってくるのだろう。

 また会おうという顔だ。人を殺したくてたまらない人間の顔だった。

 アクセルを踏んだ。

 いつも気が向いた時は、この車を走らせている。一人で首都高を走る時は素晴らしい気分だ。しかし、今は全く幸せに感じられない。

 あの悪魔共が私達を追ってくることが分かっているのに、どうして平気でいられようか。

 神や仏さえも必要とあらば喜んで銃殺しそうな男と、闘牛の魔王のような男が私達を追ってくるのだ。他の三人ともそれを理解しているのか、青い顔をしていた。

 車の中で唯一武器になりそうな物があるとするなら、発炎筒だけだった。

 魔物をその火で浄化したいところだったが、この男達にそれが効くのか。

 珍しく信号は青のままだった。

 夜を切り裂くように走った。

 魔物に捕まらないように。 

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