第7話

 私達はフルコースを食べ終えて、店の外に出た。

「おいしかったですね」

「ああ。とても旨かったよ」

 山田と田口が何本目かわからない煙草を口に咥えて、私達の後を追った。

 ビルを降りて駐車場へ向かった。

 建ち並ぶ摩天楼。東京の象徴だ。見上げても見上げきれないビルの群れ。

 眠らない街。夜空の黒と、ビルの白い光と、赤のランプのコントラストがはっきりと見えた。長い道のりだ。光はいつも私の真上にあった。

 二人で道を歩いていると、フードを被った小柄な男が藍原にぶつかった。

「ごめんなさい!」

「すいません」

 互いに言い合っていた。小柄な男はすぐに人混みの中へ消えて、見えなくなった。嫌な予感がした。人にぶつかられたら、いつもポケットを確認する癖が私にはあった。

 しかし、彼女にはなかった。

「ポケットを確認してくれ。なにかなくなってるものはないか?」

「え?まさかスリですか今の人?」

「念のためだ」

 藍原はカーディガンの右ポケットを探った。ぶつかられた方だった。熟練のスリは芸術的な腕前を誇るのだ。

「わたしのスマートフォンが・・・・・・ない」

 やはりか。振り返って後ろを見たが、その男はいなかった。

「中に見られると不味いものは入ってるか?」と、私は聞いた。

 藍原は顔を青くして、首を縦に振った。

 なにやらまずい物が入っているようだ。何が入っているかはどうでもいい。

 殆どの人間は知られたくない秘密を持っている。一々詮索するのは野暮なことだ。

「取り戻さないとまずいほどか?スキャンダルになりそうなのか?」

「はい」

 目を大きく開けて、口を半開きにしていた。

 私は人混みを見つめた。身長が高いから、誰がいるかはよく見える。

 あの小柄な男はいなかったが、人混みの中にある男を見つけた。

 身長170センチ台中盤、洗っていないべたべたの長髪で筋肉質だった。ブーツの底の厚みのせいで、実際より大きな背丈に見えた。鴉の羽毛のような髪の色だった。90キロ近くあると思われた。ジーパンに黒の軍用ブーツを履いていた。サングラスにアロハのシャツを着ていた。きっとあのボウガンを撃ち込んできた男だ。

 奴は私と目が合うと微笑んだ。寒気のする微笑みと共にサングラスの下からぎらぎらとした目を覗かせる。殺人鬼の目によく似ていた。大きく高い段鼻が目に付いた。

 藍原の持っていた白いスマートフォンを右手に握ってひらひらとその手を振った。

 そしてそのまま振り向いて歩いて行った。

「いいか、君はここにいてくれ。人目につくところから絶対に離れないでくれ。そして高岸に電話して、ここに連れてこい。私の携帯だ」

 私は自分のスマートフォンをズボンから抜いて、彼女に渡した。

「わかりました」

 もしあの携帯のデータが男に全て漏れれば、大変なことになる。

 黒いスーツを着た二人の男が近寄ってきた。田口と山田だった。

「オレ達に任せておいてください。あなたは藍原さんについていてください」

 山田が拳を鳴らした。

「わかった。だが、無理しないでくれ」

「僕達二人でかかります。たいていの場合、大丈夫でしょう。そうでなければ、助けに来て貰えると嬉しいですね」

 田口が鼻で笑いながら言った。

 私は頷いて、二人に任せることにした。

 上手くいくといいのだが。

 藍原は高岸を呼んだ。

「大丈夫なんでしょうか・・・・・・」

 しかし、うまくいく気もしなかったし、大丈夫だと思える要素もなかった。

 目が違った。情け容赦の一片もない目をしていた。今までにあったどのやくざやちんぴらより冷たく、心まで見透かされるような空洞を思わせる目をしていた。

 確実に表社会の人間がする目つきではなかった。ああいう手合いは容赦がなく、人を傷つけることに全く躊躇がないのだ。ボディガードは普通、人を傷つけずに制圧しようとする。それではきっと負けてしまうだろう。

 彼等が無事な事を祈った。

 そして、高岸がやってきた。もう10分もたっていた。

 私は彼等を見にいくことにした。

 いつも私の祈りは、神まで届かない。

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