第19話

夜の海が見える場所だった。きつい雨が降り注いで、そこら中が濡れていた。電灯の光が水たまりに跳ね返っている。しかし風はない。

港だ。逃げられるように、車の頭を外へ向けて駐車した。

1人の男が金属バットを右手に持っていた。刃物を武器として使うのは、殆どの人間が抵抗感を持つ。刃物を持ってくる奴はいかれた奴だ。とはいえ、鈍器もリーチが長いのであなどれない。

「小鳥遊、こいつは誰だ?」

「最近出来た知り合いだ。俺の彼女の親戚なんだ」、小鳥遊はこちらを向いて言ってきた。不出来なウィンクを飛ばしてきた。

「おい、誰だかしらねえが、帰れ」、男は言った。

「じゃねえと、痛い目見るぜ」

「ユンに言いたいことがあるんだ。親戚のおじさんとしては少しな。それで?どんな痛い目なんだ?アブに刺されたぐらいなのか」、私は言った。

男がうなり声のような怒声をあげて、バットを持ち上げた。野球みたいだ。

「やめろ、お前じゃ無理だ」、小鳥遊がバットの男へ言った。バットの男は眉を結ぶような深いしかめっ面をした。

「だが俺がユンにキレられる。ユンはマジでキレてるぜ」

「キレられない理由を作ってやろうか?」、と私は言った。

「どういうことだ?」

「こういうことだ」

私は男に近づいて、首の横をチョップで打った。男が崩れ落ちるのを、襟を掴んで引き留めた。男を屋根の下まで引きずって、そこに横たわらせた。男のポケットを漁ると、煙草が入っていた。それは元に戻した。

「おい、その必要は無かったんじゃないのか」

「気が変わって、後ろから殴られたらどうする。死んだわけじゃないんだ。精々風邪を引くだけだ。一人でも減らしておかなくてはならない」

彼は不満げな顔をしたが、私は何も言わずに進んでいった。

明かりが漏れている場所へ向かった。

遠くで雷の音が聞こえた。今日なら銃を街中で撃っても、雷雨の音で気づかないかもしれない。しかもここは人が少ない。拳銃を使うにはおあつらえ向きの状況だ。殺しにも。毒蠍が尾をもたげる頃だ。

マカロフからマガジンを引き抜いて、弾が入っているかを確認した。金色の弾薬が見えた。そしてまた拳銃に叩き込んで、スライドを引いて、安全装置を掛けてポケットに入れた。

「おい、それ、まさか本物か?」

「誰にも言うなよ」

「誰も撃つなよ」

「わかってる。奴がマグナムかナイフを使わない限り、使わない」

熟練のナイフ使い相手には、手足を出すだけでずたずたにされる。

「こんなことにはなっちまったけど、ユンには感謝してたんだ。俺を拾ってくれた」

「だが、今自分を殺そうとしている人間に感謝をする必要は無い。家畜が飼い主に感謝しているようなものだ」

「その言い方はないだろ」

「だったら、ユンが見逃してくれるように神に祈るんだな」

「神は何もしてくれねぇよ」

歩いていると、大きな倉庫のような建物が見えた。

そこの前に二人の男がいて、二人とも金属バットを持っていた。

「あいつは?」

「煙草を買いに行ったよ」

二人の男は顔を見合わせて、押し黙っていた。激しい雨の音だけが聞こえた。あたりは人工的な光以外の光は無い。水たまりに反射した光だけだ。

私は雨に濡れている。全ての男が雨に濡れていた。なぜこんなことをしている?男達が黙っているからだ。私は二人を瞬時に気絶させる手立てを考えていた。

「コイツは誰だよ」、右の男が言った。

「親戚のおじさんだ。話したいことがあるらしい」

「ふん、まぁいいだろ。入れ」

男達は私達の前を歩いて、連れていった。

最初の部屋はとても広く、沢山の棚があった。次の部屋からは小さく、同じような構造だった。盗品と思われる品が沢山あった。そのうちの一つに加工や分解をする工具が置いてある部屋があった。ばらばらの電子機器があった。他にも銅線などの金属の塊があった。貴金属や金属を中国に転売して稼ぐための物だろう。国家はいつも資源を必要としている。銀行のカードなども置いてあった。合計で20人ほどの人間が6つの部屋に分散していた。最後の部屋の前で、男達は立ち止まった。

「ここがユンの部屋だ」

薄暗い倉庫だったが、ユンの部屋からは光が漏れていた。

ポケットの中のマカロフに手を触れて、離した。

男が扉を開けた。

本棚には英語で書かれた本や日本語、韓国語、中国語の本が置いてあった。英語で書かれた物や、日本の小説はどれもハードなバイオレンス小説か犯罪小説ばかりだった。漫画も同じような内容ばかりだ。どうやら四ヶ国語を読めるらしい。

私達二人は中に入った。数人の男が部屋の中に武器を持って控えていた。

銀の灰皿の中に琥珀色の液体が入っていて、それに煙草を浸していた。ウィスキーだろう。焦げたような匂いが漂っていた。折りたたみナイフが刺さった、食べかけのボンレスハムがそのまま机の上に置いてあった。机の向こうにサンドバッグが吊してあった。

ユンという男は、椅子に座って、ウィスキーに濡れた煙草を吸っていた。切れ長の目で、頬に脂肪はなく、黒い瞳がぎらついていた。

男が立ち上がった。180センチほどの高さだ。体重は70キロぐらいの、筋肉質な男だ。粗野で短気な男に見える。男がキロ単位はありそうなボロニアソーセージをそのまま、獣のようにかぶりついた。ソーセージをまた机に置いた。そしてユンはナイフを取って、折りたたんでポケットに入れた。そしてサンドバッグに恐ろしい威力の横蹴りを叩き込んだあと、チョップを頭部のあたりに打ち込むと、息を吐いた。

「私立探偵だろ、名前は知らないがあだ名は知ってる。探偵と呼ばれている男だな」、ユンが完全な、訛りのない日本語で言った。

「顔は知らないが名前は知っている。人を殺した男だと。日本語はどのぐらい話せる?」と、私は肩を竦めた。

「そこら辺の、髪の毛を染めてへらへら酒を呑んでる日本人よりよっぽど話せる。比喩も文学的表現も理解が出来るし、話すことが出来る。髪の毛を染めてる連中は世界で一番クソだ」、ユンが日本語の本を人指し指で叩いた。

小鳥遊がばつの悪そうな顔をした。

「ユン、俺はもうここを抜けたいと思うんだ」

男は細い目をさらに細めた。

「あぁ?お前何言ってるのか分かってるのか?」、ユンは言葉を切った。

「拾ってやったのを忘れてもらっちゃ困るな」

「日本語はちんぴらから学んだのか?言葉遣いがそっくりだ」

「口を挟むな、ケーセッキ」、ユンは声を張り上げた。

「なぁ、あんたには感謝してるんだ。あんたは仕事のない俺に声を掛けてくれたし、スリのやりかただって教えてもらった。いろんな事を教えてもらったが、もう俺には辞めなくちゃいけない理由があるんだ。女を幸せにしてやりたいんだ」

「感謝してるだと、笑わせてくれるな。小鳥遊、てめぇ裏切りやがったな。ルートを警察に漏らしただろう」、ユンの顔は真っ赤になっていた。

「ユン、あんたに拾われたことはとても感謝してる。だが、人殺しの刑事が俺を脅した!」

「人殺しの刑事がなんだ!俺は殺しのプロ、軍人なんだぞ!しかもパラシュートだ!日本の甘ちゃんの刑事のケーセッキなんて俺がぶち殺して埋めてやる!なぜ俺に言わなかった!この俺に」、ユンがかかと落としで机を真っ二つにへし折った。恐ろしい威力だ。ウィスキーの瓶が割れ、煙草が飛び散り、本が落ち、肉が落ちた。私以外の周りの人間全てがびくついた。

空挺部隊にいたと言った。空挺部隊は特殊部隊ほどではないが精鋭だ。

「恋人を脅されてたんだ」

「だからなんだ!だったら・・・・・・シッバル!シッバルニョン!どうして男って奴は女に絡め取られるんだ!恋人なんて、愛なんてクソ食らえだ!性欲を高尚なものだと勘違いした脳味噌がスポンジみたいな奴め。俺が人を殺して指名手配されてるのは知ってるだろう!俺がどうなるか考えなかったのか!俺が台湾に引き渡されたら殺されちまうだろう!」

ユンが立ち上がった。イントネーション、濁音、半濁音全てに置いて訛りなど一切無い完璧な日本語を話し続けた。時々韓国語が混ざっていて、興奮していることがわかるぐらいだ。

私はユンを手で制した。

「まだ時間はある。早く東京から出て、東南アジアへ行くんだ。そうすればまだ可能性はある」

「行ったところで何になるっていうんだ、クソ野郎」

「お前の寿命が延びる。台湾のどこかでうつぶせにされて背中から心臓を撃ち抜かれなくて済む。なぁ、こいつが裏切ったとして、裏切らせるにはまずお前に感づいてないと無理だろう。どの道お前は警察に目をつけられてたんだ。潮時だ」

ユンが黙って、私を片目で睨み付けた。

「俺が気に入らないのは、奴が俺を裏切りやがったことだ」

「落ち着けよ。しょうがないだろう。刑事だって捜査と追跡のプロだ。頭を切り換えろ。なぁ、台湾で何をしたんだ」、話をそらして、ユンの気を紛らわせることにした。

「台湾人のでかいマフィアの御曹司を蹴り殺した」

「だったら、罪は軽くなるだろう」

「なるものか。軽くなろうが刑務所の中で俺は報復で殺される。俺が先に蹴り殺したんだ。横蹴りで喉を潰した。奴は俺を侮辱しやがった。渡すはずのカネを渡さなかった。他にも殺ったが、今死体が上がったのはそいつだけだ。他のも上がったら、俺は死刑だ」

「短気さが命取りか」、私は言った。それとも反射で足が出てしまったのかもしれない。ずっと訓練をしていると、とっさに出てしまうことがある。

それがユンの気に触ったらしい。ユンは目を見開いて、額に血管が浮かび上がった。

「偉そうな奴だな、えぇ?奴のせいで俺はKCIAの工作員からも追われることになったんだぞ」

韓国の諜報機関からも追われている。台湾では指名手配、日本でも殺人鬼に目をつけられているらしい。

「いったい何を売ったんだ」

「ナイトビジョンつき、個人用のシングン対空ミサイル。反共の同志台湾に売ると聞いたのに、やつらは北に売りやがった。世界中に北朝鮮製のイグラ対空ミサイルの改良型が出回り、何か起これば北のクソどもの戦車に米韓軍のヘリや攻撃機が落とされるようになる。世界中の全ての国、朝昼夜、全ての時間でテロリスト達によって射程内の飛行機が落とせるようになる。そして北は儲ける。おまけにカネは俺に渡らずじまいで、俺は台湾で指名手配、KCIAに追われるザマだ。韓国はそれを伏せている」

「なぜそんな事をした。ミサイルがどれだけ先進的で重要なものかは軍人が一番分かってるはずだ」

「コミュニストの連中が憎かった。お前は脱北者が目の前で撃ち殺されたのを見たことがあるか?800mの、凍えるような川を泳いで韓国に渡ってくる。赤ん坊を抱えた女がいた。骨と皮みたいな女がな。女は背中からドラグノフで頭を吹っ飛ばされて、赤ん坊は沈んでいった。柘榴みたいな頭になる。素手なんか、ライフルの前じゃ赤ん坊のお遊びだ。俺はずっと双眼鏡で見ていた。そして知り合いが北のスナイパーに撃たれて死んだ。こっちはDMZの外にいたのに、殺りやがった。韓国は北を恐れて、何もしなかった。臆病者め。わかるか?あんなド貧乏なクソ野郎共に、手も足も出ない。ソウルのGDPよりも低い野原の田舎ものの国に、数と核と中国がいるってだけの理由で、やられっぱなしだ。その屈辱はジャップにはわかるまい。だから反共の台湾に売ったら、よりにもよってアカの本拠地に渡りやがった。俺はもう今では全ての国がどうでもいい。死んでしまえと思っているだけだ」

「お前がすべきことは、逃亡の準備を始めることだ。それ以外に道はない」

「俺はどうせ死ぬんだ。10年もたたないうちにKCIAか台湾マフィアに暗殺されるか、サツに捕まって処刑されるだろう。街ゆく人間がすべてKCIAかマフィアかサツの手先に見える。俺は死ぬんだ、どこか薄暗く汚い、人気の無いクソみたいな場所でな。そして海の底に沈められる」、ユンは吐き捨てるように言って、真っ二つになった分厚い木製の机を蹴り飛ばした。

「だったらお前等二人を道連れにする。安心しろ小鳥遊。お前は死ぬが、あの刑事共もそのあと殺ってやる。新宿署に殴り込みを掛けて、皆殺しにしてやる。俺にはパイソンがあるし、日本の平和ボケした警察官600人など皆殺しに出来る。次は首相だ。最後は38度線で戦争を起こしてやる。自動車爆弾と、オートマチックのライフルと、パイソンとナイフと防弾チョッキさえあればな。この国がどれだけ甘ちゃんか、38度線に行ってくればわかる。女は無事だ」、ユンは歯を見せて、顔を引き裂くように笑った。

「八つ当たりはやめろ。そんなことをすれば、国交が戦争寸前まで悪化するぞ。アジアはお終いだ」

「知ったことか、勝手に独島を奪い合って、死んでろ。韓国も日本も台湾も北も中国もアメリカもロシアも皆ちっぽけな島とカネのためにくたばっちまえ。俺は祖国を追われた男だ。70億人皆殺しにすれば、俺は笑えるに違いない」

私はポケットに手をやった。この男を殺すしかないのか?

「銃を持ってるのか?ナイフか?」、ユンが言った。

「俺は防弾チョッキを着ている。お前が銃を抜いて俺の頭を撃つのと、俺のナイフがてめぇを切り裂くのと、どちらが早いか試してみるか?そのポケットに入る大きさなら、マグナムやライフルやショットガンってわけでもあるまい。それじゃ止められんぜ。もちろん、ナイフなら俺が勝つ」

「銃器相手にナイフが勝つ方法は一つだ。急いで距離を詰める。はたしてそれが、格闘技術が優れた相手に通用するか?」

ユンはせせら笑った。

「MUSATをやってみたら、考えも変わるぜ。そしてナイフ術をやってない奴にしたら、もっと無理だろう。この距離なら、拳銃でもな」

「MUSAT?」

「マルチUDT・SEALアサルトタクティクス。韓国海軍特殊部隊のナイフ術だ。お前なんか瞬時に細切れだぜ」

「空挺と言っただろう。陸軍の筈だ。なぜ海軍式を覚えている?」

「ダチが海軍にいたんでね」

「そっちだって折りたたみのナイフだろう。蹴り止めて、頭を撃ち抜いてやる」

「いいね、やってみろよ」

ユンは笑って、ドアに向かって歩き出した。私は抜かなかった。この距離ならナイフのが早い。ユンを殺せても、他の男がいる。

「俺は銃を取ってくる。望み通り銃で戦ってやる。パイソンに食わせたいからな。こいつを始末しろ。部下20人倒せたら、戦ってやろう」

小鳥遊が立ち上がって、警棒とナイフを一瞬で構えた。警棒を右手で前に出し、ナイフを左手で後ろに持っていた。

「お前、俺にナイフを向ける気か」

「小鳥遊、逃げろ」、私は言った。

ユンが一撃で警棒を右足で蹴り飛ばした。そのまま飛びながら後ろを向いて、左で腹にかかとを打ち込んだ。

小鳥遊がナイフを落として、崩れ落ちた。

「話にならんな」

四つん這いになるように崩れ去った小鳥遊に向かってユンが足を自分の頭の上まで振り上げた。かかと落としで後頭部を砕く気か、私は、姿勢を低くしてユンに突っ込もうとした。

「なぁ、おい。よそうぜユン。殺すのはやめよう」、その前に、大柄な男がユンの左腕を押さえた。ユンが喉に親指と人指し指を開いた右手を叩き込んだ。ごきり、と嫌な音がこちらまで聞こえた。大男が喉を押さえて、崩れ落ちた。喉仏が砕けたに違いない。ユンは笑った。

「腕は落ちてないみたいだな」、ユンは言った。

「お前、何をやったかわかってるのか!仲間だぞ」、私は叫んだ。

「殺してやったんだ」、ユンは扉を開けた。

「おい、この探偵をぶちのめしとけ。逃げられるなよ。逃げられたら分かってるよな?」、ユンは消えていった。

男達は韓国人に脅えながら、思い思いの武器を手に取った。飛び道具はガス式の釘打ち銃だけだ。刃物は、ナイフが一本、チェーンソーが一つ。注射器には麻薬か毒か空気が入っているだろう。中身を注ぎ込まれたら死ぬ。

大きなドライバーを逆手に持った男が、手を振り上げながらつっこんできた。顔に向かって切っ先を振り下ろそうとする腕を掴んで、顔に思い切りパンチを食らわせた。ドライバーの先を掴んで、もぎ取って、柄の先端で顔を殴りつけた。そのままドライバーを、ネイルガンを持った男の顔に投げつけ、男を押し飛ばしてネイルガンを持った男を転ばせた。

男が私の胴に三発釘を打ち込んだが、防弾チョッキのおかげで刺さらなかった。男の手を踏みつけ、ネイルガンをもぎとった。ナイフを持った男の腕にネイルガンを二発撃ち込むと、男はナイフを落として、腕を抱えた。私は釘打ち銃を男達に向けた。バット、警棒、チェーンソー、注射器を持った男達はたじろいで、エンジン音だけが響いた。男がなぜチェーンソーを手に取ったのかはわからなかった。自分のことをホラー映画の登場人物だと思っていたのだろう。

銃には残り五発。四人を無力化するには足りない。口で無力化するのが一番だ。

「飛び道具の使い方も連携もなってないな。ケガしたくなければ武器を遠くに投げて、家に帰れ。お前達の盗品オークション店は今日で閉店だ」と、私は言った。

「おい、奴には残り五発しかない。突っ込めば勝てるぞ。行かなきゃユンに殺られる」、撃たれた男が言った。

「噂に聞いたがこいつ滅茶苦茶強えだろ。くそっ、どっちに転んでも損だな」、違う男が言った。

「殺されないだけマシだろ。こいつ、結構甘いぜ」

「でも、ボクサーが指を折られたらしいじゃねえか。トカレフ使ってもクロスボウでもダメだって言ってたぜ」

「化け物かよ、くそ。というか銃持ってたらどうすんだよ」

マカロフを抜こうかと思った。1人ずつ、頭か心臓に二発撃ち込めばちょうど4人を倒せる。しかし、約束を思い出してやめた。それに、ここで銃弾を使ってしまっては、ユンを倒すことは出来ない。

「おい、チャカ持ってるんだったら、その釘打ちじゃなくて本物で撃ってみろよ」、男が言った。

「撃たれたいのか?」、私は男の意図を理解した。退く気はないらしい。

「撃てねぇんだろ。俺達が全員殺されたらお前はムショ送りか弾切れでユンに殺されるが、お前が殺されても誰も何も言わねぇもんな」

私は舌打ちをした。

「そしてお前達は泥舟に乗り続ける。そのままだと警察署か首相襲撃の手下にされるぞ。A級テロリストとして、国際指名手配されるか特殊部隊に撃ち殺される。奴なら必ずどちらかは実行できる」

「その時になったらサツを呼べばいいが、お前を逃すと今殺される」

バットを持った男が突っ込んできた。足に釘を撃ったが、突っ込んできた。顔面に投げつける。男はバットで打ち落とした。

男が太腿に向かってスイングをしてきた。バックステップしてかわす。

次が頭に飛んで来た、大振りなスイングの根元を左肘で受けた。鈍い音が鳴る。骨が折れそうだ。そのまま距離を詰めて、左肘を顔に入れてやった。そのまま腹に膝。男が体を丸めて、バットを落とした。そのまま引っ張って、後ろの男にぶつけた。

後ろの男が、その男を突き飛ばした。男が警棒を顔に突いてきた。手を払って、手首を捻った。右足を思い切り腹に振った。男が口から固形物を噴き出した。顔面にストレートを食らわせると、男は卒倒した。注射器を持った男が突っ込んできて、左で襟を掴もうとしてきた。鼻に掌でジャブを食わせた。男がひるむ。伸び上がるようにして、右の拳を振り上げて顎を打ち抜いてやった。

これでだいぶ減ったはずだ。チェーンソーを持った男は立ったままだった。

のしたはずの何人かが立ち上がってきた。第二ラウンドと行こう。

一人が私の腰にむしゃぶりついてきた。耐えて、肘を加減して延髄に落とした。男は崩れ落ちる。加減の仕方は知っている。慣れっこだ。

もう一人が私の胸ぐらを掴んできて、脚をかけようとしてきた。耐える、今度は私の右腕を掴んで、背を向いてきた。腎臓に掌を叩き込む。男の動きが一瞬止まって、姿勢を元に戻した。まだ胸ぐらを掴んでいる。私は男の目を指で突いた。男が呻き、両目を押さえた。股間を蹴り上げたあと、ステップしてみぞおちを思い切り横様に蹴飛ばした。

二人の男が私の両手を掴んできた。チェーンソーを持った男が目をぎらつかせながら、鎖のような刃を回し始めた。右の男の足を踏みつけて、引き寄せて頭突きを食らわせた。体重のかかっている足首をすくうように蹴って、右の男を転ばせた。

左の男はまだ私を掴んでいる。チェーンソーを持った男が高く振り上げながら走ってきた。チェーンソーの男のみぞおちに横蹴りを叩き込んだ。男は転倒した。左手を掴んでいる男の襟を掴んで、膝を入れた。男が離れた直後に、顎を思い切りフックで二回殴った。男は崩れ落ちる。チェーンソーの男がチェーンソーを手放して突っ込んできた。

強烈な右フック、頭を下げて避ける。男が姿勢を低くして、膝の裏に右フックを引っかけてきた。片足タックル。足を取られた。フットボーラーかラガーマンか?転ばされた。

胸の上に乗られた。拳が飛んでくる。頭を抱えるように肘で弾いた。男が私の右手を両手で取って、回転しようとした。左手で右手を掴む。両脚で腕を挟まれ、引っ張られた。腕十字。脚に思い切り噛みついた。力が弱まったので立ち上がろうとすると、男は私の腕を取ったまま、脚で三角締めをしようとしてきた。だが、両肩が入っている。男は脚をずらして、私の胸を両足で締め付けてきた。肋骨がきしみ、息が出来ない。私は男の股間に拳を叩き込んだ。男が呻き、脚を外す。

私は立ち上がった。男も股間を押さえながら、立ち上がった。タフな奴だ。男が突っ込んできた。膝を思い切り蹴りつけた。男が体を丸めて、止まった。男の首を捉えて、思い切り膝を打ち込んだ。足を伸ばして、股間を蹴り上げて、拳の底を後頭部に落とした。それで男は崩れ落ちた。

チェーンソーのスイッチを切って、一息ついた。刃物はまずい。チェーンソーを壁に投げつけて、壊した。

一人が、ナイフを持って立ち上がった。他の何人かは目を見開いた。

「おい、チン。マジで殺る気か?ユンに任せときゃいいだろ」、誰かが震えた声で言った。

「ウォリニー」、跳ねるような発音。中国語だろうか。

「シ、シ、シャドニー、リ、リ、リーベングイズ」、ろれつが回っていない、激しい興奮、荒い息づかい、見開かれた目、ひくついた瞼、赤い顔、ひくつく顔、食いしばられて開かれた口。ナイフが煌めいた。心拍数が跳ね上がる。

男がどもって、叫びながら、腰にナイフを構えて突っ込んできた。やくざがよくやるやり方だ。横にステップして交わす。相手が体を丸めたまま、右手で払うように切ってきた。

腕を掴んで、伸びた肘に肘を打ち下ろした。鈍い音がして、チンが叫んだ。ナイフが金属音を鳴らす。顔に膝を食らわせて、すぐに股間を靴で蹴り上げた。チンがうめいて、倒れ込んだ。奴の肘は逆に曲がっている。折れたらしい。膝のあたりに、チンの血がついた。歯も何本か折れたようだ。ナイフを踏み付けて、へし折った。

「無抵抗だったら、折る気はなかったんだがな」

そしてバールを拾い上げて、次の扉を開けた。

金属バットが二人、警棒が一人、木刀が一人。

手前の警棒の男が襲いかかってきた。振り下ろし、バールで受け止めて、太腿を思い切り蹴りおした。男は転倒する。腕を踏み付ける、骨が折れる音がした。警棒を拾い上げた。

木刀の男が剣道のような構えをした。男がにじり寄ってきた。警棒を男の顔面に投げつけた。ひるんだ隙に木刀を持っている手にバールを振り下ろした。手が砕け、木刀が落ちる。骨が見えている手。男を押しながら走り、バットの男の一人にぶつけた。後ろに回った男がバットを太腿へ振ってきた。バックステップして避ける。次の振り下ろしをバールで受けて、股間を蹴り上げた。そのまま太腿を蹴って、転ばせる。

次の男がバットを持ってやってきた。走って、ジャンプして胸を蹴り飛ばした。

飛び蹴り。

物陰に隠れていた男が刺身包丁を持って飛び出してきた。

力の限りの連続スラッシュにバールを合わせた。包丁の刃が折れて、吹き飛んでいった。

残った刃の部分で突こうとしてきた。手を打つ。包丁が落ちた。太腿へ思い切りバールを振ってやった。男は太腿を押さえ、倒れ込んだ。

残り10人。

違う扉を開けた。開けた瞬間、包丁を腰に構えて突っ込んできた男がいた。左へステップ、右肘で顔面を叩いた。男は即座に転倒した。

発砲音。ソニックブームの弾頭飛翔音。物陰に飛んで隠れた。伸びず、大きすぎない音からすると、ユンのマグナムやトカレフではない。顔を少しだけ出して見た。20m先、小さなリボルバーだ。五連発か、六連発。ユンじゃない男だ。構え方もなってない。この距離では当てられないだろう。近くにあった電気のスイッチを落とした。これで照準がつけづらくなったはずだ。

物陰から出て、違う物陰へと走った。三発の銃声。相手は残り一発。

物陰から転がった。また一発。男がリボルバーのシリンダーを開けた音がした。私は立ち上がって、男へ向かって走り出した。空薬莢が転がる音、その勢いで胸を蹴り飛ばした。

残り8人。

暗闇。素手の男がたった一人現れた。

「お前、化け物か?奴は拳銃を持っていたんだぞ」、男が言った。

「銃にはそれなりに詳しい。弾数はわかってる」

「いいねぇ。素手でやり合おうぜ。邪魔はさせねぇ」

「腕に自信があるのか?」

「刃物は苦手だ。俺はクラヴマガをやっている。殺し用のをな。総合をやってたでかい野郎もいたはずだが、お前にやられちまったようだな」

「喧嘩で寝転がって組み合うと危ないということだ」、私は言った。

「何度言っても奴は聞かなくてな。そんな気がしたぜ」

男が両手を開いて、こちらに掌を向けるボクシングのように構えた。

私はバールを捨てた。こちらも構えた。

男が指先を伸ばして、目を狙ってきた。払う。右の拳がそのまま伸びてきた、肘ではじく。膝が股間に向かって上ってきた。後ろへ下がって、軸足の脛に蹴りを入れた。男はつんのめる。腹に蹴りを入れた。男は距離を取った。すかさず太腿に右で回し蹴りを打った。

「くそ、なんて奴だ」、男は言った。

「素手で来たのが間違いだったな」

後ろで音がした。

「おい、今は俺が戦ってる」、男が叫んだ。

男が構えた。

私は左でジャブを打った。男の頬に当たった。男が突っ込んできて、私の襟を掴んだ。頭突きを顎に食らった。二度目は手を当てて食らわなかった。男の顔を押し下げて、膝を入れた。男がうめく。男は襟をはなさない。右手で喉へ向かって殺しのアッパーをしてきた。肘で弾くと、男の拳が砕けた。男は手を離した。左の拳を打つと、右で払うと同時に左の掌を顔に食らった。三浦がやっていた動きだ。男がつま先を振って膝を狙った。私は靴底で脛を止めた。そのまま右で横様にみぞおちに蹴りを食らわせた。男は膝をつき、息を整えた。男はバールを拾い上げて、左で持った。走ってきて、頭を狙った横のスイング。

両手で腕を受け止めて、首の横にチョップを入れた。そのまま脇の下にチョップを入れて、腕を両手でロックした。みぞおちに膝を打ち込んだ。

残り7人。後ろに二人いた。

男が頭に向かって蹴りを打ってきた。腕で弾いて、膝の横に拳の底を振り下ろした。男が膝を抱えて、うめいている。もう一人が突っ込んできて、襟を掴んできた。相手の頭を抱え、膝を打った。次にこめかみに肘を入れて、男は崩れ落ちた。

残り5人。バールを拾い上げる。

扉にたどりついて、扉を開けた。

男が80cmぐらいの、鈍い輝きをした日本刀を持っていた。扉を閉めた。男が駆け寄る足音がした。思い切り扉を開くと、男が仰向けに転倒していた。刀を持つ腕を踏み折った。刀を拾い上げて、壁に投げつけて叩き折った。真剣ではなく、模造刀だったようだ。しかし研がれている。これなら人を充分に切り倒せるはずだ。男が私のバールを掴んだ。

いきなりマチェットを持った男が走って、近寄ってきた。最悪の脅威だ。

バールを引き抜く事が出来なかった。

私はバールを離して、素手になってしまった。半身になった。マチェットが切りつけてきた。すんでで後ろへ下がる。また切りつけ、ぎりぎりで避けた。次の切りつけの為に腕を振り上げたところに、顎に蹴りを入れた。男が真っ逆さまに倒れた。

残り四人。バールを掴んだ男からバールを取り上げる。

一人が大きな軍用ナイフを持っている。右の逆手に持ち替えて、背を軽く曲げて、ステップを踏んでいる。ボクサーか?ジャブが飛んできて、次にナイフで首へフックが飛んできた。避ける。返してそのまま肝臓を刺そうとしてきた、バールで腕を流した。上からの振り下ろし、バールで流した。切り返すようにナイフで切りつけてきた。同じような角度でまた流した。男が距離を取って、腕を抱えた。手が痛むはずだ。

男は順手にナイフを持ち替えた。また斬りかかってきた。流す、流す、流す、流す、流す。一瞬の隙をついて脛によこからバールを打ち込んだ。男が足を抱えて下がる。

男は左手の順手に持ち替えて、フェンシングのように構えた。ナイフで首へジャブ、バールで手の甲を叩いて払った。男がナイフを落とした。

そして鎖骨にバールを振り下ろして、顎に左肘を叩き込んだ。

残り三人。

チェーンを持った男がいる。一部を拳に巻き付けて、残りを二つ折りにしていた。

男がパンチを伸ばしてきた。チェーンがそれにつられて飛んでくる。バックステップ、男がチェーンを投げてきた。頬に当たった。そのまま顔に向かってチェーンを横に振り回してきた。バールでチェーンを引っかける。男がチェーンを引っ張ってきて、私は耐えた。

「チェーンをそんな風に使う奴は初めて見た」、私は言った。

「忍術だ」、男は言った。男が膝をあげながら飛んできた。躱す。振り返った男の顔にジャブを食らわせた。男が殴られながらも飛びついて、私の左腕にチェーンを巻き付けて、下に引きずり落とそうとした。こらえて、膝を腹にくれてやった。そして鼻に頭突きを食らわせた。足を踏みつけて、背中に男を乗せて、地面に投げて叩き付けた。

腕を踏み付けて、腕を砕いた。

チェーンを腕から外して、地面に落とした。バールはそのまま持っていくことにした。

最後の扉を開けると、二人はいた。図書館のように金属の棚が並んでいた。

彼等に戦意はなく、私が近づくと後ろへ下がっていった。自分の手を見ると、返り血で濡れていた。スーツが台無しになってしまったようだ。

「ボスは?」

一人が指で奥を指ししめした。

私は笑った。

「巻き込まれたくなければ、ここを出て家に帰れ。それが一番いい」

男達はうなずいて、元の扉に向かって歩いていった。

金属が噛み合う音。とっさに物陰へ飛び込む。咆吼のような銃声。コルトパイソンだ。

「警察の犬め。殺してやる」

ユンだ。距離は15mぐらいだろう。バールを離し、ポケットからマカロフを抜いて、安全装置を外した。男は一人腕を撃たれて、うめいている。他の男はもう扉の向こうへ逃げていった。薄情なものだ。

「ガンファイトをしにきた訳じゃない!やめろ!」、私は叫んだ。

「うるせえ!殺してやる!」

咆吼がまた響いた。

返事は銃弾らしい。相手は弾倉に残り四発と不明な数の銃弾を持っている。こっちは弾倉に八発、マガジンは三本。ユンの死体の処理についてはまた後で考えよう。

立って、とっさに顔を出して、すぐに引っ込める。すぐに銃弾が飛んできた。クイックピーク。

相手は壁に拳銃を依託して撃っていた。伏せて、マカロフを二発撃った。マグナムに比べれば小さな音だ。相手の近くに火花を散らして、相手が銃を引っ込める。

「やるじゃねえか。ジャップのくせによ。撃ち方を習ったことがあるのか?あぁ?」、ユンが叫んだ。

「アメリカ人に習った!」

「くそっ、だからアメリカ人は嫌いなんだ」

回り込む事に決めた。長い棚の逆側に回った。また一瞬で顔を出した。誰も居ない。

距離を詰めるために、前の棚に移動しようとした。物陰から飛び出た瞬間に、ユンが見えた。とっさに横に倒れて、ユンの胸に二発撃ち込んだ。ユンのマグナムが火を噴いたが、空へ飛んでった。照準を頭に合わせて、引き金を引いた。撃鉄が落ちたはずだった。しかし、弾は発射されない。ジャムだ。物陰へ飛び込む。咆吼が聞こえた。腹に重い衝撃を食らって、気持ち悪くなった。鍛えていなかったら内臓が破裂していたかもしれない。胃酸が口にまで上がってきている。マグナムを防弾チョッキの上に食らった。マガジンを抜き、スライドを引いた。役立たずの弾丸がグリップの底からこぼれ落ちた。古いマガジンをポケットに入れ、新しいマガジンを挿入する。そしてまたスライドを引いた。顔を出して、引っ込めたが誰もいないし、ユンのうめき声も聞こえない。防弾チョッキを着ているに違いない。早まった心臓の鼓動が頭に鳴り響く。

あっちもリロードしたかもしれない。

「俺を撃ちやがったな、チョッパリ。俺は銃では殺られんぞ」

「心臓にぶち込んだはずだ。そっちも防弾チョッキを着てるんだろう」

「そっちもな。着てなきゃ胃か肝臓を吹き飛ばしてたはずだ」

とたんに銃声。目の前で弾丸が風を切る音が聞こえた。とっさに横っ飛びして伏せる。跳弾狙いで撃ってきたらしい。金属音が殆ど同時に複数聞こえた。相手は今、リロードしている。前の棚に飛び込んだ。壁の弾痕より手前に狙いをつけて二発撃ち込んだ。伏せたときの布の擦れる音が聞こえた。こちらは残り六発。全ての残弾は十七発。

距離は10m、まだ遠い。顔を瞬時に出して、ひっこめた。蠍の咆吼が聞こえた。奴は手鏡を使って、こちらを見ている。

私は次にどうしようか考えていた。背後を取ろう。そう考えながら、棚から顔を出すと、燃える物が飛んできた。即座に飛んで、それを避けた。

引き裂くような音の次に、火の塊があたりに飛び散った。火炎瓶。棚に火が移った。こいつ、ここごと燃やす気か?

棚の逆側へ回って、背後を取ろうと動く。

逆側から顔を出した。いない。銃を両手でしっかり構えながら、足音を殺して前へ進む。

棚と棚の間もしっかりと確認した。次の棚に差し掛かった時、ユンが見えた。咆吼、棚の側面に隠れる。あっちは残り四発。

銃だけ出して、ユンの方向に向けて二発撃った。

「お前の動きは読んでたぜ」、ユンが言った。ユンはこちらに向けて構えているだろう。

咆吼、私の背中にきつい一撃が来た。飛び退く。棚を抜いてきた。もう一発が私の背中にまた当たった。次の部分は頭の部分を抜いていた。しかし、伏せていたので当たらなかった。

棚を思い切り蹴飛ばした。棚がユンのいる向かいの棚に向かって倒れ込んで、棚から色々なものがこぼれ落ちた。棚がドミノのように倒れていく。

ユンの姿が見えた。ユンの胴に二発撃ち込む。ユンのマグナムが火を噴いた。あっちは残りゼロ発。ユンが遮蔽物に隠れようと体を戻そうとした。

斜めになったユンの頭に銃弾を叩き込んだ。そのはずだった。穴が空いたと思った、しかしユンはまだ立っていた。ユンの額に、赤い線が走っている。奴は指で血を拭った。

「俺をガンファイトで殺せると思うなよ」、化け物は笑った。背筋に鋭い寒気が走った。

銃弾が頭蓋骨に弾かれたらしい。あっけにとられるのをやめた。

残りの一発を頭に撃ち込もうとすると、ユンは横っ飛びをして、銃弾をかわした。

スライドが後退しきった。マガジンを外して、違うポケットに放り込んだ。残り十一発。

新しいマガジンを入れて、スライドストップを押し下げた。リロードしてるはずだ。

私は頭を上げた。いない。立ち上がって、ユンへ向かって走り出した。近くに手榴弾のようなものが飛んできた音がした。横っ飛びになって、棚に隠れて、口を開けて耳と目を塞いだ。

手榴弾か?違う、囮だ!リロードを終えられてしまったようだ。

「引っかかったな」、ユンの声が聞こえた。

「二度目はない」、私は言った。

体中が痛む。軍用ブーツで蹴られたようなものだ。

ドミノのように倒れた棚を這った。発砲音と弾ける様な高音。棚のすきまを狙ってきて、跳弾したようだ。また一発。あちらは四発。

同じように二発撃ち返す。こっちは六発。ドライバーが転がっていたのが見えた。拾う。

ユンが伏せている場所の上のあたりに、照明があった。こちらにはない。二つの照明を撃つ。ガラス片が散らばり、這うと肌を切り裂く刃物になったはずだ。

「シッバル!」、韓国語。

暗く、あたりはよく見えなくなった。

いきなり何かが飛んできた。ライター。明かりだ。こちらだけ眩しくなっている。あっちからは丸見えだ。

棚の間に落ちていた黒い金属棒に布をかぶせて持ち上げて、棚から少し出した。布が吹き飛んだが、発砲炎が見えた。拳銃を棚の上にのせて、そこへ向かって三発撃ち込んだ。

残り三発ずつだ。もうこっちには合計で六発しかない。あっちは何発持っているかわからないし、もうリロードされているかもしれない。

弾がなくなったら、殺される。ユンはもう動けないはずだ。這って、回り込んで確実に撃つ。ライターを取って、投げ返した。

少しずつ、這って回った。角にさしあたって、私はドライバーをユンの後ろへ投げた。とたんに角を出た。

いや、いない。

私は立ち上がって、あたりを見回した。

どこにもいない、いや、開いた扉が見えた。光が差している。私は扉に向かって、銃を構えて慎重に近づいていった。

扉の向こうでナイフを使われるかもしれない。そうしたらチョッキで防がれて、首を切られてお終いだ。深追いすべきではない。生き残ることが目標で、殺すことではない。

それに、火も回り始めている。

私は扉へ銃を向けながら、後ろへ下がり始めた。

後ろで物音がした、振り向く。

その時、ユンがリボルバーを持ってこちらに走ってくる姿が見えた。

ユンに向かって撃ち込んだ。くそっ、ジャム!ろくな弾じゃない。

まずい。9㎜マカロフ弾ではあいつを止められない。

マガジンを変えることは諦めた。突進をかわす。右手に持った銃でユンに向かってパンチを繰り出した。パイソンのグリップで手首を打たれ、払われた。マカロフが飛んでいく。

こめかみへのスイング、左の掌で腕を跳ねあげて軌道を反らした。そのまま手を左手で押しつけてきた。パイソンを顔面に振り下ろしてきた。手首を掴んで、パイソンを止めた。

膝を相手の腹に打ち込む。しかし、チョッキがあった。頭突きが飛んできたので、かち合った。身長が近いと、防ぎやすい。脚がひっかかって、転んだ。

ユンが私に馬乗りになって、銃を喉に振り下ろそうとしてきた。喉が潰され、一撃で死にかねない。手首を受け止める。ユンが笑った。ユンが私に頭突きを打ち込んできた。

二回目の頭突きを掌で受け止めて、口に指を入れて引っ張って転がした。こっちが上だ。頭突きをお返ししてやる。鉄槌を顔面に落とした。そして襟を掴んで、首を絞めてやった。

苦し紛れの目突きが飛んできた。瞼を閉じて爪は防いだが、血が出た。韓国人が腰を跳ね上げて、私の肘の内側に両手を引っかけて、思い切り畳ませた。ひっくり返された。

ユンが両手を振り上げて、挟み込むように振って来た。鼓膜破りだ。両手で防ぐ。

ユンが私の顔に両手をずらして、つけようとした。両目に指を入れようとしてきている。

ユンの両手を取った。ユンが手首を回して、手から逃れて、私の首を両手で掴んで締め上げた。ユンの指を取って折ろうとすると、ユンは私の首の後ろに手を回した。そのまま持ち上げてきた。

「首をへし折ってやる」

ユンが片手を私の顎に回した。捻り折ろうとしているらしい。

ユンの襟首を掴んで、引き寄せて、目を指で突いた。眼球に軽く当たった感触はあったが、ユンが顔をずらして、瞼の上からだった。ユンの瞼が切れて、血が出ている。

ユンが悲鳴を上げて、飛び上がって離れた。

「俺は軍じゃ格闘で表彰されてたんだぞ。やるじゃねえか、おまえ」

「どこの所属だったんだ?」

「陸軍の特殊戦司令部ブラックベレーの空挺部隊、黒豹部隊だ。階級はSergeant first classだ。お前は?」

「ただの私立探偵だよ」

スペードのエース、死の具現化が笑った。

「俺はただの一般人に手こずらされてるのか。こいつを脱ごうじゃねえか、邪魔だ」

ユンが防弾チョッキを脱いで、捨てた。私もスーツを外して、チョッキを脱いで捨てた。

そして、スーツを着直した。撃たれたところが痛んだ。

倒れた棚と棚に引火して、火が大きく点された。ちょっとしたキャンドルだ。ようやくスプリンクラーまで煙が回り始めたのか、雨が降り出した。

「私の後ろを取っただろう。どうして撃たなかった?」

「さぁ、どうだろうな」

「銃弾を頭蓋骨で弾いた人間は初めて見た」

「お前が見る最後の人間も俺だ」

「考え直せ」

「もうどうにもならないんだよ。手遅れだ。おしゃべりは終わりだ」

ユンが半身になって、手を広げて低く構えた。私も構えた。

じりじりと近づいてきた。

膝をへし折るための膝への左での横蹴り、足を上げて受ける。目を潰すため、左の指を伸ばして目に飛ばしてきた。右手で払う。右で喉を潰すのど輪、左手で受けた。ユンがそのまま私の左手を右手で掴んで、右膝を打ってきた。右の掌で打ち落とす。左の指先で目突き、避ける。ユンが私の腕を外に捻って倒そうとしてきた。肘が折れそうになる。そのまま倒れた。

ユンが飛び上がって、両足で頭を踏み付けようとしてきた。食らったら頭が砕ける。転がって避けた。ユンが着地したすぐに、ユンの腹を足で蹴り上げた。

そしてすぐに立ち上がった。

「中々やるな」、ユンが言った。

「次はこっちの番だ」

「やってみろ、ウェノム」

私は近づいて、左の拳を顔に出した、すぐに右、両方の掌で払われた。飛んで、右膝を顎に向かって飛ばした。ユンが体を反らして避ける。ジャブが顔に向かって飛んできた。私の手に当たって弾かれた。ユンの襟を左手で掴んで、右のパンチを顔に食らわせた。すぐに左で押し飛ばして、みぞおちに向かって足を振り上げつまさきを打ち込もうとした。手で払われた。ユンの肝臓に向かって左の回し蹴り、ユンは腕で防いだ。こめかみへ向かって、右のハイキック。ユンはしゃがんで避けた。そのままステップして、靴底で顎を蹴り飛ばそうとした。払われた。ユンの顔面に向かってチョップを打った。ユンが私の腕を両手で抱きかかえて、肘を決めてきた。体重をかけて、肘を折ろうとしてきている。空いた左手で股間にパンチをくれてやって、足を払って転ばせてやった。

ユンが転んで、私は相手が立ち上がるのを待った。

「じゃあ次はこっちからだ」

膝を狙った左のつま先蹴り、足を上げる。右で脾臓に回しけり、そのまますぐにこめかみへ飛んでくるのを腕で受けた。ユンが飛び上がって、顎をつま先ですくい上げてこようとした。体を反らす。太腿を蹴られた。側頭部へのハイキック、飛び上がって回転してきてまたハイ、バックステップして交わした。体を回転させてきたときは後ろに下がるに限る。踏み込んできて左と右の拳、右を食った。次に首へのチョップは防いだ。ユンに左を食わせて、首の裏を両手でホールドした。膝を思い切り腹に打ち込んだ。ユンが浮いた。次にこめかみに肘を食らわせた。ユンが首の裏に両手を返そうとしてきた。顎を拳で打ち上げる。しかしそのまま手を伸ばしてきた。返そうとしたんじゃない、目つぶしだ。両手の親指で両目をそのまま押してきた。体が反った。急に視界が開けた。こめかみに振られた拳の底が当たった。ぐらりとした。襟と左手を掴まれている。

「噛み殺してやる」、男が口を開けて、歯を見せた。頭突きが飛んで来た。掌で額を止める。ぐいぐい押してきて、首に近寄ろうとしてきている。右手首に噛みつかれた。私はうめいた。ユンが空いた左手を顔に押しつけてきた。顔を振って目つぶしから逃れる。それと同時に押してやった。足を掛けて、転ばせる。

ユンが手を離した。指を揃えて、喉に向かって突いてきた。払って、すぐに立ち上がった。近づくのは危険すぎる。

「舐めてるのか?」、ユンが言った。

「野犬と噛み合う気は無い」

韓国人が横様に腹を狙った蹴りを飛ばしてきた。食らって、よろめいた。手刀が喉に飛んで来た。左腕で止める。右の拳が飛んでくる。手で弾いて、顔にジャブを食らわせた。

韓国人がうめく。右膝を腹に打ち込んでやった。ユンの首の後ろに両手をやって、また膝を打ち込んだ。ユンを手で押し飛ばして、みぞおちにつま先をぶち込んでやった後、靴底で押し飛ばしてやった。

こめかみを狙って、足を振った。ユンが肘で脛を止めた。脛が痛む。顔に拳がきた。食らう。ユンが私の襟を掴んで、振り返った。耐えて、掌を腎臓に打ち込んだ。ユンは手を離して、腹に肘を打ってきた。きゅうに丸まって、私の足を取った。私は後ろへ倒された。

ユンが私の足首を取って、捻ってきた。ユンの恥骨を思い切り押すように蹴った。

ユンが打ってきた股間へのトーキックの脛を、かかとで止めた。足首を払うように思い切り蹴った。ユンは倒れて、私は立ち上がった。ユンも立ち上がった。組み付いたら目か喉か股間をやられる。噛みつかれるかもしれない。それは互いに分かっていた。

「この野郎。俺を怒らせやがったな」

左の拳が飛んでくる、反らしてかわす、右の拳、弾く。太腿に回し蹴りを食らった。顔にジャブを食わせてやった。

私は右の拳を打った。弾かれた、喉に手刀が飛んでくる。殺すための一撃を前腕で防いで、ボディにアッパーを食わせた。顎に左フックを叩き込んだ。そして腹に膝。ユンが唾を吐いた。襟を掴んで、右肘を打った。肘で止められた。股間に向かって拳を振り子のように振ってきた。腕を弾いて、鼻に頭突きを食わせてやった。

ユンが鼻を押さえた。右の拳を顎に叩き込んだ。ユンがふらついて、下がった。

ユンも負けじと撃ち返してきた。左、右を食った。くそ、頭がふらつく。肝臓に左を食らった。気持ち悪くなってきた。次を食らったら不味い。次の右が来る前に、顔に右の拳を叩き込んでやった。そして膝を顎に入れた。

ユンがふらついて、倒れた。

「シッバル」、ユンが叫んだ。

ポケットから折りたたみナイフを取り出し、はじき出した。全長15センチぐらいだ。

「チュギョジュンダ、ケーセッキ」、韓国人の顔が真っ赤になって、額に青筋が浮かんでいる。私の体中に鳥肌が立って、心拍数が跳ね上がる。ナイフを持った殺人者だ。

韓国人は逆手に持ち替え、ナイフを持った手を前に出して、上下に動かしている。

私は何か使える物がないか見渡したが、ろくにない。

韓国人がナイフのグリップでジャブを打ってきた。弾く。

次に左手で喉を潰すのど輪。弾く。

右で上から振り下ろすように刺そうとしてきたが、腕を腕で止めた。

そして鼻にパンチを食らわせてやった。韓国人が折れた鼻を押さえて、下がったあと、突っ込もうとしてきた。膝の内側に押すような蹴りをくれてやると、韓国人は止まった。

蹴り折る事はできなかったが、韓国人の顔が一瞬青ざめて、歪んだ。ユンはナイフを順手に持ち替えた。

韓国人がステップして、蹴りが太腿に飛んで来た。太腿が痛む。フットワークを潰しに来るのに切り替えたようだ。しかしあちらの足もいかれかけている。

顔へ左のジャブ、外へ払う。次に刃を水平にしたナイフで心臓へストレート。手首を外へ払い、腕を抱きかかえる。そのまま肘を思い切り決めた。体重をかけて押し倒す前に、股間へ甘いパンチが飛んできた。しかし効果は充分だった。私は手を離して、飛び退いた。

次にユンが股間に蹴りを打ち込もうとしてきたので、靴底でスネを止めてやった。また太腿に蹴り。

足を下ろさないまま、側頭部に回し蹴りを打ち込んできた。肘で止める。

いきなり体をかがめた。ナイフでのタックルかと思って、身構えた。違う、太腿を切りつけてきた。

浅く切られただけだった。そのまま返すように、両手でナイフを掴んで、切っ先で刺そうとしてきた。後ろへ飛び退く。韓国人が左足を出し、くるりと回って飛んだ。靴底が直線的に、顔面に飛んで来た。体を沈めて避け、着地した足をすくうように蹴った。

韓国人は尻餅をついて倒れ込んだ。

そのまま私は股間をサッカーのように蹴り飛ばそうとしたが、靴で止められた。そして膝の裏に、刈り取るような蹴りを食らって転んだ。

韓国人が這ってきて、私の腕に逆手に持ち替えたナイフを刺そうとした。腕をずらす。床に当たった。

そのまま這ってきて、両腕でナイフを持った。私の横から、ナイフを振り下ろしてきた。

私は相手の腕を止めた。

また押し合いになって、少しずつ私の胸にナイフが近寄ってきた。

体を捻って、ナイフを床にキスさせた。ナイフが床にぶつかって、ユンは叫んだ。韓国人に頭突きを食らわせた。すぐに立ち上がって、距離を取った。

ユンは右手を開いていた。震えて、指から血を流している。切っ先をぶつけた拍子に指が滑って、指が深く切れたようだ。ユンはナイフを左手に持ち替えた。そして切れた指を口にあて、したたる血を舐めとった。

「指は動くか?」、私は言った。ユンの右手の指先は動いてはいなかった。腱が切れたらしい。

「シッバル」、ユンは唸って、ゆっくりと立ち上がろうとしている。

私は机の上のコップを取って、投げつけた。硝子が顔で砕けた。

韓国人はまともに顔に食らって、うめいている。ユンの顔は血だらけだ。ユンが目に入った血や硝子片を取ろうとしている。二個目を投げつけた。手首に当たって砕けて、破片が口や首や手首に浅く突き刺さった。ユンが叫ぶ。怒って、突っ込んできた。机を蹴り飛ばした。ユンが倒れた机に足を取られて、倒れた。

机の上に乗った頭に思い切り蹴りを食らわせようとすると、恐ろしい反射で立ち上がった。

どうもうな息づかい。下の瞼から硝子の破片が突きだしていた。瞼が破れている。

ユンが叫びながら、破片を瞼から抜き取った。瞼が切れて、血があふれ出した。

「パラシュート部隊でナイフの使い方を習ったんじゃないのか。軍歴は紙の上だけか?」と、私は言った。

「アアアアアアアアアアアア」、ユンが叫んだ。獣のような咆吼。

韓国人はナイフを順手に持ち替え、机を飛び越えて、私を斜めに切りつけようとしてきた。ぎりぎりでかわす。8の字を描くように切り返してきた。腕が軽く切れる。焼けるような痛み。ナイフでのジャブが飛んできた、避ける。

脇への縦のスラッシュ、避ける、両目への水平のスラッシュ、避ける。首への斜めのスラッシュ、右腕で流す。

下から突き上げてきた。腕を両手で掴んで、股間に蹴りをくれてやる。内股にされて、膝で止められた。頭を片手で掴んで押し下げて、顔に膝を入れた。そのまま前に引きずり倒して頭頂部に膝を入れた。左手を伸ばして、韓国人が股間を握り潰そうとしてきた。飛び退いて、立ち上がる。韓国人は床を腕で叩き、低い姿勢で私に突っ込んできた。私は交わした。韓国人が壁に頭をぶつけた。韓国人のナイフを持っていた手を蹴り飛ばす。ナイフが飛んで行った。

韓国人の頭を蹴ろうとすると、韓国人はそのまま転がってきた。まずい、足を取られた。

私は転んだ。

韓国人が私に馬乗りになってきた。パンチを何度も繰り返してきた。ぎりぎりで防いでいるが、不味い。目を指で突いた。韓国人が前のめりになる。そのまま転がって上下を入れ替えた。ユンの顔面に思い切り、自分の拳が砕けるような勢いでパンチを食らわせた。

韓国人の首を握って、絞め続けた。韓国人も目を突いてこようとするが、ぎりぎりで避けた。

韓国人の顔が赤くなって、目が充血し始めた。

そして、動かなくなった。

私はようやく立ち上がって、息を整えた。撃たれた男がいたはずだ。

腕を擦るように、マグナムで撃たれた一人を見つけた。腕を押さえ、うめいている。二の腕の肉が飛んで、骨が見えている。血が流れている、だが大動脈は切っていない。

私はふらふらと近寄っていって、男の腕にゴムチューブを巻いた。手首の血流を確認して、止血した。そして包帯をくれてやった。

「いいか、このことを警察には言うなよ。木村病院に行け。ここから100mは離れて、電話で探偵と名乗る長身の男が行けといったと言うんだ。電話番号はこれだ。迎えにくるだろう。そうすれば誰も捕まらない。お前も刑務所に行くことはない」、私は男にメモを渡した。

「立てねぇよ、くそ」

「立て!ほら早く!行くんだ」

私がそういうと、男は足を引きずって出口へ歩いていった。

ナイフを取り上げて、棚にあった段ボールへ投げた。刃が深く突き刺さった。

私はユンのパイソンを取り上げて、シリンダーを見た。何も入っていない。ユンは弾が切れたから、殴りかかってきたようだ。パイソンを放り投げた。マカロフの空薬莢を拾わなければと思ったが、弾頭がそこら中に散らばっているのでやめた。探しても無駄だ。何十発も撃ち合ったのだ。

マカロフのマガジンを抜き、薬室の中の一発を抜いてポケットに入れた。

小鳥遊を起こして、ユンを縛り上げる。

縛り上げて、あの腐った刑事共に引き渡すか。本当は殺すのと同じだ。死刑になる人間を、警察に突き出すというのは。

しかし、風を切る音と共に後頭部に酷い痛みを感じた。後ろを振り向いた。

「おい、ボス、大丈夫か」、どこかの男の声。

私はまだ立っていた。男が前に回って、バットのグリップで、顔を思い切り突いてきた。

体が崩れ落ちたのを感じた。

バットを持った男だ。さっきのした男の一人だった。撃たれた男ではない。ユンが男に起こされた。

瞼が重くなって、意識が飛んでいった。

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