第9.5話
浅井ユミ、私の高校生活は、きつい朝練から始まる。つらいなぁ、やめたいなぁって、思ってしまうのは私だけ?いや、補欠の皆はきっとそう思ってる。
あともうちょっとで、団体戦のレギュラーになれるんだけど、不動のレギュラーって位、レギュラーの人は上手いんだ。私、あんなに小さい頃からやってきたのに。なんだか涙が出てきちゃいそう。
そんなことを考えながら、走ってる。やだなぁ、もう。もっとしっかりしなくちゃ。佳奈ちゃんぐらいしっかりできたらなぁ。現役国公立医学部ってすごいよね。だいたいなんでも出来ちゃうし。
そうしているうちにきつい体力作りが終わった。走るのは苦手なんです・・・・・・でも、これからが楽しいところ。
サーブの練習、思い切り打ち込む。ボールを左手で持って、上げる。ラケットを叩き付けると、切れの良い、低くてノビの良いボールが飛んでいった。緑のレーザービームが、相手のコートに打ち込まれた。相手は身動き一つ取れなかった。
やった!
これのためだけに、テニスをやっていると言える。
「こんなのとれないよ」と、女の子が言った。私は腰に手を当てて、Vサインを送る。
「ぶいっ!」と、私は言った。
そして、練習が終わって、憂鬱な授業が始まります・・・・・・
いつもなら予習を忘れましたと言ってさよなら現実おはよう夢の世界な授業。ですが秘策があります。なんと、土日に佳奈ちゃんと遊びに行くだけじゃなく、宿題も手伝ってくれたから、すいすい出来たのです。ぶいっ!これで古典も英語も数学もばっちりだよ。
古典の時間が始まった。
「おい、浅井。ここの所、品詞分解と訳わかるか」
夏草やつわものどもが夢の跡という文を、先生がチョークで指していた。
私は立ち上がって、「そこは、夏草が名詞、やが間投助詞、つわものどもが名詞、がが格助詞、夢が名詞、のが格助詞、跡が名詞です。今、目の前には夏草が生い茂っていて、昔、義経や藤原一族が戦った跡だという意味で。この世の無常さを唄った歌で」
「いや、そこまでは聞いてないぞ。今日はやたらできるじゃないか」
「勉強しましたから」と、私は言った。
「いつもしてね」と、先生は言った。
私は座って、笑顔になった。顔を教科書で隠した。いつもだったら立たされて、さらし者にされるからだ。
そして、スマートフォンでツイッターを開いた。
タイムラインを追っていった。この人いつもツイートしてる。学校行ってるのかな...大学生って言ってたけど、やっぱり留年しそうらしいし。
頬が痛んだ。あの大きな男に殴られた時に、舌を少し噛んだ。
佳奈ちゃんの鍵アカウントを見て、ツイートを追った。だいたいポエムと医学と本とピアノとお酒と死にたいっていうことしか言ってないけど。アルコール中毒になりそうな気がするんだけど、大丈夫なのかな?普段はシャンパンかワインらしいです。
ん?またよく分からないことを言ってる。
まぁいっか。ずっと見てるとこっちも疲れるし。
さよなら現実、おはよう夢の世界の時間です。私は机に顔を突っ伏して、寝る準備を始めた。
目を閉じると、声が遠ざかっていった。
私はテニス選手になっていた。イギリスのウィンブルドンで、優勝していた。人生で最も待ち望んだ瞬間。
皆が駆け寄ってきて、私を胴上げした。私は金色の皿を持っていて、これが王座の証だった。
でも、持っていた金の皿を地面に落とした。
皿が割れて、砕け散った。
「あぁ、あああ」
私は破片を拾い集めた。破片を持ち上げる度に、破片は砂になって、消えていった。周りの人も、うっすらと色が消えていって、いなくなった。
「やめて、消えないで、お願いやめて、やめて、やめて、消えないで!やめてええええ」
私は叫んだ。叫んだ声が、赤い文字になって、空に浮かんだ。文字がどろどろに溶けて、血だまりになった。
血だまりが広がって、テニスコートを包んだ。私はそれに溺れた。
息が苦しい、誰か助けて、助けて、死にたくない。金属の匂い、真っ赤な世界。
あの私を叩いた大男が現れて、指で私の喉を締め上げた。
私は持ち上げられて、叩き付けられた。
目を覚ますと、私は小さくなって、どこかにいた。
お坊さんの声、花束、写真、棺、沢山の黒い服を着た人たち。見たことがある。
葬儀場だ。誰かが私の横の席で泣いている。小さな黒髪の女の子が。
佳奈ちゃんだ。
「ぐすっ、ひっぐ。なんで死んじゃったの、まま」と、佳奈ちゃんが泣いていた。
もうやめてよ、こんなつらい夢を見させないで!
「人殺し」と、後ろで誰かが囁いた。
記憶と同じだった。
木村のおじさんが立ち上がって、その男の人を掴み上げた。
その人も半分は泣いていた。おじさんも泣いていた。
「お前にあの人を任せて、俺は身を引いたんだ。なのに、殺しやがって」と、その人が言った。
「うるせぇ!お前があの手術をやってみろ!ふざけるな」と、おじさんが叫んだ。
「医者なんだろ!プロなんだったら、女ぐらい救ってみろよ!クソ野郎!」
「医者は神じゃねえ!俺にゴッドハンドなんてないんだよ!」
殴り合いが始まった。
佳奈ちゃんが「人殺し?ぱぱは人殺しなの?」と、呟いた。
殴り合いの最中にパイプ椅子が、私に向かって飛んで来た。
そこで、視界が消えて、真っ暗になった。
目がさめた。
「大丈夫?すごく、うなされてたけど」と、私の友達が言った。
「ううん、何でもない」と、私は言った。忘れよう。
私は立ち上がって、気分を変えることにした。私の鞄から、テニスのボールが落ちていた。今は触りたくなかった。スマートフォンで、絵の画像を見ることにした。皆かわいい絵を描くなぁ。私も、風景画だけじゃなくて、こういうアニメチックな画にも挑戦したい。
けど、時間がないよ。
次は美術だ。私は絵を描くことが好きで、色を塗っているときが一番好きだった。
移動して、授業を受けていた。早く絵を描きたいなぁ。
ようやく時間になった。
自由課題だった。
ちょっと前に見た、あの夜の景色を描こう。
私はスケッチを始めた。風景画は得意なんだ。
楽しいなぁって、思います。
美しい景色は、私を救ってくれる。まだこの街が、私にとって、優しいものだと感じさせてくれる。
ふふっ。
私はほほえんだ。どんなものに仕上がるかな?どんなふうにかいて、どんなふうに色を塗ったら、綺麗に仕上がるかな?
本当の姿と同じくらい、綺麗に描けたら、いいんだけどなぁと、私は思った。
夢さえなかったら、もっといい一日だったんだけどなぁ。
いや、いい一日にしよう。悪い夢に負けないように。昔の記憶に負けないように。
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