第9話
新宿の、一番大きなゲームセンターへ入った。
耳が痛くなるほど、大きな音が流れていた。
何を遊ぼうかと思ったが、やはり遊ぼうと思う物がなかった。年を取ってしまうと、こういう風になってしまうのだろう。
ゲームセンターの中を歩き回った。ある人間は銃でゾンビを撃っていて、ある人間は音楽に合わせてボタンを叩いていた。ある人間は画面の中の人間を戦わせていた。コインを投入して、流している人間もいた。
クレーンゲームの前に、見覚えのある姿があった。長身で、痩身。高岸だった。
美少女フィギュアの箱を何個も抱えていた。クレーンゲームに硬貨を入れていた。
高岸の後ろに立って、声を掛けた。
「車を傷つけてしまってすまなかった」
高岸は後ろを振り返った。隈が前より酷くなって、前より疲れた顔をしていた。
「車のことは、気にしなくていい。別にいくらでも車なんて買える」と、高岸はこちらを見ずに言った。クレーンが横に行って、手前に来た。高岸の長身では、猫背になるより他になかった。
「あの車、君にあげようか?」
「大丈夫だ」
「そうかい」と、どうでもよさそうに言った。
高岸はボタンを叩いた。金髪で、緑目の少女の箱がパイプにひっかかって、落ちなかった。
「僕はゲームセンターで金を流すことに生き甲斐を感じる。そしていろんな高い物を買う。金が湯水のように消えてくと、なんだか安心するんだ。金は僕の手元にあるべきじゃないんだ。代わりに美少女フィギュアがあると、心が落ち着く。だだっ広い家に一人で住んでいて、殺風景だ。フィギュアがお出迎えしてくれる。フィギュアじゃなくてもいいんだ。毎日死にそうになって疲れてる。自分の時間なんてほとんどないし、睡眠不足だ。仕事なんてもうクソくらえだ。誰か暖かさをくれよ。何のために僕は生まれてきたんだ?働くために生きてるわけじゃないんだ」
フィギアの箱がクレーンの先に引っかかって、下に落ちた。高岸はまた硬貨を入れて、クレーンを動かし始めた。
「一体何なんだ?どいつもこいつも僕を責め立てる。しっかり”商品”を管理ぐらいしろだとか、映画の遅延はお前のせいだとか、ふざけるのも大概にしてくれよ。あいつら、皆、人を商品として扱うんだ。僕も藍原も商品だ。藍原はともかく、僕にいたってはいくらでも替えが効く、使い捨ての歯車だ。放送局の連中も、僕のことを何とも思っちゃいない。原作者の小説家や監督は気むずかしくて、僕にずっと嫌みを言う。ああいう人を食った連中も、あのホラーの化け物の生き写しみたいな殺し屋に一度でも追っかけ回されてみろよ。全ての立場を放棄して地球の裏に逃げたくなるよ。こっちが銃を持って、あの僕を責め立てる連中を追いかけたくなる」
クレーンはあと少しで、箱を釣り上げようとしたが、落ちた。設定が狂ってるんじゃないかと、彼は呟いた。
「君が羨ましい。君は好きなことで好きなように生きてるじゃないか。自由な時間で、自由に動き、自由に生きてる。事務所で本を読んで、好きな音楽を聴いて、人に頭を下げず、誇りを金のために売らない。自分のせいでも無いことで、一々やり玉に挙げられるんだ。会社勤めだと。上司には目の敵にされる。君はおまけに力があって、たいていの奴なんか黙らせられるじゃないか。心も僕より強くて、たいていのことなんて気にも止めないだろう。そして、藍原にも好かれてる。僕は藍原が好きだった。けど、彼女は君のことが好きだった。だからやめた。そして、辻を好きになったのに、彼女は死んだ。ああ、君を責めてるわけじゃないから、勘違いしないでくれよ」
私は黙っていた。クレーンがずっと、動いていた。フィギアが引っかかって、落ちた。近くで高岸を眺めていた高校生の男が、歓声を上げた。
高岸はその箱を拾って、眺めた。
「なぜこうなった?全ての時間で勉強していい高校にはいって、いい大学にはいって、いい会社に来たはずだ。世間じゃエリートコースと呼ばれ、それが素晴らしい物だとされている。金も沢山あるのに、嫌いじゃない業界に入ったのに、日本の映画を復活させようと意気込んで来たのに、僕はこんなにも傷ついている。ベッドに入っても、明日を迎えたくないんだ。何も手元に残っていない。札束と後悔以外、僕の手元には残っていない。必死に生きてきて、働いて、時間だけが過ぎた。僕が生きてた証はどこにもない。せいぜい毎日イエスに祈りを捧げて、もし死んでしまったら、天国に連れていって貰えることだけを待ち望んでる。懺悔?悔い改めて告白しなきゃいけない悪事はないが、形の無い後悔ばかりが僕の手元にある」と、高岸はフィギアの箱を、足下に積み上げた。平坦な声だった。感情すらも失ったような。
「バカンスに行ってきたらどうだ。仕事を辞めて」と、私は言った。
「辞められるもんか。ここで辞めたら、僕の人生はなんだったんだ?もう引けないんだ、もう、引けないんだ」、最後は、空気に混ざって、消えていきそうな声だった。
高岸はこちらを向いて、眉をしかめた。高そうな腕時計に目をやって、「もうすぐ、時間になる。仕事の時間がやってくる。もし暇なんだったら、撮影を見に来るといい。愛しの彼女がいらっしゃる」と、呟いた。
「今はパパラッチがいるだろう。ニュースでやったじゃないか」
「そうだった。睡眠不足で頭が働いてないんだ、今は。じゃあ、遠巻きに見ててくれ。ニュース。どうでもいいことを騒ぎ立て、人に付きまとい、人が隠してることを暴き立て、人死にをセンセーショナルに、ドラマチックに仕立て上げ、涙を誘い、それを飯の種にする。一体何様なんだ。有名人の家庭環境や失敗、隠したいこと、何もかもを暴き立てる。低俗だ」
「わかるよ」と、私は言った。高岸の口が一文字に結ばれた。
「僕はきっと自分も含めて、この世の全てが気に入らないんだろう。だが、こいつは特別気にいらないんだ」と、高岸は言った。
皆が私に人生の悲哀を語る。誰もが皆自分自身の哀歌を持っているのだ。
高岸と私は歩き出した。
ゲームセンターを出ると、カラスが電線の上に止まっていて、鳩が道を歩いていた。鳴き声は心からの叫びのように聞こえた。
スーツを着た男達がぐったりとしながら歩いていた。大学生の集団が電柱の周りに集まってはしゃいでいた。眼鏡を掛けて、不潔な頭をした一人の男が電柱の上に登ろうとしていた。
「どうせ、邦画はハリウッドには勝てない。資金も技術も負けてる。それどころか、アニメにすら面白さが負けてることがある。深夜アニメの映画版に、大作邦画の興行収入が負けることだってあったんだ。もう僕はどうしていいのか、わからない」
眼鏡を掛けた体格のいい男が電柱から飛び降りて転がり、いきなり路上で腕立て伏せを始めていたかと思うと、空に向かってボクシングのコンビネーションパンチとそれに肘や頭突きや掌や張り手、のど輪や目突きを混ぜた素振りをしたり、電柱に頭突きや肘打ちをしていたり、銃を構える動作を素早くしていたり、奇声を上げていた。
「ッッッッァアアアアアアアアアアィィィィイ!!!!!!!!ッシャオラァァアァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
思考が中断されるぐらいの叫び声だ。
「オタクはすぐ奇声を上げる」
「室長すき」
と、周りの大学生達が同じように笑いながら、叫ぶように話していた。
悩みのかけらも無さそうだ。
遠くから警官の二人組が近寄っていった。警官達が彼等に近寄っているのに気付いて、大学生の集団はどこかへ歩いて行った。
「世の中にはああいう変な連中が沢山いる。きっと僕も君も、種類は違えどああいう風に見えているんだろう」と、高岸は眉一つ動かさず言った。
「勘弁してくれ」と、私は言った。
そして、まだ暫く歩いていると、撮影用のカメラと、椅子と、俳優達が集まっている場所があった。
私は遠くで歩みを止めた。
高岸はそのまま、その集まりの中へ行った。
藍原がいた。藍原は私を見つめた。口を開こうとして、閉じたのが見えた。彼女は私にウィンクをした。そして、彼女は誰かに呼ばれて、どこかへ行った。
私は遠くから、それを見ていた。
また、シーンを撮影するらしい。俳優と彼女が一緒に街を歩くシーンだろうか。
二人、肩を並べて歩くシーンだった。銀杏の光り輝く葉が、風で舞い散っていた。絵になっていた。それは、監督なら誰でも撮りたくなるだろう、シーンだった。
しかし、大声で叫ぶ大学生の男達が近くに現れた。
「あれ映画の撮影してるやんけ!見ようぜ」
「わかる。東京の都会感名古屋よりやばい。ほんとアニメの舞台に向いてる」
「東京と名古屋直通して欲しい」
「それほんとそれ。静岡消し飛ばして」
髭を生やして、ハンチング帽を被った、中年の監督と思われる男が立ち上がって、「カット、カットカットカット」と叫んだ。
俳優とスタッフ達の溜息が聞こえた。
「ふざけるな!今最高のシーンだったんだぞクソガキ」
監督が男達に近づいていった。
「オタクはすぐキレる」
「だめ、撮り直して」
「うっるせえ!撮影になんねえんだよクソガキ!」
「随分と感情が豊かですね」と、一番うるさかった男が言った。
「大人舐めてるのか!」
「もっと酸素を消費していこうな」と、その男はスクワットを始めた。意味が分からないし、人をおちょくっているようだった。
「おこらないで」
「オタクはすぐキレる」
「寛容さを学んでいけ」
「だめ、寛容になって」
「だめがだめがだめなんだよなぁ」
「ここで煽っていくのは流石に草」
高岸は半笑いになって、監督と彼等の言い争いを見ていた。いい気味だと思っているのだろう。
監督の顔が真っ赤になった。
監督が眼鏡の男の胸ぐらに掴みかかった。眼鏡の男は監督の両目に親指を当てて押して、反らせて、突き飛ばした。
「正当防衛だ。かかってこいよ」と、男は半笑いで言った。しかし、雰囲気が全く変わっていた。冷たい目だった。構えていた。
監督は右の拳で振りかぶって殴りかかった。男は手を頭に乗せ、肘で弾きながら、前へステップした。そのまま額を鼻に叩き込んだ。目にもとまらぬ速度だ。
監督は仰向けに倒れた。眼鏡の男は、上に乗っかって、喉に手刀を叩き込もうと、振り上げた。大学生のうちから素手で人を殺そうとする奴は初めて見た。
私は男に近づいて、後ろから手を掴んだ。
「それを本気で打ち込むと、死んでしまうぜ」
「おっ、そうだな」
男は立ち上がりながら振り向き、右手を左へ振り下げながら、脇の下へ回り込んできた。
肘の内側に、肘の内側を絡められた。前へ、ステップしてきた。肩を極めに来るつもりらしい。膝の裏を踏まれた。私は膝立ちになった。男が腎臓へ膝を打ち込んできた。
左肘を男の腹へ打ち込んだ。男は離れた。私は立ち上がった。
「止めに来た相手を殴るなよ」と、私は言った。
「これ一人じゃ無理だわ。手伝ってくれ」
「一人でやれよ」
「効率を重視しような?参加費1000円、こいつのした奴に5000円やるから」
「それは安い」
「じゃあ、のしたらそれに3000円上積みだ」
男の顔から笑いが消えて、腹をさすっていた。そして、ポケットからボールペンを取り出して、逆手に持っていた。先は鋭かった。また凶器を使う奴だ。しかも、ボールペンなら持ち歩いても警察には引っ張られないのに、殺傷力は高い。素手の練習もして、鍛えている上に、叶わないとなったらすぐに人数を揃え、暗器を持ち出す。こいつは賢い上に、そこらへんのちんぴらより危険だ。
「蹴りに気をつけろ。こいつ、たぶん蹴ってくる。打撃系だな。正中線と頭と太腿を守って組みつけ。パンチとキックだけじゃなく肘や膝にも気をつけろよ」と、その男が言った。
頭に手をつけるような構え方だ。肘で全てを防ぎ切る気に違いない。
眼鏡の男が、仲間を振り返った。数人が出てきた。90kgを越えそうな眼鏡の大男と、小さいが重たそうな男や、長身の眼鏡の男が近づいてきた。
売人達やちんぴらよりは、全員よっぽど強そうだ。
こちらを見たまま、何やら小声で打ち合わせをしていた。
そしてそのまま、四人が私を囲んだ。最初の男が私の前に来て、大男が後ろ、長身の男が左、小さい男が右だ。
「やめとけよ、喧嘩なんてしてもいいことないぜ」と私は言った。
「わかる」と、ボールペンの男が言った。
眼鏡の男達は眼鏡を外した。左の男が低い姿勢を取った。全員でタックルをしてくるつもりだ。総体重320キロ近くの男達に全員でタックルされたらたまったものではない。
しかも、一人は武器を持っていて、人を平気で殺そうとするような奴だ。タックルや掴まれて、何度も刺されたり、掴まれたり、全員で手足を押さえつけてきたらまずい。
一気にではなく、ゆっくりと、じりじりと距離を詰めてきた。
目の前の男が犬のような咆哮をあげた。
それを合図に、全員が飛びかかってきた。ステップして、左の男の腹に膝を打った。男が倒れた。前の男が目突き、後ろの男がジャブを打ってきた。目つきを払いながら、ジャブをしゃがんで避ける。ボールペンがどこかへ飛んで行った。前の男が飛びついてきた。
服を掴まれた。大男も飛びついてきた。総体重160kgの前に、私は倒れた。
二人は腕を押さえていた。小さい男が私に馬乗りになった。
小さい男が強烈なパンチを繰り出してきた。パンチを額で受けると、小さい男は手を振った。思い切り抵抗していた力を、一瞬弱めた。相手の力も弱まった。そして思い切り腕を引いた。手を押さえていた男達の顔を殴った。
男達は離れた。前の男を引きはがして、立ち上がった。
小さい男がよこざまに膝の裏を蹴りつけてきた。姿勢が崩れそうになった。後ろにかかとを打ち込んで、小さい男を吹き飛ばした。
後は二人だ。
ボールペンを持っていた男が、手を叩き始めた。
「鬼さんこちら手の鳴る方へ、俺から殴り倒してぇだろ」と、胸を叩いた。
「いいだろう」と、私は言って、そちらを向いた。
男は構えた。掌をこちらにむけて、顎の横あたりで構えていた。
しかし、後ろから突っ込まれて、地面に倒された。
「引っかかったな。何使おうが勝った方の勝ちなんだよ」と、男が笑った。
ボールペンを持っていた男が、私の後頭部に足を乗せた。男が足を思い切り後ろへやった。
「それ以上やったら、通報するぞ。さっきのはしょうがないが、それは正当防衛じゃない」と、高岸が言った。
男達は舌打ちをして、帰っていった。私は立ち上がって、頭を払った。男達は倒れた二人を引き連れて、またすぐに騒いで笑っていた。
近頃は皆いかれてる。ただいかれてる人間と沢山会うだけなのかもしれないが。
監督はまだ寝転がっていた。
「この分じゃ、撮影は遠そうだ。おまけに、殴りかかったのは監督だ。血の気の多い人でね。面倒な事になった。パパラッチが来てないことを祈ってる」と、高岸が溜息をついた。
私は周りを見渡した。銀杏の葉が舞っていた。
遠くから小さな男が駆け寄ってきた。カメラを持っている男だった。
私はすぐに、その周りから離れた。
今の騒動の中心は私と、どこかへ去って行った学生だ。
「くそっ、遅かったか。もう少しでスクープだったのに」と、男が言った。小柄な中年で、目に輝きがある男だった。黒のジャケットと、白のカッターシャツと、灰色のズボンをつけていた。小柄だったし、痩せていた。荒事を出来るようには見えなかった。鼻が低く、身長も低い。カメラを持っている指はくたびれていた。
私がスタッフの集団から離れていくと、男は私にぴったりとついてきた。
「男と肩を並べて歩く趣味はない」と、私は振り返らずに言った。
男は隣に顔を出してきた。
「俺は貝木だ。記者をやっている。あんたが、探偵だろう。俺はあんたに興味がある。記事のネタになりそうだと、思ってる」
男の声はしわがれていて、一筋縄ではいかない男の声をしていた。酒焼けの声であるようにも思えた。
「あんたはこの東京の事件に昔から多数関わっている。派手なヤマを探していくと、あんたが高確率でぶち当たるのさ。最近の、数週間前の、車の爆発炎上、白昼堂々のカーチェイス、クラブハウスでの乱闘、人気映画女優のお泊まり会、閑静な住宅街での発砲音。全部あんたが関わってる。埠頭での発砲事件もな。そして、またヤクの売人のアジトに乗り込んだんだろう。あんたは一体何者なんだ」
「私立探偵だよ。運の悪い」と、私は言った。
「嘘をつけ。あんたのことは調べさせてもらったよ。アメリカでのこともな」
私は溜息をついた。
「それで、何が聞きたいんだ」
「まずは藍原との夜の営みか?夜はどうだった?ずいぶんといい声で啼きそうだ。次はその数週間前の騒動の全てだな」と、男は口の端だけを上げた。女を裸にした時のような笑顔だ。
「やめとけよ、命が足りなくなるぜ」と、私は言った。
「おっと、こっちは録音してるんだ。もし俺に暴力を振るったら、俺が儲けるだけだぜ。俺はやくざの連中や出所した殺人犯とも渡り合ってきたんだ。お前ごときにびびるかよ。殴られるのは覚悟の上だ」と、男の顔はさらに笑顔になった。
男は自分の手を持っていって、ポケットを指し示した。
「私は何もしないし、むしろ心配してるんだ。事件のことを嗅ぎ回るのは、やめておけよ。本当に死にかねないぜ。あれをおおっぴらにするのは、本当に危険なんだ。お前を心配して、言ってるんだ。日本中の警察と、やくざを敵に回しかねない」
男は両手を広げて、掌を天へ向けていた。
「俺はあの事件の二人のデカに取材した。でかいほうじゃなくて、やせっぽっちの方が本当にやばかったぜ。あんな奴、人生で初めて見たぜ。奴の秘密を俺は暴く」
男は目を細めて、自分の手際にうっとりしている顔つきをしていた。
「死にたいのか。そいつだけはやめろ。ナイフで体をずたずたにされるぞ。録音なんて何の意味もなくなる。あいつは死も刑務所も、何も恐れていない。朝飯に人間の肉をつまむような奴だぞ」
「やめろと言われたら、やっちまう性格なんでな」
「藍原とは何もなかった。依頼があって、泊まる場所が無かっただけだ。事件のことは、話さない。お前の安全と命を心配している。話せるのは、それだけだ」
男はふん、と鼻を鳴らして、眉をしかめて、頭を掻いた。
「俺は人の裸を公表する奴だ。ジャーナリストだ。必ず、この街の裸を暴いてやる。あんたも、藍原も、あのデカも、全員裸にしてやる」と、私を睨みつけた。
私は首を横に振って、「命を大切にしろよ」と言った。
「そんなことは知ってる」と男が言った。
私は何も言わなかった。男はどこかへ去って行った。
私は振り返った。藍原がこちらを見ていた。
私はウィンクをして、そこを立ち去った。塩田を探さなければならない。
常に自分の生き方に自信を持てなく、いつも後悔ばかりしている男、少しやられたぐらいでいきなり人を殺そうとして、止めに来た人間も集団で殴り倒そうする、若いのにちんぴらよりもよっぽどいかれた大学生達、人の秘密を暴いて楽しむ、命を惜しまない男。
やはりこの街には変人ばかりだ。
私もその一人なのだろう。
撮影現場を後にして、塩田の住居へ向かうことにした。
今日はとても長い一日だと、私は思った。
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