8.わたしの神様
23(アルテシア=day185614/2080pt)
さて――――。
消化試合ではあるが、負けられない一戦だ。
何せ、手を抜けば俺はただの犬死に終わっちまう訳だし。死ぬのは確定としても、しっかり被害は軽減しないとな。
さしあたって。
「土砂崩れが起きる前に、状況を整えておくか」
そう言って、俺は前方に一発、『リフレクトキャノン』を叩き込む。
さらにもう一発叩き込み、続いてもう一発、間髪入れずにもう一発叩き込む頃には、地面には直径一〇メートルほどの大穴が空いていた。
これを、他の場所にも量産する。
こうすれば、流れてきた土砂はこの穴に入り込んで、色々ぶつかったり撹拌したりして多少威力を落としてくれるはず。
そうこうしている間に、村と山の間には無数の巨大な穴が疎らに配置された。
ここまでやって土砂崩れが起きなかったら、それはそれで笑い話だが…………まぁ、そのあたりについては心配要らないだろう。
元々、クレルの民が使っていたアジトがあるから山の地盤……地盤? とにかく強度的なものは脆くなっていただろうし。
そこに俺達が内部を水浸しにして、さらに木を無造作に引っこ抜いたりしたのだ。
大雨も相まって、土砂崩れは確実に起きるだろう。っていうか、さっきから不気味な地響きが凄いんだよな。
そしてその地響きは、段々と大きくなってきている。
そろそろ、来るだろうか…………と。
そんな風に俺が思っていたときだった。
見上げる山の、その中腹あたりで……動いた。
まず最初は、地面の一部が欠けただけだった。
一瞬、それで終わりか? と思い拍子抜けしたが…………すぐに、それは始まりにすぎなかったのだと思い知った。
崩壊が、崩壊を呼ぶ。
最初に崩落したところから、まるでドミノ倒しでもしているかのようにボロボロと崩壊が波及し…………そして、最終的には巨大な土石流と化した。
さて、いよいよ本番だぜ、俺…………!!
手の中の小石を構えると、俺は次々と『リフレクトキャノン』を撃って行く。
流石に『権能』の産物だけあって、撃ち込まれた小石は土石流に突き刺さると、水飛沫でもあげるみたいにその一部を吹っ飛ばす。
…………が、それだけだ。
威力や量は多少弱まったかもしれないが、土砂崩れそのものをどうにかできるわけじゃない。
その後も何度も何度も撃ち込みまくったが、結局土砂崩れを止めることはできず――。
「う、ぐおおおッッ…………!!」
最終防衛ライン、穴の部分も突破された。
そして、俺は決死の覚悟で土砂崩れにぶつかりに行く。
ここを超えさせるわけにはいかない。
この村には、カレンの、俺の妹分の未来が詰まってるんだから…………!!!!
24(アルテシア=day185614/0pt)
土砂崩れは――――、
――――完璧に、防げていた。
村には、砂粒一粒たりとも届いていないだろう。…………いや、砂粒くらいは届いちまったかな? 俺、こういうときはとことんカッコつかないし。
…………あー、しかし、身体に力が入らないな。
地面にうつ伏せになって倒れながら、俺はそう思った。
目の前に積もっている土砂の山が、俺の戦いのギリギリさ加減を伝えている。……いや、『リフレクトキャノン』を撃ちすぎたみたいで、全部が全部跳ね返しきれたわけじゃないんだよな。
念の為広範囲に向けて跳ね返していたから、結果としてギリギリ跳ね返しきれたわけだけど……。ああ、危なかった。最後の最後までやらかしてたら、俺は本格的に救えない馬鹿だった。
……もう、喋ることすらままならない。目の前もぼんやりしてきたし、この感覚には覚えがある。『死ぬ』直前というのは、こんな感じなのだ。
まぁ、前世はベッドの上で仰向けになりながら死んでいったし、今回はうつ伏せってことで裏表コンプリートかな……なんて益体もないことを考えられる程度には、余裕はある。
いや、これは余裕とはいえないか?
まあどちらにせよ、満足はしている。村を守れて、俺が死ぬことでしがらみがなくなったカレンは大手を振ってシニオン村で暮らせる。クレルも順調にシニオン村を守護する神様となって、万事解決だ。将来的には、『王都』の連中とも話し合えるだろう。
思い残すことは、何もない。
……………………そういえば、こんな風に思った後に、病気で倒れたんだっけ。
その瞬間、ピシリという音が、いやに明確に耳に届いた。
ああ、こいつがこの世界流のお迎えってヤツなのかな。身体の隅の方から聞こえてきた亀裂の音は、だんだんと身体の中心にまで近づいて行く。
おそらく、この音が完全に体の中心にまで届いたとき、俺は死ぬんだろう。
死んだらどうなるんだろうか? あの女のところに行って反省会? それともこれで本当に終わりなんだろうか? できることなら…………反省会でも何でもいいから、妹や、カレンのことを見守れたら嬉しいんだけど。
………………そろそろ、時間かな。
妹よ…………いや、お前は前世で散々幸せを祈ったから、今回はいいか。どうせ旦那とラブラブ幸せしてるだろうし。許せ。兄ちゃんは異世界でもけっこうお前のことを想ってたぞ。
そして…………カレン。
どうか、幸せに。お前には随分理不尽な思いをさせてしまったけれど、きっと立ち直ってくれると思う。俺のことなんか忘れて、普通の女の子として幸せに暮らしてくれ。
…………………………………………。
………………………………。
……………………。
…………。
んん? ちょっと尺余りすぎじゃないかな? 良い感じに最期の台詞を言ったんだから、もうちょっとこう、タイミングとか空気読んで、
「理不尽だって、ちゃんと分かってるんじゃないですか」
…………………………あ?
25(アルテシア=day185614/300pt)
不意に聞こえた声に、俺は思わず顔を上げていた。
…………上げることができていた。
身体に入っていたはずの無数のヒビは既になく、身体も普通に動く。目も見える。口も動く。
「…………か、れん?」
…………もっとも、視覚に関しては幻覚つきかもしれないが。
「そうです。
カレンは、確かにその場に立っていた。幻覚じゃない。本物のカレンが、その場に立っていた。俺は、思わず呆然としつつも問いかける。
「なんで……いや、いつからそこに…………」
「ずっとですよ」
対するカレンは、静かにそう言った。
「アルテシア様がその身で土砂崩れを受け止める少し前から、アルテシア様の後ろにずっといました。アルテシア様が身を挺して土砂崩れを跳ね返していなければ、いの一番に死んでいた位置に。他の誰もがアルテシア様に命を救ってもらったと気付いていないとしても、私だけは違います。私だけは、アルテシア様に助けてもらったという確かな自覚があります」
――それは、つまり。
「………………
…………いや、それはおかしい。
『行為に対する感情による信仰Pの獲得』は、一〇〇人以上からの感情が対象だ。クレルの民やシニオン村の人々は今避難に忙しいから、俺に助けられたことを認識することができない。
カレン一人の『生命を守ることに対する尊敬』では、とてもじゃないが賄い切れるものじゃない。
「な、んで……」
「一〇〇人単位じゃない、って? それは『基本的』って話でしょう? 今回が例外だったんですよ」
カレンはそう言って、三本の指を立てる。
「一つ、私はただの人間ではなくアルテシア様の神職者だった。二つ、私は『自身や他者の命を守ることに対する尊敬』の他に、『
一つ一つの指を折り曲げていくごとに、無感情だったカレンの声に、段々と色がついていく。それは、怒りという名の色だった。
「……もっとも、ルールなんて知ったことじゃありません。
「…………なんで………………」
「なんで?」
だが、そんなことは俺にとってはどうでもよかった。
俺は俺で、怒りの感情が沸々と湧き起っていた。
「なんで、俺のところになんか来たんだ! いくら神様って言っても撃ち漏らしがない保証なんてない! 一歩間違えれば死んでたかもしれないんだぞ!」
「まだ分からないんですか」
しかし、俺の言葉はカレンのその一言で断ち切られた。
「村でも疎まれて、盗賊に捕まって奴隷にされて、存在価値なんてなかった私が、貴方にどれほど救われたことか……!」
言われて……思い返す。カレンとの出会いを。
…………でも、助けたのはあくまで俺が神様の力を持っていたからで、
「ええ、それでも
「…………、」
「……助けられたことだけじゃない。貴方と一緒にいた日々の中で、からっぽだった心の中にどれほど『思い出』が溜まっていったか!」
…………そんな俺の思考を切り裂くように、カレンは吼える。
「それなのに貴方は自分が生き残ることより私の足の心配をしたり、あろうことか敵だった馬鹿野郎の面倒を見て……死んでまで人助けに殉じる気はないなんて大嘘じゃないですか!! なんで満ち足りて死のうとなんかするんですか!」
それは……、
「挙句の果てに『俺のことなんか忘れて、普通の女の子として幸せに暮らしてくれ』? ふざけんのも大概にしてくださいッ!! 誰も彼も見境なく手を差し伸べておいて、偉そうに諦めるななんて言っておいて、いざ自分が困ったらなんでいの一番に諦めてるんだッ!!」
いつしか、カレンは大粒の涙を流しながら、俺にしがみつくようにしていた。
………………最後の言葉、声に出てたのか。
心の中で言ってるつもりだったのに、本当に、カッコつかないなぁ…………。
「上から目線の自己陶酔野郎? 死にたくないから仕方なく? …………ならなんで貴方は今死にそうになってるんですかッ!!!!]
大泣きしながらも、カレンの言葉は止まらない。
「恐怖で人を従わせることだってできたでしょう、死にたくなかったら村を見捨てることだってできたでしょう、上から目線の自己陶酔野郎が、私のことを妹みたいに想って、死んだ後の身の振り方まで案じるわけがないだろうがッッ!!!!」
………………………もう、俺は何も言うことができなかった。
そんな俺に、カレンは噛んで含めるように言う。叱るようでいて、その表情は、俺に縋っているようでもあった。
「
「……俺は、神様だ」
「違う!!」
俺が断言した瞬間、カレンはそれを上回る勢いで断言して見せた。目からぽろぽろと涙を流しながら、カレンは叫ぶように言う。
「自覚がないなら言ってやる。
冷え切った体に、暖かさが伝わってくる。カレンに抱き締められたのだと気付いたのは、一瞬後のことだった。
…………あぁ。もう、自分に嘘は、吐けないかな。
「…………ごめんな、カレン」
あの時…………お姉ちゃん、なんて呼ばれたとき、俺は確かに『元男なんだけど』と思った。でも、駆け巡った感情は、決してそれだけじゃない。
そもそも、最後の瞬間に、妹よりも優先して幸せを祈ったのは誰だったのか。
それが、何を意味するのか。
…………このタイミングになって、ようやく気付くとはな。
「『コイツを残して死ぬのは嫌だってヤツがいない』…………なんてのは、大嘘だった」
だって、此処にいるじゃないか。
まだまだ、俺が死んだらどうなるか分からない、可愛い妹分が。
コイツが一人前になったって認められるまで、死ねるかよ。
俺は、しがみついて震えている暖かさを優しく抱きしめて、改めて決意する。
「お前がいる限り、俺は死なないよ。…………
--(other_side=day185614/-)
実績が解放されました。
・死よりの生還
五〇〇〇点。
【解放条件】
信仰Pが0点になり、崩壊が始まった時点から信仰Pが一点以上になる。
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