9.女神と巫女の珍道中、続く

    25(アルテシア=day185615/8200pt)



 あの土砂崩れを最後に、雨は止んだ。


 土砂崩れの規模はそれなりに大きかったらしく、山の村側の斜面の大部分が崩れていたらしい。俺は現場を詳しく見ないまま村に戻ってしまったから、このあたりはクレルからの又聞きだが。


 だが、俺の人力の甲斐もあって、土砂崩れは完全に防ぐことが出来た。今はまだだが、晴れているうちに土砂対策の堤防のようなものも建設するつもりらしい。


 実際のところ、もうそこまでする必要はないんだが、村人としては恐怖の象徴みたいなものだしな。念には念を入れたいということなんだと思う。いずれ、一〇〇年か……そのくらい経って村人の恐怖が薄れれば、自然となくなっていくのだろうし。


 それと、俺の信仰Pは奇跡の大回復を経て、現在八二〇〇点になっている。


 あの時、実績解放だかなんだか知らないが『死よりの生還』で五〇〇〇点の信仰Pをもらったんだが、その後にも三〇〇〇点の信仰P獲得が発生したのだ。


 最初は何のことだかさっぱりだったが、どうもカレンが仕込みをしていたらしい。俺のところに来る前に、避難している人達に俺が命懸けで土砂崩れを止めようとしていることを伝えていたんだとか。


 …………結果、避難がひと段落して、その情報が全員に行きわたった結果信仰Pが上昇した、ということなのだろう。本当に、何から何まで…………ウチの巫女さんは本当にできた巫女さんだ。


 その話を聞いたとき、不覚にもちょっとほろりときてしまったのはクレルとの秘密だ。男泣きってヤツだよ。



 そして、現在――――。


 俺は、クレル達に見送られながら実に二週間近く滞在していたシニオン村から旅立とうとしていた。


 クレルを先頭に、クレルの神職者たち、シニオン村の村長のオッサン、有力者連中が並んでいる。その後ろには、普通のクレルの民やシニオン村の村民たちが大勢詰めかけていた。


 なんか、村を挙げての見送りって感じになってんなー…………。…………むず痒いが、それだけ感謝されてたんだなと思うと、純粋に嬉しい。


「本当に、行くのか? この村に留まれば、きっと信仰面での心配は要らねぇぞ」


 出迎えに来てくれたクレルが、名残惜しそうにそんなことを言う。


 クレルとは、最初は敵同士として出会って…………あのときはこうして別れを惜しみ合える関係になるとは、これっぽっちも思っていなかった。


 諦めなくてよかった。本当に、そう思う。


 ………………で、カレンはなんでこの局面で身構えてるんだよ?


「……ああ。今はよくても、俺が此処に留まったらいずれ争いの火種になるからな。神様同士は少し離れたところでやっていくのが、一番いいのさ」

「それはそうだが……、…………それに……」


 クレルは、言おうかどうか一瞬逡巡してから、それから意を決したように続ける。


「……俺は………………お前と一緒に、」

「最初に言ったろ、俺は元男だ、って」


 クレルの言葉を遮るようにして、俺は告げた。


 それ以上を言わせるのは、同じ男として、忍びなかった。


 俺の自意識は言うまでもなく男だ。クレルをそういう対象としては――友神としては好ましいが――見れないし、それなのに実利的な面だけを見て『配偶神』になるのは、もっと嫌だ。


 ……しかし別れ際にそれって、齢五〇〇を超えているにしてはちょっと青春しすぎじゃないかね、クレルさんよ。…………いや、五〇〇年も神様やってなければ、恋愛の感覚が少年並になってても仕方ないとは思うが。


 だからまぁ、俺は青春真っ盛りな少年に向けて言うようにして、こう言ってやる。


「ま! 俺をオトしたければ――――これまでの五〇〇年分、自分の民も、シニオンの民も、幸せにしてやるんだな」


 難題求婚リフューズ神話類型テンプレートを持つ者らしく…………俺はそう言って、ニヤリと悪戯っぽい笑みを向けてやる。クレルはそれにつられるようにして口端を吊り上げ、こう言い返した。


「……………………その言葉、忘れるなよ!」


 言葉の応酬は、それっきりだった。


 俺とクレルは互いに拳をぶつけ合わせると、それ以上何も言わずに背を向け合う。


 カレンを隣に伴って、俺はシニオン村を後にしたのだった。



 ――――シニオン村編、完っ!!


 ……って感じだな。まだまだ俺達の冒険は続くんだけど。



    26(アルテシア=day185615/8199pt)



「…………良かったんですか? 安請け合いして」


 ……シニオン村から多少歩いた頃。


 不意に、カレンがそんなことを問いかけてきた。


「え? 何が?」


「クレルのアレですよ」


 相変わらずクレルのことは呼び捨てなのな。


 ともあれ、一瞬、何のことか分からず首を傾げていたが――カレンの言葉で、得心が行った。あの、『俺をオトしたければ』ってヤツか。確かに『それをこなせたらいいよ』って言っているようにも取れるし、クレルも覚えとけよみたいなことは言っていたが…………。


「いや、あの感じは『フラれたけど立ち直ったぜ』ってことだろ?」


 俺としては、そういう認識でいた。


 ほら、フラれたまま湿っぽく締めくくるのは嫌だから、最後に空元気でもガシッ! ってやるヤツだろ? あの後クレルは盛大にヘコむけど、周りの人に支えられて失恋から立ち直るんだよ。青春じゃんそれが。


「あの顔、マジでしたよ」


 しかし、カレンはぶるるっと身を震わせて、そんなことを言うのだった。いやいや……いくらなんでもそれは考え過ぎだって。


「まさかぁ、そんなはずないだろ。しっかりフったぞ」

「アルテシア様は、自分が絶世の美少女だという自覚が足りなさすぎると思います」


 う、うーん…………。


「アルテシア様のような、絶世の美少女でありながらノリが男っぽくて気兼ねなく話せる方がいたら、うぶな男はころっといっちゃいます。まして自分の民を二度も救ってもらってるんですよ? 二度目は命を投げ打ってまで。そんなの、一度や二度ガッツリフラれたからって諦められるわけないじゃないですか」


 そ、そうなのかなぁ…………。普通、一度フラれたら諦めないかな? ……諦めないもんなのかなぁ…………??


 まぁ、鏡で自分の顔を見る機会もこの世界じゃないし(なんと鏡がないのだ! 他には色々とあるのに)、俺に美少女の意識が希薄だっていうのは正論だと思うが……。


 実際、たまに自分でも自分が美少女だって忘れかけたりすることあるし。声の高さも、もう慣れちゃったしな。


「…………まぁ良いです。露払いは私がしますから」

「はいはい。頼りにしてるからな」


 適当にそう言うと、カレンは力強く頷いてしまった。冗談だったんだけどな…………。


「……………………アルテシア様は、私の神様なんだ……。邪魔をするなら、神様だろうとブッ殺す……」

「いずれ本当にできそうだからやめて」


 一応神様は神様以外の干渉無効ってルールはあるんだけどもね。あのルールブックのことだし、どこかしらに抜け穴がないともしれない。っていうか、カレンなら普通に抜け穴を作り出しそうで怖い。


 …………っていうか、そこはかとなくヤンデレ開花してないか? 俺は自慢の妹分がヤンデレになるのは嫌だぞ。


 仕方なく、ブツブツと呪詛のように邪悪な決意を固めているカレンを宥めるように、ぽんぽんと頭を撫でる。


 そうすると、カレンはすっと大人しくなった。よかった、まだヤンデレじゃないね。


「心配しなくても、当分お前を置いて行ったりはしないよ」

「……………………当分じゃ、やです」

「じゃあ、ずっとだ」



 言いながら、俺は思う。


 ………………そろそろ、少しは真面目に頑張るべきかもしれないな。


 この世界には、守るべき存在なんていないと思ってたが――――



 俺の傍には、辛辣で、甘えん坊で、大事な巫女の妹分がいるんだから。


               完

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