7.神頼み、される側になった
20(アルテシア=day185614/2081pt)
「………………まずいことになった」
翌日。
クレルに呼び出された俺とカレンは、新しく開墾したクレルの民の居住区にやって来ていた。
あまり居住区がはっきり分かれるのはのちのちよくないので、こっちにはシニオン村の村民も保障つきで何人か引っ越ししたりすることになっている。ガルムについては、まだ怖いって人もいるからクレルの民の居住区の奥まったところに移動させたらしいけどな。
神様の住居ということで真っ先に作られた建設中の神殿(神社っぽいのはクレルの趣味なんだろうか……)に陣取ったクレルの表情は、控えめに言っても憂いに満ちていた。言葉を選ばず言うと、大分参ってた。
「まずいこと? 雨のことなら確かに今日も降ってて鬱陶しいが」
俺達の方針である『二つの民が衝突することなく合流する』というのは、今のところ概ね達成できているように思える。カレンから様子を聞いてみても、悪い噂のようなものは聞かない。
クレルがそんな顔をするような事態であるようには思えないが…………。
「…………俺の民は、少し連中と仲良くなりすぎたようだ」
「それ、どういう意味だよ?」
仲良くなるのはいいことだろう。暗に二つの民の関わり合いを制限するような物言いに、俺は思わず言葉が刺々しくなるのも無視して口を開いていた。
…………クレルも俺と思いを同じくしていたはず。此処に来て、何故……?
「勘違いすんな。別に俺は交流を妨げようとなんか思っちゃいねぇ。…………ただ、ウチの馬鹿が親切心で動きすぎてな」
「…………?」
「木炭のことだよ」
首を傾げた俺に、クレルは重い口調でそう切り出した。
「この地域は雨が多くて、湿気をとる為の木炭が重宝されていることは知っているよな? ……もちろんそれは、この村限定の話じゃない。この地域には山の麓の村ってのはそれなりにあるからな。似たような地形のところは大体似たような悩みに悩まされる」
クレルはゆっくりと首を振り、
「……だが、他の村は俺達とは違って木を気楽に伐採する方法なんかない。木炭の獲得はかなりの重労働になるんだと。……だから、ウチの馬鹿どもは村民とこう考えたわけだ。『木炭を大量に生産して輸出すれば、村の財政も潤う』とな」
「……って、ことは…………」
俺は、何となく話が読めてきた。つまり、それで俺達の了承も得ずに自分達の判断で木を伐採した、と?
「……てめぇが想像している通り、ヤツら俺に何も言わねぇで、この大雨の中、ご苦労にも自分の判断で木を引っこ抜いて木炭にしていやがった。俺はその当時、村の建設作業の指揮をしていたから気付けなかった…………」
ああ、この雨で、建築作業中は水魔法を使った雨避けを展開しないといけなかったからな。そっちの指示もあって目が届かなかったんだろうなぁ……。
「まぁ、元々村民が持ち掛けてきた話だったし、シニオン村の方も木の権利とかそういうのにはおおらかだったから問題には発展しなかったが………………問題は、引っこ抜いて来た場所だ」
「場所?」
「………………この世界の人間の文化でも納得できるように、って説明を簡略化していたのが間違いだった。連中、山から木を引っこ抜いていやがった。それも相当な数をな」
「…………なんだと…………!?」
「輸出用だからってかなり大規模にな。お蔭で禿山なりかけだった。それが昨日のことだ」
それって…………まずくないか!? 木のない山は土砂崩れのリスクが跳ね上がる。しかも、伐採とかじゃなくて文字通り『引っこ抜いている』わけだから根っこの守りは殆どゼロだ。
その上、この大雨………………まずいなんてレベルじゃないぞ!? 殆ど土砂崩れ秒読みみたいな話じゃないか!!
「……万が一のことも考えて、ウチの連中には
まぁ……そうだろうな。なんだかんだ言っても、土砂崩れのパワーは凄まじい。クレルの民全員がかりの土魔法で押し返そうとしても、どこまで上手くいくか……。そもそも流体だから、完全に抑えきることなど難しいだろう。
「もう、村は放棄して全員で逃げるしかねぇと思ってる。…………だが、ここにきてそんな悪報を叩きつければ、せっかく共存の道を歩み始めたところにヒビが入るだろうな。……いや、たとえ無事に防げても、何かしらの不安要素は残るだろうな」
クレルはそう言って、弱弱しく自嘲する。
「…………村を潰そうって土砂崩れを起こそうとしていた俺が、こうやって土砂崩れに怯えることになるとはな……。因果応報ってヤツだ。忘れてたよ、自分の愚行のツケを、自分以外の誰かが支払わされる苦しみってのをさ」
「何勝手に諦めてんだ、アホ!」
今にも消え去ってしまいそうなクレルの頭を、俺はべし! と引っ叩く。
「一度亀裂が入ったからどうしたってんだ! 人生はノーミスクリアなんか土台できっこないようになってんだよ! 大事なのはそこから、どう関係を修復していくかだろうが!!」
俺だって何度も失敗してきた。
この世界に来て、神様になってからも失敗の連続だった。でも、そのたびに諦めなかったから、ここまでやって来れたんだ。
敵だったクレルとも分かり合って、こうやって一つの問題と向き合えるほどになれたんだ!!
それを…………こんなところで全部おしまいにできるかよ! せっかく、これからってところなんだ。五〇〇年も苦しんで、ようやくってところまで来てるんだよ!
それを、こんなところで邪魔させられるかよ!
「確かに、お前の『権能』じゃ土砂崩れを防ぐのは厳しいのかもしれない。でも、それはお前の限界だ」
「…………おい、何言ってる?」
「ここにいるだろうが。どんなものであろうと、条件を満たすなら完璧に無効化してみせる『権能』を持った、この俺が!」
「…………待て、馬鹿な真似はよせ。『跳ね返し』の弱点は知ってる。水や気体みたいな流体であれば全体を一つとして跳ね返せるが、土のような粒子は一粒一粒がカウントされるんだろ? 土砂崩れ相手にそんなことをすれば、まず死ぬぞ!」
「やってみなくちゃ、分からないだろ?」
カチリ、と。
俺の中のどこかで、スイッチが切り替わった。
「そんなもの……やらなくても分かる!」
俺の腕を掴もうとするクレルだったが、その手はあっさりと弾かれてしまう。
「…………やめとけ。止めようとしたって俺の死期が近づくだけだぞ」
「……………………!!」
「安心しろよ。本当に、死にに行くつもりはない。可愛い妹分もいることだしな。死ぬかもしれないが、やれるだけのことはやる。だから、お前もやれるだけのことをやれ。……頼んだぞ」
「………………おい、まさかてめぇ。…………、
そう言って、俺は建設中の神殿から出ようとする。
その俺に、クレルは何を思ったのか、何かを放り投げてきた。
「…………だから、さっきも言わなかったか? 何やったって俺の死期が近づくだけだって」
「何もしなかったらお前の死期はすぐに訪れることになるがな」
咄嗟に躱した俺に、クレルは放り投げたものを指差す。
見ると、それは傘だった。獣の皮でも使っているのか、木製だが普通の洋傘だった。
「…………雨粒も反射するんだろ? そのまま行けば、土砂崩れが起きる前に信仰Pを切らして死ぬことになるぞ」
「…………………………お気遣い、痛み入ります」
くそう、とことん格好つかないなあ…………。
思わずがっくりと肩を落としつつ傘を拾った俺の背中に、クレルの言葉がかけられる。
「…………生きて帰れよ」
「………………実はお前、俺のこと殺そうとしてない?」
こういうやりとりって、死亡フラグになりかねないんだぞ。
21(アルテシア=day185614/2080pt)
いやぁ、正直渡りに船って感じではあるんだけどな。
22(アルテシア=day185614/2080pt)
「アルテシア様!」
村の外、山の方へと移動しようとしていた俺を、カレンが追いかけて来る。
…………カレンには心配かけちまうな。申し訳ない。
「カレン」
「アルテシア様…………本当に行くおつもりなんですか!? 今の
「心配するな、それについては対策してる」
そう言って、掌に握った小石を見せる。
「そもそも、土砂崩れを受け止めるのは最終手段だよ。その前に『リフレクトキャノン』を撃ちまくる。そうすれば土砂崩れの威力も弱められるだろ。残弾なんてそこらじゅうに一杯転がってるんだ。弾切れの心配もいらない」
で、いよいよ抑えきれなくなったってところになれば直接跳ね返せば良い。威力が二倍になるわけだから、『リフレクトキャノン』で威力を削った土砂崩れくらいはもう文句なしに跳ね返せるに決まっているだろう。多分ね。
だから、言うほど心配なんて要らないんだよ。
「…………嘘です」
と言い聞かせるつもりで言ったのだが、カレンは簡単に俺の欺瞞を見破ってしまう。
「『リフレクトキャノン』の弱点は、攻撃範囲の狭さです。どんなものでも一撃で粉砕できますが、攻撃範囲は非常に狭い……精々半径五メートルがいいところです。だから、整地をするのにも七〇発は必要になるんですから」
「…………、」
「そんなものを連発したところで、土砂崩れは止まりません。結局アルテシア様は自分の身体で土砂崩れを受け止めて…………そして自分の身を犠牲にして『押し返す』ことになるはずです」
……………………ううむ。完全論破されてら。
「でも、止まるつもりはないんですよね」
そこで、カレンは俺の心を読んだようにそう言った。
「……………………アルテシア様、此処で死ぬつもりですもんね」
……………………。
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「……………………ホント、カレンって勘が良いよなぁ」
「どうしてですか!?」
俺が肯定の意を返すと、カレンは胸倉に掴みかかる勢いで詰め寄って来る。
「やろうと思えば、もっと生き残れる確率を上げる作戦もあったはずです! たとえば
「
おそらく、きちんと隊列なりなんなりを整えて準備しないと発動できないんだろう。あるいは、発動したとしてもムラっけがありすぎて使い物にならない。
クレルの助太刀も期待はできない。
そもそもアイツは村人の避難誘導もしないといけないから、こっちに来るという選択肢は元々有り得ない。
「それだけじゃありません! アルテシア様は、最初から『少しでも長く生きようとする』意思がありませんでした! 信仰P集めにも真剣にならないし、クレルの立場を気にして村からも去ろうとするし! まるで死に場所でも探しているみたいに!!」
「………………………………」
…………まぁ、最期だし、いいか。
「カレン、俺はな……この世界に、『守るべき存在』を連れて来なかったんだ」
守るべき存在。
俺の、妹。
アイツは元の世界で、旦那と一緒に幸せに暮らしているはずだ。だから、俺はこの世界で、守るべき存在を持たない。
「………………つまり、コイツを残して死ぬのは嫌だってヤツがいないんだよ」
この世界にいる俺には、この世に執着する理由がない。
もちろん、だから『死にたい』とは思っちゃいない。妹のいない世界に生きる価値はないなんて言うほど筋金入りの異常者ではないし、自分の身も大切だ。だから、まぁ不真面目なりにそこそこ信仰集めにも精を出してきた。
ただ、俺が死ぬか、他の人達が死ぬかだったら…………俺が死ぬ方を選ぶ。そういう話だ。
「カレン。お前は俺のことを善人だと思ってるのかもしれないけど、それは違う。……戦っているとき、クレルは俺のことを『上から目線の自己陶酔野郎』だって言ったが……これはその通りなんだ」
カレンを助けたのも、奴隷で可哀想だから……なんてふざけた上から目線だ。
たまたま能力を与えられて選ばれただけのくせに、神様を気取って目についた人間を助けた。ただそれだけだ。神様じゃなかったら、心の中で謝って、見て見ぬふりをしていたかもしれない。
自己陶酔だってのも否定はできない。誰かを助けるのだって、結局は神様っていう圧倒的優位に守られたのが前提のことだろうしな。
実際、自分は神様で、人間とは違う――そんなことは、この世界に来てから何度となく考えた。否定は、これっぽっちもできない。
「だから、気にするな。それに、これ以外に確実な方法はないんだ。俺が死んでも丸く収まるようにはしてある。心配は要らない」
「…………いやです」
「俺がいなくなったら、クレルを頼れ。アイツなら色々とやってくれるだろうし、それにこれからのシニオン村はクレルの民をはじめ忌児がたくさん住んでいる。お前も馴染めるだろう」
……ずっと、考えてはいたんだよな。カレンが普通に暮らせる場所。
クレルの民はシニオン村と馴染みつつある。あとはどうやってカレンをこの村に残すか考えてたが……まさか自殺するわけにもいかなかったし。
これで、カレンに用意できていなかった『住』もきちんと用意できたな。
ホント、渡りに船って感じだ。
「いやです!! 私、わたし、アルテシア様と離れたくありません!! 行かないでください!!」
そう言うカレンに、俺は背を向ける。
……………………俺も、できることなら死にたくはないんだけどねぇ。
これ以外に方法がないんだから、しょうがない。
うん。しょうがないんだ。
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