5.日帰り登山はわりとキツイ

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 一五分後。


 俺とカレンは敗走した盗賊団を追跡すべく、山を登っていた。シニオン村は山の麓にある村――というのは既に説明したが、山のすぐ横にある、というわけではない。山の麓には森があり、そこを貫くように流れる川の周辺にシニオン村があるのだ。


 文明は川に沿って生まれる――なんて話を前世の学生時代にされた覚えがあるが、村も同じなんだなぁ。人は水がなければ生きていけない。


 で、その森を進むと山があるわけだが、山になった瞬間に森が消えるのか? と問われればそれはNOだ。


 見た感じ、山も鬱蒼とした森に覆われている感じである。


 で、何が言いたいかっていうと。


「…………足元の草が気持ち悪いよ~…………」


 現在進行形で裸足の俺は、足元の感覚が苦痛で仕方がなかった。


 草が生えているのだが、その草が湿っていたりしてぬるっとしてるのだ。それが気持ち悪いのなんのって……なんだかんだ言って俺は現代人だからね。こういう感覚は本当にダメなのだ。


 怪我しないから大丈夫とか言ってスルーせずに、カレンと一緒に俺も靴を買えばよかった……。


 そこへ行くと、カレンはメイド服があって良かったな。


「大丈夫ですか?」

「うん大丈夫……。っていうか、カレンは別について来なくてよかったんだぞ?」

「アルテシア様だけではどんなポカをやらかすか分かったものじゃないので」

「言い返せない……」


 いや、一応さっきの戦闘ではしっかり跳ね返し成功してるから、一応ちゃんとできるようになりつつはあるんだけどね……?


「しかし、随分と慌ててるみたいだな、連中」

「ですね。こうして歩いた痕跡を残していくレベルですし」


 前方に出来ている『道』を見ながら呟くと、カレンもそれに同調してくれた。


 鬱蒼と茂っている下草だが、それが踏み倒された跡のようなものが存在しているのだ。流石に物音が聞こえる程度の距離にはいないが、追跡するのはそう難しいことじゃないな。


 やれやれ……あまりにも順調すぎるな。此処に来て俺の有能っぷりが発揮されてしまったか?


 なーんて考えていると、


 ぶにゅっ、と何か柔らかいものを踏みつぶした感覚が、足裏に生じた。


 んっ? なんだ?


 俺は一旦足を止めて、自分が踏みつぶしたものを確認してみる。


 そこには、



 踏みつぶされてオレンジ色の体液が飛び出た、なんかよく分からない芋虫かミミズのような虫が転がっていた。


 …………えー、と。


 なんでこれ、潰れてんの?


 誰がこれ、潰したの?


 ……………………。


 俺の、足?


「ぎにゃああああああああ――――っ!!!!!!」

「わっ!? アルテシア様!? いきなりどうしたんですか!?」

「むむっ、むっ、むぎゃあああ!!」


 むむ、虫! 虫! 踏んずけた! 素足で!? きたなっ、いや、きもちわる! う、あの柔らかい感じとか、ぶちゃっって感覚とか、ひぃ、うわ、くぁせklふじこp!!!!!!


 思わず俺は足を振りながら、よろよろとその場から離れようとする。


 もうとにかく嫌だった。何で俺靴履いて来なかったの? バカなの? 死ぬの?


 いや、駄目だ、とにかく冷静になろう。落ち着くんだ俺。俺は神様だ(?)、虫を踏みつぶしても大丈夫だから、大丈夫大丈夫……、


「アルテシア様! 気を付けて! そのあたりはちょっと足場が、」

「え!? う、わあ!?」


 なんていう風に現実逃避していたからだろうか。


 俺はでこぼこした足場に足をとられて、そのままひっくりかえってしまった。


 ……普通に石で頭打った。神様じゃなかったらここで軽く死んでるところだったぞ……。


「アルテシア様…………その、はしたないですよ」


 と、自分の頑丈さの有難味を噛み締めていると、何故かカレンが呆れていた。何……あ、ひっくり返ってるからパンモロじゃん、俺! 此処にいるのがカレンだけで良かった……。


「…………そ、そろそろ岩場が増えてきたな」


 起き上がった俺は、気を取り直して辺りを見渡す。あたりは相変わらず森だが、傾斜がだんだんとキツくなり、足場も岩がちになってきている。神様でなければ、裸足で歩くことなんて不可能だっただろう。


「気を付けろよ」

「足場に、ですか?」


 警告すると、カレンは冗談まじりにそんなことを言ってきた。…………もうそれは忘れてくれ。


「それもあるが、敵の奇襲に、だな」

「……奇襲?」


 後ろをついてくるカレンが、首を傾げる。まぁ、分からないのも無理はない。


「これまでの経緯だけみると、状況は俺達の優勢だ」


 さっきの二の舞を踏まないよう、気を引き締めながら先へと進んでいく。


 これまでの流れを振り返ると、敵は大群で押し寄せて、相乗詠唱シナジーマジックなんてものまで引っ張り出して、勝つ気満々でやって来ていた。


 それを、俺があっさり倒して、全員敗走していったわけだ。その上で、俺達が追いかけている。有利不利で言ったら、圧倒的に俺達が有利ってことになる。


 ただ、それは『これまでの流れ』を見たらの話だ。


「だが、実際にはそうじゃない。この山は盗賊団のホームで、俺達はヤツらの移動の痕跡を追っているだけ……つまり、本当に逃げてるかどうかは分からないんだよ」

「……なるほど。逃げているフリをして、奇襲をしかけてくる可能性もある、と……」


 まぁ、別に奇襲されても俺は傷一つつかない。だが、後ろにいるカレンはそうではないし、そうでなくとも退


 たとえばガルムの巣穴に落ちたときは、登って戻って来るのになかなか苦労した。同じように、たとえば水の魔法なんかで地面をドロドロにされたりしたら、滑り落ちてかなり足止めを食ってしまうだろう。


 だから、奇襲は常に警戒して、何かあったらすぐ行動できるようにしないといけない、というわけなのだ。


「…………そういうことなら、もういっそ追う必要はないのでは?」


 と、周囲に目を光らせながら進んでいると、カレンが突然意味不明なことを言いだした。


「何言ってるんだカレン、追わなきゃ追いつかないだろ」

「いえ、だって盗賊団が逃げる先は絶対に敵のアジトになるでしょう? 逃げ帰ってるわけなんですから」

「…………まぁ、そうなるよな」


 厳密にはそうとは限らないけど、ボロボロにされた上でアジトでもない別の場所に逃げ込むってことは、ちょっと考えづらいか。


「だったら、わざわざ馬鹿正直に追いかけずとも、敵のアジトを見つけさえすれば目的は達成できるんじゃないですか? そうすれば奇襲のリスクも減らせるし」

「……なるほ、……いや! 敵のアジトがまず分からないじゃないか!」


 一瞬納得しかけた俺だったが、すぐに我に返った。


 そもそも敵のアジトを知る方法がないからこうやって遠回りしているのであって、それができれば苦労はしない。


「それなら、私はある程度見当がついています」


 …………のだが、カレンは自信満々に胸を張って前提を覆してしまった。……できれば、もっと早めに言ってほしかったなぁ……。


「どんな方法だ?」

「簡単ですよ」


 そう言うと、カレンは徐に手を岩場の方に向け、そして――――、


 ゴウッ!! と、巨大な炎を連続して叩き込んだ。


「ちょ、カレン何してんだ!?」

「何って、攻撃ですよ。連中の巣はガルムのものを使っているんでしょう? そして、ガルムを手なずけることにも成功している。ということは、盗賊団はガルムと共同生活を送っている可能性が高いです。こうやって刺激すれば、ガルムは自衛行動をとるんじゃないですか?」

「だから、敵を煽ってどうすんだって言ってんだよっ!」

「ですから――――」


 俺達が騒いでいると、遠くからギャンギャンという犬の鳴き声を数段重くしたような鳴き声が響いてくる。昨日さんざん聞いた、ガルムの鳴き声だ。


 その声を聞きながら、カレンは不敵な笑みを浮かべて、


「……こうしてガルムが出てくれば、それはつまりガルムの巣――盗賊のアジトを炙り出せるということにもなりますよね」


 …………うん、まぁその通りなんだけどさ。


 肝心のガルム達は、突然炎を巣穴に撒き散らされて怒り心頭のご様子なのだ。グルグルガウガウと非常にお怒りになっている。


 ……こいつらの処理、全部俺がやらなくちゃいけないんだぞ!! ちくしょう、カレンの身まで危険に晒すことはしたくなかったってのに思いっきり俺頼りな作戦にしやがって! 俺のこと信頼してるんだか信頼してないんだかどっちかにしろよ馬鹿!


「あぁーもう! カレンはできるだけ遠くに離れて耳塞いで隠れてろ!」


 そう言って、俺はいくつも小石を手に取り、そして跳ね返しを始める。


 炎を撃ったことによって刺激されたガルムの巣は一つ。まぁ狭い範囲にいくつもガルムの巣穴があるとかやってられないから当然だが、現れたガルムの数は全部で五頭……距離も離れてないし、いけるか。


 ――食らえッ!


 跳ね返しをの連鎖から解放すると、解き放たれた小石の弾丸はそのままガルム達の足元に吸い込まれ、ちょっとした爆発じみた衝撃波を生じさせる。


 流石にガルム達も少しは回避しようとしたようだが――まぁ音速越えの弾丸を一気にぶっぱされたらどうしようもあるまい。


 なすすべもなく、数メートルも上は打ち上げられ、受け身も取れずに地面に叩きつけられた。あれなら十分に戦闘不能だろう。


「…………おい、カレン。終わったぞ」


 呼びかけてみるが、カレンからの応答はない。


「カレン? おい…………」


 振り返って見てみると、カレンは少し離れた岩場の陰で、耳をふさいだまま目を回していた。…………だから言ったのに。



    9(アルテシア=day185606/2966pt)



 それから、俺達はガルムの巣穴へと潜入を開始した。


 カレンはリフレクトキャノンの威力についてぶちぶち言っていたが…………それほどの騒音だったのか。


 よくよく考えてみたら、音速を越えた物体を射出してるのに、身近にいる俺自身に影響がなさすぎるよな。ひょっとしたら、音とかも衝撃波みたいなレベルになったら跳ね返しの対象になるのかもしれない。そのわりには、普通の声とか音は聞こえてるけども。


 しかし、ただの音だけで人がやられるっていうのは、流石に神の御業って感じがするな。難題求婚リフューズは意外と控えめな神話類型テンプレートだと思ってたけど、やっぱり腐っても『権能』ってことなのだろう。


 ……っていうか、改めて考えなくても全長一〇〇メートルの腕とか木端微塵にしてるわけだし、十分常識離れしてるんだよな。……使い勝手が悪いのとかは、高望みなのかもしれないなぁ……。


 ………………。


「…………あのさ、カレン」

「なんでしょう?」

「さっきから探索がすご~く順調なんだけど、これってどういうことだと思う?」


 ああ、順調なんだよすごく。


 でも、この場合順調すぎると逆に困ると思うんだ。


 そう。


 リフレクトキャノンについてぶちぶち言ってたり、あるいはそのことについて考察したりできる程度には、アジト(と目していた場所)にはなんにもないのだから。


 アジトのはずなのに盗賊どころか、ガルムすらいないっていうのはちょっと異常だよな?


「私の推測が外れだった、と?」

「いや、それは違うと思う」


 というのも、この巣穴には人間が生活していた跡があるのだ。


 石製のテーブルがあったり、食糧庫があったり、あるいは人の手で穴が拡張された跡なんかもある。掘削道具さえ置いてある始末だ。ここで人が活動していたのは間違いない。


 妙に広いし、ここが連合アジトだというのは間違いないはずなんだが…………。


 っていうか、こんなに穴を広げちゃって大丈夫なんだろうか? なんか崩れて来たりしそうで何となく怖いぞ。


「もぬけの殻……逃げた後ということでしょうか」

「逃げるったって、どこに? ここがアジトだったんだろ? 他に行くアテなんかないんじゃないか?」

「全滅を回避する為にやむなく、とか」


 ……可能性はあるな。俺が神様だってことは相手も分かってるんだから、そういう選択もあり得るだろう。


 ただ、そんな捨て鉢な方針だったら此処まで鮮やかに逃げられるだろうか? 俺が神様だって実感を持って経験しているのは先遣隊のヤツだけだ。本隊のヤツに敵が神様だ、と訴えたとして、すぐに受け入れられるか?


 そもそも、盗賊団は大勢いる。人数が多ければ多いほど、集団の足は遅くなるはずなんだ。いくら俺達が追跡に手間取ったとして、その間に逃げるっていう方針を固めて、そして完璧に逃げられるなんておかしくないか……?


「…………まるで、俺達が追う前から逃げることを想定していたみたいな……」


 そこまで呟いて、俺は気付いた。


 もし…………もしも、


 マズイ……マズイぞ、もしそうだとしたら、もう時間がない!!


「ヤバいカレン、早くこの穴から脱出しないと!」

「ど、どうしたんですかアルテシア様、いきなりそんな慌てだして……」

「ヤツらの狙いは、最初から俺達から逃げることなんかじゃなかったんだ!!」


 そう。先遣隊が失敗するか成功するかなんて、ヤツらには関係ないことだったんだ。あの先遣隊の狙いは、村を襲撃することで派手なアピールを行い、『本当の目的』を万が一にでも邪魔させないことだった。


 崩れてしまうんじゃないかと思うくらい広大な巣穴は、何のために掘られたのか。


 そして、全長一〇〇メートルにもなる『災害』級の魔法は、何のために開発されたのか。


 そうまでしてヤツらが成功させたかった目的。



「『山崩し』だ!! ヤツら、この山を崩して土砂崩れを起こそうとしてるんだ!!!!」

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