4.狼狩りのはじまりはじまり
6(アルテシア=day185606/2482pt)
「盗賊だと!?」
俺は、思わずその場で叫んでいた。
しかも、盗賊団全部……!? 確か、酒場で聞いた話だと盗賊団って山の向こうでそれぞれ勝手に争ってるとかって話じゃなかったか。それなのにまとめてこっちに乗り込んで来るっておかしくないか!?
……いや、そもそも争い合ってるって情報が間違いだとしたら? 実際には結託しておいて、外部向けに『盗賊同士は争い合っている』って情報を流していたんだと考えたら、おかしなことはない。だって、連中は『同じ神を信仰している』んだから。憎み合って争い合ってるより、水面下で結託してる方がよっぽど現実味がある。
それに、山の辺りにはもともとガルムが生息しているから、巣だってそれなりにあったはずだ。ガルムの巣は広くて、人間くらいなら普通に生活できてしまうくらいはある。複数の巣穴を地中で繋げたりしておけば、各々の隠れ家から一つの隠れ家に合流することだってできる。
ガルムが山を下りてきたのだって、そうして巣を追われたガルムが降りるしかなかったのだと考えれば辻褄も合う。
…………なんて冷静に分析してる場合じゃなかった!
山の向こうにある盗賊団が全部まとめてやって来たとか、どう考えてもヤバい!
この村には一応冒険者が何人もいるが、どう多く見積もってもも精々三〇人ってところだろう。その全員が戦ってくれるとも限らないし、このままだと村は間違いなく盗賊に潰されちまうぞ!?
「……どうしますか、アルテシア様」
現状に戦慄していると、不意にカレンが訪ねてきた。カレンの瞳が、真っ直ぐに俺のことを見つめている。
「どうするって?」
「どう、この状況を切り抜けますか?」
…………どう切り抜けるって、そりゃ決まってるよな。
俺は面倒が嫌いだ。
前世じゃ突っ込まなくても良い苦境に首を突っ込んで、それで苦労した末に身体を壊して死んでいったんだし、神様になってまで、助けるべき存在がいなくなってまで、そういう苦労を背負い込みたくはない。
まして、あの盗賊団の奥には俺と同じ神様がいる可能性があるんだ。神様と人間では神様が勝つに決まってる。だが、神様と神様ではどっちが勝つか分からない。
でも。
…………三日も居着けば、『助けるべき』とまではいかなくても『助けたいな』って思える存在には、なっちまうんだよな。困ったことに。
だから、俺はカレンに答える。
「カレンは、村の人達の避難誘導をしてくれ。俺の従者ってイメージは村の人達に根付いてるだろ。それと、他の誰かが俺の応援に来るのも止めてくれ。巻き添えをくらわしちまうかもしれないし」
「戦うんですか?」
「まぁ、ここで戦わなかったら、神様なんて嘘だろ」
カレンの問いに、俺は頷いた。カレンは、そのことについて特に何も言うことはない。
あまり目立ちすぎて俺が神様だってバレたらヤバいが――――まぁ、そう言っていられるような状況ではないし。
何より。
こういう『どうしようもないとき』に、みんなを助けてハッピーエンドにしてくれる存在が、神様ってモンだと思うしな。
7(アルテシア=day185606/2482pt)
村をぐるりと囲う、腰くらいの高さの柵。
そこを挟んで、俺と連合盗賊団は対峙していた。
向こうの人数はざっと見ただけで五〇人はいる。そして、多分これで全員って訳じゃないだろう。おそらく先遣隊だけで、五〇人。ってことは本隊となればもっと大勢になるのが当然。相手の人数の多さにくらっときそうだ。
俺が柵の前に立つと、一斉に連合盗賊団の視線がこっちに向いた。
その中でもリーダー格と思しき男が、言う。
「テメェが、ガルムの巣を潰した冒険者だな?」
妙に確信を持ったようなセリフだった。……まぁ、村中で顔が知れてるわけだし、盗賊に即バレしたって不思議じゃないが。
なので、俺はあくまで強気に言い返す。
「だったら何だ?」
「ハッ……恨み骨髄ってヤツだぜ。せっかくガルムまで使ったってのに……テメェのせいで計画がめちゃくちゃだ」
「…………なんだと?」
その言葉に、俺は耳を疑った。
ガルムを……使った? それって、ガルムの行動を盗賊団が指示してたってことか!? だが、魔物ってのはそもそも人類では制御できない、脅威みたいなモンだって話だったじゃないか。
いったいどういう……、…………そうか。
ルールブックの情報は、必ずしも最新とは限らないんだったな。
「お前ら…………」
「いつまで経っても魔物が人類の脅威とは限らねェってことだ。そもそも、魔物ってのは魔力を振るう動物だぞ。なら、より魔力が
…………確かに、そう言われると理に適っているように聞こえる。
まぁ、それだけだったらたとえばカレンもボスとして認められかねないし、それ以上の何かがあるんだろうが、とりあえず今はそんなことどうでも良い。
重要なのは、『敵は魔物を戦力に組み込める』ってところだ。
「…………何が目的だ」
ガルムを従えているなら、手元のガルムを全部出せば良い話だ。五〇人という頭数は脅威だが、それよりガルムの方が脅威になるだろうし。
わざわざ自分達がやってくる、という行動の目的が今一つ掴めない。それとも、盗賊は囮で本命はガルムの襲撃とかなんだろうか? そのあたりは謎だが……。
「村の人間を追い出して、この村をまるまる全部乗っ取るんだよ」
…………その話を聞いて、俺は得心がいった。
村そのものが狙いなら、ガルムの襲撃はマイナスにしかならない。あの図体だし、これまでのガルムの襲撃も『畑を荒らす』に留まっていたあたり、そこまで詳しい指示を送ることはできないんだ。
安心した。これで、心置きなく目の前の敵に集中できる。
カチリ、と頭の奥で音が聞こえた。
改めて戦闘態勢をとって、俺は言う。
「させると、思うか?」
「するんだよ、バーカ」
その応酬が、引き金となった。
ぐん、と一瞬だけ地面が揺れた。俺は思わず足を開いて転ばないようにし、周囲を軽く見る。
…………地震……? この地域で地震が起こることなんてあるのか? 超大陸――あらゆる大陸が一つに固まっているってことは分かってるけど、プレートの所在とかまでは知らないんだよな。
……まぁ。
「偶然ってことは……、……そりゃないか」
原因は、俺の目の前に聳え立つ巨大な『岩石の腕』だろう。
ズズン、と細かな土を落としながら、『それ』は出来上がった。全長……どのくらいだ? 多分……一〇〇メートルくらい? デカすぎて距離感がよく掴めないレベルになってるぞ。
とにかくその『腕』が、ゆっくりと俺へと狙いを定めているのが見えた。
…………………………いや、待て待て待て?
カレンを捕まえてた盗賊とか、確かに常人を上回る魔法の力を持ってたりしてたよ。盗賊なんてことしてるからには魔法が強いのは当然なのかもしれない。
…………にしたって、この規模は規格外すぎじゃない? 全長一〇〇メートルの腕を振りまわせるって、それもうどっかの神様の『権能』レベルだと思うんだけど…………。
「
連合盗賊団のリーダーらしき人物が、そう言って笑う。
「魔法の一つ一つの出力にゃあ、確かに限界がある。だが、複数の魔法をぶつけ合わせれば、そのぶつかりは時として単なる魔法の合計以上の効果を齎してくれる。魔法を究めてんのがディレミンやサヴァートだけだと思ったら、大間違いなんだよ!!」
ディレミンやサヴァートってのは良く分からないが…………とにかく、魔法と魔法を重ね合わせると強化される、ということなのだろう。実際にはそんな単純でもなさそうだが。
「………………っ!」
「顔色が変わったな。だよなぁ、いくらガルムを群れごと壊滅させられるからって、こんな『災害』に打ち勝てるわけねェもんなァ!」
そして、巨大な岩石の腕が俺の頭上から降って来る。絵面としては、子供の頭にげんこつを落とす父親って感じだが…………サイズ比が違いすぎる。ゴツンじゃなくてプチッって感じになるぞ。
まぁ、
俺には無意味なんだけども。
「ぐああああああああああああああああ!?!?!?」
ごいーん、と。
岩石の腕が衝突した瞬間、その拳は速度を二倍にして反射される。が……腕の方は、依然として『振り下ろす』動きをしているわけで。
まるで重機が掘削するような、強烈な音が響き渡る。跳ね返された岩石製の拳が、前腕をぶち壊して天空へと吹っ飛んでいく音だ。
そして、そのまさしく暴力的なまでの飛翔は、途中で生じる破片にすら殺人的な威力を与える。
その破片が、連合盗賊団へと降りかかる。
……大丈夫、跳ね返す方向はある程度制御したから、直撃はさせてない。ここで全滅されてもちょっと困るしな。
ただし、サイズがサイズだ。余波でさえちょっとした凶器になる。当然、連合盗賊団は全員残らず吹っ飛ばされた。
遅れて、天空から岩石の拳が落ちて来て、肘から先が消し飛んだ岩石の腕に命中。バラバラになった岩石の腕の残骸は、力尽きたように横倒しになった。
ズズン……! と地震と間違えるような地響きが、あたりを席巻する。
「…………な、ぐ、いったい…………?」
連合盗賊団の連中は、突然の跳ね返しに状況が理解できていないようだ。まぁ、無理もないけど。
「……はぁ。あのな、お前達」
そんな彼らに、俺は改めて事実を突きつけてやる。
「この期に及んでトリックの類を疑ってるのなら言っておくが、普通の人間にはどう頑張ったって、全長一〇〇メートルの腕をバラバラに吹き飛ばすことなんかできないぞ」
理解できない状況っていうのが即ち答えを教えているようなものだな。そしてそこで、俺はキメ台詞を言ってやるべく胸を張る。
「つまり、だ。俺は、」
「ま、まさか、お前…………!!」
「ひ、ぃ、逃げろ…………逃げろォ!!」
「神様だ!! ヤツら神様を味方に引き入れてやがる!!」
……最後まで俺の話を聞かずに、連合盗賊団は倒れた者を助け起こし、背負ったり引きずったりしながら逃げ出した。
「…………………」
せっかくカッコつけようとしたのに、なんか悲しい。
悲しいついでに、カチリ、とスイッチが元に戻った感覚がした。
「アルテシア様!」
悲しみに打ちひしがれていた俺の背中に、聞き慣れた声が聞こえてくる。振り向くと、カレンが慌ててこっちに走ってきているところだった。
「カレンか。住人は?」
「村の隅の方まで避難誘導してたんですが……でっかい腕が出てきたので、心配になって戻ってきました」
「はは、カレンは心配性だな」
まぁ、確かに人間レベルじゃありえない代物ではあったけど……俺は神様だから、人間の攻撃じゃやられないんだよ。心配してくれたのは嬉しいけど。
「いや、アルテシア様自身の心配はしていません。信仰Pの心配です」
「あっ」
言われて、俺も気付いた。そうだ…………俺の『権能』、使い方に注意しないととんでもない勢いで信仰Pが削れるんだった!
しかもさっきの跳ね返しは色々破片とか飛び散ってたし、これまたゴリゴリ削れてるかもしれないぞ…………!
急いで、俺はバックルの数字を確認する。…………『2479』。三点ほど減少してる。二点はまぁ時間経過と考えて、減ったのは一点だけか。
…………一点!? ってことは俺、今回はしっかりちゃんと跳ね返せたってことか!
やった! なんか何気に初めての成功って気がする! 多分あれだな、『岩石製の拳』っていうでっかい物体が、破片とかを蹴散らす傘みたいな役割を担ってくれてたんだろうな。
いやーよかった良かった……。
「……その様子だと大丈夫そうですね。安心しました。それで…………盗賊たちの姿が見えませんが」
「ああ、倒したよ」
俺がそう言うと、カレンはじっと俺の目を見つめて、
「………………じゃあ、盗賊団の連中は、どこに行ったんですか?」
「……君のような勘の良いガキは嫌いだよ」
…………嫌い、という言葉に反応してカレンがとても悲しそうな顔をしたので、今のは異世界ジョーク、察しが良いねって意味だから気にしないで紛らわしいこと言ってごめんと謝りつつ、俺は自分の意図を説明する。
「連中はわざと逃がした。だって、ヤツら明らかに先遣隊って感じだったからな」
先遣隊っていうのは、本隊に先駆けて行動をする部隊ってことだ。つまり、ヤツらの他にも本隊がいる。
ここで先遣隊を全滅させれば、相手の戦力は削れるだろう……でも、そうすると本隊は本格的に雲隠れを始めてしまう。盗賊団が全滅したわけではないのだから、そんなことになれば却ってこっちが不利になるってわけだ。
それを避ける為に、あえてほどほどに痛めつけ、恐怖させて、一旦逃がしたってわけだ。
そうやって逃げれば、相手は勝手に自分からアジトに逃げ込む。そして全部まとめて叩こうと考えているわけだ。
「では、これからどうします?」
カレンの問いかけに、俺は一回頷いてから答える。
「当然、追うぞ。後顧の憂いはここで断つ」
さぁ、狼狩りの時間だ。
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