6.ウチの巫女さん凄いでしょ
10(アルテシア=day185606/2966pt)
「『山崩し』!? どういうことですか!?」
「そのまんまだよ、連中、山を崩そうとしてるんだ!」
『山崩し』。
その言葉に、カレンはもちろん言った俺自身も浮足立っていた。
有り得ない――と一笑に付せたらどれだけ良いだろうか。だが、俺としてはそこまで楽観的にはなれない。
何せ、そういうことならあの先遣隊の襲撃も、
「どうやって!? こんな山を崩すことなんて……」
「
「………………土砂崩れの一つや二つくらい、起きちゃうかもしれませんね……」
そう、起きちゃうかもしれないのだ。それも、相当大規模なものが。
何せ、五〇人の先遣隊で一〇〇メートルの腕が一本なのである。本隊の人数が先遣隊の四倍と過程すると、一〇〇メートルの腕が四本だ。冗談抜きに、山一つ崩せてしまってもおかしな話じゃない。
カレンは疑問に思うというよりは、殆ど否定したいというような様子で問いかけてくる。
「でも、何でそんなことを!? 土砂崩れを起こして村を潰したって、盗賊団に何の利益があるって……!?」
「……盗賊たちじゃない。ヤツらの『上』なんだ」
俺は、確信を持って言った。
「覚えてるか? 強盗の神クレルと冒険の神ディレミンの話」
「……? はい、確かクレルは数百年前にディレミンに山の向こうへ追いやられたって……」
「それだ」
パチン、と指を鳴らす。カレンの方も、何となく勘付いたようだった。
「神様ってのは基本的に不老だ。つまり、それだけ争いの憎しみは尾を引く。もし、クレルが数百年前、山の向こうに追いやられた後も戦う意思を失っていなかったとしたら。憎しみを抱き続けたクレルが、盗賊団のバックについていたのだとしたら」
「…………これは、その続きだと?」
「可能性は高い。この山を崩せば、確実に村は土砂に呑み込まれる。多くの人間はクレルに『畏怖』を抱くから信仰Pはそれこそ数千単位で集まるだろう。…………戦う準備が出来るんだよ」
…………前にも言ったように、信仰Pを集める方法は、何も尊敬を集めるだけじゃない。
俺はやらないが、恐怖政治を敷くことで恐怖や憎悪によって信仰Pを集めるっていう方法もあるんだ。
あの時、俺を転生させた女も言っていた。『恐怖政治で人民を支配するなり、文明の火を授けるプロメテウスを演じるなり、好きにしちゃって』ってな。
「それに、この村は他の商人と取引したり、冒険者が集まっていたりもした。此処を潰せば、『王都』側の経済にも打撃を与えられる」
神様同士の戦いが信仰Pっていうリソースの奪い合いになることは、想像に難くない。何せ、神様の負傷は信仰Pを消費すれば治せるからな。つまり、先に信仰Pが尽きたヤツが敗北する。
そうなると、経済を停滞させて信仰者を減少させることができれば、それは長期的には勝利に近づく為の大きな一手になる。
……問題は、俺らがその崩落に巻き込まれるってことだ!
此処がもぬけの殻ってことは、もう既に盗賊団はあらかた退避を済ませてるんだろう。準備もあるからまだ多少の時間は残ってると思うが、それにしたってどう楽観的に見ても今から下山して逃げるような時間があるとは思えない!
「…………今から下山しても間に合わない。ヤツらが使った出口があるはずだ。そっちを使おう」
「……この迷路みたいな道を進むんですか? 私たちが迷わない保証はありませんよ。それに、出口を塞がれているかも」
「うぐ……じゃあ、『リフレクトキャノン』で強引に穴をあけて……は駄目か」
『リフレクトキャノン』は、多分カレンも巻き添えを食うことになるだろうし、何より『岩石の腕』で崩せるほどに強度を下げられた山が、『リフレクトキャノン』を食らって耐えられる保証がない。
端的に言って、トドメを刺してしまうかもしれない。
…………うう、どうする……? いっそ、崩壊を防ぐのは諦めて、跳ね返しをONにした状態でカレンを庇うか……? そうすれば、最低限下敷きになることはないだろうし……いや、そんなことをすれば俺の信仰Pが持たないかもしれない。
途中で死ぬようなことになれば、結局カレンも死ぬしかなくなる。それじゃ意味がない。
「……………………私に、考えがあります」
どうしようか悩んでいると、カレンが不意にそんなことを言った。
カレンは眼前にある迷路のような穴の奥に両手を翳し、
「道筋が分からないなら、全部試せば良いんですよ」
11(other_side=day185606/-)
同時刻――――『巣穴』の出口付近。
既にそこには、五本の『岩石の腕』が聳え立っていた。いずれも全長一〇〇メートル超、『巣穴』なんかなくとも簡単に山を崩せてしまいそうな威容だ。
盗賊たちの計画は、順調と言って差し支えなかった。
先遣隊が現れた凄腕の冒険者――未確認の神であるとの報告もあるが、確証がとれていない――に撃退されたのは想定外だったが、そもそも彼らの役目は『岩石の腕』を出して、村人に示威行為を行うこと。
破壊されたとしても、巨大な腕を見せつけることができた時点で目的は成功だ。村人たちは『何かあるといけないから』という理由で一時村から避難せざるを得ないはずだ。
死なれてしまっては信仰Pを稼ぐことはできないから、あえて避難させて『あそこに留まっていれば死んでいた』という『死の恐怖』を味わってもらうのである。
そして、敗走した先遣隊を追ってきた未確認の神と、その従者。
彼女達にしても、この五本の『岩石の腕』による総攻撃で、山ごと土砂に埋もれてもらう。
いかに神があらゆる干渉を無視することができるとはいえ、弱点がまるでないというわけではない。彼らは来たるべき神との戦闘の為に、神を封じ込める為の策を練って来た。
この『山崩し』は、その一つ。
大量の土砂に呑み込まれてしまえば、死なずとも『人間と同程度の膂力しかない』神では脱出不可能。『権能』の相性によっては、そのまま封殺して消滅させることだってできてしまうのだ。
「教主、準備が整いました」
数百人集まった男達のうち、一人が男に声をかける。
教主と呼ばれたその男は、粗末な麻の服を身に纏った集団の中にあって、上等な絹で織られた、真っ黒い服を身に着けていた。
アルテシアが見れば、『神父が着てる服だ!』だと即座に断言していただろう。
「おう、さっさと終わらせるぞ」
教主と呼ばれた男は、その格好に似つかわしくない粗暴な口調で頷いた。その一言に応じるように、数百人の男達は各々自分達の持ち場に立つ。
明らかに、統制されていた。
連合盗賊団――とアルテシアやカレンは考えていたが、これは実のところ、順序が違う。複数の盗賊団が連合しているのではなく、一つの巨大な盗賊団が人目を欺く為に分裂していたように振る舞っていただけなのだ。
それもこれも、全てはこの時の為。
村一つを叩き潰し、人々の暮らしを根底から破壊する。それが、そうするだけの力を振るえる勢力を持つ神――クレルへの信仰に繋がるのだ。
「すべては、クレル様の為に」
教主と呼ばれた男は、身体の内側から滲み出てくる熱い感情に身を任せて、そう呟いた。
その熱は、段々と周りに伝播していく。
「すべてはクレル様の為に」
「すべてはクレル様の為に!」
「すべてはクレル様の為に!!」
やがてその熱は、集団全体へと広がり、燃え上がる炎のような歓声と化す。
――人はその熱を、『狂信』と呼ぶ。
「征くぞ! 既に
その熱が最高潮に達したというとき、教主の男は最後の音頭をとろうとして、
「我らを虐げる悪魔に、正義の鉄槌をがヴぉ!?!?!?」
――突如現れた『水』に、文字通り水を差された。
12(アルテシア=day185606/2766pt)
「…………カレンって、水魔法も使えたんだなぁ」
「『撃つ』だけだったら、四属性全部使えますよ。『岩石の腕』みたいに何かを作り出して操るのは、ちょっとできませんけど」
遠くから聞こえて来る阿鼻叫喚の渦と、ズシン……! という体の芯まで響く振動を確認した俺達は、ひとまず手を止めて出口を目指していた。
あの後、カレンが水を撃ち出したのはよかったがスタミナ切れの危険があったので、本当に『撃つ』だけで四方八方に飛び散っていた水を俺が跳ね返すことで効率強化を測ったりなどした。
その結果、意外と捨て身のつもりだったらしいカレンの予想に反して、かなりの余裕を残して敵の思惑を阻止することができた。
ちなみに、流体とはいえ一回跳ね返すのではなく継続的に『跳ね返し続ける』と、ポイントはゴリゴリ削れていくらしい。
なんかいつの間にか三〇〇〇点近くに増えていた(多分『岩石の腕』のゴタゴタだろう)信仰Pが、気付けば二八〇〇点弱まで落ち込んでいた。三分以上は出し続けていた気がするし、継続的に跳ね返し続ける場合は一秒につき一点っていう感じなのだろうか。
まぁ、二〇〇点で山の崩壊を防げたんだから安いもんだよ。未然に防いだから有難味が湧かなくて、信仰Pはもらえないだろうけど。
「しかし、水浸しだな……これで地盤が緩んで結局倒壊しました、なんてことにならなければ良いけど」
「水捌けが良さそうなので、大丈夫だと思いますよ」
そりゃどんな理屈だ。
……っと、道が水で埋もれてる。こっちは別の道か。反対の道へ……と。
ちょっとシュールな一幕だったが、どうもこの巣、出口に向かうにつれて高度が下がっているらしく、全体的に道が傾いているのだ。
その結果、行き止まりにはさきほどの水流が溜まるので行き止まりはすぐに分かってしまう。意外な迷子防止の目印になってくれたな。
そうして進んでいくこと、数分。
元々、出口までの道はそこまで遠くはなかったのだろう。
走って向かうと、すぐに出口に到着した。
そして、盗賊団のアジトから出た俺達は――――、
見事に全滅している盗賊達を目の当たりにした。
…………いや、死んでるわけじゃない。ただ、思いっきり水を浴びたもんで、完全に伸びてしまっている。なかには意識があるヤツもいるっぽいが、この分だと戦闘とかは到底無理だろう。
俺は倒れ伏している盗賊達に駆け寄って、一人一人の様子を確認していく。…………別に安否確認とかじゃない。コイツらは村の人達の生活をぶち壊しにしようとしたんだからな。
どんな理由があったとしても、そんなことをしたヤツらは痛い目を見るべきだと思う。殺しはしないけど、このくらいの被害は当然の報いだ。
じゃあ何故確認しているのか。
それは、『ある人物』がいるかどうかを確かめる為だ。
もしもいるのであれば、いよいよ『あの懸念』が現実のものとなってしまう。
と――、
「う……ぐ…………クレル、様…………」
俺は、一人の男を見つけた。見つけて、しまった。
泥や水で汚れているが、その服装は紛れもなく神父が着ているような真っ黒い服――祭服だ。
一人、冷や汗を流す俺の横で、全滅を確認したカレンは意識の残っている者一人ひとりにトドメの攻撃を入れて気絶させつつ、
「…………これで、村は守られました、」
「――――いや、それはどうだろうなぁ?」
直後、不自然に陽気な男の声が、それを遮った。
振り返ってみて、俺は諦めとともに自身の推測を確信に変えた。
やはり…………な。
祭服は、前世の世界の文化だ。この世界で自然発生するわけがない。
では、そんな服を着ている者は、いったい誰からその服を与えられたのか?
………………俺には、よーく分かる。何故なら俺も同じように、前世の世界の服装を、『そいつ』に与えたのだから。
「――――神職者に祭服って、いくらなんでも直球すぎんだろ。センスゼロかよ、神様」
「あぁ? メイド趣味のテメェに言われたかねぇなぁ、神様」
つまり、神職者。
そしてその背後にいるのは、当然ながら俺と同じ
そこに佇んでいたのは、二〇代前半……いや、老け顔なだけで一〇代後半と言われても信じてしまえそうなほど若々しい男だった。
口調や佇まいの気軽さとは裏腹に、その目つきはギラギラとしていて鋭い。黒々とした、狼のような短髪を波立たせるように後ろに流している。
俺と同じように古代ヨーロッパ然とした布をベルトで戒めた服装の上から羽織った漆黒のファーとあわせて、『狼のような』という表現がしっくりくる男だった。
その男は――――強盗の神クレルは、軽薄そうな雰囲気に確かな怒気を滲ませ、俺達の前に立ち塞がる。
「随分と人のナワバリで勝手やってくれたみてぇじゃねぇか。せっかくだし一〇倍にして返してやるぜ、お嬢ちゃん」
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