2.諸君、神様メイドもいいぞ

    2(アルテシア=day185606/2492pt)


 というわけで、俺とカレンは村へと繰り出していた。


 村の構造は分かりやすく整備されている。等間隔に住居や店舗が配置され、その間に幅四メートル程度の道が敷かれている。道は流石に石畳とかではないが、きちんと平になっていて馬車とかなら普通に走れそうな感じになっていた。


 大きさはこの三日間で見て回った感じだと、端から端まで行くのに歩きで二時間強。全体的なヴィジュアルは、『全長一〇キロメートル四方の碁盤』という感じだ。なんというか、都市設計が平安京を思わせるつくりになってる。


 というのも、この村、作物は自分で育てているし服屋から鍛冶屋、肉屋、パン屋、果ては酒屋まであり、村と言っても正直日本の駅前商店街くらいの栄えっぷりなのだが、それでも完全な自給自足とはいかないらしい。


 そのため月に何度か、行商人や冒険者から自給しづらい塩などの調味料や衣服の材料その他諸々を買い取っているんだとか。お蔭で、村と言いつつ街並みには村民以外の旅人然とした連中もちらほら見える。


 なんというか、村って言うより町って感じだよな。シニオンっていうからには村なんだろうけど。


 ちなみに、地元で生産できないからと言ってといって調味料や衣服の材料の値段はそこまで高くないらしい。曰く、色んな神様が一気に生産体制を整備してしまった為に、このあたりではそう珍しくもない品なんだとか。


 話してくれた村民は有難そうに話していたが、俺としては『あぁ……現代知識チートを色んな人がやり始めたらそうなるよね、うん……』って感じでなんか切なかった。多分、考えた人はそれで信仰集めまくりたかったんだろうなぁ……。


 俺はまずそこの需要をどうにかしようって発想すら思いつかないお馬鹿だけど。


 要所要所に立ててある看板も含めて、こういう村の大枠は村を拓くのを手伝ってくれた狩猟神シニオンとやらの助言らしい。当時の村民も正直そこまでする必要ある? と思っていたといわれているが、狩猟神シニオンの強い要請に応えたのだという。


 多分、シニオンって神様ひとはRPGで目的の店がどこにあるのか分からずいつまでも迷って積んじゃったゲームとかあるんだろうな……。完全に『外から来た人が迷わないようにする』ことを意識した都市設計だもの。


「おぉ、こんにちは! アルちゃん!」

「お。おっさん、こんちわ」


 と、道行くおっさんに挨拶されたので俺も挨拶を返す。


 このおっさんは肉屋を営んでいるおっさんだ。でも、けっこうサボりぐせがあって、ときたま友達でもある八百屋のおっさんの家まで行ってたりしてるんだとか。色々と見て回っている時に会った奥さんが、愚痴って話してくれた。


 で、アルちゃんというのは、あだ名が生えてきたのではなく自分から名乗った偽名みたいなものだ。どうもアルテシアという名前はこの世界の人間的にはちょっと長いらしく、そして神様の名前っていうのは統計的に長めであることが多いらしい。


 シニオンとかクレルとかって聞くとそうでもないような気がするが、余計に勘ぐられても困ると思ったので縮めて使っている次第だ。


 まぁ、最初にアルテシアって名乗ってるし、そこまで気にしてるわけじゃないんだけど。


 魔物を巣ごと退治した凄腕という触れ込みなので、村の人達から俺への評価は上々だ。その上何せ可愛い女の子なので、おじさんたちからの評判はさらによい。俺もこの三日間は愛想よくして過ごして来たので、それなりに村の人達とも馴染んでいると思う。


 ただ、村の人以外――たまたまこの街に滞在していた冒険者やら旅人は、俺を見ると若干引き気味になる。どうも、ガルムの群れを巣ごと壊滅させたっていう評判が伝わっているらしい。


 村の人達からすれば自分達を助けてくれた凄い人だが、冒険者やら旅人から見れば何するか分からない得体のしれない奴って感じなんだろうな。失礼な話だが。


「それで、どうしたんだい? 買い物かい? 肉を買うなら安くしとくよ!」

「いや、ちょっとそのへんまでな。また今度行くよ。干し肉とか買い溜めしとかないとだし」

「そっかそっか! じゃあ干し肉はたんまり作っておかねぇとな! …………あと、その子はあれかい? 付き添いだった……」

「そう。カレンだ」


 そう言って、俺はカレンを手で示し自慢げにする。カレンは少しむず痒そうにするが、特に俺の態度に文句を言う感じはなかった。


 それに実際、自慢だ。元々可愛かったが、メイド服が良く似合う。俺の見立てに狂いはなかった。


 そんなカレンを見て、おっさんは感心したように溜息を吐く。


「はぁ~……。すっかり綺麗になったねぇ。あれだ、アルちゃん様様だな」

「はい!」


 頷きながら言うおっさんに、カレンは力強く頷いた。まぁ、元が良かったっていうのが一番大きいんだけどな。


「じゃ、おじさんそろそろ店に戻らないとサボりがバレてカミさんに殺されちゃうから」

「さきほど既にお冠でしたよ」

「マジで!?」


 脱兎のごとく店へ走り去るおっさんを見送り、俺達はまた歩き出す。


 …………脱兎のごとくって、この場合は使い方合ってるのか? まぁいいや。


「それで」


 歩きながら、カレンが首をこっちに向けてきた。


「信仰Pを集めると言ってもどこで何をやるんですか?」


 まぁ、そこは気になるよな。…………そして、それに対して俺が持つ答えは一つだ。


「ずばり…………決まってない!」

「…………はぁ」


 あ! 呆れた! コイツ今呆れたぞ! 『やっぱアルテシア様はポンコツだったよ……』って思ってる顔だぞこの顔は! もういい加減お前の考えてることくらいは分かるんだからな!


「まぁまぁ、そう焦るなって。だいたい、人助けするにしたって求められているものは千差万別なんだから、情報を集めないことには始まらないだろう。だから、まずやるのは情報集めだ」


 こういうとき、前世で学生時代にゲームをやっといてよかったなぁって思う。


 ポイントを集める為には人助けをしなくちゃいけない。人助けをする為には村の人が困っているものを知らなくちゃいけない。困っているものを知る為には……って感じで、ゲーム特有のたらい回し式目標変更思考ができるからな。


 まぁ、ゲームはしょせんフィクションだから、ゲームにあてはめて考え過ぎてもどっかでボロが出たりするんだが、この考え方は意外と便利なのだ。


 で、話を戻すが、情報を集めるのに最適な場所と言えば……?


「具体的には、どこで情報を集めるんですか?」

「酒場」


 俺は、少しも間を空けずに、そう返した。


 ゲームにしろ現実にしろ、、話を聞くなら酒の席って相場は決まってるもんだ。



    3(アルテシア=day185606/2490pt)



 酒場の中は、昼間にも拘わらずそれなりの賑わいを見せていた。


 が、俺達が酒場に入ると同時に一瞬話し声が止まり、それから視線が一気に集中する。まぁ一瞬のことで、すぐまた騒がしくなるからいいが……ちょっとドキッとするよな。


 内装はわりと現代的で、テーブル席がいくつか点在し、奥にカウンター席がある。カウンター席の向こうには酒場の店主がいて、その後ろに酒類が置かれた棚がいくつも並んでいた。


「おう、お嬢ちゃん達。此処は大人が来るところだぜ。何の用だ」


 カウンターの向こうで気だるげに肘を突いているおっさんが、俺達に声をかけてくる。この腹の出たおっさんがこの酒場の店主だ。おっさんは元々冒険者をやっていたらしいが、今はこの村の雰囲気が気に入って居着いたとかなんとかって話らしい。


 ……今の奥さんとの間に子供を作っちまったからなし崩し的に定住することになった、という話は聞かなかったことにしている。


「お嬢さんじゃないって。何なら飲み比べ勝負でもしてやろうか?」


 言いながら、俺はカレンを伴ってカウンター席に腰掛けた。


 横でカレンが『また余計なことを……』みたいな顔をしているが、これはマジだ。神様は神様以外から干渉を受け付けないが、これは毒物の類も同じなのである。


 というか、消化という概念が存在しない。


 食べたものは分解されて大気中に還元されるらしいから、消化吸収も起こらないのだ。そういうわけで、いくらお酒を飲んでも俺が酔っぱらうことはない。経験上、満腹感みたいなものは生まれるけどな。


 そんなタネありの強気を見せていると、マスターは肩を竦め、


「いや、やめとくよ。何せガルムの群れを一人で蹴散らしちまったほどの凄腕だ。ガルムなんぞ、俺が現役の時でも一匹に数人がかりの大仕事だったのになぁ。ほんと大したもんだぜ」

「当然です。アル様は最強の冒険者なのですから」

「ハッハ、そっちのお嬢ちゃんも服が手に入ったから従者が板についてきたなぁ!」


 カレンの遠慮のえの字も知らない台詞にも、おっさんは冒険者あがりらしく豪気に笑う。でっぷりとしたお腹がおおらかさを象徴しているかのようだ。


「んじゃ、俺は蜂蜜酒ミード。カレンには適当に酔わないものを出してくれ」

「あいよ」


 注文すると、すぐに蜂蜜酒とリンゴジュースがカウンターに並べられる。


 …………実は、蜂蜜酒とかエールとかってファンタジー知識で名前だけは聞いたことがあるけど、実際どんなものなのかに関しては全然知らないんだよな。なので今回が初体験だ。


 早速飲ませてもらって……、


 ……ん!? 意外と……甘くない! あと、なんか風味が強いな。スパイシーな感じがする。中世だし醸造技術もしっかりしてないからと思ってあんまり期待してなかったんだけど、わりとおいしいぞこれ……。


 よくよく考えてみたら、風呂とか服とかがかなり文化レベルに比して先進的なんだし、醸造技術も発達して近代レベルくらいまできてる可能性は十分あるよなぁ。


 ………………意外と、総合的な文化レベルは前の世界と違わないのかもしれない。


「で、おっさん」


 蜂蜜酒を半分ほど飲んだ俺は、真顔になって話を切り出した。


「あと三日したら、この村を発とうと思ってる」

「お、そうかぁ……。寂しくなるなぁ」

「んで、旅立ちに先立って村の周辺の情報を知りたいんだが、何か知らないか?」


 そう言うと、おっさんは怪訝な表情を浮かべてから、虚空に視線を彷徨わせて顎を扱きだす。


「このへんの情報か……。俺が知ってるのは一〇年は昔だから地理に関しちゃ正直アテになんねぇし、情勢の話にしても噂話程度だからなぁ……」

「どんなだ?」

「大したもんじゃねぇよ。ガルムどもが悪さをするのは、山の方に盗賊が住み着いて住処を追い出されたからだ、とか。根も葉もない噂話ばっかりさ」

「そうか…………ありがとう」


 噂話じゃなぁ。脳の片隅にでも置いておくこともできるが(神様はデフォで完全記憶能力だからガチで可能なのだ)、欲しいのはもっとこう具体性のある情報なんだよな。


「……アル様、アル様」


 と、カレンが俺の肩をポンポン叩いていることに気付いた。


「どうした?」

「店主さんからは良い情報が得られないのでしたら、アル様が給仕になって直接旅人さんからナマの情報を聞けば良いのではないですか?」


 えぇ、俺が働くのか? …………悪くはないけど、それで情報が集まるかぁ?


 一応、俺だってこの三日間で聞き込みみたいなことはやってみたんだよ。でも、道行く旅人っぽい人に声をかけてもなんか一歩引いた感じになって、まともな情報なんて手に入らなかったんだよな。


 そもそも、目すら合わせてくれなかった。多分ガルムを退治したって情報が広まって、村人以外には無用に怯えられているんだろうが……そんなことで怯えられても信仰Pにはならないので勘弁してほしいのが正直なところだ。


 店員としてやってみたとしても、同じことになるんじゃないか?


「従者の嬢ちゃん、グサッとくること言うが、そいつは悪くねぇな!」


 と思ってたら、おっさんも話に乗っかってしまった。


 えぇ……おっさん的にもアリなの? なんか断りづらい状況になっちゃったな……。俺、体よく使われてるだけだったりしない?


「んじゃ、前掛けは用意してあるからそれ使いな。よろしく頼むぜ」

「はい。アル様は完璧な冒険者ですから、大船に乗ったつもりでいてください」


 なんだその、偏執病になりそうな肩書は……。


 あと別に俺はおっさんに頼まれてやってる訳じゃないから、大船は必要ないぞ。


「では、アル様はその前にちょっとこちらへ……」


 なんて考えて呆れていると、カレンは俺の手を引いて物陰まで誘導してきた。


 …………なんだなんだ?


「(店員として情報を聞く前に、一つお耳に入れておきたいことがありまして)」

「(何だよ?)」


 怪訝に思いつつも、カレンが耳を貸せとジェスチャーするので、俺は首を横に向けて耳を差し出す。耳に入れておきたいことって、なんだろうか? 想像もつかん。


 と、


「(それはですね…………ごにょごーにょごーにょごーにょ)」


 ……………………、


 !!!!


 …………………………!!!!

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