第二章 女神アルテシア、賊と対峙す
1.諸君、メイド巫女はいいぞ
1(アルテシア=day185606/2494pt)
というわけで、依頼をこなしてメイド服を発注した俺達だったが――すぐにメイド服完成、というわけにはもちろんいかなかった。
カレンの採寸をする必要があったし、何より服を作るのも、この時代じゃ機械なんて……ないわけじゃなかったのが驚きだったが、それにしたって一人で作るからけっこう時間がかかる。
そんな訳で三日ほど時間をくれと言われた俺達は、シニオン村に滞在することとなった。
そして、滞在開始から三日後。
「…………これが、メイド服ですか?」
俺達の滞在している宿屋に、ついにメイド服が届いた。ああ……長かった! だが、これで『広まっていないのをいいことに趣味の服装を巫女さんの正装にする』という密やかな欲望を達成できた! なんかもう神様としてやりたいこと全部やりきった感じだ!
「ああ。早速着てみてくれないか?」
逸る気持ちを抑えられない俺がそう言うと、カレンはこくりと頷き、
そして、そのまま服を脱ぎ始めた。
バッ!! と俺は咄嗟に首を捻り、その光景から目を逸らす。
「……カレンさん? なんでいきなり服をお脱ぎになられるのでせう?」
俺は動揺しつつ、カレンに問いかける。いや確かにここは宿屋で俺達しかいないけどね? いきなり裸になるのは……ちょっとまずいよね! 男女の仲的にね!
「へ? 女同士で何を恥ずかしがる必要が……?」
が、カレンの方はというと逆に怪訝そうな声で問い返してくるだけだった。
…………あ、そっか。今俺女神だったわ。
この三日間、風呂入る時も別々だったから性別が同じだということを忘れていた。
カレンの奴、神様と一緒のお湯に人間である私が入るのは畏れ多いですとか言って絶対一緒にお風呂に入ろうとしなかったからな。普段は俺のことをディスってたりしてるくせに、妙なところでへりくだるんだよなぁ……。
まぁ、俺としてもその方が有難かったりするんだが……。
ちなみに、この世界には神様が持ち込んだ文化なのか、お風呂がしっかり存在している。しかも魔法を使っているらしく、一家に一台的なノリでお風呂が搭載されていたりする。
形式自体は、前世であったようなバスルームの中にシャワーやバスタブがあったりするオーソドックスな風呂だ。シャワーまでついていて、ふいごのようなものを踏むとどういう仕組みなのかお湯が出て来る仕掛けになっている。
十中八九神様が介入してるよな、これ。この技術を伝えた神様は相当の風呂好きとみた。
それで、俺達が滞在に使っている宿屋でも、お風呂のサービスがあったので利用させてもらった。
あぁ、そうそう。
メイド服の他に、服屋のおばさんからは少しばかりのお金ももらった。
依頼は服と等価だと思ってたんだけど、俺の想像以上に村人はガルムに困らされていたらしい。あの後、事実関係を確認した服屋のおばさんから改めてお礼を言われて、村全員から感謝の気持ちとか言ってお金を渡された。
「あの…………アルテシア様?」
と、そうこう考えているうちに、カレンの着替えは完了したらしい。そういえばメイド服は初めて着るはずだが、ちゃんと着れただろうか? などと思いつつ視線を戻すと、そこにはメイド服をしっかりと身に着けたカレンの姿があった。
初めて会ったときばボサボサだった髪は、きちんとお風呂に入ったりして整えられたせいか今は小奇麗でさっぱりとしている。煤けているようだった栗色の髪は艶やかな輝きを取り戻しているし、それをポニーテールにしているのだから清潔感も倍増だ。
最初は土埃で汚れていた顔も、綺麗にすると白くてきれいな肌がはっきりと分かる。俺ほどではないが、掛け値なしの美少女だ。非常に目の保養になる。
そして肝心要のメイド服。袖は二の腕くらいまでの長さで、スカートも動きやすさを考えてか膝丈になっているが、やはりそれでも活発と言うよりは貞淑なイメージがある。カレンの丁寧な口調や落ち着いた雰囲気とよくマッチしていると思う。
逆に、怒った時の言葉攻めの迫力も倍増しそうだけど。
そして、膝丈のスカートから覗く脚。服屋のおばさんは短めのソックスにドロワースというメイド黄金装備を実現してくれていた。
マジ……感謝だよ。
ドロワは色気ないってヤツが前世にもいたけど、それは考え方が逆だ。色気がないからこそ良いのだ。だって、メイドさんって別にコンパニオンじゃないし。
近代において富裕層の日常生活にいた――そんな『遠い世界の日常生活』に存在する人々への憧憬が、メイド萌えってものの根源だろ。色気がないところに逆に色気を見出すのが、真髄ってモンだろ!!
ただ色気が欲しいならそれはもうメイドさんではなく『メイドっぽい意匠のエロい人』なのだ。ここは譲れん。
まぁ、そのメイド衣装を巫女さんに着せてる俺が言えた義理じゃないんだけども。良いんだよ! 邪道でも!
「どうでしょう。私は、アルテシア様に恥じない神職者になれたでしょうか……?」
「そりゃもうばっちり」
不安そうに言うカレンに、俺はコンマ数秒の逡巡もなく即答した。
むしろ、こっちからお願いしたいくらいですよマジで。何気にカレン、超有能だし。
その上俺のこだわりを乗せたメイド服まで着てくれるっていうんだからね……。もう完全無欠と言っても過言じゃないと思う。俺の巫女さんが可愛すぎて異世界ライフがヤバい。
いやまぁ、この先もずっとってわけにもいかないんだけどさ。いずれカレンが生活できそうな場所を見つけたら別れるつもりだし。
……こだわりで思い出した。
「それと、その神職者だけど…………あんまり、その呼び方は好きじゃないんだよな」
そう切り出すと、カレンの瞳が不安に揺れたのが分かった。……あ、これいらん勘違いを招いてしまった気がする。
言葉選びにミスしたことを悟った俺は、慌てて言い直す。
「いや、変な意味じゃなくて、俺、神職者って言うよりは巫女って言った方が好きなんだよね」
…………結局変な意味か?
いや、でも実際のところ、神職者より巫女の方が合ってると思うんだよ。
だって、神職者って言うとなんかキリスト教っぽいイメージがあるじゃんか。でも、俺ってキリスト教の天使的な存在か? って聞かれると、それは違うと思うわけ。確かに天使級の可愛さではあるが、一応神様だし。
それに俺の服装も古代ヨーロッパって感じだし、キリスト教というよりはギリシャ神話とか北欧神話とか、あと日本神話の多神教の中の一柱って感じでイメージしてるんだよね。
そのへんの神様のメッセンジャーって、神職者というよりは、巫女とかシャーマンっていう言い回しの方がしっくりくるんだ。
あくまで個人的な感じ方だし、まぁ言ってしまえばどうでもいいこだわりなんだけど。
しかし、そんなどうでもいいこだわりとは裏腹に、カレンは目に見えて嬉しそうな表情を浮かべた。
「じゃあ、私はこれから巫女です! アルテシア様の巫女です!」
おお、やる気満々で何より。
でも待て。
「カレン、やる気に満ち溢れるのは良いけど、今すぐ荷物を纏めて宿を出ようとするのはどうかと思うぞ? 履き慣れてない靴でいきなり旅をするのは危険だ」
主に靴擦れや靴擦れや靴擦れの危険性がある。
…………たかが靴擦れと侮ることなかれ。足が痛くなったら歩けないのである。俺はカレンをおぶって歩き続けるほど体力ないし、足を痛めて旅路で立ち往生とか想像するだけで胃が痛くなってくる。
あとそもそも、道中飢えて死なない為に食べ物とか飲み物とか買ったり、次に向かう村の情報を集めたりしないといけない。まぁ、食料品とか情報はこの三日間でそこそこ集めてるけど、あくまで『そこそこ』って感じだし。
「……別に大丈夫だと思うんですけど」
「靴擦れを舐めてはいけない。あと俺達けっこう歩くからな。カレンを拾ってからここまででもかなり歩いたし、足回りに関しては慎重になった方がいい」
俺は平気だが、カレンは人間だからな。
こうして神様として見てみると、人の身体のなんと脆いことよ。なんかさみしさすら感じる。
とにかく、靴を慣らすまでは動きたくない。それを抜きにしても今日一日くらいは本格的に情報収集をしたいから、この村に留まりたい。そうだな、最低でも……、
「あと三日くらいは此処に留まりたいな」
「三日ぁ!?」
俺の言葉に、カレンは声が裏返るほどの驚愕を示した。そんなにか?
「アルテシア様、
殆ど食って掛かるような勢いで言うカレンに、軽い気持ちで言った俺は思わず気圧されそうになってしまう。
えーと、今日で二四九四点だから、…………。
「……大体あと二五日くらいだな」
「権能を使ったらもっと削れますよ! 残り二〇日くらいだと考えるべきです! その状態で! あと三日!? 冗談じゃないですよ!!」
「でも、無理に出発して万が一でもカレンが足に怪我をしたりしたら、さらに時間をロスすることになると思うぞ。道中は危険もいっぱいだし」
「私のことなんて心配してる場合ですか…………」
まぁ、余命二五日というのはなかなか慌てないといけないような感じではあるんだが…………だからといって、ノルマに急かされながら生きていくのは嫌なんだ。
それに、俺も別に消滅したいって訳じゃない。俺なりに、この三日間を村で過ごすと決めたのにはカレンの靴の問題以外にもちゃんとした理由を用意してる。
というか、流石にそうでもなければカレンの靴擦れを気にして三日村に滞在するほど俺も能天気な性格じゃない。
「それに、三日間滞在するのに何もしないわけじゃない」
「…………どういうことです?」
「前に、カレンに言ったよな。俺のことを神様だと言いふらすなって」
「はい、言いましたが……」
「それはな、神様にも『縄張り』ってもんがあるからなんだ」
そう言うと、カレンの目の色が僅かに変わる。たったこれだけで俺の意図を汲んでくれるんだから、カレンは本当に有能だなぁ。
「下手に神様として活動すれば、その土地にいる神様に目を付けられかねない、と……?」
「そうでなくとも、土地の住民はよそから来た神様のことを警戒するだろ、多分」
俺の言葉に、カレンは素直に頷いた。…………やはり、この世界の人間にとってはよその土地の神様っていうのは警戒に値するものらしい。
まぁそりゃそうか。
それに、クレルとかいう物騒な神様もいるみたいだし、よく知らない神様は歓迎されないわな。
…………うーむ、そこを行くとやはり自分のことを広く知ってもらわないと信仰P集め厳しそうだな……。しかし知名度をあげようとすると『縄張り』の問題が立ちはだかる……。正攻法で行こうとすれば、堂々巡りだ。
「だから俺も考えたんだよ。『縄張り』を犯さずに信仰Pを集める方法ってのをな」
きっかけは、三日前。
ガルム討伐の報酬として、村を代表して~って言われてお金をもらったときのことだ。ふと、俺の脳裏にルールブックの記述が蘇った。
『財産や健康を守ることへの尊敬』
『一〇〇~二〇〇点』
『行為に対する感情による信仰Pの獲得』の項目では、基本的に信仰Pが手に入るのは一〇〇人以上の人間を対象にした場合ってことになっている。もちろん、あくまで『基本的には』ってことらしいから、多分例外はあるんだろうけどな。どんな例外か知らないけど。
……この項目を今回のケースと照らし合わせると、村全体の畑の作物を守ったってことになれば、『財産や健康を守ることへの尊敬』の条件に一致するんじゃないか? と思ったのだ。
で、バックルを確認してみると案の定、信仰Pが一〇〇点ほど回復していた。
つまり、
「『人間を装って』尊敬や畏怖を集める」
という信仰P収集法。
「ルールブックには、信仰Pを集める上で相手に神様だと認識されなくちゃいけない、なんてことは一文たりとも書いてない。そして現実に俺は神様だと認識されていないのに信仰Pを集めることができた」
そこまで言うと、カレンは頷いて、
「……だから、凄腕の冒険者として人助けをし続ければ、神様だと思われることなく、波風を立てずに信仰Pを集めることができる…………ということですか」
「その通り」
カレンがあっさり理解してくれたのが嬉しくて、俺は笑みを浮かべながら頷いた。
いやー、物分かりがいいと説明の手間が省けるね。何気に今のところは俺の渾身の作戦だったのでさくっと理解されちゃってちょっと寂しいところでもあるんだけど。
「というわけで、これからの三日間は冒険者として人助けをして信仰Pを集める為の練習期間に充てたい、っていう部分もあるんだよ。ある程度練習しないとボロが出るかもしれないし」
「なるほど……確かに、ガルムを討伐して信頼を得ているこの村でなら、多少のミスは許容されそうですしね」
「ま、そういうことだ」
…………そこまでは考えてなかった。
あと、練習ついでに信仰Pをできるだけ集めておきたかったり、印象が良いと信仰Pも集めやすくなるのか? みたいな信仰P関連の検証も今後の為にしておきたかったりという気持ちもあるのだが、まぁそれはできるかどうか分からないし些末なことだな。
「それと、何よりカレンのメイド姿をみんなに見せたいしな」
「アルテシア様がやる気になってくれているのであればなんでもいいです」
笑顔で言った台詞は、無表情なカレンにばっさりと切り捨てられてしまった。
いや、別に俺はそこまでやる気ないわけじゃないんだけどね?
……うちの巫女さんは辛辣だなぁ。そこも好きだけど。
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